第96回 11月(霜月)イヌサフランの花


イヌサフランの花

ナシ畑や霊園もある市川大野駅に近い道端の草むらで、イヌサフランのピンクの花を10月に今年も見つけた。

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毎年何回かは歩いている場所で、ナシの新高が収穫期を迎える晩秋に、突然のように咲き出している。花の時期にはヒガンバナと同じように葉がない。誰かが畑の縁に球根を植え付けたものらしい。野草の茂みの中なので、すごく目立つ。

イヌサフランは、属名がコルチカム。半世紀以上も前、種無しスイカを作るのには、この植物から取り出されるコルヒチンによって作り出された。通常の細胞分裂を阻害して倍数体を作り出す働きがある。作られた4倍体の花に、普通の2倍体のスイカの花粉を付けると3倍体スイカができる。これが種無しの秘密の仕掛け。

4倍体にすると大きくなるものが出てくる。カーネーションなども大型の花になる! 大きいことはいいことだ!と、倍数体を作れば立派になっていいことづくめ、と思われたのだが、自然界はそんなに簡単なことではないとわかって、いつの間にかブームは消えてしまった。

このコルチカムは、花の咲く時と葉が出る季節とが半年ずれる。机の上に球根をころがして置いといても花が咲くという不思議な植物である。

そんな習性を持つのだが、古くは通風の薬などとしても利用されていた。しかし、毒と薬は紙一重、多量に服用すれば免疫機能が低下し腎臓障害やひどい下痢など、かなり危険を伴う薬であるらしい。

長いメシベは濃い赤紫でオシベの葯は黄色、オシベが3本ということはアヤメ科の証拠で、花壇の春を飾るクロッカスや、薬用にするサフランとは花の形はそっくりだけれど、6本のオシベを持っているからユリ科というわけで、他人のそら似。分類は紛らわしいことになってしまう。

まだ枯れた球根(正しくは鱗茎)から、葉は出てこないので、参考のためにイラストには薬用植物で無毒のサフランを描き添えることにした。右下の写真は、昨年のイヌサフランの花の終わり頃のもの。


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# by midori-kai | 2018-11-14 20:28

北西部の天然記念物をめぐる、そして大洲の市民まつり   高 野 史 郎

昔は二百十日などという台風を呼ぶ言葉があった。立春から数えて210日目で、いまの91日にあたる。この頃が台風来襲の時期だったそうだが、今は何回も超大型がやってくる。10月の24号・25号では各地にひどい被害をもたらした。雨が少ない風台風だったので、塩分多量の風が、葉っぱにべったり、茶色になって葉が枯れた木々も多かった。大町のナシ農家もこの被害にあって、ナシの花の狂い咲きも見られたという。

どんな場所の、何の木の葉が茶色になったか? 市川各地から浦安の海岸の方まで見て回った。やはり、落葉樹のケヤキ、サクラ、プラタナスなどの被害が大きかったようだ。35年ぐらい前だったか、降水量が少ない風台風で、潮風に強いタブノキの葉までが茶色になっているのに驚いた記憶がある。それにしても、砂浜に咲くハマヒルガオなどの海浜植物が、吹きさらしの場所で育っているのだから逞しい。

狂い咲きのメカニズムはざっと次の通り。多くの落葉樹などでは、来年の花芽や葉芽は7月頃から準備に入る。早とちりしないように、葉では抑制作用があるアブシシン酸と呼ばれる植物ホルモンを分泌して、冬芽が完成され越冬準備になるまで待ったをかけている。ところが、ブレーキ役の葉っぱが落ちて、タガが外れてしまった!というわけ。

しばらく市川の北西部に出かけていないので、北総線の北国分駅から歩き始めることにした。まずは市川市の天然記念物のハリギリがある伊弉諾(イザナギ)神社。駅からもかすかに見える枝先が元気なさそうな気配。近づいて見上げてビックリした。かなり枯れこんでいるのだ。1979(昭和54)年の指定当時は、胸高幹周が2.62mだったが、もう3mを超している。幹が太くはなったが、枝先は少なく衰退が目立つ。根元の周囲は針金で囲ってあるのだが、ここが落ち葉の捨て場になって30cmにもなっているのがやはり気になる。根が呼吸困難になっていなければいいのだが。

西側の通りに戻って、歴史博物館や堀之内貝塚に向かう道路にはポプラみたいな樹形のムサシノケヤキが南に向かって並木になっている。木の葉もかなり痛んでいる。

この地域には天然記念物が集まっているのだから、そこをつなげて歩く気になって、細い道を何回も曲がって禅照庵へ。ここには、県内最大級といわれるラカンマキが元気に葉を茂らせていた。ここから裏山にかけては、自然状態に近い感じで茂っている樹林地が残されている。シロダモ、ヤブツバキ、ケヤキなど。このラカンマキは小型ながら300年を超すのではないかと、いまは亡き岡﨑清孝さんと話し合った記憶がある。

ここから西南に向かって、外環を通り越した通路沿いにある愛宕神社は、二本並んだイチョウがやはり市の天然記念物で、1983(昭和58)年の指定。二株の間が2m弱で、この根元の間を踏みつけるように歩いて奥の愛宕神社に向かうことになるのがちょっと痛ましい。奥までは細い参道が続きクヌギの並木があるのだが、民家に日陰を作るのでぶっつりと胴切りされている。今は住宅地が込み合うせまい敷地で、緑をどう残したらいいのか、つらい選択を迫られる課題となっているのも実感しよう!

ところで、市川市民のどのくらいの人がこれらの天然記念物のこと、気づいているのかなと気になってきた。葛飾八幡宮の千本公孫樹はよく知られている。が、その他は殆ど知られていないのでは? 役所のどこが管轄しているのだろう。簡潔な解説が欲しいとずっと思い続けているのだが。

113日には、大洲防災公園で恒例の市民まつり。大変な賑わい。市川みどり会では「この葉っぱは何の木?」のクイズ。テントの天井に風船がたくさん!つっかえた状態で並んでいる。この風船欲しさに家族連れの行列ができていた。

箱の中にパウチされた葉が詰まっていて、10種類ぐらいの一覧表から何の木だか当てるもの。これを機会に近くの林へ出かけて、実物を確かめに林へ出かける人が大勢現れてくれるとうれしいのだが、残念ながら風船を貰って終わりの人が殆どなのだろうな!

ともかくこれだけ大勢の人で賑わっては、防災公園の樹木にとっては根元を踏み固められて災難なことだ。ここの樹木の塩害はどうなのだろうと気になって、隅々まで調べまわった。

ケヤキはやっぱり全体の葉が茶色になっていた。10mぐらいありそうな背が高いポプラは、風当たりが強い南側がやはり茶色になっていた。左奥にはバラ園があって、ここには市川駅南口のロータリーと同じくマメナシが植えてあるのに気がついている人、殆どいないのでは。

何とこのマメナシ丸い葉もかなり痛んでいて、先端が特にひどい。ここでもナシの花の狂い咲きが10輪ほど見られた!



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# by midori-kai | 2018-11-14 20:20

第95回 10月(神無月)フジバカマとヨウシュヤマゴボウ

フジバカマとヨウシュヤマゴボウ

秋も深まるにつれて、きれいな色の実をつけた野草も多くなる。甘い匂いがしたクズの花も終わりに近づき、エダマメみたいな莢に変わる。里見公園西側の旧坂川の流れ沿いのフジバカマの里には、9月頃からフジバカマの淡い赤紫のツボミが花を開き、キンミズヒキやヤブマメなどといっしょに小さな花園をあちこちに作っていた。センニンソウの白い十字型の花は、実は花びらではなく萼で、分類的にはクレマチスの仲間。風に乗ってタネが飛ばされる仕組みも、眺めていると楽しい。

もう、かつての坂川に江戸川からの水が流れ込み、小さな入り江が貴重な植物の生育や魚たちの産卵場所にもなっていたことを知る人も少なくなってしまった。フジバカマは地下茎を伸ばして結構丈夫な草なのだが、この花が好む川辺の湿地がコンクリートで固められるとともに、各地で絶滅状態になってしまった。今年の夏は酷暑続きで、真夏の間は土手の土も乾燥しきって元気がなかった。

ところで、フジバカマの花をルーペで覗いた方はいらっしゃるだろうか? キク科の植物だから、タンポポと同じように頭状花序で、小さな筒状の苞の中を覗くと、5つほどの花が順に咲き出していくのが見られる。開花が進むにつれて、白っぽくなり、やがて薄茶色になって風に揺れる。

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古い時代の中国では、それを頭に飾ったり、お風呂に入れたりして、クマリンの香りを楽しんだという。桜餅と同じ匂い。日本書紀に登場するアララギは、このフジバカマのことだろうといわれる。「本草和名」には「布知波加末」の漢字を当てている。フジバカマは、古い時代に薬用として日本に伝わったのだろうとされている。

もう一つは、ヨウシュヤマゴボウ。北アメリカ原産の大型の多年草で、花が終わると濃い赤紫の実が垂れ下がっているのが目立つから誰でも知っている。

茎も赤く、実をつぶすとワインカラーの色水ができる。アメリカではインクベリーの名前もある。実際にワインの着色に使われたこともあったらしいが、有毒なので注意したい。しかし、若葉をよく茹でて何回もゆで流してから、食用にしている国もあるというから世界は広い。

イラストの右上の赤紫は、この実をつぶした状態。空気にさらして、これから先、どう変色するのか観察することにした。


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# by midori-kai | 2018-11-01 15:48

大町梨街道を歩く, メガソーラーシェアリングの見学  高 野 史 郎

40度も超えることもあった今年の猛暑も、やっと終わりを告げて、日本列島にもようやく涼しい秋がやってきた。

 台風24号が房総半島にも猛威をふるって、真夜中に強風が吹き荒れた翌日は青い空が広がった。なし街道の大町から自然観察園を歩いて、台風後の草木の痛み具合と、秋の気配を感じに歩きまわった。

ナシの販売所には、新高に並んで、「陽水」「王秋」の名前が目についた。あれ、初めてだ。食べたことない! 晩生の新高は猛暑に弱く、ヤケドしたように茶色になって落下することもあるとか。新しい品種は、どんな特徴を持っているのだろう。生産者にとって、消費者にとってのメリットは? 大きなナシ屋さんの店内に、品種の交配親・家系図みたいのが壁に貼ってあったのでお話を聞く。

「私がここに嫁いで来た頃は・・・」、さすがに詳しく、石井早生のこと、長年の品種の移り変りなどのお話を聞くことができた。それは何年前のこと? 一見若い奥さんだが、やはり気がひけて年齢を聞くのがはばかられた。

 昔の果物には、独特の香りがあったのに、最近は野菜も果物も、柔らかくて甘いばかりで・・・などとも。もう半世紀も前のことだが、「近頃は大きくて甘いリンゴばかりが増えて、ウチは小人数だし、アップルパイが作れないリンゴばかり」という苦情が消費者から出た。それをまに受けて、青森県で紅玉をたくさん作ったのだが、殆ど売れずに大量の紅玉を捨てることになった、という話を聞いたことがある。

気軽に、思いつきで意見を言ってしまうのだけれど、どこの家庭でも、そんな頻繁にアップルパイを作って食べるわけではないのだから。

 926日、県の環境講座で「風力発電とソーラーシェアリング」の施設見学に参加した。行事を主催したのは、環境パートナーシップちば。噂程度には自然エネルギーの話題を聞いているのだけれど、この領域、そんなに詳しいわけではない。でも、農業とエネルギーの未来を考えようというキャッチフレーズは、すごく魅力的だ。

 幕張で毎年10月に開催されるエコメッセで、このシステムの話をちょっとだけお聞きしたことがあった。風力発電については、20117月に環境教育学会の大会が青森大学を会場に開催された時に、まじかで見学したことがあった。近くで見上げる風車は、恐ろしくデカイ。風の音が不気味なほど。

今回はそうした施設を、バスで現地を案内してくれ、このプロジェクトの実施にかかわった大勢の人たちから直接お話しを聞けるなど、絶好の勉強チャンスというわけである。

まずは、銚子沖の着床式洋上風力発電の実証実験を遠くから眺めることから始まった。ヨーロッパでは1990年代から導入が始められたが、日本では台風による暴風や地震・津波など厳しい自然環境が続発するため、苦労が絶えなかったらしい。洋上に建つタワーの高さは126m、風車の直径は92mもあるという。

匝瑳市のメガソーラーシェアリングは、2017年に第一発電所が完成した。落成式には、小泉純一郎・細川・菅直人の歴代3首相が派閥の垣根を超えて列席したことでも知られる。

ここは、ソーラーシェアリングとしては日本最大規模となる1メガワットの太陽発電所で、ざっと一般家庭300所帯の年間電力消費量をまかなうことができるのだそうだ。

ここのソーラーのユニークさは、幅が30cmほどの細いパネルを並べてあること。つまり、太陽光の3分の2はパネル下3mの農作物に光が当たるように作られている。日陰ができても作物は育つ? 光合成の光飽和点についても多種類の作物について調査を重ね、遮光率35%ならば殆どの作物は問題なく元気に成長するとのことだ。

隙間をあけたソーラーが高い位置にあるため、その下にトラクターを入れることもできる。夏場の農作業がとても楽、真夏でも涼しい風が吹く。放射冷却が減少し、雪解けが早く、霜もおりにくいというプラス面もあるらしい。

この場所は、耕作放棄で農業が続けられず荒地になってしまった場所の活用を、ソーラーと組み合わせることで豊かな農地をよみがえらせようという試みで始められた。何人もの専門技術を持つスタッフが力を合わせて地元とつなげ、情報面での協力や資金調達など苦労を積み重ねていることを、現場を歩きお話を聞いて実感することができた。

いま、ソーラーパネルの下にはダイズが育っている。農業法人は2016年に設立され、直接農作業にかかわるメンバーは、32歳から67歳までの6人ぐらいか。長年にわたり有機農業を続けてきたベテランや、新規就農者などと多彩。収穫したダイズからの味噌作り・醤油つくりなども含め、今年は1118日に都市と農村の交流をテーマに収穫祭の開催が予定されているという。




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# by midori-kai | 2018-11-01 15:43

第94回 9月(夜長月)スズランの実とカラスウリの茎


8月末に、北総線大町駅から自然観察園北側入り口あたりをのんびりと散策しました。ナシ農家の店先は、お客さんとの対応や発送で忙しそうです。今年の異常気象が、ナシの生育にどんな影響を与えたのだろうかと気がかりです。

農家の生垣の植え込みの下に、オレンジ色の実をつけたスズランを見つけた! 根っこはどうなっている? 

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                 スズランの実とカラスウリの茎

ソーッと引っ張ったら、根が抜けてしまって驚いた。土寄せか何かの作業で、柔らかい土の部分だったのだろうか? スズランの地下茎は横に伸びると思っていたのに、ここでは真下に伸びていた。そこに横筋の多い部分があるのに気づく。地際スレスレには今年の新しそうな白い根が生えていて、そのすぐ下には1年前かもしれない黒い根が何本も見える。

冬でも葉っぱは枯れずに残っているが、古くなった部分は順次枯れこんで、おそらくは次々と新しい組織に切り替えて生き続けるのだろう。横に伸びた地下茎の先端に、来春の花を咲かせる芽が伸びるのだろうけれど、ここでは千切れてしまった。

自然観察園を真下に見る境界のフェンスには、カラスウリの茎が伸びていた。何とヘビみたいに長い虫コブの茎だった。長さが30㎝もあるインゲンみたい。葉の一部が膨れているものもある。

薄葉先生から、ウリウロコタマバエによる奇形で「カラスウリクキフクレフシ」と教えていただいた記憶がある。この中でタマバエの幼虫は、茎の中身を食べながら育つらしい。このタマバエの成虫の姿も産卵のタイミングも、育つまでの経過も全然知らないのが残念無念。

たぶん、若い新芽の近くに産卵する。すると対抗手段でカラスウリは成長ホルモンを過剰に分泌する。そしてこの異常に長い茎が出来上がってしまったということなのだろう。

接触抑止という言葉もあるらしいのです。つまり切り傷などで皮膚が損傷されると、傷口を治すために周辺から新しい細胞が増えてきて、傷口をふさぐ。でも、周辺の細胞はもとの状態を記憶していて、それ以上に膨らみ続けてまで細胞分裂を続けることはしない。でも、この茎は途方もなく長くなって、収拾がつかなくなってしまったみたい。数か所に枯れこんだツルの痕跡が見られました。絵を描きながら、そんなことを考えたのでした。 


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# by midori-kai | 2018-11-01 15:21

ようやく秋がやってくる? 高 野 史 郎

観測史上初めてという、新記録ずくめの気象災害が続いている今年です。例年はどのくらいの数字だったとのだろうと、理科年表を開いてみました。

国立天文台編によるこのデーターは、西暦年の1の年から始まる30年間の平均で表示されているので、今並んでいる数字は、1981年から2010年までの30年間のものです。

降水量は、東京が年間で1528ミリ、銚子が1660ミリ。大ざっぱにいって、人の身長ぐらいの雨が1年間に降るというのが今までの常識だったのです。今は1日に1000ミリも降ってしまうことが台風の度に起こるのだから恐ろしい!

