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第105回 8月(葉月)ヤブミョウガ

 ヤブミョウガ

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夏になると、咲く花も暑苦しい感じのものが多くなる。そこで多少は涼しそうな花の登場ということで、ヤブミョウガに。林の下などのやや暗い環境が好きらしい。関東以南に広く分布し揚子江流域にまで見られるという。

葉っぱはミョウガに似ているが、表面はざらつき、裏側は細かい毛が生えているから触って確かめてみよう。漢字で書くと藪茗荷。小さな白い花、熟した実は黒っぽい紫色になる。

「食べられるの、なんかの役に立つの?」と聞かれると、ちょっとつらい。

 中国では、虫刺されの治療に使われるらしいが、民間薬なので、200種ほどある日本薬局方のリストなどには登場しない。

なお、東京の地名の「茗荷谷」は、その昔はそのあたりがミョウガの栽培が盛んだったことに由来するといわれている。



# by midori-kai | 2019-08-25 06:26

第105回 8月(葉月)ヤブミョウガ

 ヤブミョウガ

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夏になると、咲く花も暑苦しい感じのものが多くなる。そこで多少は涼しそうな花の登場ということで、ヤブミョウガに。林の下などのやや暗い環境が好きらしい。関東以南に広く分布し揚子江流域にまで見られるという。

葉っぱはミョウガに似ているが、表面はざらつき、裏側は細かい毛が生えているから触って確かめてみよう。漢字で書くと藪茗荷。小さな白い花、熟した実は黒っぽい紫色になる。

「食べられるの、なんかの役に立つの?」と聞かれると、ちょっとつらい。

 中国では、虫刺されの治療に使われるらしいが、民間薬なので、200種ほどある日本薬局方のリストなどには登場しない。

なお、東京の地名の「茗荷谷」は、その昔はそのあたりがミョウガの栽培が盛んだったことに由来するといわれている。



# by midori-kai | 2019-08-25 06:26

梅雨が明けたら 今度は酷暑だ!    高 野 史 郎

 日照不足に悩まされ、今年の梅雨では野菜もナシも受難が続いた。7月末のぎりぎりに「梅雨が明けたと思われる」という気象庁の控えめな発言、そしてその直後から恐ろしい猛暑が連続して続いた。外を半日歩くと、もう背負ったリュックの背中側までぐっしょりと汗でぬれる。畜産農家では、乳牛も食欲低下で牛乳の出が悪くなった。大型扇風機を何台も並べて、24時間回し続けているとか。

ちょうど1年後には、オリンピックが始まる。マラソンなどは暑さ対策で朝のスタートとなるらしい。それを支える大勢のスタッフは、早朝からの準備となるだろう。30度を超える温度ばかりでなく、おそらくは90%という飽和状態の湿度に悩まされることになるのだろう。日本の夏は蒸し暑いのですよ。

◆もう雨は、ちょうどよく降ってはくれない時代に

相変わらずの豪雨災害も各地で頻発している。マスコミで伝えられる避難場所の状況は、考えるだけで落ち込んでしまうほど。最低でも一人1日に3リットルの飲用水が必要といわれる。それを少なくとも3日分、できれば1週間分はほしいといわれている。重さだって相当なものです。準備できますか?

日常の暮し方から考えれば、それだけで済む水の量ではないことは誰もが知っている。水の必要量は個人差が極端にあるらしいが、炊事・洗濯・風呂・トイレでそれぞれに50リットルずつ使っているといわれる。昔のトイレは1回に20リットル必要としたが、最新型は1.8リットルと、かなりの省エネに改良された。実際の避難所暮らしではどんな暮らしが成り立つのか、考えると恐ろしくなるから、当分は大丈夫だろうと勝手に解釈してごまかしているわけなのだけれど。

そんなことを考えながら、市で発行しているハザードマップを広げ、真夏の昼下がり、大洲と広尾の防災公園を歩き回った。災難がやって来るのはいつも突然で、天気や時間帯は無関係ないのだから。

◆防災公園へ行ってみよう!

大洲防災公園は、広さが2.8ヘクタール。秋には市民まつりが開かれているから、場所は知っている人が多いだろう。でも竈にもなるベンチとか、災害時には非常用トイレになるマンホールなどは、おそらく誰も実際に使ったことがない! 

市民まつりと違って、災害時には連絡バスなんて来ないんですよ。役所の担当者がすぐに現場に到着してくれて、てきぱきと群衆整理してくれるとは限らない!

広尾防災公園の方は、総武線沿いで暮らす人にとっては知らない方も多いことだろう。地下鉄東西線の南行徳駅から歩くと、20分ぐらいかかる。防災公園として開園したのは平成22年(2010)のこと。こちらは広さが3.7ヘクタールとかなり広く、真ん中部分は芝生広場になっている。ここは市川市の南端に近く、島尻・新井の先は浦安市当代島となる。

浦安市の郷土博物館では、館内の小さなホールで地域の歴史などが上映される施設があり、昭和241949)年8月末に関東を直撃したキティ台風の記録などもある。当時の浦安町全戸数の3240戸のうち、床上浸水が2419戸と報告されています。明日はわが身、となるかもしれない!

◆ハザードマップも見ておこう!

 この際、ハザードマップも確かめておきましょうよ。市川市の小学校には、校門のところに海抜の高さが表示されている。あなたが暮している場所の安全度は?

縄文時代には、じゅん菜池や堀之内なども海とかかわりが深かったのだろう。堀之内の考古博物館には、昭和33年に平田の工事現場で見つかったコククジラの骨格標本が天井から吊り下げられている。今から5000年ぐらい前のことだったらしい。

ハザードマップでは、過去のデーターから地震や津波などの被害予想が図示されている。いざとなったときの避難場所はどこ?などを確かめておこう! そこにはどんな設備が揃っているの? 公民館には備蓄倉庫があったりするけれど、緊急時に誰が鍵を持って駆けつけてくれるのか、知りませんねえ!

ご参考までに、具体的なお話を少しだけ。

もう数十年も前、ネパールへ旅行していたグループが、台風とストライキで飛行機が飛ばない。帰国予定が5日ほど狂ってしまった。

彼女らを襲った最初の困難は、なんとトイレットペーパーだった。ホテルの備蓄ゼロ。お互いに、わが身の事情が優先されるから助け合ったりはしなくなる。非常持ち出しのリュックに、トイレットペーパーは必需品です! なお、高級なティッシュは水に溶けにくく、トイレ詰りの原因に直結することもお忘れなく! 

3.11の際の船橋市での事例。船橋漁港近くの小学校が避難場所になっていたけれど、そこは海抜1mぐらい。そこも浸水被害がひどくなって、真夜中になってから少しは山側の公民館にと、続々と数千人が押し寄せてきたんです。そんなことは全く予測していなかった。マットも毛布も何も用意されていなかった。慌てて手配しようにも、渋滞で車が動けない。そんな事態を想定していなかったのですね。その日は、たまたま、講座を担当していて現場にいたわけでしたが・・・。

江戸川区は、長年洪水対策に苦労して来た地域です。今も市役所前には台風時の水位を示す三角形の高い柱が立てられている。キティ台風の潮位:+3.15m。大正6年の最高潮位:+4.21m。高潮対策の基準潮位:+5.21mなどと。

市川市でも行徳地区や総武線沿いは標高が5メートル以下なんです。気象災害はますます増加しそうな昨今です。明日はわが身。防災公園の現場も行って確かめてみよう。ハザードマップも、いざという時に備えてチェックしておこう。

問題は、担当の方々の熱心さと予算の裏づけ、そして市民の関心度の組み合わせとなるのでしょうか。昔は、台風は9月になってから来ると思われていたようですが、今は夏のはじめから押しかけてくる時代になったんです。雨は適量が万遍なく降ってはくれない。この傾向、ますます増加していきそうという恐ろしい時代が来ているようですよ。





# by midori-kai | 2019-08-25 06:21

第104回 7月(文月)ノキシノブとマメヅタ


国府台の木内ギャラリーの少し先のコンクリートの壁に、いつの間にかノキシノブが茂っているのに気がついた。ギャラリーのすぐ北側の石壁の方にはマメヅタが茂っている場所がある。15年以上前、市川学園の石井信義先生が、この地域では貴重な存在だと保護活動を呼びかける記事が新聞に掲載された。

すると、そんなに珍しいものならばと、石壁に垂れ下がるマメヅタを引っ張って持ち帰る人が増え、手の届く場所からなくなってしまう状態になったことがある。

 マメヅタそれ自体は特に希少なシダの仲間ではなく、かなり広い地域に分布している。ただ、市川地域にはあの場所しか見当たらない。江戸川からは適度に離れていて乾燥しすぎることはなさそう。南側はクスノキが茂っていて、切りどうし状態の場所は丁度いい具合に木洩れ日が当たる。そんな環境がこのシダにとって暮らしやすかったのだろうか。

 他の場所にもあるのではないかと、まだお元気だった岡﨑清孝さんと同じような環境の市川市内をくまなく調べまわったのだが、マメヅタは木内ギャラリーの北側だけにしか見つからなかった。

 20025月には、シダ植物にも詳しい佐倉の村田威夫先生にお出でいただき、生育環境緊急調査が実施された経緯がある。

 その時には、郵政宿舎に近い壁でブロックを斜めに積んだ部分には何のシダ類も着生していなかった。それがいつの間にか、ノキシノブが茂り始めることになったのは何故だろう!

