木内の展覧会報告、環境パートナーシップで筑波へ  高 野 史 郎

この春の、あわただしいサクラ情報は、ビックリの連続でしたね。気象情報では、記録がある中で一番早いとか暑かったとかの異常続き。ソメイヨシノは、いつ満開になったのか、もう散り始めたのか、解らないほどのめまぐるしさだった。

本八幡駅から近い水木洋子邸のチュウゴクナシの“ヤーリー”が、今年は325日にはもう咲きだしてしまった。

例年ならば、彼女の命日に当たる48日頃に、知り合いの植木屋さんが受粉作業をしてくれているらしいのだが、今年は、4月上旬には、もう散り始めてしまうのではないか? 5枚の花びらの、ふっくらとしたナシの花だった。

大町のナシ街道も、ここしばらくは人工授粉に続き、忙しい季節が始められることだろう。

この3月、しばらくお休みしていた木内ギャラリーでの展覧会を3年ぶりに復活させました。今までは自分の植物イラストを並べると共に、いくつかの市民グループの活動紹介の役割も果たさなくては、と思い続けていたものです。

里山活動している市民グループも、10年たつとそれだけ年を重ねることになる。役所のほうも、昔の事情を知っているベテランの方々は、殆どが退職されてしまっている。自然関係の仕事は、マニュアル通りの事務処理で済むわけにはいかない、気の長いキャリアが必要な領域だ。

県庁の林務課とかかわっていた頃、県内のいろんな場所をよく案内していただいた。「担当者が課長に昇格した頃、予想もしなかった問題が起こる」という話も聞かされていた。

市川市では、親しくしていただいた市川学園の石井信義先生とその教え子の岡崎清孝さんが、まだまだ働き盛りで、もっといい仕事を続けて欲しかったのに、亡くなられてしまったのが惜しまれる。

その辺の事情を、後世に少しでも伝えていくのも自分の役割かと思っていたのが今回の展覧会の、目的の一つでした。

世の中、どんどん便利になって、パソコンで、ケイタイで、瞬時に手っ取り早く情報が得られる時代。でも、やっぱり現場へ、それも何回も足を運んで四季の移り変わりを実感し、その場の空気を肌で感じて欲しいと思い続けている。今回のテーマは「自然環境30年の移り変わり・・・」でした。

真間山幼稚園北側の、名物のコブシの木は、お彼岸の頃に真っ白い花をいっぱいに咲かせて、季節の訪れを知らせてくれていたのに、ついに枯れてしまった。

家の裏側に回り、根元のあたりを覗かせてもらったら、乾燥した幹にはアラゲキクラゲとサルノコシカケが付いていた。いずれ、切り倒されることになってしまうのか。あのスペースでは、その脇に新しい苗木を植えるわけにもいきそうもない。

展覧会の宣伝材料のチラシには、はじめ、わんぱくの森の入り口近くに茂っているクヌギをモデルとして登場させたいと思っていました。

大きなスケッチブックを持って改めてじっくりと眺めると、幹の辺りがひとひねりしている。何やら複雑な事情があったらしい感じ。まだ新芽が開いていない枝先の冬芽の状態を見上げながら、いずれはゆっくり、木炭デッサンで描いてみたいと思っているのだが・・・。

市内でのクヌギの大木は、国府台4丁目の水と緑の回廊にある、ちょっと傾いたクヌギ。記録では、胸高幹周が278㎝、高さが26m。これとほぼ同程度なのが、大町の竹内邸のクヌギだった。

これらの記録は、岡崎さんが中心になって調べたもので、2002年の調査です。それから15年以上が経過しているわけで、その後は全く全体的な調査はされていない。一人ではとても無理だし、市内全域といってもけっこう広いのです。気がかりだけれど、それを調べてまわる余力があるかどうかが、問題なのですが。

市街化が進む市川市で、どこにどんな緑地を残すかのゾーン計画が必要でしょうね。せまい場所では無理だけれど、環境保全とか、地域の景観とかの視点で考えていきたいものです。

JRの鉄橋からも見える国府台の斜面林は、松戸市の矢切の斜面林と、少しずつ構成種を変えながらも連続している。松戸駅近くには浅間神社があって、ここはこの地域の極相林として、天然記念物として指定されているの、ご存知でしょうか?

地球から見て、太陽が赤道の向こう側にいってしまう冬至には、関東地方の正午で光の角度が30度ぐらい。つまり、建物の2倍の日陰ができるということ。市街地には電線が張られている。晩秋には落ち葉が住宅地に舞い落ちる。そんないろいろも考慮しながらのその場所にふさわしい緑の空間を、智慧を出しながら育てて生きたいものです。

3月末には、「環境パートナーシップちば」の研修会で、筑波へ。見学したのは、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構という、長い名前の施設です。略して農研機構。かずさDNA研究所はかなり頻繁に出かけて、よくわからないながらもお勉強しているが、この場所は初めてだったので興味津々だった。

農業試験場の設立は、明治26年(1893年)に始まったが、何度となく組織変更や統合が繰り返され、ここが今の組織になったのは2016年のこと。広大な敷地には各種の遺伝資源管理施設などが点在している。過去の農業の歴史の中で、栽培植物も多くの品種を蓄積してきたが、世の中の需要の変化などで消滅していく遺伝子データーも多くなっているとのこと。評判のいい品種だけに単純化されてしまうと、環境の変化や病気などでいっぺんに絶滅してしまう危険もはらんでいる。

それに備えるために、世界各地に残された野生種の遺伝資源などを収集保存するのも、ここの役割というわけ。植物の種子や栄養体、動物の生殖細胞などが、配布用と長期保存用とに分けられそれぞれに最適な方法で貯蔵されているという。ジーンバンクで保存されている遺伝資源は、研究教育用にWebサイトからオンラインで申し込むことができるのだそうだ。

40万個が保存されているという巨大な棚から、コンピューター制御された指示に従って、猛スピードでカプセルが選び出されチェックされて、出されてくるのは、まさに驚き!

ここでの研究、たとえばお米を食べて花粉症対策を行う次世代型免疫療法の取組み、絶滅した在来種の酒米を保存中の種子から再生させて地元の酒造会社の復活援助、などなど。

この近くには、国立科学博物館の施設として、筑波実験植物園もある。面積は全体で14万平方メートル。常緑広葉樹林区、砂礫地植物区、山地草原区などと区分されていて、約4000種の植物の四季を楽しむことができる。関心のある方、お好きな季節を選んで、是非お出かけを!

 



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by midori-kai | 2018-05-14 06:22
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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