月別に見ると今までは910月の降水量が多くて、この2か月だけが月間に200ミリ以上となっていた。最近は、この数字をはるかに超える雨が1回で降ってしまう。ひょっとすると、これから先は毎年この数字が並ぶことになるのかも知れないようなのです。

生物季節の調査も、方法は少し変わってきているものの、ずっと続けられてきています。ススキの穂の開花は東京で99日、イチョウの葉の緑が消えて黄色くなるのが1120日、イロハカエデの紅葉が1127日となっています。銚子では海風の影響で、これよりも半月ぐらい遅くなるのがいつものこと。さて今年の大町・自然観察園のモミジの見どころは、いつ頃になるのでしょうか? そして、市川で野生状態のススキが見られる場所も少なくなっている感じです。我が家の周辺は、外来種のセイバンモロコシの大群落ができています。

近頃は秋になっても、夕方以降の気温が下がりにくくなっている。急な霜で色づき始めた紅葉が枯れこむことはなさそうな昨今だけれど、きれいに色づく今年の秋であって欲しい。

ところで、7月に行徳の歴史と文化を伝えるふれあい伝承館がオープンされたのは、ご存知でしたでしょうか? 国の有形文化財に登録されている旧浅子神輿店の主屋などが整備され、きれいな休憩場所もできました。これを機会に、しばらくご無沙汰していた行徳地区を何回か歩き回ったのですが、恐ろしく暑かった! 行徳の大通りには街路樹が殆どない。日当たりがよすぎるんです。

昼間は南側からの強い日差しをまともに受けてしまう。江戸川沿いを歩く午後から夕方は、背中に西日が当たり続ける。脱水症というのはこういう場合で起こるのだろうな、それを身をもって実感したのでした。ここ何十年か、行徳地区の巨樹やサクラ調査で走り回っていたけれど、まちかど回遊レンタサイクルが廃止されて、ひたすら歩き回ることになってしまったというわけです。

伝承館オープンの日に、お神輿を担ぐ人たちの元気なのもビックリしたことの一つでした。昔住んでいた大野地区でお神輿を担ぐ人たちは、ナシ農家の大旦那さんとおぼしきかなり高齢の方が多かった。それが行徳では大違い。どこから集まって来られたのか、かなり若い人が多かったんです。地域別の年齢構成比みたいの、いつか調べてみなくっちゃ!

寺町の社寺の巨樹をめぐる風景の移り変りも、ずっと見てきました。民家や駐車場にせばめられて、地域の守り神とか、鎮守の森という感じではなくなって来ているのが残念です。権現道も、歩くだけで楽しい・懐かしい雰囲気に浸れるようなムードがあるといいのに。

今年も何回か関東の水がめといわれる、群馬県のみなかみ町へでかけました。あれ、ダムの水が少ない! 聞けば上流に集中豪雨が降り、満タン状態になって緊急放流する危険を未然に防ぐため、6割ほどの貯水量に制限しているのだとか。この地方では、6月ごろが山の雪解けとなりダムに水が集まる。その頃がちょうど下流の田植え時期になる。毎年同じ時期に何回かずつダムを眺めるようになって20年以上が経っているのだけれど、水をめぐる自然環境と人の暮らし方にも大きな変化が現れつつあるようです。

森林作業体験のこの夏の事件は、2か月ぶりに戸をあけた山の道具置き場に何とキイロスズメバチが巣を作っていたこと。作業道具を取り出せないで大騒ぎとなりました。

いろいろありまして、そこから取り出した蜂の子、さて誰がどうやって食べる? 講師役の営林署のベテランOBが鉄板を取り出して、食べる準備を。2センチほどの大きさのものが数百匹。足の形が僅かに見えるものもあって、ちょっと勇気が必要です。平気で何匹も食べた若い女性に感想を聞きました。「レアなのは、濃厚な蛋白質のかたまりという感じ、よく焼いたものの味は白子みたい」とのことでした。

サル、クマ、シカと野生動物の被害の話もたくさん伺うことができました。山の遭難救助についての貴重な体験話も。今年の秋のブナの実やドングリは、豊作なのでしょうか?




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# by midori-kai | 2018-11-01 15:16

第93回 8月(葉月)柱サボテンの花

柱サボテンの花

 サボテンの花で一番知られているのは、たぶん「月下美人」だろう。暗くなる頃に咲き始め、夜明け

にはしぼんでしまう数時間の花の命。これを普通の図鑑で調べようとしても、まずサボテン科の項目が

ない。理由は、日本の野生種ではないから! 半世紀前の古い牧野図鑑で確かめてみたら、ウチワサボ

テンとシヤコバサボテンの2種類だけが記載されていた。

 サボテン科の植物だけで、世界には1200種ほどが南北アメリカに分布しているらしい。このほかに、

ベンケイソウ科やザクロソウ科の仲間などの多肉植物が世界各地に、おそらく何千という単位の種類が

あって、このグループだけの愛好家が大勢いらっしやる。

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 要するに葉っぱが退化して、緑色の茎が柱やウチワ型や丸型などの固まりになっているグループ。ト

ゲトゲになっているものも多く、その中には、花を観賞するグループもある。

 近くの民家の庭先に植えてあるトゲトゲ8角形の、3mほどに株立ちで育っているサボテンが7月末

から咲き始めているので、絵を描くことにした。花の直径は12cmほど。オシベの数がものすごく多い。

 今年のように、真夏日が続いて雨が降らない年には、普通の植物ならば葉っぱがしなびて枯れ果てて

しまう。でもサボテンは平気!

 植物は緑色の部分で光合成する。その原料は、空気中の二酸化炭素と根から吸い上げる水分。光合成

と同時に植物は絶えず葉の裏から水分を蒸散させている。乾燥している時にはどうなる? これに対応

してサボテン類は、昼間は気孔を閉じて水分を節約し、蓄えた二酸化炭素で光合成をする。 CAM植物

とか、ベンケイソウ型有機酸代謝植物などといわれる。

 トゲトゲなのはどうして? 動物などに誓られないため! でも動物の中にはトゲトゲを平気で誓

って食料にしてしまうツワモノもある。サボテンのすぐ下に生えていれば、多少は暑さをしのげるし、

誓られる被害をまぬかれるものかもしれない。「寄らば大樹の影」と、思う植物もある。

 真夜中に咲くサボテンの花を眺めながら、そんな原産地の風景を、生きもの世界のつながりを想像し

ましょうよ。

 大町の自然観察園には観賞植物園もあって、入りロ付近にはサボテン類もたくさん植えてある。食虫

植物も並んでいる。温室の中で、餌にする昆虫はやってくるのだろうか? 夜に咲くサボテンの花に、

蛾が来てくれるのだろうか、などと考えると楽しくなりますね!


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# by midori-kai | 2018-11-01 15:13

夏休みの自由研究で何をする?   高野史郎

ものすごい暑さが続く。例年ならば、エアコンの設定は28度にして電気節約といっていたのに、今

年は「命にかかわる状態です。適度にエアコンを使って、無理しないように」と毎日のように情報が流

れる。その昔、ガマン比べの「かち歩き」、水も食べ物も持たないで歩くという野外活動のプログラム

もあった。水を飲むと汗をかいて疲れるから、水を飲んではいけないと教育していた時代だった。

 河川の流れは、時間雨量を30・で治水対策がとられていたはず。もうそんな数字では収まらなくな

った。急に全国の土手をかさ上げするわけにはいかない。森林は緑のダムと説明してきたのに、そうし

た想定をはるかに上回る状態が続くのか? これって、今年だけが異常なのか、この暑さと集中豪雨が

これから先、ずっと続くのだろうか、何がこんなにひどくさせているのか? 恐ろしい状態になってき

ました。

 畜産農家の乳牛が、1昼夜も水浸し状態だったとか。田畑に土砂が流れ込んだ所では、復旧に何年か

かるのだろう。恐ろしい時代になった。もう今までの常識は通用しなくなったのか?

 エアコンの室外機のすぐ前に温度計を置いたら、すぐに45度を突破してしまった。我が家にある3

種類の温度計は、どれもが50℃までしか計れないのに気がついた。それ以上になることは、かつてなか

ったし想像もしていなかったのだろう。夏の砂浜は、50度を超していることだって多かったのに。

                       *

 夏休みが始まって、久しぶりに上野の科学博物館へ出かけた。木が茂っていない所は、灼熱地獄のよ

うな暑さである。目的は二つ。博物館は新しい情勢にどの程度すばやく対応できるのだろうか? そし

て、夏休みの時期に、子どもたちがどんな目的で博物館に来るのだろう? 親子でどんな会話がされて

いる? ボランティアガイドがどんな言葉で子どもたちに解説している?(自分だったらどう説明でき

るのだろう?)、聞く子どもたちの反応・表情は?

 スマホで説明画面を写真とっている子どもが多い。家に帰ってから、画面を確かめるのか、何枚かを

プリントしてレポートに貼ると、かっこよく収まるのかな。見渡す限りでは、ノートを持って実物を眺

めながらメモをとり、考え込んでいるような子どもはゼロだった。みんな、わいわいと足早に走り回る。

細胞分裂とDNAの展示の所で、小学生にわかりやすく、楽しそうに説明しているお母さんがいた。

 地球館の1階には、展示が新しくなったところもあって、生物多様性が夢多く展開されているのをゆ

っくりと眺め歩いた。テントウムシのいろんなタイプと地域集団のこと、サクラの木をめぐる昆虫たち

のいろいろとか。市役所の関係するスタッフの方たち、勉強に来たりすればいいのに。

 中年のガイドさんに話を聞く。今はまだ、来場が少ないほうなんだけれど、8月の終わりになると大

変な混みようなんです。何をやったらいいのかわからないから、なんか教えてくださいよと頼まれるよ

うなこともあるらしい。

 イネの展示の所も、改めて覗いてみた。イネは、もともとは亜熱帯性の植物だったから、東北地方が

寒いときには冷害に見舞われ、収穫ゼロ状態になることさえしばしばだった。北海道で稲作できるよう

にするためには、品種改良の長い歴史があった。

 生物の地理分布では、津軽海峡と北海道との境をブラキストン線と呼び、鳥類や哺乳動物の分布境界

線としている。稲の品種も、生育期間を短くして秋が来る前に実って収穫できる早生品種の育成が重要

だった。生物分布の例に倣って、明治初年に赤毛線、27年に坊主線、大正12年に走坊主線、昭和12

年に農林1号線、など耐冷性の強い稲の品種を登場させ、少しずつ北海道全域を北上させていった歴史

がある。

 それがいま、全く反対に、突然のように耐暑性の強い品種、暑くてもばてない品種の登場が急がれる

一一

状態に急変したようなのである。温度が高いと光合成の効率は高まる。でもそれも、せいぜい30度ぐ

らいまでのこと。夕方以降は気温が下がることが望ましい。生育のある時期には、寒さが必要な植物も

多い。

 だいぶ前から、ナシ農家では晩生の新高などに高温障害が出ているといわれる。高温と降水量不足で、

ヤケドしたように実が硬くなってしまうのだそうだ。今年の後半は、どんな状態になっていくのだろう

か?

 少し明るい話題も提供しないといけませんね。恒例のNHK夏休み子ども科学相談。今年もユニーク

な子どもたちからの質問に、何人もの専門家が熱心に回答している。

 小学生の女の子からの質問「ロボットも恋をしたりするんですか? 仲良くなれて、こっちを向いて

くれればうれしいから!」

 恐竜に、ものすごく詳しい子どもがいる「桃太郎のストーリーで、3種類の恐竜を登場させたいんで

す。イヌとサルの役は自分で考えました。キジの役にピッタンコな恐竜が思いっかないんですが、何が

いいですか?jすごい。何百種類もある恐竜の、カタカナの名前から実物をすぐにイメージできるよう

なのだ!

 


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# by midori-kai | 2018-11-01 15:07

第92回 7月(文月)マテバシイのドングリと 環境フェアのイラスト

大柏川調節池緑地の入り口付近などに、マテバシイが何本も植えられている。今の時期、今春の出来たての赤ちゃんドングリと2年目を迎えたものと、両方が同時に見られるのが楽しい。つまり、マテバシイは、年子状態を毎年続けていることになる。この位置関係がそのまま1年間の成長量となるわけ。
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2年目を迎えたドングリの穂は、先端が大きいものもあれば、元のほうがデカイのもある。万遍なく一斉に太らせるにはかなりの栄養補給を必要とするのだろう。秋になった頃に、その後の育ちぐあいを確かめなくちゃという気になると、足繁くここに通うことになりますね。

葉っぱだけを見ると、タブノキとの区別がつきにくく、よく似ている。でも、冬芽の形が違う、そこから噴出するように出る新芽の姿がまるっきり違う。何から何まで、違うことだらけ。

マテバシイは、大昔から千葉県にあったのだろうか? あなたはどう思います? 昔は「のりひび」にも使われていたらしい。この展示、歴史博物館に紹介されています。

常緑樹だから地表に木洩れ日も届かない。厚い葉が茂ったこの木の下では地際に光が届かずに暗くなり、下草が生えにくい。大雨が降ると、表土を直撃することになり急斜面の崖地では、課題もあるとか。今の時期、緑のドングリはまだ丸い。やがて、どんどん先に伸びて砲弾型になる。マテバの意味は、九州地区の方言に由来するらしいが、意味不明と図鑑には載っている。

船橋の環境フェアでは、話題のヒアリの写真に添えて、塗り絵用のイラストが置かれていた。実物もまだ見たことないし、そもそもアリの仲間を間近に見たことなんてなかった。実物の大きさは、最大で6ミリ程度らしい。イラストの説明には親切にもカナがふってあった。「ゼンシンフクセツ」「フクエイ」などという用語も初めて見た! どの部分がどの程度に赤いか、色鉛筆で塗ってみるとよくわるようになる!

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ついでに、10年前に谷津干潟で頂いたアオサギのイラストも紹介させていただこう。発見者らしき人にその一部始終のお話を聞きました。望遠鏡で見ていたら、アオサギがアカエイをつかまえた! ところがデカ過ぎて、飲みこめない。つかめえられたアカエイだって、命がけ。かなりの時間がたって、やっと飲み込んだという。「どのくらい時間がかかりました?」「アオサギの胃って、どうなっているんです」などと質問。こういう時って、時間なんて記録できないんですよね。

それにしても、アオサギのイラスト、うまく描けています。動物の体の線って、ちょっとした感じで全く似なくなってしまう。逆光線で見るカモのシルエットで、的確に種名をいう人もいらっしゃるのが驚き! 

ヒアリについては情報が少ないので、ちょっとだけ解説しておこう。そもそもの原産地は、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3国の国境付近のパラナ河の流域。1930年代にブエノスアイレス港から輸出された木材にまぎれこみアラバマ州に侵入したという。日本への侵入は、20175月に、尼崎市のコンテナから見つかったのが始まり。

ヒアリは、一つのコロニーに1個体の女王がいて縄張りを保っているとされていた。中国南部の広州の過密地帯では、数メートルごとにコロニーがあり、地下トンネルでつながっている場合もあるという。雑食性のヒアリは、大豆やトウモロコシなどの農業被害も甚大。また、寒い時期の越冬場所として、電気設備の周辺にかたまり、配線をかじって大規模停電を起こし、この経済的損失はアメリカ合衆国で年間5000億円に相当するという報告もある。

今までのところ、化学薬品メーカーと連携した根絶作戦はことごとく失敗しているのだそうだ。毒性と攻撃的な行動から、侵略性外来種といわれる由縁。日本だけの問題ではないし、静かに収まってくれることを祈るばかり!