 木内ギャラリー前の庭園部分も、ここ20年ぐらいのうちに植生はかなり変化して、今はドクダミが圧倒的な分布に広がっている。そんなことを考えながら、今月はマメヅタとノキシノブを取り上げることにした。

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マメヅタは丸い葉っぱ。鏡のような感じがするのか、漢名では鏡面草の名もあるらしい。東側で勢力を拡大しているノキシノブは茅葺屋根などに茂る細長い葉で、裏側には茶色の胞子嚢が2列に並んでいる。大町の自然観察園の東屋などでも見ることができる。

 ここで要注意なのが、軒先に風鈴などを吊るして涼を楽しむシノブとの混乱! こっちの方は羽状複葉で、釣忍ぶとか吊忍などと書かれるシダ植物。漢名では瓦葦などと書かれる。シダ植物もいろんな種類が多い。今は梅雨時、湿ったところが好きなシダ植物にも目を向けよう!



# by midori-kai | 2019-08-25 06:05

大雨が降る! 美 うま し国大賞とバス研修    高 野 史 郎



71日は、山開き・海開きの日。神様や野生の生きものたちの領域に人間が侵入するので、事故が起こりませんようにと、安全祈願のお祈りするのが古くからの日本の慣わしだった。

ところが今年は、6月末から九州地方を中心にモーレツな集中豪雨が続いていて、うっとうしい梅雨空などではなくなった。川の堤防は、時間雨量30㎜を基準に考えられていたはず。たった3cmと思ってはいけない! 田んぼやフカフカ土壌の林は別として、市街地はアスファルトで固められている。大量の雨は下水のU字溝から下水本管へ、川へと一気に流れ込む。透水地率という言葉もある。固められて吸水してくれない路面では、降水量の100倍やそれ以上の水かさとなって、市街地に氾濫するのだ!

半世紀以上も前の1949(昭和24)年の8月末、お隣の浦安市にもキティ台風が直撃した。今でいう旧市街の元町地区では、「波浪の高さは2mに及び・・・沿岸一帯に怒涛のごとく押し寄せて、堤防は14か所で決壊した」と伝えられる。市川だって江戸川放水路の向こう側の行徳地区は、海抜5m以下の低地だ。備えよ常に。他人事では済まされない。もう9月の二百十日などという言葉の、そのずっと前に豪雨が来る時代になっている。ハザードマップ、見て確かめたことありますよね。

子供たちに「10ミリの雨ってバケツにどのくらい?」とよく聞いたりする。1m四方の面積に、10リットルの水を吸い込ませる計算になるはず。ジョウロで土の表面がぬれた程度の水の量ではない。

今度の九州では、ほんの数日に1か月分の雨が降ったという。恐ろしい世の中になったものだ!

◎進士五十八先生の (うま)し国大賞記念講演を聞く

627日、市川みどり会の宇佐美さんに誘われて、進士五十八先生が主宰する「美し国づくり大賞」の表彰式に参加し、受賞された4団体の記念講演を聞く機会に恵まれた。

①横浜のグランモール公園のグリーンインフラを活用した「みず循環回路」、②東京オリンピックに向けた街路樹の樹形、③仙台のふるさとの杜再生プロジェクト、④岐阜の地域景観を目的とした住民主体の共創事業。それぞれに大変興味深いお話の数々だったが、その中から二つだけ紹介させていただこう。

②東京都の街路樹の樹形拡大による暑さ対策。市川でも街路樹の強剪定によるみすぼらしい格好は何ともつらい。しかし、高いビル沿いの植栽は、ビル風で先端が枯れこんでいるところも多いし、根際の植えマスが雑草防止で固められているところもある。おそらくは根が満足に伸びる状態ではないだろうし、乾燥による枯れこみもあるだろう。台風が来れば倒壊の危険もある。落ち葉の苦情は行政を直撃する。もう木々の緑の季節の移ろいを、しみじみ感じて楽しむ人は少数派になってしまっている。

東京の街路樹は、47万本から100万本に増えているという。従来の管理方法は現場任せで目標樹形が決まっていない。都の監視員も街路樹の専門家ではないから、街路樹維持管理の専門家を育てなくてはという話だった。

市川市内の巨樹調査には15年以上かかわってきたが、「切ってくれるんですか」の注文がすぐに出て来て困ることがしばしばだった。

東京都の方針は、オリンピックのマラソンアクセスルートを中心にした、樹形拡大の方針のようで、オリンピック以降までは考えていない気配だったのがちょっと残念だった。日差しの厳しい真夏の昼下がり、街路樹の茂みがありがたい。そこだけは涼しげな風が吹き渡るのに。

③の仙台の例では、カラーで8ページ分のふるさとの杜再生プロジェクトの資料を頂いた。“杜の都”仙台には、奥山と里山、平野、海岸など豊かで広大な自然環境が身近かに・・・。都市化が進む市川とくらべて、羨ましい限り。仙台の杜も3.11の津波により大きく失われてしまった。

その再生に取り組むプロジェクトが平成25年度からスタートしたという。

  【仙台市】 ふるさとの杜再生プロジェクト  http://www.city.sendai.jp/ryokukasuishin/kurashi/shizen/midori/project/  

再生に必要な五つの力では、植える・育てる・支える・伝える・活用すること。プロジェクトの第3期の目標は、なんと2040年としている。この遠大な計画が、次世代へと引き継がれていくことを大いに期待しよう。

◎ぼっけとわんぱくのバス研修で 埼玉の北本自然観察公園へ

629日には、ぼっけ生きもの倶楽部とわんぱくの森との合同バス研修が、小雨の中で実施された。市川市の中型バスが丁度いっぱいになる人数。行く先は埼玉県北本市の北本自然観察公園、午後からは羽生市のさいたま水族館。両方とも初めてだったので、興味津々。

北本市って、どこにあるの?という程度の予備知識だったのが申し訳ないほどの、羨ましい環境が整備されていた。とにかく広い。この敷地と施設全体の基本計画はいつ頃から計画されたのだろう。部屋に案内されて、最初は長老の方の思い出の昔話、そして40分ほどは27年のキャリアを持つという方から今に至る事情を丁寧に解説していただき、小雨の中を外に出た。

オープンは1992(平成4)年だったらしい。湿原でドロが深く、田植えなどは田船を使っての作業だったという。野鳥の記録が約150種、植物約800種、ヘビも7種類いるという。アライグマも60頭捕まえたというのだが、最終処分はどうされたのかは聞きそびれた。市川市では大多喜の射撃場だったかに車に積んで運んでいる。金網から伸ばす手の爪が鋭く、こわかった。

池を巡る散策路は、標柱の番号で示されている。おすすめ散策コースは、650mのショートコースから1900mのロングコースなどが用意されているようだ。

ここには、絶滅危惧状態の植物なども多数記録され、この場で暮している環境を先生の解説を聞きながらじかに見ることが出来た。

こんなに広い場所に立派な設備が羨ましい。千葉と埼玉の違いはナンなのだろう。もっとゆっくりここでお話を聞いたり、全体を眺め歩きたかった。今度また、別の季節にここに来たいよね、などの感想があちこちで聞かれた。




# by midori-kai | 2019-08-25 06:01

第103回 6月(水無月)ヤドリギ

ヤドリギ
高い木のてっぺん近くに、まん丸の緑の茂みを作っているヤドリギ。冬の季節の落葉樹だとこの茂みがはっきり見える。いつかすぐ近くでこの不思議な植物の暮らしぶりをじっくり見たいものだと思っていたが、やっとその機会に恵まれた。
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5月末に実施された三菱UFJ環境財団主催のふれあい楽習の奥利根でのこと。ダム工事にともなう土捨て場に緑の復元を目指す作業の一環で、とりあえずは土づくりのために肥料木として植えられたヤマハンノキを間伐したのだ。この先端近くについていたヤドリギは、直径40㎝ほどのかたまりだった。
果実は薄黄色で丸い。野鳥が食べると糸を引くようなねばりがあって、鳥の糞がうまく木肌に付着すると、タネはそこから発根して枝の内部にまで侵入し、ヤドリギの成長が始められる! 
葉は常緑だから、多少は光合成しているのだろうが、水分供給は寄生した樹木から貰っていることになる。伐採したヤドリギには実がついていたから雌株なわけで、どこかに雄株があることになるのだが、それは見ていない。開花は2から3月というから、もう花の時期は終わっていたのだろう。
常緑なので、ヨーロッパでは冬の時期には家畜の飼料にするという。イギリスでは実のついた枝をクリスマスの飾りに使う風習がある。それほど珍しい存在ではないようだが、1年の生活史の一部始終を確かめたい気持ちが深まってくる。