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# by midori-kai | 2018-07-20 08:48

各市の環境フェアをハシゴ 大柏川調節池緑地を散策   高 野 史 郎

東地方は、6月末に梅雨明けしたらしい。最近は、記録をとり始めて以来という豪雨などの新記録が頻発しているからか、気象台も用心して「・・・と思われる」などの頼りない表現を使う。今年もまた、熱帯夜で寝苦しい夜が続くのだろうか。雨が適度に降ってくれることを、七夕様にお願いしよう。

6月は環境月間とかで、今年もまた数か所の環境フェアをハシゴした。もう30年ぐらい続けている自分の中の恒例行事。その間の移り変りや、地域ごとの取り組み方の違いをつい比較したくなったりする。市民へのアピール方法は? 参加団体の違いや集まってくる人たちの表情などもいろいろ。

21回ふなばし環境フェアは、船橋駅に近い中央公民館から、今年は三番瀬海浜公園にある環境学習館で実施された。当日は朝からの曇り空、そして雨が降り出した。人が大勢来てくれるかどうかと気がかりだった。会場へは、市役所から1時間に1本の無料シャトルバスも運行されていた。

参加団体は、市の環境政策課や危機管理課などのほかに50ほどの環境系市民グループや大学・高校など。若い人たちが熱心に解説してくれるのは、いつもながらご苦労様! 最近はどこでも一方的な文字による解説だけではなく、ゲームや実験、クイズなどの出題も目立っている。地球温暖化や生物多様性のクイズなどに参加したり、アンケートに記入する場所はどこも人だかりがしている。

各市の展示解説などで今年目だったのは、マイクロプラスチック関連が増えたこと、外来種問題ではカミツキガメの展示などが登場していた。環境政策課では、ヒアリのぬり絵を子どもたちにすすめていた。

今回初めて見たのは、アルミ缶クラフト。チョウやクワガタ、折り鶴などの型紙を見ながら作る「切り折り紙」。どこの誰が考え出したのだろうか? 屋外出店のグループや野鳥観察会などは、せっかく準備を重ねたのに、雨天で残念だったことだろう。

館内を一巡してから、三番瀬を眺める海へ出た。潮干狩りのシーズンも終わって人出もなくクロマツやススキ、アシなどが梅雨空の下にひろがっていた。いずれまた、3.11以来の海浜植物のその後を調べに出かけるとしよう。

625日には、市川みどり会の宇佐美会長に誘われて、「美し国づくり大賞」表彰式・シンポジウムにでかけた。会場はいつもの霞ヶ関ビル。設立10周年を記念して今回は水に焦点を絞り、多数の応募の中から選ばれたのは下記の団体。いずれも特定非営利活動法人。

★「命の水をありがとう 水の輪、人の和をつなぐふるさとづくり」 うちぬき21プロジェクト 

愛媛県、標高1982mの石鎚山を背にし、二つの断層に囲まれた地域で、鉄パイプを入れた自噴井戸がある。水道はなく「うちぬき」で生活できる「人の輪の情景」をみんなが大事に育てている。弘法大師が見つけたという「弘法水」を背負ってお返しお礼の登山で山頂まで運んだ。石積みの棚田がある。杉林が竹林になっていく中で、竹取物語の実行委員会を平成23年に作った。一人10本の目標で500人募集した「いのちの森づくり」には、750人が応募してくれた。

「自然と遊び・楽しみ・育む」   里山環境さなざわ(真澤)

群馬県の月夜野町、棚田を保全し荒地をビオトープ化して生物多様性を育む。古代米、そば、まこもだけ、しいたけ、山野草など。「教える」―田植え、稲刈り、動植物を育て栽培する。「交わる」―下流の人たちとも仲良く。子ども達とみんないっしょに。「季節を感じる」― 雪、新緑、ヤマザクラ、実りの秋。太い土管を使っての炭焼きなど。昭和29年のユネスコのみなかみエコパークの活動とも連携して活動を進めている。

受賞者の記念講演から・・・やっている本人たちが楽しんでいないと、人は寄ってこない。都会のまねをしたってだめだ。地域の風景・習慣を大事にしていきたい。面白く楽しめよと、みんなで伝えていこう。人口は減っていくけれど、中味はその分だけ濃くなっていく。などなど。

進行は、この会の理事長でもある進士五十八先生が担当された。長年のキャリア豊富な情報で、有意義で楽しく、極めてスムーズに進められた。

遠路はるばるこの授賞式のために集まられた人たち。かなりの高齢そうなのに皆さん笑顔で元気いっぱい。行政の人とか、会社の役員とか、お坊さんとか、多彩な人たちがこうした活動を支えつなげていることを実感させられた。

4月末からの「市川の緑地を知る体験教室」では、「花と緑の市民大学」の延長線上の市内緑地を、管理を担当するスタッフの方々に案内していただいた。市川市も結構広い。北のはずれや江戸川の向こう側へは最近あまり足を運んでいない。大柏川沿いの調節池緑地へもしばらく見ていないのが気になって、急に出かけてみた。晴れ上がって風が強く、暑い昼下がり。

外周に沿った道には各種の郷土樹種と呼ばれる木本類が植えてあって、それをじっくり眺めたいというのが今回の趣旨だった。古くからの樹林地は、かなり高く成長していて、身近に枝の出方や葉の状態を確かめられなくなってしまっている。ここならまだそれほど高く育っていないから、どんな木が植えてあるのか、確かめてみたいとずっと思っていた。

市川大野駅すぐ近くには、万葉植物園があるが、なんともせまく、かなり刈り込まないとジャングルになってしまいそうなのが痛々しい。

ここ調節池のビジターセンターのすぐ脇には、ネムノキのピンクの花がちょうど見頃だった。ラッキー!という気分になる。マメ科は大所帯だが見かけの花の構造は大違い、ネムノキ科を独立させるか広義のマメ科のほうがいいのか、専門家でも未だに意見が分かれている。花から実へ、じっくり追いかけてみたいと思っていたのがここで確かめられそうだ。

コナラ、クヌギ、イヌシデ、スダジイ、マテバシイ、タニウツギ、タブノキ・・・。東葛地域の基本的な樹種が勢ぞろいしているとはありがたい限りだ。まだ育ち盛りの年頃で、枝下高も低い位置なのがうれしい。

10年ぐらい前は、多様な水草やカヤツリグサ科の植物が次々と現れては消えていった。ここへ来ると、石井信義先生の執念と岡﨑清孝さんの事を思い出す。アシやガマの細い葉が風にそよぐ。「ザワワザワワ」という歌が聞こえてくる。月に1度ぐらいのペースでここに通う気になれば、今まで見過ごして来た数々の新発見が期待されそうな気がしてくる。

市川市中部に残された水と緑の貴重な敷地を、もっと多くの人に伝えていかないともったいない!どういう仕掛けができるのだろうか?



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# by midori-kai | 2018-07-20 08:43

第91回 6月(水無月)イチョウ

イチョウのヒコバエと葉脈の話

市川市の木がクロマツで、東京都の木はイチョウ。このイチョウの葉っぱマーク、都内を走る清掃車などに描かれているからみんな知っています。イチョウの葉は、末広がりの形の真ん中に切れ込みが入っている。

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イチョウは雌雄異株だから、当然ながらメスの木には雌花が咲いてギンナンがなり、オスの木に咲く小さな雄花は花粉を出し終わった4月末ごろには散ってしまう。スギ花粉は有名だけれど、イチョウの花粉は、それほど遠くまで飛ばないのか分量が少ないのか、関心をもたれないのが不思議ですね。このイチョウ、大木になると根際からたくさんのヒコバエが出てくる。触ってみると普通の葉っぱよりも分厚い感じ。そして切れ込みの形もいろいろなの、気がついて触って見ると面白いのに。

雌株の方はギンナンがなるから、拾うのが専門の人には雄株は必要ない? 人種によってギンナンにかぶれる人の違いがあるらしく、街路樹に植える場合には雌株は避けたい。ギンナンはかぶれるばかりではなく、油っけがあって自動車のスリップ事故の原因にもなるという話もあります。

小さい苗の頃に、この区別をする方法はないものか? 少し前の百科事典には、葉の切れ込みが深く、ズボンをはいている形は男の子で、スカートをはいた感じなのが女の子などの識別が記載され、7割がた当たるという文章が載っていたりしました。

でも一本の木でも、見上げた枝に付く葉と、根際から何本も出てくるヒコバエとでは、葉の形が全然違っています。小さなわき目から出てくる葉は、新生児みたいに可愛いけれどけっこういびつです。

何年か前、イチョウの葉っぱは針葉樹?それとも広葉樹?というクイズを出したことがありました。針葉樹はマツのように細長い葉っぱのグループだけれど、イヌマキのように少し幅がある葉っぱも含まれている。こうした場合、針葉樹の方は葉脈が平行なのに対し、広葉樹の方はサクラやナシのように網状脈だからといって区別する。

イチョウの葉っぱの末広がりを、2倍ぐらいにコピーで拡大して葉脈の分岐点をルーペで調べてみると、ほぼ等間隔になるように葉脈が分かれているのがわかる。これって、イチョウの立場からすると、どんな判断をして二股にするキッカケをするのでしょうか? イラストには、2倍に拡大コピーした葉脈を貼り込んでおきました。葉っぱをタテに裂いてみよう、ヨコに裂けるかな? 確かめたことありますか? 植物の葉脈は、血管の役割と骨の役割と、両方を兼ねているようです。

ところでイチョウは、広葉樹?針葉樹? 殆どの図鑑にはこの区別の記載がありません。あなただったら、どう考える? 1枚の葉っぱから、いろんな不思議がわいてきます。 


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# by midori-kai | 2018-06-14 08:41

アジサイが咲く梅雨の季節に   高 野 史 郎

ちょっと前には、落葉樹の芽吹きの、できたての新緑がきれいでした。スギやスダジイなどの常緑樹の暗い緑をバックにすると、その初々しいみどりが際立って鮮烈です。それが6月にもなると、新緑から深緑へ。そして入梅、アジサイの花が街のあちこちに目立ってきます。市川みどり会が、濱野先生の指導のもとに植えた梨風緑地のアジサイは、順調に育っているのでしょうか? 確かめに行ってみましたか?

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里山再生事業開始2006年~ 12年経ちました。
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3月17日植栽

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暴風でシートが、、
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暴風対策完了!
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これが一番!
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6月5日
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景観10年
風景100年
風土1000年
景観への第一歩の始まりです。
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今年の梅雨は、雨が多いらしい。海水温も高くて台風の発生も多いとかの予報のようです。野菜不足になったり、ナシが高温障害を起こしたり、台風の被害が起こったりしませんように。

この春、いくつかの講座のお手伝いをしたのでその報告をしておきましょう。以前は、講座などが始まる前にどうして引き受けてしまったのだろうと、いつも後悔していました。かなりあがっているのに、それを参加された人たちに感じさせちゃいけないと気にする。自分でも何をしゃべっているのか筋道が分からなくなっちゃう、などということもありました。終わるとガックリと疲れ果てる。ひとり静かに居酒屋で落ち込む!ということがしばしばです。ベテランの俳優さんでも、初日の前には変な夢を見て眠れないこともあるとか。

里見公園にある「花と緑のまちづくり財団」が主催する「市川の緑地を知る体験教室」という講座が420日に始まりました。私が担当したのは2回目の「市川の緑地の現状を知ってもらおう」というテーマです。

市川といってもけっこう広い。その全域をくまなく歩き回っている人はそれほど多くはなさそう。それに、90歳を過ぎてもますますお元気な岩瀬徹先生、そして今は亡き石井信義先生と岡﨑清孝さんなどと、かなり頻繁に歩き回った記憶が貴重な財産になっています。そうした記憶を若い人たちに伝え残して行くのも自分の役割なのか、などと思う年齢に達しているのです。

今回の体験教室のユニークな点は、市内各地で活動している「いちかわ森の交流会」のスタッフが、それぞれの作業している樹林地を案内するという企画でした。最初は里見公園から国府台緑地へ、2回目には大野の森から竹薮だった前畑緑地へ。3回目は堀之内から大町教育の森へ、4回目は柏井町2丁目の緑地へ・・・というように。

柏井は、市民キャンプ場があるところで、花と緑の市民大学が始まった頃の実習林だった地域です。しばらくご無沙汰していた所も含め、こうした機会に苦労して作業を続けてきた人たちから直接話を聞けるなんて、すごくありがたいこと。

願くば、もっと多くの市民の人たちに、こうした作業にかかわっている人たちが支えてきた緑が残されていること、そして、市街化がすすむ市川での緑の効能を、家族みんなで微笑みながら実感して欲しいということです。

5月になってからは、市役所の自然環境課が担当する生物多様性の講座で現代産業科学館へ。中学校の理科の主任の先生たちへの講座がありました。各学校から一人ずつのいわば業務命令での参加です。嫌な予感がする! 小人数でお互いに顔を見ながら意見交換するのならば、具体的な話ができる。でも短時間に、しかも参加した先生方がどういうキャリアの持ち主で、何を期待しているのか、全く見当がつかない。やりづらい予感に悩みがつのる。

小中学校の体育館で、こうした話の依頼があるたびに実のところ暗くなるんです。体育館は音が反響してしゃべりにくい。教壇に上がって座っている大勢の生徒を見下ろし、上から目線で話すなんて、こっちはつらいです。何回か連続しての小人数での話ならば、その後の経過などで意見交換もできるけれど、1回限りでは反応がわかりません。

今回は、一方通行の話を避けて多少とも話し合うチャンスを作ろうと、三択クイズを考えることにしました。①ビオトープって何だ? ②雑草を定義すると? ③外来種とは? ④生物多様性!の四つ。

短い言葉で、しかも面白く、混乱させないで正解も一つ入れておく。考えだしたら、これってすごく難しい。自然界には、一筋縄ではいかないことがたくさんある。大学受験で、出題の先生方が苦労してもなお、間違いが出てくるのもよくわかる、などというのを実感してしまったのでした。あなただったら、雑草の定義、30字ぐらいの短い文章でどうまとめますか?

63日は、晴れ上がって暑い日曜日でした。この日、恒例の環境フェアがニッケコルトンプラザで開催されました。自分にとっては、こういう機会に環境にかかわるいろいろな団体の活動を知るチャンス!そして、ご無沙汰している人たちとめぐり合えて情報交換できる貴重な機会です。

最初に顔を出したのは、ニッケ鎮守の森の横の「おりひめ神社」周辺で行われた、こどもエコクラブのネイチャーゲーム体験、親子連れ合わせて50人ぐらいが参加してくれました。

環境関連の市民グループなどの展示場は、建物の中を通りぬけた東側先端のコルトンホールです。せまいところに県の生物多様性センターや市の自然環境課、農産物普及協議会など17のグループが軒を並べています。

「市川とまと」というパンフレットを、はじめてみました。市川市では、市川のナシの他に、ネギ、ホウレンソウ、ダイコン、キュウリ、エダマメなども作っているというけれど、そんな農地はどこに残されているのかな? 総武線沿いや行徳にそんな場所は見当たらない。とすると、市の北部だろうな。この辺の情報も集めながら、近いうちに現地を歩き回わらねば!

6月上旬、外環も貫通する。道の駅に、市川産の農産物がやがて並ぶのだろう。こうした場所で、市川産の取れたての情報がたくさん発信されるとうれしい。

【イラストの説明】



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# by midori-kai | 2018-06-13 07:04

第90回 5月(早苗月)ジャケツイバラ


ジャケツイバラ 漢字で書くと「蛇結茨」。語源は、つる性の茎がねじれてヘビがとぐろを巻くように結ばれた状態になるからだとか。

 今年初めて、市川大野駅に近い万葉植物園で花が咲いたのを見ることができた。ここへは何度も訪れていたのだが、花が咲いているのに出会ったことがなかった。420日頃から咲き始めたようだ。青空をバックに黄色い花序が棚に伸びて、次々と咲いていくのはまさに絶景! 10本のオシベは紅色、葉は2回偶数羽状複葉。

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とにかくトゲのあるコブだらけの茎がスゴイ。太さが4㎝ぐらいある。分布は東北南部から沖縄までで、山野に自生していると図鑑には出ている。もう少し若い木ではどんな状態なのだろう。頻繁に山歩きしている何人かに聞いてみたが、とにかくでかくて、トゲだらけで近寄れないよという返事。

広い意味でのマメ科なのだが、マメ科も種類数が多く世界に60013000種ほどあるという。子房上位でⅠ心室、タネに胚乳がないという共通項でくくられているが、あまりの大所帯なので、チョウ型花冠のソラマメ亜科、オシベが目立つネムノキ亜科、つる植物が多く上側の花弁が花の内側に位置するジャケツイバラ亜科の3つを、それぞれの科に独立させる考えの研究者がふえているようだ。

これを描くのに、万葉植物園へは4回通った! この近くには仲間が見当たらないが、自家受粉でタネが実るのかどうか、これからもまた何回か通うことになりそうだ。市川で見られるのはここだけのように思われる。来年はいつ咲くのだろうかなどと、またもや果てしない気分になってくる。 


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# by midori-kai | 2018-05-14 08:02

 鯉のぼりの季節、北国分の道の駅へ行ってみた!  高 野 史 郎

どこへ行っても、この春はいつもより半月早いという。429日の昭和の日、ここ20年ほどは自然保護協会の「障害者といっしょに」というゆっくりしたテンポの自然観察会に参加しているが、もうサクラの花がすべて終わって新緑状態になっていた。5年程前には、ソメイヨシノよりも遅れて開花する里桜のグループ、関山や普賢象、一葉、鬱金、御衣黄などが満開だった年もあったのに。

10年前頃には、ナシの花は4月になってから咲き始めると思っていた。いつの間にか、3月下旬から咲くようになってしまった。この夏は酷暑なのかどうか、雨はちゃんと降ってくれるのか、今から心配になってしまう。

上野の科学博物館には、低温にも強いイネの品種改良の歴史の展示がある。北海道でもおいしい味のイネが栽培されるようになるには、明治前後からの長年の苦労があった。それが今では、高温障害を起こさないイネの品種改良が進められるようになってきている。

里見公園では、519日に市川ローズフェアが開催されるはずなのだが、気の早いバラは4月末から咲きだしている。ローズフェアの頃は、二番花になっている頃だろう。

今年は420日から始まった「市川の緑地を知る体験教室」のお手伝いをちょっとだけしている。今回は、市内各地で里山活動をしている「いちかわ森の交流会」が主催し、花と緑のまちづくり財団とが共催する形で運営されている。6月までに6回の講座があり、毎回市内各地の緑地を歩いてつなげ、管理しているスタッフが案内するというユニークな形で始められた。

自分にとっては、ご無沙汰している市内各地の林の状況を、頻繁に通って作業している人たちから直接お話を聞けるという、まことにありがたい企画というわけである。

1回目は、里見公園から「水と緑の回廊」のコースで、じゅん菜池を経由し、小塚山公園まで歩いた。2回目は、松戸市に近い大野の森で昼食をとり、以前は竹林だった前畑緑地まで歩いた。10年前の林の状態の記憶がよみがえる。天候にも恵まれ、新緑が素晴らしい。こうした企画をもっとひろく、市民全体に広げる方法はないものかと思うことしきり。

それぞれの里山グループは、曜日を決めて月に2回程度集まって作業を続けている。こうした人たちによって市川の樹林地が支えられていることを知らない市民が殆どなのではないだろうか? あまりにももったいない!と今度もまた思った。何か名案はないものか?

しばらく市内北部の巨樹も見ていない。北国分の調節池はその後どうなった? このあたりは30年も前に炭焼きキャンプをやっていた炭の活用もかねて、国分川の水質浄化の実験などもやった場所だし、水辺に茂るガマの穂が、風に運ばれて住宅地の洗濯物についてしまうという苦情が市民から出たところでもあった。道の駅もできたらしい。行って見なければ!

北総線経由で北国分の駅に向かう。高架の鉄道から見下ろす市川北部のまちなみは、広々としていてあちこちに新緑の林が見える。なんとも幸せな気分になれる景観が広がっている。

天然記念物のハリギリがそびえる伊弉諾(イザナギ)神社は、その後どうなった? 近づくにつれて、ハリギリの枝振りがすっかり変わっているのに気がついた。枝先が枯れこんで落下する危険があったのか。社殿を取り囲むように植えられたサカキが、殆ど切られてさっぱりしちゃっている。どんな事情があったのだろう。こうした情報も、できれば解説して市民への関心を深めることにつなげて欲しいもの。

このハリギリが、市の天然記念物に指定されたのが昭和54年(1979年)424日だった。当時の記録では幹周りが2.62mとなっていた。何しろ高さが20mもあるのだから、風当たりも強いことだろう。四方から何本ものワイヤーで支えられている。つい最近、枝の先端がかなり剪定されたようで、すっかり淋しくなってしまっていた。

2003年には、千葉県委託事業で樹木医さんが市川の巨樹についても治療が施されたが、その中にこのハリギリも含まれていた。その報告によれば、高さは20.3m、胸高幹周が340㎝、根元周が570㎝。枝下高が570㎝で、見上げるのには双眼鏡が必要になってくる高さである。当時の枝振りの記録では、東側に5.3m、西側は一番枝が伸びていて9.5mとなっている。今はその半分もない。

治療には、土をやわらかくして根の呼吸を助けるため、空気管10本、施肥2㎏、木炭10リットル、モミガラ30リットルなどをやったようだ。今はもう、こうした情報を知っている人もおそらくは絶滅状態と思うとつらくなる。せめて10年に1回ぐらいは市内全域の緑地をパトロールして調査を継続させるとともに、市民に樹林の必要性をアピールして欲しいのだけれど、誰もそんなこと考えられなくなっている気配を感じている。

この日、北国分駅から歩きだして国分川の鯉のぼり風景を眺め、道の駅にも寄ってから総武線まで、6キロほどをつなげ歩く予定でスタートしたのだが、2年ほど見ないうちにすっかり景色が変わったのに驚かされた。国分用水沿いには、約100本の桜並木が、その先には曽谷小学校沿いに600mの桜並木もある。育ち具合はどうだろう。春木川あたりに住宅地が増えたのもビックリの連続。

東国分中の南側道路には、オーナー制度でサクラの若木が植えられた所もあったが、風当たりの強い場所だからサクラにとっては厳しい環境だ。雨が降らない夏には、カラカラになってしまいそうな小さな「植えマス」も心配だ。まわりはアスファルトで地面は40度を超す暑さになるだろう。風上側のサクラの枝先が、枯れこんでしまわなければいいのだが。

目指す道の駅は、当然ながら広い道路、外環寄りの場所にあった。ずっと気にしていたのは、この道の駅が、どんなふうに市川の情報を発信しているか?だった。多くの道の駅では、地元産の採れたて新鮮野菜や各種お土産品を並べている。手賀沼近くの道の駅では、周辺の野鳥や水質などの自然環境を紹介するスペースがある。

市川の場合、四季それぞれの産物ってナニがある? 地産地消をPRするものってなんだろう? 自動販売機には、ナシの花とナシが表面を飾っていたのがうれしかった。たくさん並んだお土産物のウラの生産地を見ると、鴨川市産のものが多かった。チーバクンのお土産もいろんな種類が山積みされていた。市川産のラベルのものは、なかったような気がする!

道の駅は千葉県下に29箇所あるのだそうだが、もちろん市川では初めてのもの。パンフレットは品切れとのことで、細かい事情は解らない! 駐車場は120台分と広い。トイレは男性用が10、女性用個室が20と多くなっていた。大洲防災公園などでも、女性用トイレは時に行列ができているから、よかった! この棟の天井の梁には、積層木材が使われていた。これらの管理は、国交省がするらしい。 

これから先、外環が開通されて、どんな活用につながっていくのかが楽しみ。



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# by midori-kai | 2018-05-14 07:39

第89回 4月(卯の花月)ボケ


ボケの花と実のイラスト、3月頃から咲きだすのがボケの花。庭木としても植えられ、赤や朱色、咲き分けなどと古くからの品種が多い。秋には小形のリンゴみたいな実をつける。

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近縁種としては、中央アジア原産のマルメロや、中国原産のカリンなどもあって、おたがいによく似ている。マルメロは幅広の花びらで、薄いピンクの花、カリンの方は細い花びらで、はっきりしたピンクが目立つ。

 マルメロやカリンは、硬くて渋いから生で食べることはできない。もっぱらシロップ漬けや果実酒に使われる。ボケの実は、こうした利用方法をあまり聞かないのは何故なんだろう?

田舎の畦道などには、丈が低いクサボケが咲く。シドミとか、ノボケなどとも呼ばれている。

 ボケの花を開いてみて、ビックリしたのはメシベがないこと! オヤッ、今まで全く気にしなかったのだが、雌性花と雄性花との区別があったのだ。すると、これも昆虫がやってきて受粉する虫媒花ということになるのかな? 

あちこち散歩しながら、ルーペで花の構造を確かめる。改めて以前に描いたボケの実をとりだす。当分は、この観察を続けながら、どんな昆虫が寄ってくるのか? メシベがついた花が季節の経過と共に発育していく状況を確かめ歩くのが楽しみだか、課題が増えてしまったというわけです。

春の季節は、どんどん進む。いつの間にか葉っぱが伸びて、花が咲いたことなど忘れてしまいがちだが、夏に向かって確かめながら歩くことにしよう!


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# by midori-kai | 2018-05-14 07:03 | みどりの道を 散歩しましょう!

木内の展覧会報告、環境パートナーシップで筑波へ  高 野 史 郎

この春の、あわただしいサクラ情報は、ビックリの連続でしたね。気象情報では、記録がある中で一番早いとか暑かったとかの異常続き。ソメイヨシノは、いつ満開になったのか、もう散り始めたのか、解らないほどのめまぐるしさだった。

本八幡駅から近い水木洋子邸のチュウゴクナシの“ヤーリー”が、今年は325日にはもう咲きだしてしまった。

例年ならば、彼女の命日に当たる48日頃に、知り合いの植木屋さんが受粉作業をしてくれているらしいのだが、今年は、4月上旬には、もう散り始めてしまうのではないか? 5枚の花びらの、ふっくらとしたナシの花だった。

大町のナシ街道も、ここしばらくは人工授粉に続き、忙しい季節が始められることだろう。

この3月、しばらくお休みしていた木内ギャラリーでの展覧会を3年ぶりに復活させました。今までは自分の植物イラストを並べると共に、いくつかの市民グループの活動紹介の役割も果たさなくては、と思い続けていたものです。

里山活動している市民グループも、10年たつとそれだけ年を重ねることになる。役所のほうも、昔の事情を知っているベテランの方々は、殆どが退職されてしまっている。自然関係の仕事は、マニュアル通りの事務処理で済むわけにはいかない、気の長いキャリアが必要な領域だ。

県庁の林務課とかかわっていた頃、県内のいろんな場所をよく案内していただいた。「担当者が課長に昇格した頃、予想もしなかった問題が起こる」という話も聞かされていた。

市川市では、親しくしていただいた市川学園の石井信義先生とその教え子の岡崎清孝さんが、まだまだ働き盛りで、もっといい仕事を続けて欲しかったのに、亡くなられてしまったのが惜しまれる。

その辺の事情を、後世に少しでも伝えていくのも自分の役割かと思っていたのが今回の展覧会の、目的の一つでした。

世の中、どんどん便利になって、パソコンで、ケイタイで、瞬時に手っ取り早く情報が得られる時代。でも、やっぱり現場へ、それも何回も足を運んで四季の移り変わりを実感し、その場の空気を肌で感じて欲しいと思い続けている。今回のテーマは「自然環境30年の移り変わり・・・」でした。

真間山幼稚園北側の、名物のコブシの木は、お彼岸の頃に真っ白い花をいっぱいに咲かせて、季節の訪れを知らせてくれていたのに、ついに枯れてしまった。

家の裏側に回り、根元のあたりを覗かせてもらったら、乾燥した幹にはアラゲキクラゲとサルノコシカケが付いていた。いずれ、切り倒されることになってしまうのか。あのスペースでは、その脇に新しい苗木を植えるわけにもいきそうもない。

展覧会の宣伝材料のチラシには、はじめ、わんぱくの森の入り口近くに茂っているクヌギをモデルとして登場させたいと思っていました。

大きなスケッチブックを持って改めてじっくりと眺めると、幹の辺りがひとひねりしている。何やら複雑な事情があったらしい感じ。まだ新芽が開いていない枝先の冬芽の状態を見上げながら、いずれはゆっくり、木炭デッサンで描いてみたいと思っているのだが・・・。

市内でのクヌギの大木は、国府台4丁目の水と緑の回廊にある、ちょっと傾いたクヌギ。記録では、胸高幹周が278㎝、高さが26m。これとほぼ同程度なのが、大町の竹内邸のクヌギだった。

これらの記録は、岡崎さんが中心になって調べたもので、2002年の調査です。それから15年以上が経過しているわけで、その後は全く全体的な調査はされていない。一人ではとても無理だし、市内全域といってもけっこう広いのです。気がかりだけれど、それを調べてまわる余力があるかどうかが、問題なのですが。

市街化が進む市川市で、どこにどんな緑地を残すかのゾーン計画が必要でしょうね。せまい場所では無理だけれど、環境保全とか、地域の景観とかの視点で考えていきたいものです。

JRの鉄橋からも見える国府台の斜面林は、松戸市の矢切の斜面林と、少しずつ構成種を変えながらも連続している。松戸駅近くには浅間神社があって、ここはこの地域の極相林として、天然記念物として指定されているの、ご存知でしょうか?

地球から見て、太陽が赤道の向こう側にいってしまう冬至には、関東地方の正午で光の角度が30度ぐらい。つまり、建物の2倍の日陰ができるということ。市街地には電線が張られている。晩秋には落ち葉が住宅地に舞い落ちる。そんないろいろも考慮しながらのその場所にふさわしい緑の空間を、智慧を出しながら育てて生きたいものです。

3月末には、「環境パートナーシップちば」の研修会で、筑波へ。見学したのは、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構という、長い名前の施設です。略して農研機構。かずさDNA研究所はかなり頻繁に出かけて、よくわからないながらもお勉強しているが、この場所は初めてだったので興味津々だった。

農業試験場の設立は、明治26年(1893年)に始まったが、何度となく組織変更や統合が繰り返され、ここが今の組織になったのは2016年のこと。広大な敷地には各種の遺伝資源管理施設などが点在している。過去の農業の歴史の中で、栽培植物も多くの品種を蓄積してきたが、世の中の需要の変化などで消滅していく遺伝子データーも多くなっているとのこと。評判のいい品種だけに単純化されてしまうと、環境の変化や病気などでいっぺんに絶滅してしまう危険もはらんでいる。

それに備えるために、世界各地に残された野生種の遺伝資源などを収集保存するのも、ここの役割というわけ。植物の種子や栄養体、動物の生殖細胞などが、配布用と長期保存用とに分けられそれぞれに最適な方法で貯蔵されているという。ジーンバンクで保存されている遺伝資源は、研究教育用にWebサイトからオンラインで申し込むことができるのだそうだ。

40万個が保存されているという巨大な棚から、コンピューター制御された指示に従って、猛スピードでカプセルが選び出されチェックされて、出されてくるのは、まさに驚き!

ここでの研究、たとえばお米を食べて花粉症対策を行う次世代型免疫療法の取組み、絶滅した在来種の酒米を保存中の種子から再生させて地元の酒造会社の復活援助、などなど。

この近くには、国立科学博物館の施設として、筑波実験植物園もある。面積は全体で14万平方メートル。常緑広葉樹林区、砂礫地植物区、山地草原区などと区分されていて、約4000種の植物の四季を楽しむことができる。関心のある方、お好きな季節を選んで、是非お出かけを!

 



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# by midori-kai | 2018-05-14 06:22

第88回 3月(弥生)アジサイ

ついこの間、ウメがチラホラ咲き出したと思ったら、2月の終わりには、もう満開になり散り始め、サクラの季節に変わっていく。春の季節はめまぐるしい。

冬の間は干からびた茶色の茎ばかりが目立って冴えなかったアジサイも、新芽を伸ばし次々と葉を広げていく。ツボミを持つのはどこから伸びた新芽? 古い枝は次第に枯れこんで、新しい枝に世代交代しながら育っていくのを確かめよう!

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花の命は意外に短い。ハイビスカスの仲間やキスゲなどは、1日花。次々と咲いてくれるから、けっこう長い間、咲き続けているように見えても「花の命は短か過ぎ」といつも思う。

乾燥地帯に咲く植物の中には、たった1回の降雨を最大限に活用して、タネから芽を伸ばして花を咲かせ実を結び、2か月足らずで一生を完結するものもあるのだそうだ。

そのたった1日の開花を待っていて受粉に飛び回る昆虫の暮らしもあるわけで、それにくらべれば、人生ってすごく長いのを実感しますねェ。

「いつの季節にも、感じのいい植物って何ですか?」と、難しい質問の返事に苦労する。これって、見る側の感受性の問題なんだと思うのだけれど。

レストランなどにランの花などが飾ってあると、あれ、造花じゃないのかな、などと触って確かめたりする。最近は本物そっくりの精巧な造花が増えてきた。窓の目隠しに、まがい物のツタみたいな葉っぱが目立つようになったのがわびしい。でもそれが市販されて商売として成立するのは、そうは思わない人の比率が高まっているから売るということなのでしょうね。四季の変化があって、それぞれに違った表情を見せる。それを楽しむような感性が期待されるのに!

この間、冬木立の林を何人かで散歩したことがありました。「冬の林って、いいですねえ」と、いつもはあまり感情表現しない人にいわれて、思わず、その人の横顔を眺めてしまった!

アジサイの花、花が終わった頃から微妙な色合いの緑色っぽい感じに徐々に変化していく。いけばなの花材として花屋さんに並んでいたりします。

冬芽はかなりでかいです。枝先の大きな冬芽がたぶん花芽です。春が近づくにつれて緑の新芽が伸びていく。そんな季節変化を楽しみたいものです。


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# by midori-kai | 2018-03-21 20:56

あれから7年の三番瀬、柏井の実習林を久しぶりに 高 野 史 郎

3月というと、あの311の地震を思い出す。あの時、ちょうど市川駅から西に向かい、江戸川土手のカワヅザクラの開花状況を確かめようと車で走っていた。電線が大きく揺れていた。一瞬、ビル風のせいかな、と思った。川沿いのマンションからおばあちゃんがヨタヨタと転ぶように出てきて、「揺れるよう!」と通行止めの棒にしがみついていた。

市役所に戻ったら、ロッカーから書類の山が流れ出して大変だったという。すばやく建物から外へ、非難した人もいたらしい。

それから数日間、気がかりな場所を自転車で走り続けた。市川には急斜面の崖地で、そこに巨木が傾いて生えている場所が多い。たとえば、宮久保の白幡神社から三面大黒天のあたり、奉免町の第六天(神明社)の周辺、柏井町の唱行寺などなど。周辺ぎりぎりまで宅地として開発され、崖の下がすぐに民家になっているところもある。

根の部分の土がえぐられ、幹は枝葉と共に日の当たるほうに大きく傾いていて、辛うじて重力に耐えているところが何か所もある。倒れた巨木が道をふさいで、非難の的になっているのではないか?