# by midori-kai | 2019-06-18 06:40

各地の環境フェア、高校生大活躍の薬草園ツアー   高 野 史 郎

 5月末には異常に暑い日が続き、北海道では40度近い日があった。もう「観測記録上で初めて」などという報道も聞き飽きた感じ。
日本に来た東南アジアの人たちは、何日もシトシトと降る日本の梅雨に驚いていた頃もあった。熱帯雨林の地域では、ひどいスコールでも慌てて駆け出すこともなく同じテンポで歩いていて、傘をさしたりもしない。雨はすぐにやむし、アロハシャツもすぐに乾くからと気にしないのが不思議だった。
ツバメが駅構内のかなり奥のところに巣を作って、せっせと子供たちのために餌を運んでいる。エスカレーターの横をすり抜けて、入り口から15mもの奥の改札口近くまでツバメ返しで急カーブして、餌の配達に往復している。どういう脳の働きなのだろう。
6月といえば下旬には夏至だ。夜明けが早くなった。夏至の頃の日の出は4時半、日没が夕方の7時ごろ。12月末の冬至では、夜明けが7時近くで日没が夕方の4時半になる。それぞれに2時間半ものずれがあるのだ。生きものたちは、気まぐれに毎日変わる気温にとらわれることなく、日照時間で季節を確実に捉えているという。季節は、10年前とすっかり変わってしまったことも多くなった。

6月は環境月間でもあるので、各地で環境フェアなどが開かれる。市川付近の数か所の市も含めて30年近く参加や見学を続けているので、会場や運営方法の違いが感じられて面白い。会場への案内は市民に広く伝えられているだろうか? 主催する行政と、参加する市民グループとのつながり、協賛する企業との連帯意識などはうまくいっているのだろうか?
主催者側は、それぞれの持ち場があるから、開催当日の現場の状況をゆっくり眺めている余裕などない。でも誰かがそれを担当して全体の構成を、市民目線で眺め歩いて、次のステップにつなげてほしいといつも思う。
毎回気にしているのは、駅などから会場へのコース案内が殆どされていないこと。どうやら立て看板の設置がかなり制限されている事情もあるらしい。20年間かかわっていた公民館での環境フェアでは、当日の早朝からのぼり旗や矢印の案内表示を立て、終了直後にそれを回収するという方法を続けていた。市の発行する広報でも、関心のある人はその領域の記事を丹念に探して読むが、今は情報が溢れていて、かえって広報なども熱心に見る人が少なくなっている気配も見られるようだ。
会場のテントの内側に座っている人たちの、表情観察も興味深い。すぐに通行人の問いかけに対応できるよう笑顔を絶やさない人と、あと何時間ここにいればいいの、という疲れた感じで座っている人と。
市川市の環境フェアの会場は、ここ数年はコルトンプラザで開催されている。それを知らない買い物客も多いから、あの長い会場での全体をPRするのはかなり難しそうだ。一番奥のコルトンホールで市民グループが17のブースで展示しているのに気がつかない人も多い感じなのが気がかり。顔見知りのご常連だけが集まるだけでなく、この機会にもっと市川の環境情報を明るく楽しく発信してほしい。

すぐ近くの高等学校で「薬草園をめぐるツアー」の記事を広報で見て申し込み、参加したのでその報告もしておこう。この学校の前身は当初、市川市にあったらしい。いろいろな経過を経て、今は普通科の他に園芸科があるという。そして農業クラブが「薬草園復活プロジェクト」を立ち上げ、メンバー13人が活躍中というのだ。
自分にとっては、高校時代なんてもう70年も前のことだ。我が身のまわりはみんな老老介護を抱えている世代で、10代の人たちとのお付き合いなどなくなってしまっている。若い人たちが自主的に運営しているという企画に、大いに関心が深まっての参加である。
土曜日の1時半に学校に集合、10人ずつの班に分かれて前後に生徒さんが付き、いくつかの公園や地域の歴史を語るおじさんの話を交え、最後は学校に戻って薬草園見学とスミレの花びらを使ったストラップ作り、そして薬草園見学とハーブの粉を練りこんだ手作りクッキーのおもてなし。
こっちは一介の参加者だから、しゃしゃり出ちゃうわけにも行かないと、慎み深く静かにしていたが気がかりなことを、ちょっとだけ書かせていただこう。
①大きなクスノキが茂っている公園で、巨樹リストに入っていることなどを説明したのだから、落ち葉を拾って、匂いを嗅ぎ、確かめるようなつながりがあればよかったのに。②暑い日だった。参加者の多くは地元の高齢者だったから、水分補給の時間を。③生徒さんはみんな一生懸命だったが、遠慮がちにしゃべりながら歩くので声が聞こえない。照れているのか、初めての大人集団との対応で緊張しているのかな?
薬草園は、温室や野菜畑が広がる1画で、思ったよりも小さかった。16種類だったかの植物が大きく育っていた。カラシナは背丈ほどに伸びタネをつけた状態だった。
気になったのはどこの薬草園でも見られる傾向なのだが、ラベルの表記が古い時代の牧野図鑑にこだわっていて、かえって混乱を招く傾向が見られること。たとえば「サルビア」の表記。植えてあるのは香辛料のセージだった。
戦時中は敵国語でカタカナ表記が禁止されていた事情もあって、みんな和名に置きかえられた歴史がある。だから、マーガレットはモクシュンギク、ダリアは天竺ボタンというように。
そうした時代背景の中で、花壇に植えられる赤い花のサルビアは、図鑑ではヒゴロモソウと表記され、香辛料のセージが属名そのままで「サルビア」と書かれていた歴史を背負っていたのだが、若い生徒さんはその辺の事情を知る由もない。
salvia属は,図鑑ではアキギリ属となっている。このグループの日本の自生種は、キバナアキギリ、アキノタムラソウなどと9種類か。世界には約500種があり、花壇などで見られるサルビアの仲間もいまはたくさんの種類がまちを彩っている。
4時半に終了。最後は、スタッフ一同の生徒さんが前に並び、深々とお辞儀をしてくれた!

# by midori-kai | 2019-06-18 06:37

第102回 5月(皐月)ジャーマンアイリス

5月というと昔ならば端午の節句、鯉のぼりに菖蒲湯と動植物がらみの話題も多い。アヤメの仲間の花も一斉に咲き始める。今月登場させたのはジャーマンアイリス、和名はドイツアヤメ。
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アヤメの仲間の花を見ると、誰もが「いずれがアヤメ、カキツバタ」という。ちゃんと伝えておこうとアヤメ属の生態から説明し始めると、長い話になってしまう。相手は、季節の挨拶みたいに口にしただけだったのだ。
アヤメ科の植物、世界におよそ70属1500種以上と恐ろしく多い。日本の自生種も10種ぐらいある。きれいなものは愛好家が熱心に育て新しい品種も次々と作られていく。日本のものは根茎つまり株分けで増やすものが主流だが、世界的には球根みたいな繁殖方法をとるものの方が多い。その中で、球根性(ただしくは球茎)の種類は、乾燥した地域に適応した生活型といわれている。
花の形からは、ヒゲが生えているタイプとそうでないものがあって、ひげ型の代表格がこのジャーマンアイリス。紫や黄色のほか、淡いピンクやオレンジ色などと多彩でレインボーアイリスなどともいわれ世界的にフアンも多い。
ところでこの形の花、メシベとオシベはどこにある? 虫媒花だが、虫たちはどこから蜜を求めて花の内部へと侵入する? サクラの花や菜の花とはまったく違う構造のようだ。植物と昆虫の共進化の長い歴史がこうした形になって現れたらしいから驚きである。
さて、あなたは、どこからこの花の不思議な仕組みの解明に取りかかろうか・・・?

# by midori-kai | 2019-05-11 06:08

風薫る5月、落葉樹の芽吹きも深緑へ  高 野 史 郎

野草たちの花も一段落し、葉桜もその陰に小さなサクランボをつけているのに気づく。こざと公園に、そして道の駅近くの国分川調節池に、鯉のぼりが風にそよぐ。
 この時期、季節の進み方は実にめまぐるしい。市川のサクラの健康状態を30か所で記録し続けているが、ソメイヨシノはもうすっかり葉桜になってしまった。日本列島を北上し続けたソメイヨシノの桜前線は4月末に最後の花を咲かせて終わり、北海道でオオヤマザクラ(エゾヤマザクラ)にバトンタッチして5月にサクラが咲くのだから、日本列島の長さに驚いてしまう。
4月29日は昭和の日、この日は自然保護協会で「ネイチュアフィーリング」と呼んでいる障害者といっしょの自然観察会が開かれていて、今年で30年になった。つまり、30年間のこの日の状態を比較できるわけだが、7年前ぐらいには、まだ何種類もの里桜の花を見ることが出来たのに、ここ数年はすっかり葉桜になってしまって、殆どすべてのサクラが終わってしまっている。
ナシの花同様に、気候異変はこんなところでも実感できるというわけである。

◆国立公園のトイレ事情
この日は、芝生広場のずっと先、千駄ヶ谷門寄りに日本各地の国立公園や環境省の出店などもあるので、最新情報を求めてあちこちをハシゴするのを楽しみにしている。
今年立ち寄ってみたものの一つに、国立公園トイレマナーの展示があった。「日本の水はとてもきれいです。湧き水を飲むことを楽しみにしている方も多いと思われます。ツアー中にトイレの場所がわからずに自然の中でトイレをしてしまうと、湧き水が汚染されてしまいます。世界でも有数の日本のきれいな水を守るためには、排泄物を持ち帰る必要があります・・・」。携帯トイレ用品の展示である。
このメーカーは国立公園のオフィシャルパートナーにもなっている。ウームとうなってしまう。望ましい解決方法は、可愛いパッケージで包装された500円のそれを買い求め、常に携帯することになるらしい。まだ設置場所は少ないが、日本の国立公園の中には、トイレブースという小さなログハウスのような場所が増えつつあるという。
ある著名な女性登山家は、砂漠の中を何日も歩いた時の状態を話してくれた。トイレなどはもちろんどこにもない。だからと女性には長めの巻きスカートの持参を勧めていた。(男性の場合はどうなるのだろう?)。マングローブを調べに沖縄へ行った時、ハマボウの茂みが身を隠す場所になりその葉が使える、慣れてくると3枚の葉で処理できるという話をしてくれた女性ガイドさんもいた。ハマボウは、黄色い花が咲くハイビスカスの仲間。
世界各地で植物調査していた探検家の先輩は、空き缶1杯の水を背中側から徐々に流し、少し残した最後の水で左手を洗う術を獲得した! 実に気持ちいいと自慢していたが、とてもその訓練をする気になれない。
毎年11月に開かれる大洲防災公園での市民まつりでは、女性用トイレに長い行列ができていたことがある。国分にできた道の駅では、女性用トイレが男性用の2倍の数が設置されているのを確認して安心した。夏の尾瀬では、夜行バスで到着した団体が最初にする活動はトイレ前での行列。そして持参したお弁当を食べる。3時間ほど近くを散歩してそれで終わり。山小屋には何の利益ももたらしてくれない。
地震列島の日本では、災害はつき物のようだ。避難生活が始まれば最初に起こるのがトイレの問題。車イスの人たちが遠出する時も、最初に考えるのがどこにトイレがあるかの確認で、前日から水分を控えるという。もとより健康にいいわけはない。
いま日本の紙おむつの生産数は、赤ちゃん用が年間に14億枚、老人用がその半数といわれる。水分含有量が多いから重い! 介護施設では、大量の水分を含んだそれが出される。ゴミ回収は週3回から2回になった。きれいな水の確保とともに、よぎれた水の処理も大きな課題になっている。

# by midori-kai | 2019-05-11 06:03

第101回 4月(卯月)大町会館のオオシマザクラ

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大町会館のオオシマザクラ

大町会館前に、宇佐美さんが安行から取り寄せたサクラの若木2株を植えたのが2016218日でした。玄関前には竹箒のように真上に枝が伸びる“天の川”、そして建物前の日当たりの良い所に植えられたのが“ボンボリ”です。まる3年を経過しましたが、毎年の成長量と開花が楽しみです。

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天の川
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                        ぼんぼり
会館前に並ぶソメイヨシノに混ざって、3月末に白い花が二分咲き程度になっている株を見つけて驚いた! 近づいて寸法を測ると、花の直径が4.5㎝あった。花と同時に明るい緑の葉を開く。青空をバックにするとそれが一段ときれいで、見とれてしまった。

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【4/13撮影】

このオオシマザクラ、潮風が厳しい伊豆七島などが原産とされている。三浦半島や房総にも見られるのは、薪炭林として古い時代に植えられたものだろうということで、タキギザクラの呼び名もある。

改めてこのオオシマザクラの木肌を眺めると、ソメイヨシノとは感じが違う。花の時期だからこそ、確かめるチャンスがあることを再認識したのでした。

ところで、41日には新しい和暦が発表されて、とたんに「リョウブ」を連想してしまった! 漢名では「令法」など、万葉集にはハタツモリで登場しています。田畑の面積に応じて計算される作物の本数などを意味していて「畑積もり」。植物の語源って、社会情勢や生活などと複雑に絡んでいるようです。

リョウブ飯は行者の食物としても知られている。よく乾燥するとこの葉は長期の保存食料となり、救荒食糧として利用されていたのだといわれる。はて、どんな植物か思い浮かぶでしょうか? 民家の庭に植えてあるのをよく見かける。なんていう木ですか?と聞くと、サルスベリと返事が返ってくることもしばしば。樹皮が剥げ落ちると斑模様ですべすべなのです。さて、市川大野の万葉植物園にもあったかな? これを機会に、万葉集と縁が深い市川市の歴史を思い出して見ましょうよ!



# by midori-kai | 2019-04-12 06:28

国際森林デー2019 & 行徳野鳥観察舎への期待  高 野 史 郎

3月末にソメイヨシノが咲きだして、桜前線が日本列島を北上中! 北海道ではソメイヨシノは寒すぎて育たず、オオヤマザクラ(エゾヤマザクラ)が登場して5月上旬頃まで咲き続ける。

皆さんはどこへお花見に出かけたのでしょうか? 急に暖かい日が続いて開花が早まりそうになったり、寒い日が続いてやきもきしたり。三寒四温とか、花曇り、花冷えなどという言葉もあります。

今年は3月末から4月早々にかけて、東北で雪が降った。ドライバーの人たちがもう大丈夫と思ってスノータイヤをはずしたら、雪が降ってあわてたとか。まだ農業用ビニールが開発されなかった半世紀以上も前、4月上旬までは農家の人たちは大変な苦労をしていた頃を思い出します。ジャガイモを植えたいけれど霜にやられたら大変。トマトなどの果菜類の苗も、早く畑に植えたいけれど空を眺めて思案にくれる。そんな時代もあったのでした。

ところで国際森林デーって、ご存知でしたか? 森林や樹木についての意識を世界中に広めていこうという記念日で、201212月の国連総会で決議創設されました。日本でもこの運動を盛り上げようと、323日に新木場の木材・合板博物館で「みどりの地球を未来へ次代へつなぐ森林と木の文化~」のテーマで開かれたので行ってきました。

会場に入るなり、セーラー服の女子中高生が大勢いる。東南アジア系の人たちも大勢。いつものこうした会議とは雰囲気が大違い。後でわかったのですが、セーラー服の一団は合唱コンクールで金賞を受けた豊島岡女子学園の生徒さんたち、そして駐日大使館の職員や留学生グループが「ふるさと」を歌ったり、ダンスを披露してくれたのでした。

司会進行はミス日本みどりの女神の二人、英語の通訳も勤めてくれて国際会議の雰囲気が盛り上がります。宮田亮平・文化庁長官と牧元幸司・林野庁長官との対談も楽しいお話でした。後半は、各グループに分かれての木工教室や森の教室「ドングリ君と森の仲間たち」、熱帯動植物の折り紙教室、館内見学などへと引き継がれて行事が進められました。

昨年成立した森林経営管理法のもとで、日本の森林は新しい時代を迎えているようです。戦後に植えた人工林が50年を迎えて、伐採の時期が来ている。日本の木材自給率は36%を超えて、ここ20年間に2倍を超えた。ところが事情はかなり複雑です。

木材需要がふえているのは製材用のA材ではないのです。木材は利用方法によって4種類に区分されているらしい。A材:製材用、B材:合板用、C材:製紙用、D材:バイオマス発電用燃料の区分です。

値段が高いA材は売れないから林業家の収入にはつながらない。伐採後も再植林されない森が増えているという。森林所有者が積極的に管理しない森林は、市町村が預かり業務委託することが可能になったというマイナス面も出ているといわれています。

住宅着工件数も減っているから、林業家の収入はまた減り続ける。我が家の周り、新京成や武蔵野線沿線の小さな空き地やナシ畑が開発され、住宅地ができると見に行っています。この柱は何の木? 長さは? 合板は外国産のカラマツ(ラーチ:Larch)かな?などと。世の中、うまく回っていかないようなのが、なんともつらいです。

行徳の野鳥観察舎の蓮尾純子さんから、2月の市議会で野鳥観察舎の後継施設建設費が承認され、3月下旬には近隣住民への説明会も実施されたとの連絡を頂きました。旧施設の解体工事が終わり、手前の駐車場から先が通行禁止になって、野鳥病院へ行くのも終末処理場をぐるっと回って行かないと近づけなかった不便さも解消されたようです。

この春から、新しい野鳥観察舎の建設が始められるようですから、まずは明るいニュースです。施設の広さは延べ床面積が400㎡、2階建てで上から見ると8の字型のユニークなデザインです。無限な可能性をイメージして、優美な曲線で来場者が回廊を周遊しながら自然とのつながりを体感してほしいという願いがこめられているそうです。

1階は、管理事務所、カフェテラス、更衣室、シャワー室、倉庫など。2階は観察スペース、多目的スペースなど。まだ細かいことは関係機関と協議中で、変更されることもあるとか。かなり狭くなったようですが、近郊緑地での作業後の着替えなどがどうなるのか、野外での若い人たちとのふれあいの場、多様な来館者とのかかわり方など、気になることはたくさんあってもまずはうれしいことです。

一番気がかりなのは、ここが「行徳近郊緑地特別保全地区」と地図上にも明記されているのに、殆ど全く市民にはこの位置づけが知れ渡っていないこと。ここは自然度の高い保全地域なのか、市民誰でもが自由に遊んで楽しむリクリエーション地域なのか、理解されていないのがなんとも気がかり。広く市民に開放して、自由に歩きまわれるようにとの要望が絶え間なく出され、花壇の花やカワヅザクラが名物になったりするんですね。これは日本の自然公園法、国立公園指定の頃からの問題点です。

確か第1条には、「優れた自然景観を維持するとともに、積極的な活用を図り…」などとあったはず。これって危険な綱渡りなんです。戦前は、厚生省の体力局の管轄に自然公園法がおかれていたようです。外国観光客を期待して、日光が193412月の指定、伊勢志摩が1946年、新しいのが2016年の「やんばる」、2017年の奄美群島だったかな? 改めて、自然公園法を読み返えさなくっちゃ!