翌日からは市川北部、そして行徳方面から砂が噴出したと伝えられる浦安市の海岸の方向へと、走り続けた。浦安市の市制施行は昭和564月だったはず。今は元町・中町・新町と3区分されているが、「青べか物語」以降の埋立地が、市の半分以上を占めているといわれる。

埋立地の造成は、海の沖のほうからパイプで砂まじりの濁水を仕切りの中に流れ込むことから始まる。パイプの先端の吐き出し口を少しずつずらしていくので、乾燥するにしたがっていくつもの小山が出来ていく。その一つ一つが粒の大きさ・重さの違いから新しい土の積み重ねとなり、万遍なく一様に海からの砂が平らにつながって新しい地面を作るのではないらしい。不連続ないくつものかたまりが、途切れた記憶のように、別々に動き出すらしいのだ。

野鳥観察舎のある行徳近郊緑地でも、2m以上もの深い溝があちこちにできた。段々畑のように苦労して水の流れを作っていたのに、土手が崩れてそれから先の修復作業に苦労したという。カワウが暮す池に突き出していた上北岬・下北岬の一方は、道が途切れて離れ島になった。風呂田先生(東邦大学)がそこで潜ったら、身長ほどの深さになっていたとのことだった。

しばらく出かけていなかった市川市東浜先の、三番瀬の砂浜はどうなった? あの場所にも春が来て、ブルドーザーで平らにならされた砂浜にも、海浜植物の新芽が伸び始めてきただろうか? 半年以上も砂浜に下りていなかったので2月末に行ってみた。

二俣新町から南に真っ直ぐ伸びる道路が、船橋市との境界線になっているのだが、潮干狩りで有名になった海浜公園の船橋市側の知名度の高さに対して、市川の知名度は低い。市境の延長線が砂浜にもあるのかどうなのか、イマイチはっきりしない。市川市の領域らしい地域の海浜植物群落のことなど、もうすっかり忘れ去られている。海岸沿いの埋め立てや、第二湾岸道路問題、三番瀬円卓会議があった頃から、もう15年ほどが経つのだ。

海を望む護岸の上から眺める砂浜部分は、イネ科の細い葉の植物たちが亜麻色に広がっていた。ヨシ、ススキなどの群落で、市川側にはガマやオギは見られない。

西側の防潮堤沿いの砂浜部分には海水が流れ込んで、ここにはホソバハマアカザなどが分布していた地域である。それらしい枯葉がわずかに残されていた。北風を防ぐ護岸のすぐ下の陽だまりには、ハマダンコンが結構大きく育っていた。そっと引き抜いてみたら、直根が20cmにも伸びていた。

まだまだ冬景色の中で、クロマツが6本ほど突き出している。一番高いものでは160㎝に育っていた。海岸防風林から飛んできたタネからの芽生えか? ここ5年間の成長の記録でもある。

波打ち際沿いに東に向かって歩く。コウボウシバらしきカヤツリグサ科の緑色が、砂の中から少しだけ見える。潮が引いた後に、大きなミズクラゲが打ち上げられていた。直径が20㎝ほどあり、4つの目玉模様が薄紫色に目だっている。はて、クラゲの婚姻色? クラゲの思春期・繁殖方法はどうなっていたのか、調べてみなくては!

気がかりな柏井町2丁目の市民大学実習林へも出かけて見た。市川市が「まちかど回遊レンタサイクル」を廃止してしまってから、すっかり行動が困難になっている。市川の雑木林は、当然ながら市街地からは離れた場所にある。仕方なく、武蔵野線の船橋法典駅からバスで藤原4丁目方面に向かい、越境してパチンコ屋さん横の細い道から現場に入ることにした。

ここは20年以上も前には、ガールスカウトのメンバーたちと炭焼きキャンプをしていた場所。そして花とみどりの市民大学が開講されてからもう10年ぐらいたつはず。一期生から順次に五期生までが実習林として、ボランティアとして応募した人たちが活動し始めた懐かしい場所である。

この地域もまた、20年以上の移り変りが激しい。小さな水溜りのような池があり、トンボが産卵する場所でもあった。冬の季節、枯れ枝そっくりなホソミオツネントンボが、枝にぶら下がるように止まって越冬する。船橋側にパチンコ屋さんが出来て駐車場が広がり、クヌギ、イヌシデ、コナラなどは根元だけを残してアスファルトに舗装された。雨の日の水の流れを確かめていないのだが、そうした関係もあって、水の流れが大幅に変わったのだろう。

駐車場には、これらの落ち葉が堆積している。駐車する場所だけが枯葉を除去されるから、あちこちに枯葉の山が出来ている。風の日にどうなる? あの落ち葉は土に帰ることもできず、やがて清掃車で焼却場に運ばれることになるのだろう。

市の境らしき所には小さな溝や仕切りがあって、それを越えると急に昔からの雑木林の風景に変わってホッとした気分になった。

説明の看板が立っている。「林の土壌回復のために整備活動をしています」。樹木にとってよい森林環境とするために、林の下にも光がさしこむよう心がけています。ミミズやヤスデなどの生きものがたくさんいるフカフカした土にしていくためです・・・などと書かれていた。

2012年から調査を始めたと書かれているから、もうそれが8年間も続けられているらしいのに気がついた。ご苦労さまなコトです。なんやら、聞いたことのある人たちの名前が記されている。急に気分が明るくなってくる。あまり大勢の人が踏み込んでしまっては困るが、こうした活動をしていることをもっと知ってほしいし、林の中の散策を楽しみにしてくれる人が増えて欲しいと思うことしきり!

順に実習地をまわる。それ以前の、2030年前の風景を思い出す。それぞれの活動グループの性格が現れるのか、看板のアピールの表現方法が違うのも面白い。大風で倒れたオオシマザクラの大木は、かなり枯れこんできたが、枝先は元気そうだから4月になったら改めてお花見にこよう!

畑の奥の五期生の実習林は、船橋法典高のすぐ西隣の場所にある。太いニセアカシヤの幹模様が目についた。下枝は取り払われているから白い花を見るためには、かなり見上げることになるだろう。

この植物、戦後は荒れた林をすばやく緑化してくれる救世主のように宣伝された時代があった。マメ科で葉は蛋白質も多く家畜の飼料になる。幹は燃料に、花はミツバチの蜜源にと。

堀之内の貝塚公園の奥にも、このニセアカシヤがジャングル状態に茂っていたのだが、この時代の名残だったのだろうか? ところが茂りすぎると、砂漠の救世主としてもてはやされたクズと同様に、嫌われる運命をたどることになるらしい。

林の下で、ニワトコが新芽を伸ばし始めていた。その手前の曲がり角、みんなが植えたツバキの苗も大きく立派になって花を咲かせていた。ここにせっかくテーブルや切り株のイスを並べたのだから、楽しんでくれる人が増えて欲しいのに!



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# by midori-kai | 2018-03-21 20:55

第87回 2月(草木張月)モウソウチクとマダケのタケノコ

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もうすぐタケノコが出回ってくるだろう。八千代市の里山講座の時にいただいたモウソウチクとマダケのタケノコ。違い解りますよね。皮をむくと食用になる部分が出てくる。節の数はざっと60ぐらいある。

タケの成長が早いのは、それぞれの節の上部に成長帯と呼ばれる分裂組織があり、その全部の節が伸びていくから。1日に120センチほど伸びるといわれる。20メートルの高さになるのに1か月ぐらいしかかからないというから恐ろしい成長ぶり。すぐに、まわりの樹木よりも高く飛び出してしまう。



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# by midori-kai | 2018-03-19 05:27

手賀沼の野鳥観察と濱野周泰先生の里山講座  高 野 史 郎

23日は節分、季節が移り変わる節目。今では特に立春の前日だけを節分と呼んでいる。この日の夕方、ヒイラギの枝にイワシの頭をつけ、門の前に飾る。節分には鬼打ち豆といって豆まきがある。原木の妙行寺のあたりでは、今でもこの風習が残っているらしく家々の門ごとにヒイラギを飾っていた。はて、中山の鬼子母神のあたりでは「福は内」だけと聞いたが、ヒイラギはどうなっているのだろう。
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あちこちのスーパーを3日の夕方に回ってみた。乾いたヒイラギの枝に飾り物をつけ、袋詰めした20ぐらいを売っていた。4日に確認に行ったが、もう取り払われて売り場にはなかった。ゴミとして廃棄処分されてしまったようだ。実物を買って、集荷する産地とイワシの頭の代用品を確かめたいと思ったのに後の祭り。

春の七草の時もそうだったが、旬の行事としてスーパーで扱わないわけにはいかないだろうが、生産者にどれほどの利益をもたらすのだろうかと気がかり。

新春早々の17日、千葉県の環境講座で「冬鳥に会いに行こう」の行事があり、久しぶりに手賀沼周辺でのバードウオッチングと、鳥の博物館で観察記録の話を聞く機会を得た。

10時から昼までの手賀沼北側の遊歩道で確認した野鳥の種類数は、多いグループで38種だった。午後からは我孫子野鳥を守る会の間野吉幸会長から、「手賀沼の環境と水鳥の変遷」のお話が圧巻だった。1970年代からの水質や周辺の環境変化と定点観測記録などを説明されたのである。

1972年ごろの記録では3万羽のカモが来ていたという。外来植物が増えていった記録も多数。水質浄化にホテイアオイを投入し、巨大に成長したそれを陸上に引き上げて富栄養化を防いだ時代もあった。2017年には、ハスが大繁殖しその群落が24ヘクタールにも達したという。ハスは酸素を大量に吸収するから、周辺のサカナが育たなくなるらしい。いまはナガエツルノゲイトウの繁殖がすごい。水陸両用で、水辺から上陸しツルを伸ばし茂っていく話も各地で聞かれる。この除去には4日間もかかって、78万円の費用を必要としたとのこと。

水がきれいな時代の代表的な水鳥がキンクロハジロ。反対にきれいになっていなくなったのがハシビロガモ。一方でコブハクチョウは1997年に一つ外が定着し次第に増加、2010年が最大で384に達したという。池の淵から陸にあがり、クローバーを食べる。田植えしたイネも食べてしまうので農家からは嫌われる。散歩するお客様からは歓迎されるという難しい課題だ。

40年余りも市民活動として定点活動を続け、種別・科別にグラフ化している。シギ科やチドリ科は浚渫や水位変動によって餌場となる中洲面積が減少し、殆ど観察されなくなった。バンは沼を囲む遊歩道の整備により人の往来が増え、安全な休息場所が少なくなったためか、長期逓減傾向が続いていたが、多少は取り戻しつつあるらしい。

人のかかわりも含め周辺の自然環境も変化し続けている。まだまだ当分はこうした調査を続けて行きたい。やめてしまったら、将来への記録がそこで途絶えてしまうからやめてしまうわけにはいかないとの事だった。

120日には、環境省生物多様性センターと日本自然保護協会が主催する「モニタリングサイト1000」の調査報告会が帝京科学大学で開催された。

モニタリング1000里山調査とは、100年の長期にわたり里山などの変化を記録し、生物多様性の保全施策に役立てるための環境省の事業。全国で1500人もの市民ボランティアや市民グループにより、すでに200万件ものデーターが得られている。

各地の事例報告などもあって盛り沢山の内容だったが、その中から、子どもたちを対象に環境学習をやっている先生の話がユニークで楽しかったのでご紹介しよう。

信州大学で絶滅危惧状態になっているシジミチョウの研究を続けていた女性で、関連企業の協力も得ながらシジミチョウの歌などもみんなでいっしょに作ったという。子どもたちが、観察記録などから作詞した歌は「お母さんは考えたよ、みんなで蝶が食べる植物を育てるよ。みんなの未来を信じて・・・」という音楽会になったのだそうだ。

この話は、後半の質疑応答でもずっと尾を引いた。「ここに集まっている人は、みんな自然が大好き。でも残念ながら社会全体では1パーセントの部類で、世の中の99パーセントの人は生きもののつながりなどに全然関心を持ってくれない、その人たちにも解ってもらうためにはどうしたらいい」という提案であった。あなたならば、どういう仕掛けを考え、どんなふうにして行く?

127日には、市川みどり会主催で濱野周泰先生にお出でいただき、市川大野駅の南、屋敷林の中に茂るタケの整理をテーマに里山再生事業の講座が開催され、市川みどり会、市川の森の交流会、市川市自然環境課職員などのメンバーがいつものいでたちで大勢参加した。

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                                里山再生実践講座:会場風景

                      

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第6回 里山再生実践講座


「タケの生態に学ぶ除伐と侵入対策」
講師:濱野周泰(東京農業大学教授)
市川みどり会会員の所有する山林をお借りして管理の困難な竹の侵入山林において実践講座。
日本各地で困っています「竹」をテーマとして行なわれました。
開催日 平成30年 1月27日(土)9:30~15:00(小雨決行)

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                                 (中央:濱野先生)

いま、雑木林に入り込んで茂る続けるタケの問題は、各地共通の悩みでもある。房総を走る車窓からの眺めもタケが林に入り込んでいる風景が多い。東海道新幹線からの景色も同じ。そんな課題をかかえての実践講座というわけである。もっとじっくりと濱野先生のお話をお聞きしたかったが、現場ですぐに作業に取り掛かった。参加された方々の事後の復習とその情報交換をお願いしたいと思っているけれどいかが?



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切り倒した竹に、ロープを引掛けて、、
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引く!

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ロ-プを引掛けて、、
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力を合わせて
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引く!
この2mロ-プが優れものです!!

市川市での自然環境調査では、古くは市川学園の石井信義先生が実施されたし、2002年には岩瀬徹先生が調査された折に、岡崎さんと共に市内各地を回って現存植生図を作るのにちょっとだけかかわらせていただいた。過去の調査と同じ分類にしたかったのだけれど、比較してみると大幅に変わっているのに驚いた。

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(濱野先生)

大雑把にくくると、樹林地は相当に減少している。樹林の構造が変化してしまった。松枯れによって松林がなくなり、落葉広葉樹林が増加した。タケ類が各地に増加し、樹林地に侵入してタケ優占の状態が増えた。林床にアズマネザサなども増加し、身近に林に近寄れないほどのヤブ状態になっているところも増えた、などとなる。

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竹の枝処理:破砕機

タケの粉砕機?の威力はすさまじいものだった。刈りとっとタケの枝が、みるみる粉砕されていく。8年ほど前、酒々井の雑木林管理のお手伝いした時には、ものすごい音がしたのに、ずっと静かになって効率もよくなってきているようだ。参加された皆さん、お疲れさまでした。


                   
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                                     作業前
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崩れを防ぐために、斜面と平行しての土留め作業がしめくくりとなる!
                                    