行徳近郊緑地は埋め立ての歴史を抱えながらも、市街地が増え続ける市川市内で今は殆ど唯一の、未来へと続け、生物多様性が成立し続ける可能性がある場所だと思うんだけれど――。




# by midori-kai | 2019-04-12 06:18

植物スケッチを見ながらお話を聞く会

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# by midori-kai | 2019-04-10 05:53

第100回 3月(弥生)鉢植えにして8年経ったマンリョウ

 15年ぐらい前には絶滅危惧状態という噂もあったマンリョウが、あちこちの雑木林に増えているのが目立つ。どうやらこの赤い実が、冬の餌のない時期にはヒヨドリなどの貴重な食料になるようで、そのタネが雑木林に運ばれているらしい。

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このイラストのモデルになったマンリョウは、8年前に知人から譲って貰った時は15cmほどの小さな苗だった。鉢植えにして、毎年の成長量を記録し続けているのだが今はもう50㎝以上にも育った。7月頃に白い花を咲かせ、秋には赤い実に熟す。何事もなければ花の咲く時期には、前の年に咲いた花が実になって、その両方をいっしょに見ることができる。

新芽は晩春頃から伸び始める。毎年少しずつ大きくなる筈なのだが、それを続けてどこまで伸びることが可能なのだろう? 葉の寿命はどうやら3年ぐらいと思われる。木質化した細い幹の下部から脇芽が出る気配は、全くない習性のようだ。

とすると、このマンリョウの成長の限界とか、寿命とかはどう考えたらいいのだろう。昨年の成長量は、斜めに延びるシュートが5cmほどだった。落葉樹では冬芽の部分が芽鱗痕(ガリンコン)として茎にあとが残るが、常緑樹の仲間は連続的に成長するからつなぎ目がわかりにくい。民家の垣根などで、他の木に囲まれているような条件では、身の丈ぐらいにひょろひょろ伸びているのもみかける。

アジサイなどでは、古い幹は茶色になって枯れ果てて、株もとから出る若い枝に順次交代しながら長生きしていくのが見られるのだが、その点では不器用な生き方が身についているのかなと思ったりする。幹の下部で切断した場合には、そのまま枯れこんでしまうのかどうなのだろう。

2年前の冬、その年の実と前年からの2年越しの実とがいっしょに見られる状態になった。絵を描き始めた。4Bの鉛筆でほぼスケッチし終えた早朝、何とベランダに置いたマンリョウの赤い実はすべて食べられていてショックだった! 

たぶん、ヒヨドリが見つけたのだろうが、30ぐらいあった実を1羽で全部食べたのだろうか? 夜明け前の薄暗いうちにベランダに来たのだろうか、謎は深まる。




# by midori-kai | 2019-03-09 03:37

冬枯れの雑木林で  高 野 史 郎

ウメに続いてカワヅザクラが2月から咲いている。市川大野駅に近い万葉植物園では、2月末に福寿草が咲いていた。でもまだまだ、雑木林の芽吹きには、もう少し春の日差しが必要なようだ。

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                              河津桜 (カワヅザクラ)

しばらくご無沙汰している市川各地の雑木林が気になって、大町なし街道沿いの里山や堀之内貝塚などを見て歩いた。殆どが市街地化された市川だが樹林地が残されているんだと、ちょっとだけ安心する。自然に顔がほころんでくるのを感じる。

冬の雑木林を歩いていて思い出すことがいくつかある。環境学習が小学校の課題になり始めた2000年頃のこと。環境学習担当の先生が「冬の林なんて、何にもみるものないもんね」といったのがアタマにきて、文句を言ってしまった。それ以来、その先生は口をきいてくれなくなった!

またあるとき、里山グループの長老!たちと歩いていた折「冬の雑木林っていいですねえ」とふともらした言葉に感激した。まだまだ日本も捨てたもんじゃない、という気分になった。

「韓国の林を訪ねる森林ウオッチングの旅」というツアーに参加した時にはこんなこともあった。大寒か立春の頃だったか、道端でポリタンクにつめた水を売っている。コップ1杯日本円で50円ぐらいだったか。この季節に木が吸い上げる水を飲むと、健康で長生きするというのだ。何人もの林の専門家がいたのだが、「こんなにたくさん水を吸い上げるはずない、水増ししているに違いない」などといっているのが聞こえてしまって、現地を案内するということになった。

かなり歩いて到着したのはダケカンバのような木肌が立ち並ぶ林。穴をあけてビニールパイプを差し込んである幹から、ポトリポトリと水が流れて下のタンクに落ちていくのだ。みんな唖然としてしまった! みんなは先を争うようにその水を買い求め、神妙な顔をして飲んだことはいうまでもない。

ちょっと青臭く、かすかにうす甘い感じがする水だったが、その効果のほどはよくわからない。ともあれ、春の樹木が信じられないほどの水を吸い上げるのをその場で見て、うなってしまったというわけであった。

堀之内貝塚公園も、まだ春の訪れには遠い冬木立の風景だったが、自然のままに放置されたエノキの葉、クヌギの落ち葉などを踏みしめながら歩き、時々空を見上げた。まだ枝先は膨らんでいる兆候は見られない。

カントウタンポポは今も健全だろうか、年によって移動する傾向も見られたマヤランは、今も咲いているのだろうか。林の中ほどには「ドングリの森育成中」の場所もあって、思わずにんまりとする。ニイニイゼミが大量に羽化する木もあったはず。

フクロウがいた小さな森と小さな祠は、腐りはてていたのが残念だったが。今はこの樹林地のすぐ前を外環が通っている。かつてはネギ畑があった。太いソメイヨシノの並木もあった。林の中にコブシがほんのりと咲いていたりして、のどかな田園風景が広がっていたのだった。

この地域、歴史博物館に考古博物館と見どころは多い。もっと大勢の人が、この地に足を運び向かいから今へと、地元の自然環境全体に想いを広げていって欲しい。




# by midori-kai | 2019-03-09 03:22

第99回 2月(如月)冬のハイビスカス

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ハイビスカス

5年ほど前に、市川みどり会の研修会で頂いた鉢植えのハイビスカス。10月までは次々とオレンジ色の花を咲かせてくれたが、秋の訪れとともに花が小さくなり、古い葉から落ち始めたので室内に取り入れた。ハイビスカスは、ハワイ地方の野生種などを基にして改良が進み、ハワイ州の花となっている。それをたどると中国が原産地なのかもしれないという説もあって、学名までが「ハイビスカス・ローザシネンシス」となっている。種小名は、何と「中国のバラ」なのだ。

最近は低温にも強い品種がたくさん出ているが、この花は10度ぐらいが成長の限界のようだ。30年ぐらい前は、完全な温室植物でもっと寒さに弱かった。鉢植え用にするハイビスカスは伸長抑制剤を使って、大きくなり過ぎないようにされている。頂いたこの株も4月になれば、またたくさんの花を咲かせてくれることだろう。

イラストの右側は、冬のデンドロビウム。ランの仲間は大所帯だが、その中でもセッコク属(デンドロビューム属)は1000種もの種類を持つ着生蘭の大きな属だ。この寒さの中で秋の終わりごろから花芽が膨らみ始めた。どうやら2年目になる茎が花芽をつけ、次の年には枯れてしまう。その頃になると株もとから新しい芽が伸び始める。こうした形で常に新しく、世代交代を繰り返しているらしい。



# by midori-kai | 2019-02-25 07:58

 山崎先生が自然環境グループの活動記録まとめる  高 野 史 郎

今年の1月は殆ど雨が降らないで、乾燥しきった期間が長く続いた。大地に植えられたものは根も深く延び、何とか水分を吸収する方法も取れるだろうが、プランターなどに植えられたものは、すっかり乾ききっていた。夏の季節なら葉がしおれてしまうからすぐに気がつくが、冬に水やりする人は少ないようだ。あちこちで、寒さと乾燥とで枯れかかっている植物たちを見つけた。

2月早々になって、やっと少しはまとまった雨が降る兆しが出てきた。ロウバイ、サンシュユ、ウメなどが咲き出している。

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                              (枝垂れ紅梅/市川市大町にて)

すると今年のサクラいつ咲くの?という質問がでてくる。お花見の行事に関係してくると、年度末の3月に咲くか、4月にずれ込むかが重大問題だ。

この15年ほど、市川各地のソメイヨシノの咲き始めを記録し続けているが、2013年の3月18日に咲き出したのが一番早かった。さて今年は、どうなるのだろう?

気象庁のデーターでは毎年の変動が大きいから、30年間の平均で発表されている。それによるとソメイヨシノの開花は、東京で3月26日が咲き始め、4月3日が満開となっている。さて、あなたの周りのソメイヨシノが咲き始めるのはいつなのか調べて欲しい。

ところで、市川学園で長年教鞭をとられていた山崎秀雄先生が、大変な資料をまとめられたのをご存知だろうか? 市川市には自然環境系の専門家が大勢いらっしゃる。その活動の一つが市川市自然環境研究グループで、1971年12月に立ち上げられ、代表が岩瀬徹先生、事務局には石井信義先生が担当されていた。その40年ほどの活動記録が、山崎先生の編著という形で昨年末に発行されたので、ぜひ図書館などで手にとって熟読していただきたいと思う。

1960年代から、市川南部の埋立地などでは地下水の汲み上げなどによる地盤沈下が深刻だった。高度成長期に自然破壊が進む中で、大町の長田谷津に公園を作る話が持ち上がった。谷津田は水には恵まれているものの、湧き水は水温が低く、日当たりも時間が限られるから平田よりも収穫量が落ちる。減反政策の候補になりやすい条件が揃っている。当初は、サイクリング道路の建設や自転車の乗り入れなどの計画もあったらしい。

1978(昭和53)年には、当時の髙橋国雄市長宛に市川市自然教育園(付、自然博物園)構想案を提出している。膨大な資料を整理しての200ページにも及ぶ活動記録から、ほんの一部分だけを紹介させていただこう。

◆市川市は自然と文化の香り豊かな街といわれてきた。市川市内外には自然研究者や愛好家が多数在住や勤務しており、活発な活動を続けていてその蓄積も大きい。

◆すでに歴史・考古学関係では博物館があるが、自然関係には及んでいない。博物館単独の施設ではなく、野外観察地域を含めた自然教育園的な総合施設が望ましい。

◆さらに将来、新浜の野鳥保護地域、江戸川河川敷などを含めたネットワークが出来れば、現代的命題である環境教育の場として市民の要望にこたえることできるし、新しいまちづくりの試みとして先鞭をつけることが出来よう・・・。

これらの計画書は、自然関係の各分野の専門家が長期間にわたって実態調査の報告と、建物の大きさや展示テーマの一覧表など、詳細を極めている。

本の前半は、行政などへの働きかけ、要望書などの収録、行動の記録など。市川自然展の第1回は、1979年8月に当時の市川市社会教育会館(今の市川公民館)で開催されている。

第Ⅱ部では、自然環境講座の抜粋など。この第1回は、岩瀬徹先生の「雑草の暮らしと人間」、第2回は「市川の緑地の特徴」石井信義先生、そして第6回には「市川の干潟と海の生物」風呂田利夫先生、第11回には「市川市の地形」杉原茂夫先生と続く。30回を迎えた自然講座では、沼田眞先生を迎えての記念講演も開かれた。

これらの集まりの際に配布された資料が復元されて掲載されているので、今となっては貴重なデーターとなっている。

ユニークなのは、山崎先生が「どうしても伝えたいこと:(謄写印刷・温故知新)」で当時の印刷の苦労話を紹介されていること。若い人たちには想像もつかない面倒な作業が続けられて講座資料などが作られていたのである。青焼き・鉄筆・ヤスリ板などの道具の紹介。版下つくりには鋏とのりが必要だった時代がつい最近まであったのだ。

石井先生からバトンタッチされた岡﨑清孝さんの観察会資料の紹介もある。最後には、石井信義先生夫人の節子さんから「次世代の子供たちに貴重な自然を残したい思いから」のエッセイが載せられている。今回の著書をまとめるための資料は、石井節子さんの保存にかかわるものが多かったといわれる。

記録は、誰かが大変な苦労をしてまとめないと散逸され、不確かな記憶の断片となり、やがて忘れ去られてまた同じような過ちが繰り返されないとも限らない。

「交渉ごとは根気よくすることであるが、地方自治体のような大きな組織を動かすのは大変、交渉窓口になる担当の部長課長がその気になることが大切。担当が代わった場合には、その都度提出済みの要望書などのコピーを渡し説明をする。それと同時に、協力を惜しまないことを伝え、ともに行動して信頼関係を築くことが大切である」と山崎先生は締めくくっている。




# by midori-kai | 2019-02-24 07:47

第98回 1月(睦月)タラヨウ

タラヨウ

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葉の裏側に鉛筆など尖ったもので字を書くと、やがてそこが黒くなるので葉書の木ともいわれる。東京駅北口にある中央郵便局の裏側にも植えてある。

しっかりした葉っぱは、小さいトゲが鋭いので触ってみるとすぐにわかる。高さは10mにもなるという。近畿以西の暖地の山などに自生しているのだが、縁起を担いでかお寺などにも植えられている。探してみたら、市川でも6か所で見つけた、高さは3mぐらいか。

傷つけると黒くなるのは、細胞内の酸化酵素が空気に触れたから。その昔、経文を書いたといわれるヤシ科の貝多羅樹(バイタラジュ)になぞられて多羅葉の名が付けられたといわれる。

京都では、火事の類焼を防ぐことで庭に植える習慣もあるとか。古い本には、「葉はお茶の代用になる、材はロクロ細工に利用される」と書かれているが、いつごろまでそんな利用があったのだろうか?実用化された例をご存知の方、是非お知らせいただきたい!



# by midori-kai | 2019-01-17 04:01

クリスマスから…フルーツの話! 高 野 史 郎

冬至を過ぎて、ほんの少しずつだが日差しが伸びてきた。暗く長い冬が終わったと、北欧の人たちが待ちわびた春の兆しとしてお祝いした。それがクリスマスの行事と重なったという説もあるようだ。

クリスマスの花といえば、ポインセチア。和名は何と猩猩木、ショウジョウとはオランウータンのことで、真っ赤な顔に見立てたらしい。ちょっと納得し難い面倒な話です。最近は形の変わった品種も出回っている。

クリスマスのデコレーション同様に、いつこの花が店頭から消えるのかと見守っていたら、1225日過ぎに消えて、お正月飾りの売り場に変わった。商品ロスが話題になっているが、この花もそれと同じ運命をたどって捨てられてしまうのだろうか。

17日には、七草粥の材料としてパックにつめた七草がスーパーなどで売りに出される。最近は値段にも妙に端数がつくのだけれど、赤いダイコンなどが入っている高級品は400円ぐらい、普通の品は300円台か。それも17日夜には店頭から姿を消してしまう。もったいない! パックの中で、何日も経過した葉っぱは、もう生気を失っているから返品というわけにはいかない。栽培出荷した人たちは採算が合うのだろうか。

12月に県立中央博物館での千葉シニア自然学校主催「植物たちには、話題がいっぱい!」の特別講演会に参加した。講師は楽しい授業で評判の田中修先生(甲南大学)。話題は、涙の出ないタマネギとは?