 作業後

2年後、2020年:経過観察を兼ねて、里山再生実践講座が開催されます。




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# by midori-kai | 2018-03-13 06:30

第86回 1月(正月)ヤブコウジとブロッコリー

【イラストの説明】

ヤブコウジとブロッコリー。なんとも変な取り合わせのようですが・・・、ヤブコウジは野生種、ブロッコリーは野菜です。

植物の組み合わせで、高い樹木と低い草などのセットで植生を名づけられたものがあるのを、この機会に思い出しましょう! 太平洋側に分布している照葉樹林帯には、「ヤブコウジ―スダジイ群集」という言葉がある。落葉広葉樹林帯では、太平洋側の「スズタケ―ブナ群集」、日本海側には「チシマザサ―ブナ群集」のように。

ヤブコウジは、地面近くを這うように茂って冬に赤い実をつける。お正月の飾りでよく知られているのがマンリョウ、センリョウなどだけれど、ヤブコウジはいまや知名度が低下しちゃっているのかもしれませんね。

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昔はヤブコウジを束にして、ミズゴケなどでくるんだ状態で鉢植えにして売られていたのですが。ヤブコウジは、地方によって、ヤマリンゴとかチンチロモチなどと呼んでいるところもあるようですよ。

林の中を散歩した時、どこかでヤブコウジを見つけたら、そこは自然度が高い場所だった可能性もある。里見公園の西側斜面では、鉢植えから逃げ出したノハカタカラクサ(トキワツユクサ)ばっかりが茂っている。誰かが植えたものが、大繁殖して前から茂っていた野草を追い出してしまった結果なのかもしれませんね。

「これ何の木?」といういつもの質問パターンだけでなく、どんな組み合わせで茂っているのだろう? と考える視点を持つと、楽しい新発見が生まれてくるかもしれません。

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一方のブロッコリー、カリフラワーとどう違う? 白いのがカリフラワーで、緑色なのがブロッコリーと思うと、どうやら全く勘違いのようになっている昨今です! ブロッコリーの方は、正常に発達した花序の状態で、時には花が咲き始めているものもある。カリフラワーの方は、小さな花柄や未発達のツボミなどを葉っぱでくるんだ状態で出荷されているようです。

どっちも、7月頃にタネマキして、3か月ぐらいで収穫される。発芽温度はどちらも20℃ぐらい、生育適温は15℃から20℃ぐらい。ということは、春まきして夏に収穫するのは難しそう。とすると、これらの野菜をスーパーで見かけるのは秋だけなのかな? 別の季節にも見かけるとすると、産地はどこなのだろう? 野菜類の栽培も、タネをまけばいつでも順調に育つとは全く限りません。

自然の景色と比べながら野菜畑をみると、四季の移り変わりと栽培方法の変化が感じ取れて楽しいですよ。ブロッコリーは、先端のツボミが収穫された後に、側枝花蕾(ソクシカライ)と呼ばれる横枝が1~2か月ぐらいで伸びやすい習性の種類もあります。

タネ屋さんのカタログには、いろんな色のカリフラワーやブロッコリーの種類が売り出されています。冬の野山の風景と、林の中の散歩と、街の中で売られている野菜などを比べてみるのを、今年の新しい散歩メニューに加えてみるのがお勧めです。


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# by midori-kai | 2018-03-13 06:27

さあ、2018年の始まりですよ!  高 野 史 郎

冬の寒い季節、家族お揃いで鍋料理などを食べましたか? 年末のお鍋の食材、ハクサイなどが意外なほどの高値でした。昨年8月の雨続きや、その後に日照不足の地域があって気温が上がらなかった、10月の台風などの被害などで、野菜の成長を遅らせたのが原因なのだそうだ。異常気象はもう誰もが慣れっこになって、半年前の細かい気温変動などは記憶に残らなくなっている。

年末に市川や船橋など、あちこちのスーパーなどをハシゴして、野菜類の産地と値段をそっとメモして歩いた。国産品のブロッコリーが300円だったのに対して外国産は半値だったが、品質と味にどんな違いがあるのか確かめなかったのが残念。輸入品は生産地の貴重な水を使って、それなりに苦労して作られたものだったろうに。運送費もかなりかかっているはずなのに、現地の生産者の手取りは、どのくらいの金額になっているのだろう。

日本産のハクサイは、4分の1や6分の1にカットされたものが売られている。その大きさで150円前後か。鉛筆ほどに細いアスパラガスは、季節が反対の南半球から日本に送られてくる。

半世紀前、農業用のビニールが開発されたなどで、遅霜による被害を気にしなくても済むようになった。それまでは、ジャガイモや果菜類の植え付けを気にしながら、少しでも早く栽培をスタートさせたいのだが、冷害が恐ろしい。農家の人たちは植え付け時期をきめるのに苦労していた時代だった。

(ちょうどその頃、蔬菜専攻の同級生が三浦半島の農業高校に就職していて、夏休みの高校生の実習手伝いを、汗ビッショリになって作業していた何年間かがあったのを思い出す。)

「夏の縁側で、エダマメを食べ始めたのは何月でしたか?」こんな質問を、食料自給率に関連させて、高齢者の集まりでの環境講座で話題にしたことがあった。

誰もそんなに確かに覚えていないようだった。昔の田植えは、6月だった。それが終わってから田んぼの畦に大豆のタネをまいた。夏休みの頃には、まだ大豆の花が咲いていないしエダマメとして収穫もされていなかった気がする。ビニールハウスが普及しているいま、今年こそは生のエダマメの収穫がいつから始まって、外国産の冷凍品がいつから出回るのか、1年中冷凍食品として在庫販売しているのか、調べてみることにしよう。

この冬、NHKラジオでは、毎年好評だった「夏休み子ども科学相談」の冬休み版を新設して、12月末からの冬休み期間中に放送を始めたのを、聞かれた方もいらっしゃると思う。

毎回数名のテーマ別の専門家が、小中学生などの質問に答える番組である。「冬休みこども科学相談」では、それまでの野鳥・昆虫・植物・水の中の生きもの、などのテーマに加えて、宇宙・怪獣、そして「心とからだスペシャル」が脳科学の専門家、心理カウンセラー、お坊さんなどが回答者になって登場した。

いつも感心するのは、大変なキャリアを持つ専門家が、一見他愛ないような素朴な質問に、難しい専門用語を使わないで、子どもたちの発言に共感しながら親切に噛み砕いて相談にのっている態度である。見習わなくてはと、なるべくメモをとって聞くようにしている。わからない部分は、すぐに我が家の本棚や図書館で調べないと、またたく間に忘却のかなたへ消えてしまう年齢になっているのだから。

恐竜は、子どもたちが関心を寄せる重要なテーマのようだ。700種ほどに放散進化を遂げた恐竜のほとんどは、カタカナ言葉の羅列なのだが、子どもたちがたくさんの種類を覚えていて、舌をかまずに滑らかに発音するのがすごい!

サウルス(トカゲのこと)、スピス(甲ら)、セラス(角)、プテリクス(羽毛)、ドン(歯)、ラプトル(略奪者)などなど。発見者が地名や人名、形を意味するラテン語を組み合わせて種名としている。獣脚目とか、鳥盤類、剣竜類とかが、すぐに実物のイメージと重なっているらしいのが驚きである。

「恐竜の体温が最近はわかってきたようですが、どういう方法で調べられるのですか?」という質問には、最近の論文発表の事情を説明されていた。

宇宙についての質問では、ブラックホールのこと、天の川銀河の寿命についてなどが質問の中心だったようだ。「ブラックホールは真っ黒い穴なんですか?その内側に地面があるんですか?」など、今まで考えたこともなかった!「お月様の地表で、野球が出来ますか?」という質問もあった。

また別の質問。学校の先生が「寒くなると、太陽がつるべ落としだから、早く帰りなさいといったけれど、季節によって、太陽の沈むスピードが変わるんでしょうか?」という質問も。

さて、あなたなら、どう考えて返事を返すのでしょうか???

千葉県では、環境学習アドバイザー制度を昨年春まで20年ほど続けて、市民活動グループなどに派遣していた。10年ほど前、当時の担当者から年齢別・時間別などで区分して、心がけていることやテーマ、プログラムについての問い合わせがあった。その時に提出した「極秘」のメモの一部をこの際、公開してしまおう!

年齢別区分について。

自分的には、3種類の対象に区分して、テーマや表現方法を変えている。

【お子様番組】:音読みの熟語は原則として置き換え、使わない。話し言葉でゆっくりと、相手の顔を見て反応を確かめながら、短いフレーズで解りやすく。(時には、素敵なヤンママがついてくる!)

【中学・高校の理科系先生】:自分は専門家で何でも知っているというプライドを傷つけないように。生活の実感や現場での経験が欠落しているのに、気がつかない人もいる気配。

【高齢者・熟年組】:生活経験は豊かで、参加するのには意欲的な人たちだが、思い込みが強く頑固な人も。科学的に順序だてて問題点整理が出来ない人もいる。自分の輝かしい経歴を周りの人にしゃべりたいだけの人もいるので、さりげなく交通整理が必要!

 こうした区分とは別に、相当にマニアックで猛烈勉強型の中高年女性軍団がいる。熱心になるほど頭は固くなる傾向も時に見られる。閉鎖生態系の中にすっかり入り込んで、酸素不足に硬直している人種が増加傾向にあるようすなのが、これからの新しい問題点か? 自分の考えに納得して欲しいために質問してくる人もいる。

また、一つのテーマに対する質問の返事は、とりあえずは、20秒・5分・30分と、相手の要求度に従って結論を完結に返事をしないと、長くなりすぎるのを注意する。相手をウンザリ・疲れ果ててしまわないように。

地球の歴史に比べれば、ヒトの一生なんてたかが知れている。せいぜい50年か100年の情報の蓄積しかないいだから、顔にタテジワなどを寄せずに、明るく生きていきたいもの。

ところで、「鏡餅の割れ多ければ豊作」という言い伝え、聞いたことありますか? 冬の季節、太平洋側が晴れた日が続き空気も乾燥する。昔の人は、冬が寒ければ夏は暑い。熱帯性植物のイネは、暑ければ豊作になると、つなげて考えていたといわれている。さて今年のお天気は? お米のできは?

【イラストの説明】

ヤブコウジとブロッコリー。なんとも変な取り合わせのようですが・・・、ヤブコウジは野生種、ブロッコリーは野菜です。

植物の組み合わせで、高い樹木と低い草などのセットで植生を名づけられたものがあるのを、この機会に思い出しましょう! 太平洋側に分布している照葉樹林帯には、「ヤブコウジ―スダジイ群集」という言葉がある。落葉広葉樹林帯では、太平洋側の「スズタケ―ブナ群集」、日本海側には「チシマザサ―ブナ群集」のように。

ヤブコウジは、地面近くを這うように茂って冬に赤い実をつける。お正月の飾りでよく知られているのがマンリョウ、センリョウなどだけれど、ヤブコウジはいまや知名度が低下しちゃっているのかもしれませんね。

昔はヤブコウジを束にして、ミズゴケなどでくるんだ状態で鉢植えにして売られていたのですが。ヤブコウジは、地方によって、ヤマリンゴとかチンチロモチなどと呼んでいるところもあるようですよ。

林の中を散歩した時、どこかでヤブコウジを見つけたら、そこは自然度が高い場所だった可能性もある。里見公園の西側斜面では、鉢植えから逃げ出したノハカタカラクサ(トキワツユクサ)ばっかりが茂っている。誰かが植えたものが、大繁殖して前から茂っていた野草を追い出してしまった結果なのかもしれませんね。

「これ何の木?」といういつもの質問パターンだけでなく、どんな組み合わせで茂っているのだろう? と考える視点を持つと、楽しい新発見が生まれてくるかもしれません。

一方のブロッコリー、カリフラワーとどう違う? 白いのがカリフラワーで、緑色なのがブロッコリーと思うと、どうやら全く勘違いのようになっている昨今です! ブロッコリーの方は、正常に発達した花序の状態で、時には花が咲き始めているものもある。カリフラワーの方は、小さな花柄や未発達のツボミなどを葉っぱでくるんだ状態で出荷されているようです。

どっちも、7月頃にタネマキして、3か月ぐらいで収穫される。発芽温度はどちらも20℃ぐらい、生育適温は15℃から20℃ぐらい。ということは、春まきして夏に収穫するのは難しそう。とすると、これらの野菜をスーパーで見かけるのは秋だけなのかな? 別の季節にも見かけるとすると、産地はどこなのだろう? 野菜類の栽培も、タネをまけばいつでも順調に育つとは全く限りません。

自然の景色と比べながら野菜畑をみると、四季の移り変わりと栽培方法の変化が感じ取れて楽しいですよ。ブロッコリーは、先端のツボミが収穫された後に、側枝花蕾(ソクシカライ)と呼ばれる横枝が1~2か月ぐらいで伸びやすい習性の種類もあります。

タネ屋さんのカタログには、いろんな色のカリフラワーやブロッコリーの種類が売り出されています。冬の野山の風景と、林の中の散歩と、街の中で売られている野菜などを比べてみるのを、今年の新しい散歩メニューに加えてみるのがお勧めです。


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# by midori-kai | 2018-03-07 06:40

第85回12月(師走)「きのこワンダーランド」

《イラストの説明》

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千葉県立中央博物館では、12月27日まで「きのこワンダーランド」の展覧会を開催しています。入場料は一般が500円、ただし65歳以上の人は証拠の品を持参すれば無料です。

常設の展示をまだ一度もご覧になっていない方は、1日がかりで是非! 博物館のその先には、生態園もあります。さらにその横には、青葉の森の公園が広がっているという盛りだくさんの地域です。

それにちなんで、だいぶ前に信州へ出かけた時の、キノコのイラストを登場させました。

山へ行ってキノコに出会うと、必ず聞かれるのが「このキノコ、食べられる? それとも毒ですか?」そして子どもたちは、すぐに足で蹴っ飛ばして壊してしまうのが残念無念!

キノコの名前を聞かれたって、よく名前を知らないものが大部分です。食べられるかどうかの区別だけでなくて、生態系の中でのキノコ類の位置づけ、短く楽しい話を身につけたいものだと思い続けています。この世に、キノコ類がなかったら、ゴミの山で大変なことになるんですよ。

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山へ行ってキノコを採ったら、必ず長年そこに暮らしていて、毎年キノコを食べ、しかも今も元気なお年寄りに、選び出して貰いましょうね!

日本列島には、何千種ものキノコが生えています。成長と共に姿かたちが変化して間もなく崩壊する。その下には「シロ」と呼ばれる菌糸の塊がある。

何十年か前には、キノコが植物の一分野とされていましたが、大違いです。もっと、キノコのいろいろを、楽しく調べることにしましょうよ。

キノコの名前は、全国区ではなく、地方区の選挙みたいといった人がいました。地域ごとに呼び名が違い、お料理方法にも地域の文化があるのだそうです。育つ環境によって、形も味も違うらしい。

キノコの世界は、不思議にみちあふれています。



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# by midori-kai | 2017-12-21 08:35

2017年が終わる、そしてすぐに新しい年ですよ!  高 野 史 郎


今年の冬の訪れは、例年よりも早い感じですね。ずっと前から、お正月休みの恒例で、市川とその周辺もふくめての市内全域を、幾日もかけて自転車パトロールしていたことがありました。車も少ないし、とにかく青空がきれい。和服姿の神社参りの人たちもいて、すがすがしい気分になりますから。

10年ぐらい前だったか、真間山弘法寺あたりで、まだ真っ赤になったモミジが残っていて、その横の新年飾りとが同居していた風景がありましたっけ。こんな年は、今までに1回だけでした。この時期、川向こうの行徳の神社には、落葉したイチョウの巨樹がたくさん見られます。

二俣新町の南、市川東浜先の三番瀬では、元旦というのにタンカーの出入りが頻繁なのに驚いたことがありました。1分間に1隻以上の割合で、南極探検の「しらせ」が係留してある桟橋近くに、次々と入ってくる。新年休みと無関係に、仕事している人たちも大勢いるのでした。

市川市内で紅葉の名所といえば、誰でもが大町の自然観察園のお山を連想するでしょうね、木道が続いている観察路沿いの、雑木林の多彩なグラデーションにも目を留めて欲しい。

どこかへ、紅葉見物にでかけましたか? 里見公園の北側先端も、本数は少ないけれどモミジがあります。松戸の20世紀の森では、小さな流れ沿いにモミジが茂っている。西日を受けての紅葉の輝きとともに、逆光を受けての幹からの枝分かれの形と、葉脈が血管のように全部見えるのですよ! 房総半島では養老渓谷がすごい、晩秋の景観もたくさんあるのが千葉県なんです。

冬は、雑木林の葉が落ちて、樹林地が明るくなり、未来の風景が目前に広がるような気分になります。日本列島の四季の素晴らしさ、そんなこの国の冬を実感しましょうよ!