なぜ石焼イモは甘いのか、なぜソメイヨシノは葉が出る前に花を咲かせるのか?などなど。

パワーポイントで親切丁寧に解説していただき、本当に話題がいっぱいだった。びっくりしたのは、殆どの受講生たちが、静かに聞き入り、几帳面にメモをとっていたこと。これは今どき、まさに驚異的な光景だった。最近はノート代わりにスマホの活用が増えている時代だから、なおさらのこと。

「ファブリック・キノコ栽培」ってご存知だろうか? キノコの原木栽培は重くて、高齢者の作業には負担がかかりすぎる。オガクズに糠などを混ぜてビンに入れ、キノコを栽培すると大量の使用済みオガクズが出てこの処分に困る。そこでオガクズの代わりに綿100%のオシボリに、米糠の抽出液を加えて栽培する。このオシボリは洗濯して何回も再利用できるのだそうだ。もう製品化され出荷もされはじめているらしい。

こうした講座などに、もっともっと多くの参加者が集まって、思い込みが多くなりがちな高齢者の意識回復に活用してくれればいいのに!と思うことしきり。

近くの小売店が少しずつ消えていき、コンビニやスーパーが買物客で賑わう。毎日の食材探しと献立に苦労は絶えないけれど、たくさん品物が並んでいればその場でメニューを考えられるから都合がいい。そんな事情もあってか、街から八百屋さんと果物屋さんが店じまいして少なくなった。日本では果物が高い。いまだに贈答品の名残を残しているのかもしれないが。

野菜と果物とどう違う? この質問は野菜畑を案内すると必ず聞かれるパターンの一つ。ところがお役所関連の専門家の解説は、どうも一般消費者の常識と外れている感じをずっと持ち続けている。

専門家の話では、木になるのが果物で、草の仲間が野菜と区別される。でもパイナップルやバナナは木ではなく、草の仲間だ。どちらも果物で、野菜ではない。イチゴは紛れもない草の仲間。しかし世界的に見るとベリーと総称される木本性のキイチゴが、外国では古くから栽培されている。普通のイチゴはキイチゴと一緒にされて、果樹扱いされる傾向が強い。

農学部系の学校では、温室は花卉研究室の縄張りだから、高湿度に弱いヨーロッパ系のブドウ栽培は、雨よけのためにガラス室で作られたりする。果樹研究室ではなく、花の担当者で管理を担当する。

そんなわけで、毎日の暮らしのセンスで区別してみましょうよと、環境学習の話題にしたりしているのですが・・・。生で食べる:加工して食べる。おかずにする:食後に食べる。甘い:甘くない。などなど。これはどっち? 君の家ではどうやって食べる? などと生活習慣から区別してみる。

メロン、ナス、バナナ、トマト、キュウリ、トウモロコシ、スイカなどで考えて表にまとめたりすると、ユニークな結論が出てくると思うんだけどいかが?

ここにも民族の習慣などが関係してくる。トマトは、外国では生で食べるよりも、煮込むなどしてから食べる分量のほうが多いらしい。すると、サラダではなく、おかずのうちか。

年末に海外旅行して果物の本を持ち帰った友人がいた。「おいしい熱帯フルーツの本」と思い込んで買ってきたのに、帰宅して開いてみたら植物分類別の木の実の解説でウンザリしたと。

植物の花が咲いたあとの結果が、みんなフルーツなんです。あ、この「結果」という言葉も、果樹栽培では実のなること。実を成らせる枝を、結果枝・結果母枝などと呼んでいるようですよ。

メシベの子房が受精後に肥大したものが真果(シンカ・true fruit)で、その外側といっしょに肥大成長したのが偽果(ギカ・false fruit)と果実の分類では表現している。ナシもリンゴも偽果という扱いです。キュウリもトマトも、タネを食べるのではなくその外側全体を食べる! 外国旅行で持ち帰った英語の本は、こうした理由のずれから起こったものなんですね。「つまらない本を買っちゃった、あげるよ」というのがこの話の結末でした。

いま、国際問題になっているクジラも、漢字では魚ヘンで鯨。広辞苑では「魚のような形をした大型哺乳類の総称、油や肉は食用に、骨は細工物に使われる」となっています。クジラを食べる習慣がなかった国の辞書では「海で暮らす愛すべき貴重な大型動物」と記載されているのかも知れない。食文化はそれぞれの国の長い習慣と結びついている。合意形成が難しい領域のようです。




# by midori-kai | 2019-01-17 03:53

第97回 12月(師走)ツワブキ


ツワブキ 語源は「ツヤのある蕗」という意味らしい。

ヒマワリが真夏の暑い日差しの下で景気よく黄色の大輪の花を咲かせるのとは対照的に、ツワブキは冬に向かって咲く。福島以西の本州から台湾などの海岸近くに分布しているという。分厚い葉っぱだから、これならば潮風にも耐えられるだろう。

葉裏は少し薄い緑で、産毛のような茶色の毛を密生させている。舌状花は10枚前後か、地域によって花の大きさにも違いがあるようで、あちこちを比べながら調べてまわった。花数や大きさは、たぶん栄養状態によるもので、葉の数と正比例する傾向が見られるのか?

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花全体の大きさは5㎝から7cmぐらい。中心部の筒状花をルーペで見ると、メシベ・オシベの多様な状態を見ることができて結構楽しめる。アブラムシがついているけれど、この花に寄ってくる昆虫はどんな種類? イラストの右上には、雌花と両性花を並べて描いた。常緑の宿根草だが、タネからの発芽を確認したことはなかった。身近な植物も、見過ごしてしまわないでしゃがんで、じっくり会話してみることをお勧め!



# by midori-kai | 2018-12-13 20:14

年の瀬、各地の行事に参加しての締めくくり  高 野 史 郎

早いもので、もう12月になってしまった。月日のたつのは早いものなどとみんながいう。今年の市川の紅葉はどうなのだろう。葉先がちょっと枯れて、モミジの赤の発色も冴えないかもしれないな。

塩害で茶色に枯れた葉っぱのその後の状況を、先月からずっと追いかけている。東浜先の三番瀬へも行ってみた。海を望む護岸下の砂浜に茂る防風林のクロマツがない所では、内側のカイズカイブキがやはり南側が目立って枯れこんでいた。

「茶色の葉がちゃんと落ちないで、枝についたままなのどうして?」と何人にも聞かれた。いつものように秋が少しずつ近づいてきたのならば、葉の栄養分をなるべく体内に戻して葉柄に離層を作り、ヌケガラに近い状態にしてから葉を落としたのだろうが、今年は想定外か、その時間的余裕がなかった。落葉樹たちは、かなりつらい状態でこの冬を越すことになるのだろう。

●宇宙船の食べ物事情

現代産業科学館で10月から開催している「宇宙(そら)の味~宇宙日本食と食品保存技術」を見に行った。JAXAで認証されている宇宙日本食ってどんなもの? 災害時の備蓄食品のことやら、宇宙船での資源循環・リサイクルはどうなっているのだろうと気がかりだったから。

宇宙船のような閉鎖空間で、生命維持の方法はどうなる? これを考えると何とも殺伐とした心境になってしまうのだが、人体をめぐるエネルギーの入力と出力などを調べることになる。1日分の酸素がおよそ800g必要で、二酸化炭素を1000g出す。体内の水収支は・・・?というように。

水も再生利用しなければならない! 液体の排泄物を飲料水に変えるのだ! 半世紀ぐらい前に、こうした基礎研究が進められ開発されていった長い歴史の積み重ね。排泄物からクロレラを培養したらどうなる?でもそのまま食べるのは消化も悪いし気持ちが悪い。クロレラをミジンコに食べさせ、それを魚に・・・というようにぐるぐる回していくと、生態系は止めどなく複雑な回路になってしまう。

宇宙船状態の環境でどんな動物が飼える? 闘争的にならず、雑食性で粗食に耐え、宇宙船酔いしないもの。食用としておいしく良質の蛋白質のもの。ブタよりもウサギのほうが船酔いしない傾向が見られるらしい、などなどの研究もあったようだ。いまこの地球では、食品ロスが問題になっている。災難時の対応などと結び付けて考えると他人事ではない!

ところで、いままで宇宙は無重力と単純に思い込んでいたのだが、飛行する400㎞の高さでは地上の重力の9割程度となるという。つまり無重力なのではなく回転する遠心力とのバランスの結果で、微小重力環境というのだそうだ。宇宙船の中で缶詰を開けても、それが目の前に浮いているのが不思議。こうした環境で、ブタやウサギだったらどんな心境になるのだろう。シダレザクラを持ち込んだら、枝先はどっちに向かう? 

ともあれ、あの狭い宇宙空間の中で、この活動を支える大勢のスタッフを信頼しきっていての乗船となるのだ。宇宙飛行士の金井さんは、稲荷木小学校の卒業生なのだそうだ。

千葉市での植樹に参加

1124日には、イオン環境財団が主催する800名大募集の「千葉市植樹」に参加した。海浜幕張や鎌取駅がバスで参加する人の集合場所で、そこから会場までバスで連れて行ってくれるというからありがたいこと。植える場所は千葉市若葉区の泉自然公園。あそこに植樹する場所なんて残っていた? 