1123日、久しぶりに千葉駅の先、県立中央博物館へ行ってきました。ここは何となく、自分にとって、里帰りみたいな気分に浸れる場所なのです。ちょうど文化庁の支援事業として、「きのこワンダーランド」が開催中でしたから。沼田眞先生が苦労された生態園も、しばらく見学に行っていなかった。そろそろ30年にもなるこの房総の林風景の再現も、当時とはずいぶん遷移が進んでいたのを懐かしい気分も含めて、小雨の中を散策したのでした。

博物館の展示会場で、2000年前後には自然保護協会のスタッフと、どう解説したらいいかの勉強会もやったことがあった。環境教育研究科の小川かほる先生の計画で、「ワクワク体験・地球をめぐる水」の展覧会では、夏休みの2か月間、展示解説や水の動きの実験装置など、毎日通っていました。それから三番瀬問題の演習とか、5年間ほどの間に、貴重な体験をたくさんさせてもらった場所だったのです。

博物館周辺の雑木林が、素敵な紅葉なのも胸がときめきました。生態園では、子どもたちも含めての俳句作りなどもやったらしい結果が、現物の樹木の下などに看板で作られていました。

その中のいくつか、「カメムシの双子赤ちゃんにかにか笑顔」「樹木にも老々介護の時代来る」「僕の名は若い葉っぱは白ダモん」などなど。

「これ、なんていう名前なの?」といういつもの質問パターンだけではなく、こういう楽しみ方を大人にも体感して欲しいと思ったのでした。

講堂での講演会「マツタケ栽培最前線」は、3人の専門家の研究成果発表でした。森林総研のマツタケ研究、近畿大学の人工栽培の進行状況、京都での里山再生活動との関連活動。菌糸の伸びる顕微鏡写真などを交えてのかなり高度な解説で、シンが疲れました。試験管やフラスコ内のマツタケ菌糸の行動が、酵素の化学記号やキノコ類の学名と共に登場するのです。まだまだこの先は長い道のりだな、を実感した3時間のお話でした。

24日は、「わんぱくの森 バス研修、先進事例の柏市をたずねる」に参加させてもらいました。最初の目的地は、柏市のこんぶくろ池自然博物公園。ここでの活動は、2011年に日本自然保護協会から第10回の沼田眞賞を受賞されています。このすぐ手前には「さわやかちば県民プラザ」があって、ここに千葉県の環境学習センターもあった関係で、こんぶくろ池にも頻繁に通っていたのでした。

久しぶりに現地を訪れ、まるで浦島太郎状態。20年前とまわりの環境がすっかり変わってしまって、記憶とつなげるのが大変でした。当時はまわりがゴミ捨て場状態の所もあった。今は管理事務所もできた。運営のための管理部門もしっかりされてきたようです。

組織づくりでは、①湧水と湿生環境の保全再生、②樹林地における貴重種を含む生態系の保全と植生管理、③市民活動・環境教育などへの活用、などが順次進められているようです。ご苦労様なことです。

いずれゆっくりと、時間をかけて現地の春の芽吹きの頃に訪れたいと思ったのでした。

早足でユリノキの並木道を急ぎ、次に訪問したのは沼南公民館だった「ひまわりプラザ」先の大島田里山クラブの森でした。一方の耳で活動されている方々のお話を聞きながら、手短かに林の階層構造と全体の見取り図をメモしました。

高木層は、スギ、シラカシ、モウソウチク、イヌシデ。中間の5mから10mぐらいの高さには、ヒノキやイヌシデ。低木層には、ヤツデ、ヒサカキ、アオキ、ヤマブキ、カクレミノなど。ヒイラギやコウヤボウキも少しあった。草本としてはシュンランやジャノヒゲなど。

高い木では、23mはありそうな感じ。市川の柏井地区、みどりの市民大学の実習林では、伐採したもの測ったことがありましたが、最高で18mだったと記憶しています。

低木層の植物が少ないのは、ここの管理方針なのか、もともと少なかったのか? 結果として、市川の里山の状況とは、かなり違った林になっている印象を受けたけれど、参加された皆さんの感想はどうだったのかな?

高く茂っているケヤキが、ちょっと高まっている土手みたいな場所にそびえていました。その土手みたいな高さに沿って、ケヤキの根が横になんと10mも伸びて見えているのにビックリ。太さが直径で10㎝以上もある。チラッと株元の向こう側を覗いてみたら、奥の方にも太い根がとぐろを巻いていた! あのあたり、地盤がよっぽど固いのか? その昔、土塁か何かの構造物があったのだろうかと気がかり。

幹線道路からの目隠し、ヤダケなどの茂みをどう残すか、等など、短時間だったけれど、たくさんの貴重なお話を聞くことができました。

次に移動したのは、手賀沼里山倶楽部の森。ここは、舟戸古墳群の一角で、6・7世紀頃の前方後円墳が大小20もあった場所なのだそうです。柏市や千葉県では希少になったラン類なども多数残っている。なぜか、年ごとに発生する場所が変わっていくとか。面積は約2ha、民有地なので会員が同伴の場合のみ立ち入りが可能なのだそうです。

落ち葉を掃除堆積したところからは、カブトムシが出てくる。イベントの時などには子ども達に蛹をプレゼント。虫は苦手というお母さんには、カブトムシになってから渡す引換券も用意しているそうです。入り口あたりに置いてあったトラックのジュラルミン箱型の荷台は、道具の収納庫に活用されていました。整然と片付けてあるのにもびっくりしました。

ここでの仲間同士の合言葉は、「地球・・?・・パチンコ?」。そのココロはキュウケイ。作業の合間には、みんなでコーヒーを楽しみながらの「休憩」。意見交換と合意形成のために、さりげない雑談の時間を、とても大切にしているとの事でした。

続いて、大津川をきれいにする会の里山活動紹介。手賀沼にそそぐ約8㎞の大津川の浄化に取り組んでいる方々の集まりです。いつも活動しているのは、女性も含めすべて70歳以上で12名前後。最も多い時には、60名が参加されていたとのこと。柏市には、「カシニワ情報バンク登録」という制度があるらしいです。

ここのすごいのは、機関誌の「せせらぎ」を創設以来毎月1日に発行し、一度も欠かしたことがないとか。恐ろしい努力の継続です。

平成29年度の目標には、①利用活動を拡大し、里山全体に親近感を。多世代にわたる人々のみどりの活動を通じて、森、川、田畑を一体とした里山の自然を目指す。②利用が可能な地域の環境・歴史文化資源の保全活動と利用手段の提供。日本的な情緒ある行事の実施。③多世代交流型コミュニティ、みんな集まれ柳の木、といった地域の活動団体と積極的な連携を図り、側面支援。

こうしたたくさんの思いを、おそらくは大変な負担をあまり感じないで確実に実行していることは、驚きです!

今回のバス研修、行く先々に足を運んでスケジュールを調節し、つながりをつけるのが大変だったでしょうね。下見したのは、大峡さん・松戸の深野さんだったのかな。ご苦労さん&ありがとうございました。もっと細かい資料などは、参加された方々が持っているはずです。



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# by midori-kai | 2017-12-21 08:24

第84回11月(霜月)深山含笑とホオズキ

秋も深まってくると、モミジがきれい! 晴れた日が続いて、昼と夜の冷え込みの気温差が大きいほうが鮮やかになるという話です。でも、霜が下りればそれで終わりという、はかなさもあるのが秋の淋しさ。

ところで、「深山含笑」ミヤマガンショウという奇妙な名前の植物、聞いたことありますか? 松戸のグループの案内で千葉大園芸学部をたずねた折りに、フランス庭園の片隅に植えてあった木の株元で見つけたのがこのラベルでした。そこにはラテン語の学名と、漢字表記、ミヤマガンショウのカタカナ表記が並んでいた。

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モクレン科のオガタマ属。常緑樹のようで、もう葉腋に3㎝ほどの花芽を並べてつけている。日本ではモクレン科というと、コブシやモクレンをすぐに連想してしまう。

モクレン属では、枝の先端に花芽をつける。その下の葉芽が何本か伸びて新しい枝となる。3月ごろ、葉が展開する前に花を咲かせるのはご存知の通り。山好きな人に好かれるタムシバもこの仲間で、すぐに近縁の何種類かの種名がすらすらと出てくるはず。よく見かけるモクレン科の常緑樹としては、タイサンボクだけです。

この深山含笑の株の近くには、赤紫に紅葉した古い葉と、枯れた木の実の残骸が落ちていました。帰宅してさっそく何種類かの図鑑を調べる。そして市川と船橋の大きな図書館にも足を運びました。やっぱり、漢名のこの植物の記載がないんです。オガタマ属は、世界に35種ほどあるはずなのですが、うが日本に自生していないのですから仕方ありません。

この仲間のカラタネオガタマは、中央図書館横の自転車置き場脇など数か所にも植えてあり、5月中旬に白っぽい小さな花を咲かせます。近づくと甘いバナナの香り。英名はバナナトゥリーなんです。このカラタネオガタマの漢名が「含笑」。中国では、女性が髪飾りに使うとか。

などと聞くと、この「深山含笑」は中国のどんなところに生えていて、どんな花を咲かせるのかが楽しみになりますね!

カラタネオガタマが3mぐらいの低木なのに対して、オガタマノキは高木ですが、市川市のどこに植えてあったか思い出せません。オガタマとは招霊(オキタマ)の訛りで、サカキと同様に神前に供える木として、神社に植えられる習慣が中国にはあるらしい。この深山含笑が、来春にどんな花を咲かせるのか、今から心待ちにしています。

もう一つは、駐車場脇の狭い植え込みに生えていたホオズキです。

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お盆の頃に花屋さんに出回る立派なものとは違って、ツツジや小菊の間にやっと生きていたような株でした。殆ど葉が枯れかかった株で、わずかに残された緑の葉がちょっと神秘的でした。

ホオズキの白い花が咲くのは、7月頃です。その花が間もなく萼の先端を延ばし、つながって子房の部分を取り囲む。宿存萼というらしい。それが秋には朱色に染まる。そして、最後には網目模様が果実の部分を包み込むんです。まるで「籠の鳥」状態です。

この植物、タネの散布方法をどう考えているんだろう、などと不思議な気分になってきます。このイラストでは根が真っ直ぐに下に向かっていますが、たぶんのその下では地下茎が横に伸びているはずです。タネで増やす方法は放棄してしまったのか、それとも、やがては籠の部分も朽ち果てて、何かの動物の食料になるんでしょうか? 深まる秋は、いろんなことを考えさせてくれる季節でもあるのですね。


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# by midori-kai | 2017-11-23 20:56

戸定邸の庭園や、かずさDNA研究所へ見学に    高 野 史 郎

9月は2回も大型の台風がやってきました。そして土日のたびに雨が降った。小学校の運動会は、3回も延期になったところもあったようです。でも雲間に見る十五夜の月は、やっぱり感激です。

心配していた11月3日の大洲防災公園での第42回市民まつりは、前夜の雨がやんでくれて、開催する頃には素晴らしい青空が見られて、うれしい開催となりました。

いつものように大変な人出です。出入り口がいくつもあるためか、カウントはしていなかったようですが、どのくらいの数の人が来てくれたのでしょうか? 行列を作っていたのは、きっとおいしい食べ物販売のブースだったのでしょう。苦労して展示物の準備を進めていたグループがこんなにたくさんあるのも、市川市の魅力なのかな?

市川みどり会や里山関連グループ、環境系の市民グループの活動などに触れるチャンスです。

《 戸定邸の庭園を見学 》

10月8日には松戸の市民グループの行事に参加し、丁寧な解説付きで戸定邸の庭を見学させてもらいました。何回となくこのあたりには出かけてはいますが、今回は最初の設計の基本計画に基づいての復元工事が予定されているとかの、特別公開でした。

ここは、徳川昭武の邸宅で1884年建設の木造平屋(一部は二階建て)、明治前期の上流住宅の姿を残しているとかで全国的の貴重なものなのだそうです。松戸市の寄贈された後、2006年にはここの建物が国の重要文化財に、2007年には「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。

130年前の頃は、門前にスギやヒノキの並木が続き、当然ながら今よりもずっと静かな雰囲気に満たされた場所だったのでしょう。周辺の駐車場などの用地買収も終わり、ゆったりと食事しながら散策を楽しめるような計画も進んでいるとかで、復元工事の完成が待たれます。

芝生の庭の先に、左側はコウヤマキ、右側には今は2本しかないアオギリが11本あったらしい。そうした緑の枝越しに、遥かかなたの富士山や日光連山が見渡せたとか。屋根の下の雨が落ちるところには溝ができていて、玉砂利を入れてある所なども、昔どおりの寸法に復元するのだそうです。(落ち葉が樋に詰まるのを、経費をかけて、こうして防いでいたのですね)。

きれいに刈り込まれた芝生と由緒ある樹木と共に、サクラも植えてあったらしい。日本花の会に当時の写真を見せたら、ソメイヨシノだったとか。

ソメイヨシノの起源については諸説も多いのですが、ウイルソンが1916年にオオシマザクラとエドヒガンの雑種説を提案した。国立遺伝学研究所の竹中要がその検証実験を行い、その結果を1965年に発表した・・・というあたりが、確かな情報なのだろうと思われますが、今後更なる研究が期待されるということのようです。

ソメイヨシノについては、松戸市の関さんの森で、お母さんの誕生記念に苗を植えたのが1902年なので、今年で115年たっている計算となります。今年も元気で花を咲かせたはず。

小石川植物園には1876年(明治8年)に植えた記録があるので、今年で樹齢141年たっていることになる。弘前公園では1882年(明治15年)に植えたとの説明看板があって、日本最古のソメイヨシノをアピールしているという話です。ここのサクラは、リンゴ栽培の技術を活用して、かなり剪定して積極的に施肥もして、若返りを図っているという独特の栽培方法をとっているとかの話です。

巨樹を案内すると、必ず聞かれるのが「樹齢」なのですが、動物の寿命と植物の場合ではまったく意味が違います。巨樹になって、中心部分はとっくに死んで空洞ができていても、樹皮が元気なれば生き続けられるのが、動物とは違ってたくましい植物の生きざまというものなのでしょうから。

それにつけても、市街地の過酷な条件で生き続けている街路樹に、もう少しは心配りして欲しいと思ったりするのです。

この松戸市の行事、おそらくは20年ぐらい続けているので、ご常連の参加も多いのが羨ましい限り。ミニコミ紙などの開催通知で今回は100人以上が集まって、昼食をはさん午後までの散策を楽しんだのでした。

《 かずさDNA研究所の公開講座 》

10月末には、久しぶりにかずさDNAの研究施設見学と開所記念講演会に出かけました。市街地の真ん中で暮していると、房総半島にはまだまだこんなにもみどり豊かな自然が残されているんだとほっとした気分になります。

車窓から見る枝打ちもされずに放置された杉林に、モウソウチクが侵入しているのも気になるし、道端に増えている外来種の種類をメモしたりしながらも、広々とした緑の風景には、やはり癒されます。

今までの講演会では、DNAの構造や最新データーの紹介など、かなり頭が疲れる話が多かったのですが、今回はだいぶ変わって、種苗会社の野菜のタネの話と、千葉県がんセンター研究所の最新情報でした。

この会場でいつも驚くのは、学生服・セーラー服の今どき貴重な若者が大勢参加していることです。理科系の先生の研修会や、高校への出前講座がかなり賑わっている気配なのがうれしい驚きです。

千葉県野生生物研究会では、千葉に生息するニホンイシガメの雑種からDNAの抽出実験や個体群調査などをやったらしい。「日本の未来を変える?人工知能とは―」とか「芝生の常緑性を科学する」などの勉強会も開催されているようです。

近くの市の公民館共同開催の行事で「DNAと老人病の講座」を開催したので出かけたら、なんと100人以上が集まってきたのにビックリしました。こういう需要も増えているのですね。

セイタカアワダチソウにどんな昆虫が寄ってくるのかが気になって、今年はこの花の開花を待ち続けました。人の丈よりも高く茂って、あたり一面をまっ黄色にしてしまってはうんざりですが、夏ごろに1回草刈して、背が低い状態で咲くとそれなりに愛嬌がある感じ。茶色になりかけたイネ科の細い葉とミックスすると、すごくいい感じで、湿原の草紅葉を連想したりしたのでした。

それにつけても、最近はコンビニでも除草剤を売っているのが驚きです。近くの駐車場脇で、野草の季節変化を楽しんでいたら、6月に枯れてしまった! 珍しくもカントウタンポポが咲いていたので、それを追いかけていたのに、です。

何か月かがたって、やっと緑色を取り戻したと思ったら、またもやまっ茶色にされてしまってガックリ。野草が緑色に茂っている風景だって、デカクなりすぎなければ、それなりに楽しいのに、と思う方がおかしいのかな?



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# by midori-kai | 2017-11-23 20:49

第83回10月(神無月)セイヨウアサガオ と アケビ

 秋が深まるとともに、野原はちょっと寂しくなるけれど、まだまだ元気に咲き続ける花と、実がなるものとが見られる。10月を迎えて、ナシ農家もほんのちょっとの一段落、青い空・澄んだ空気。実りの秋はたけなわです。

今月はセイヨウアサガオの花と、アケビの実をご紹介しましょう。セイヨウアサガオは、午後になってもしぼまずに、霜が下りるころまで咲き続けてくれるのがうれしい花。

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原産地は熱帯アメリカで、日本に渡来したのは昭和10年ごろ。当時はドイツアサガオとも呼ばれていましたが、ドイツとは関係なかったと思われるのに何故? もっともアメリカアサガオの名前もありました。この仲間には外来種も多く、クズやヤブガラシ同様に林の樹冠を覆い尽くして茂るので、嫌われる存在になっている地域もあるんです。

光化学スモッグの注意報がひんぱんに発令されていた頃、オキシダント濃度が高まった状態で4時間曝されると、葉の表面に黒っぽい斑点ができ、やがて穴が開いてしまう植物がいくつかあった。この実験によく使われていたのがセイヨウアサガオの「スカーレット・オハラ」という赤い花の品種でしたが、今でも環境学習の一環として、この調査を続けている学校はあるのでしょうか? 

イラストに描いたアサガオの苗は、浦安市の環境フェアで購入したもので、空色アサガオ「ヘブンリン・ブルー」と呼ばれる品種だったはずなのに、咲いてみたら白い筋の模様が入るフライング・ソーサーという品種でした。名札の間違いは、鉢の植え替えなどで頻発する事故です。植生調査をやっている時も、大勢のスタッフがかかわって作業すると、思わぬ混乱が起こることもしばしばあるんです。

10年ぐらい前には、真間山弘法寺のそばに小さな花屋さんがあって、お墓に供える花を売っていました。その横に3月末頃から咲き出す白い花のシナミザクラが植えてあった。

花屋のご主人に聞いたところ「サクランボの木を植えようと思って、佐藤錦の名札がついている苗を植えたのに・・・」とのこと。コルトンプラザ横の公園に植えてあるウメは、緑萼梅リョクガクバイ)だったのに、梅の実収穫用の白加賀の名札がついていましたっけ。

このセイヨウアサガオ、緑のカーテンに使えばいいのに、と思っている植物の一つです。ゴーヤはたくさん実がなりすぎて、もう誰も食べてくれないと、ぼやいている人がふえてきた感じ。つる植物にもいろいろあるのですから、季節変化を考えながら、いろいろな組み合わせを考えるのも楽しいのでは、と思っています。

アケビの実は、市川大野駅の北側、武蔵野線のフェンスに沿って、カラスウリやツルウメモドキなどといっしょに茂っていました。こども環境クラブのナシの収穫体験の行事の時のことです。

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まだ緑色の果実で開いていない状態と、開いたばかりで中の実が熟し始めた頃のとを、いっしょに至近距離で見ることができたので大感激!

アケビは、いつもは高い木にからまっているし、つる植物が気ままに茂っているのを見られる場所が少なくなっているからなおさらのことでした。

昔の子どもは、この実を見つけると、すぐに齧った。甘い実を食べながらタネを吹き出す。それが種子散布の役割も果たしていたのかもしれません。花の時期には、どんな昆虫などがやってきたのでしょうか。

入学前の子どもたちが、今回は何人も参加してくれて、みんながはしゃぎまわっていました。ベビーカーを曳いて参加してくれたお母さんもいました。このあたり、5年ほど前は雑木林やナシ園だったのに、きれいに整備されたお墓になってしまって、昔の面影がどんどん消えていくのが残念でなりません。


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# by midori-kai | 2017-10-31 07:19

秋に咲く花、みのりの秋   高 野 史 郎

暑すぎたり、雨が降りすぎたり乾き過ぎたりと、乱高下した夏が終わってもうすっかり秋です。移り気な細かい気温の変化に気をとられることもなく、季節になると冬鳥がやってくる。ヒガンバナは昔も今も、秋のお彼岸の頃に咲いてくれるのが不思議です。

市川ではもう田んぼは殆ど見られなくなったけれど、9月末に山梨へ行った時、車窓から段々畑やハザ掛けした稲束を眺めることができました。今どき、コンバインではなく鎌で刈って、そこの田んぼで干している地域が残っているのだと、やけに懐かしい気分になったのでした。

動植物たちは日照時間で季節を先取りすることが、かなり前から知られています。空気も水も大地も、温まるのには時間がかかる。夏至は6月なのに、真夏は8月。冬至は12月末なのに、いちばん寒いのは2月になってからというように。日照時間の長短が、2か月も早く季節を先取りして生きものたちに未来予測の情報を発信していることになります。

クリスマスを飾るポインセチアは、先端に花芽ができないと葉が赤くならない。花芽分化の条件は、日照時間が12時間15分以下になることが条件という実験結果もあるというのが驚きです! 

アメリカシロヒトリを使った実験でも、暗闇時間を実際よりも短くコントロールして秋の気配を感じさせると、10日ほどで越冬準備を始めるのだそうです。気まぐれな暖かい日に油断して、季節の切り替えを先送りしてモタモタしていたら、その種類は絶滅してしまうことになってしまう。自然界のおきては、想定外だから仕方ない、などとはいっていられません。

日本では秋になって寒くなったから紅葉する、落葉樹は身軽になって間もなく来る冬に備える、と考える。でも、赤道近くの夏緑林の地域では、気温には無関係に乾季になれば落葉する、雨季がくれば新芽が伸び始めるというわけです。東南アジアでは、1年12か月の気温が30℃以上で殆ど一定という地域だってある。地球は広いんですね。

千葉県の生涯大学校などで、自然環境についての講座を持っていた時がありました。主催者側では、地球温暖化とか、外来種問題などをテーマに、判りやすく楽しく話してほしいといわれる。

ところが、最後の質問時間になると「テーマとは関係ないのですけれど、ウチの植木が元気ないのは、水遣りや肥料が足りないんでしょうか?」の質問がよく出てきたんです。

これかなりの勘違いです。野菜や花の苗の植え替えでも、雨の日に移植すれば水遣りの手間が省けると考えるのは大間違い! 苗の立場からすれば、根を切られた状態から再生復活するためには、今までよりもたくさんの酸素が必要。土の水分が多い時に土をいじると、酸欠状態を助長することになってしまう。粘土質の土では、その後で固まってヒビ割れしたりする。根が切られる。

耕耘機が耕してくれるのは、せいぜい30cmの深さです。その下の土は、空気にも触れることなく、コチコチに固まっていることでしょう。排水が悪いところでは、そこに水がたまる。多くの植物では、新鮮な酸素を求めて地表近くに根を伸ばしていることを知って欲しい。

そんな畑の状態と、最近の集中豪雨による崖崩れなどとも、つなげて考える視点が必要になってくるのでしょうね。

地上のことばっかり考えていると、土台部分は見えないだけに忘れられてしまいがち。明石海峡に作られた大きな吊橋は、全長がなんと3910mで、真ん中部分の1990mを2か所の橋脚で支えている。橋脚の下には直径80mの基礎が作られているのだそうです。地上部分にかかる経費と同じぐらいの予算が地下部分にも必要だったとか。植物だって、地上のことばっかり考えないで、その下に張り巡らされている根の存在に、もっと目を向けましょうよ!

建築現場を見ていると、間もなく植栽される予定のスペースは、竣工間際まで石ころでいっぱいだったりします。そこにほんの30cmほどの土を盛ると、それまでの工事のことなど忘れてしまう。市街地の街路樹を取り囲む事情は、林の中のフワフワの土とは違って、ひどく厳しい状況なのです。

それにつけても気がかりなのは、市街地の街路樹下に植えられたバラのこと。下草が生えないようにするためか、根元には黒いシートが敷き詰められている。あれって、地下部分への水分の流れ・新鮮な空気の循環などについて、どの程度に配慮されているのだろうかとずっと気にしています。

植物の根は、地上部分を支えるとともに、各種の微量栄養素を含んだ水を吸い上げる。そして根は常に呼吸もしている! 土の中の水分量の変化にともなって、土の隙間に新鮮な空気が出入りする。そうした事情も配慮し、いろいろなテストも踏まえて、街路樹の下にバラを植えたのでしようか?  

ここ数年来の不順な天候で、夏の時期に雨が降らない年が昔よりも増えてきています。土の中の水分奪い合い競争が激化して、大きく育っている樹木が水分を先に吸い上げれば、根の浅いツツジやアジサイに回る水分はなくなって、枯れ込んだりすることになります。

道路中央のグリーンベルトにも、バラや根の浅い1年草を植えることが増えてきている。地域的には夏の水不足も懸念される昨今、市街地のこうした場所にまで、給水車で水やりすることなんて考えられませんよね。たとえば、カラカラに乾いた土には、30㎜・50mmの降水量に相当する水が必要になるでしょう。でもたぶん、こうした場所は土も固まっていて、水が外に流れ出すわりには、土の中にはしみ込んでくれそうもない!

老齢化した巨樹などの治療にあたる樹木医さんたちは、モミガラを利用したり、節を抜いた竹筒を地面の中に差し込んだりと、根を元気付けるいろんな方法をとっています。そんな配慮も、条件の厳しい市街地の植栽の参考にして欲しい。

それに、いま植えたバラがどのくらいの大きさに育って欲しいのかのイメージを。バラにはトゲがある。歩道側の外に向かって枝が伸びては困る。剪定の時期はいつ? 多肥料を要求するバラの種類も多い中で、適正な品種の選択がされているのかな。5年後、10年後にどんな状況に育つのかの見通しがされているのか。心配が絶えません。今の環境が暮しにくい時、動物だったら逃げ出して難を逃れる可能性も時にはあるけれど、植物にはそれができないで耐えるしかないんです。見回ったところ、枯れてなくなった株も多いようす。顔色もよくない。

公園の芝生に穴をあけて、無理にバラを植え込んだところもある。芝生は年月の経過と共に、かなり密に茎や葉が茂り、雨降りの後には水溜りができるほどになる。水がしみこんでくれないのです。だからゴルフ場には、低い場所に池を配置しているくらいなのに。

樹林地は、地下から大量の水分を吸い上げ、葉裏からの蒸散作用によって、あたりの気温を下げてくれる。木陰が、さわやかなクルースポットを提供してくれる。この地球にふえ続ける二酸化炭素を吸収してくれるのも植物の大事な機能の一つ。そんな地球環境への配慮もさりげなく感じながら、空を見上げて深呼吸、爽やかな気分になりたいものです。市川市は、健康都市を宣言してのですから。



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# by midori-kai | 2017-10-31 07:13

第82回9月(夜長月)ツリフネソウとインパチエンス、ホウセンカ

いま、市川からは遥かに遠い八ヶ岳の南麓の美術館で、展覧会をやっています。テーマは「植物と昆虫の不思議な世界」。精力的に各地を回り、花に集まる昆虫を追い続けている水上みさきさんとのコラボレーションです。つまり虫媒花の花と昆虫との共進化の実例いろいろを、昆虫写真と植物イラストの組み合わせで、展示しているというわけです。

今まであまり気にしていなかった花の構造と花の蜜のありか、それを目指して飛んでくる昆虫の行動など、猛勉強しながら各地を悩み歩く結果となりました。

昆虫の可視光線が、ヒトとは相当に違うことはかなりよく知られています。ヒトが見える範囲は、要するに虹の色です。でも昆虫は赤い光には感じにくいものが多い。その反面で、紫外線領域が見える!

そこで、植物の花の立場としては、昆虫たちに花のありかを知らせるための蜜標と呼ばれる部分を用意することになった! 紫外線でめだつ、蜜の入り口を知らせるサインです。

一方で花の方は、近親繁殖を避けながら、許されたウチウチの範囲で雑種を作っていこうという仕組みがある。自家不和合性、自分の花粉ではタネができないという仕掛けです。種の多様性です。

今ちょうど開花期を迎えたツリフネソウは、花の一番奥が細く丸まっている。ここが蜜のありかです。

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昆虫が花の中に入ると、揺れ動く。背中に花粉が付く。やっと蜜を吸って別の花に移動したとき、背中の花粉が別の花のメシベに付くように、花の構造配置を考えて長い年月が経ったものらしいのです。すごいことですねえ。

 同じ仲間のアフリカホウセンカ、通称はインパチエンスです。古くから栽培されているホウセンカもみんなみんなインパチエンス。植物図鑑ではツリフネソウ科ツリフネソウ属となっています。

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花を横から見ると、花の下の先が細く尖って距(キョ)と呼ばれる形になっていますが、気がついている方は? 

たぶん蜜を求めてやってくる昆虫は、花の中心部にある紫外線で黒っぽくなっている部分を目標に飛んでくる。蜜の匂いを感じることがあるのかも。下の花びら2枚の間には小さな隙間がある。そのすぐ上に、蜜のありかに続く秘密の「奥の細道」があるのに気づく。

蝶の口はいつものゼンマイ型になっているのを伸ばして、細い先端に届かせる。ちょうど、息を吹き込むと真っ直ぐに伸びる風船のように。

こうした仕組みがどうして成り立っているのかが、自然現象の不思議ふしぎの由縁です。「長い歴史を共に生き、共に進化してきた・・・」というのがサブタイトルになっています!


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# by midori-kai | 2017-09-25 05:47

夏の思い出・ヒガンバナのことなど  高 野 史 郎

この夏の天候異変はひどいものだった。猛暑日が続くのが当たり前になった。歴史的な日照不足が続いたところもあった。数時間に500㎜・1000㎜という、信じられない降水量が被害を各地にもたらした。例年の1か月分の降水量に匹敵するなどという表現が、頻繁に使われるようになってしまった。これから先、年平均などという表現は、どんどん変わっていってしまうのだろうか。

市川名物のナシも、水分不足で大きくならないという日が続いて、ナシ農家の苦労が絶えなかったらしい。それが8月末頃からの雨の恵みで、急速に元気を取り戻したのがよかった。

自分自身、加齢とともに3日たつと忘れてしまうことがふえてきている。ニワトリは、3歩あるくとみんな忘れてしまうという。誰がどうやって調べたのだろう。あるいは、わが身になぞらえてのたとえ話なのか?

決して些細な出来事では済まされない天候不順なのだが、なんとか季節の花が咲いてくれるのはうれしい。お彼岸の頃になれば、またヒガンバナが咲いてくれることだろう。開花の半月ほど前に、細身の白いアスパラガスのような花茎を伸ばしたかと思うと、あでやかな真っ赤な花を咲かせる。最近はナガサキアゲハが来るのも目立つようになった。一見クロアゲハに似ているが、後翅に突起がなく温暖化の表徴種のように話題にされる蝶だ。

ヒガンバナについてのちょっと古い資料では、前川文夫さんの記録がいつも思い出される。植物文化史や系統進化などにユニークな意見を出された方である。終戦直後の10月、広島や長崎の植物がどんな被害を受けたのか調査された報告がある。

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                                                     (市川市大町の庭先から2017.9.25)

当時、原爆が落ちた後には、生きものが長年月にわたって住むことができないだろうといわれていたことに対しての調査だった。

それによると、長崎の爆心地に近いところある浦上の駅に向かって北から徐々に近づくにつれて、遅咲き状態を示していたヒガンバナの丈が低くなり、爆心地から5㎞ほどの距離からヒガンバナの姿が見えなくなった。別の日には、反対方向から線路沿いや田んぼの縁を歩いて、調べて回った。

「見えないのは当然で、まるで春先のショウジョウバカマのように小さく、花は殆ど開かずに、みすぼらしい状態だった」といわれる。「掘ってみると、地面から数センチのところにラッキョウのような多肉の鱗茎があって、存外ぴちぴちした感じであった」と。

原爆の放射能によって突然変異は誘発されるのか?と、かなりの数のヒガンバナの鱗茎を持ち帰り、東京と京都に植えられた。その結果は、葉も殆ど伸びず花茎も1本も立たなかった、とのこと。

「掘ってみると、そこには腐れ残った鱗茎しかなかった。これは新しい芽がまったく作られなかったことを意味する。つまり、原爆の落とされた89日にはまだ花茎は鱗茎の中に短いままで納まっていたが、この方は短くはなったが、少なくとも枯れずにいじけながらも伸びることができた。或る程度、形ができていたものは変形しながらも残って咲くことだけはやれたのである。」

「花茎はその年の暮れに、鱗茎の皮は翌年の春に枯れるのであった。ところが、鱗茎の皮の内側に原基ができて、これが夏には小さな腋芽として成立し、秋の終わりには急速に大きくなって葉として延びるはずだったのに、この原基は地表下数センチで一見安全なように思われる場所にいながら、完全にいかれてしまったのである。若い生長点が却ってやられる。放射能の恐ろしさを改めて思い知らされたのであった。」(出展は 前川文夫:日本人と植物 岩波新書1973年) 

日本の植物学の発展には、本草学から延長線の要素が極めて強いとよくいわれる。まだ薬がなかった時代、薬草に関しての智慧は生活していくための必要不可欠の技術でもあった。

ある時は、野生動物の智慧に学んだ。体のどこかが病んだとき、元気のいい動物たちのその部分を食べると、元気が回復すると思われた伝承的な記録が世界中にあるらしい。

ヤドリギが、あんなに高い枝先に茂って、めまいもせずに暮しているのは、きっと不思議な力を持っているのだろう、高血圧に効くかもしれない、などという関連付けがヨーロッパにあったという話を、薬用植物園で聞いたこともある。

戦争中に徴用された植物研究者たちは、大勢の将兵の食料を大量に確保し、毒になるものを食べないための調査に専念したという、ちょっと信じかねるような作業もあったと聞く。

91日は、防災の日でもある。天災は忘れた頃にやってくる、と以前はいわれていたが、最近は季節はずれの災害が各地で頻発する時代になってしまった。

カスリーン台風は1947915日、もうその頃のことを知っている人も少なくなりつつある。真間川の氾濫、床上浸水の被害にあった人も多かったはず。最近は、想定外の事件が頻発する恐ろしい時代になりつつあるが、ヒガンバナは例年どうりに妖艶な赤い花を咲かせてくれることだろう。

秋は、実りの季節でもあります。



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# by midori-kai | 2017-09-25 04:19
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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