溝腐れで幹が変形したスギを伐採した場所を、野鳥の楽園に再生しようという説明で納得した。千葉市長なども来られて開会の挨拶。イオンのこどもエコクラブ関係者など大勢で賑やかな集まりとなった。植える樹木の種類は、コナラ、イロハカエデ、マユミ、ガマズミ、ウメなどの8種類。ポットで育て40㎝ぐらいに育てたものが用意されていた。

どんな年齢の人が、どこから集まってくるの? 苗の植え付けについて、リーダーはどんな説明をするのだろうと興味しんしん。植える場所には1m間隔ぐらいに石灰で印がつけられ、そこに8種類の苗をランダムに植えていく作業だったのだが、あっという間に終わってしまってかなり欲求不満状態に。

何回も参加したというイオンの人の話では、前回は荒地を耕すことから作業を始めたので大変な苦労をしたのだと。かなりの密植なので、数年後にどうなるのか確かめに行かなければ。

市街化が進む市川では、そんな場所はどこにも残されていないけれど、最近は古木・巨樹が暮しづらい環境になって個体数の減少が続いているのを気にしている。緑のゾーン計画を、次世代の緑をどう育てていくかの視点が必要だろう。

中央博物館で「こども環境会議ちば」

122日には、県立中央博物館などを会場に「こども環境会議ちば」が開催されたので応援に出かける。集まったのは、千葉県のこどもエコクラブで活動するグループの子供たちとサポーターなど60名あまり。各グループの紹介やらこの1年間の活動報告とそれをまとめた壁新聞の展示など。今回の講師は、中央博物館の林浩二先生。

参加した小学生たち、殆どの子が下を向いてメモを見ながら小さな声での発表となってしまうのがいつもながら残念! 大人が忘れてしまっている若々しいセンスでの、明るい発言が期待されるのに。

林先生の講評では、三段跳びを例に挙げて、ホップ:何をしましたか? ステップ:こんなことを感じました! ジャンプ:もっと知りたい、次にはこんなことを調べたい。自分には何ができる? みんなに呼びかけるためにはどんなふうにしたらいい、などとつなげていって欲しいとのお話で、三段跳びの実演までしてくれた。

市川からは、家族ぐるみで活動している「ななちゃんず」が、環境活動をカルタにまとめて発表してくれた(石川菜奈ちゃん一家の温暖化対策取組みが、121日号の広報いちかわに掲載されているので是非見て欲しい!黄色の表紙の広報№1605)。

いま中央博物館では「房総丘陵はすごい」の企画展をやっている。世界最大のトドの顎の骨の化石などが展示されている。1224日まで。

帰り道、青葉の森の紅葉の進み具合を眺め歩いた。青い空をバックに赤や黄色、茶色と多彩なグラデーションが素晴らしい。何人もの日曜散歩の人たちが通り過ぎていく。驚いたのは、その殆ど全部の人が歩きスマホに夢中なのだ! カップルまでが、それぞれ下を向いて歩いていく。どうも、かなりおかしな状況になっているようだ!




# by midori-kai | 2018-12-13 20:02

第96回 11月(霜月)イヌサフランの花


イヌサフランの花

ナシ畑や霊園もある市川大野駅に近い道端の草むらで、イヌサフランのピンクの花を10月に今年も見つけた。

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毎年何回かは歩いている場所で、ナシの新高が収穫期を迎える晩秋に、突然のように咲き出している。花の時期にはヒガンバナと同じように葉がない。誰かが畑の縁に球根を植え付けたものらしい。野草の茂みの中なので、すごく目立つ。

イヌサフランは、属名がコルチカム。半世紀以上も前、種無しスイカを作るのには、この植物から取り出されるコルヒチンによって作り出された。通常の細胞分裂を阻害して倍数体を作り出す働きがある。作られた4倍体の花に、普通の2倍体のスイカの花粉を付けると3倍体スイカができる。これが種無しの秘密の仕掛け。

4倍体にすると大きくなるものが出てくる。カーネーションなども大型の花になる! 大きいことはいいことだ!と、倍数体を作れば立派になっていいことづくめ、と思われたのだが、自然界はそんなに簡単なことではないとわかって、いつの間にかブームは消えてしまった。

このコルチカムは、花の咲く時と葉が出る季節とが半年ずれる。机の上に球根をころがして置いといても花が咲くという不思議な植物である。

そんな習性を持つのだが、古くは通風の薬などとしても利用されていた。しかし、毒と薬は紙一重、多量に服用すれば免疫機能が低下し腎臓障害やひどい下痢など、かなり危険を伴う薬であるらしい。

長いメシベは濃い赤紫でオシベの葯は黄色、オシベが3本ということはアヤメ科の証拠で、花壇の春を飾るクロッカスや、薬用にするサフランとは花の形はそっくりだけれど、6本のオシベを持っているからユリ科というわけで、他人のそら似。分類は紛らわしいことになってしまう。

まだ枯れた球根(正しくは鱗茎)から、葉は出てこないので、参考のためにイラストには薬用植物で無毒のサフランを描き添えることにした。右下の写真は、昨年のイヌサフランの花の終わり頃のもの。



# by midori-kai | 2018-11-14 20:28

北西部の天然記念物をめぐる、そして大洲の市民まつり   高 野 史 郎

昔は二百十日などという台風を呼ぶ言葉があった。立春から数えて210日目で、いまの91日にあたる。この頃が台風来襲の時期だったそうだが、今は何回も超大型がやってくる。10月の24号・25号では各地にひどい被害をもたらした。雨が少ない風台風だったので、塩分多量の風が、葉っぱにべったり、茶色になって葉が枯れた木々も多かった。大町のナシ農家もこの被害にあって、ナシの花の狂い咲きも見られたという。

どんな場所の、何の木の葉が茶色になったか? 市川各地から浦安の海岸の方まで見て回った。やはり、落葉樹のケヤキ、サクラ、プラタナスなどの被害が大きかったようだ。35年ぐらい前だったか、降水量が少ない風台風で、潮風に強いタブノキの葉までが茶色になっているのに驚いた記憶がある。それにしても、砂浜に咲くハマヒルガオなどの海浜植物が、吹きさらしの場所で育っているのだから逞しい。

狂い咲きのメカニズムはざっと次の通り。多くの落葉樹などでは、来年の花芽や葉芽は7月頃から準備に入る。早とちりしないように、葉では抑制作用があるアブシシン酸と呼ばれる植物ホルモンを分泌して、冬芽が完成され越冬準備になるまで待ったをかけている。ところが、ブレーキ役の葉っぱが落ちて、タガが外れてしまった!というわけ。

しばらく市川の北西部に出かけていないので、北総線の北国分駅から歩き始めることにした。まずは市川市の天然記念物のハリギリがある伊弉諾(イザナギ)神社。駅からもかすかに見える枝先が元気なさそうな気配。近づいて見上げてビックリした。かなり枯れこんでいるのだ。1979(昭和54)年の指定当時は、胸高幹周が2.62mだったが、もう3mを超している。幹が太くはなったが、枝先は少なく衰退が目立つ。根元の周囲は針金で囲ってあるのだが、ここが落ち葉の捨て場になって30cmにもなっているのがやはり気になる。根が呼吸困難になっていなければいいのだが。

西側の通りに戻って、歴史博物館や堀之内貝塚に向かう道路にはポプラみたいな樹形のムサシノケヤキが南に向かって並木になっている。木の葉もかなり痛んでいる。

この地域には天然記念物が集まっているのだから、そこをつなげて歩く気になって、細い道を何回も曲がって禅照庵へ。ここには、県内最大級といわれるラカンマキが元気に葉を茂らせていた。ここから裏山にかけては、自然状態に近い感じで茂っている樹林地が残されている。シロダモ、ヤブツバキ、ケヤキなど。このラカンマキは小型ながら300年を超すのではないかと、いまは亡き岡﨑清孝さんと話し合った記憶がある。

ここから西南に向かって、外環を通り越した通路沿いにある愛宕神社は、二本並んだイチョウがやはり市の天然記念物で、1983(昭和58)年の指定。二株の間が2m弱で、この根元の間を踏みつけるように歩いて奥の愛宕神社に向かうことになるのがちょっと痛ましい。奥までは細い参道が続きクヌギの並木があるのだが、民家に日陰を作るのでぶっつりと胴切りされている。今は住宅地が込み合うせまい敷地で、緑をどう残したらいいのか、つらい選択を迫られる課題となっているのも実感しよう!

ところで、市川市民のどのくらいの人がこれらの天然記念物のこと、気づいているのかなと気になってきた。葛飾八幡宮の千本公孫樹はよく知られている。が、その他は殆ど知られていないのでは? 役所のどこが管轄しているのだろう。簡潔な解説が欲しいとずっと思い続けているのだが。

113日には、大洲防災公園で恒例の市民まつり。大変な賑わい。市川みどり会では「この葉っぱは何の木?」のクイズ。テントの天井に風船がたくさん!つっかえた状態で並んでいる。この風船欲しさに家族連れの行列ができていた。

箱の中にパウチされた葉が詰まっていて、10種類ぐらいの一覧表から何の木だか当てるもの。これを機会に近くの林へ出かけて、実物を確かめに林へ出かける人が大勢現れてくれるとうれしいのだが、残念ながら風船を貰って終わりの人が殆どなのだろうな!

ともかくこれだけ大勢の人で賑わっては、防災公園の樹木にとっては根元を踏み固められて災難なことだ。ここの樹木の塩害はどうなのだろうと気になって、隅々まで調べまわった。

ケヤキはやっぱり全体の葉が茶色になっていた。10mぐらいありそうな背が高いポプラは、風当たりが強い南側がやはり茶色になっていた。左奥にはバラ園があって、ここには市川駅南口のロータリーと同じくマメナシが植えてあるのに気がついている人、殆どいないのでは。

何とこのマメナシ丸い葉もかなり痛んでいて、先端が特にひどい。ここでもナシの花の狂い咲きが10輪ほど見られた!




# by midori-kai | 2018-11-14 20:20

第95回 10月(神無月)フジバカマとヨウシュヤマゴボウ

フジバカマとヨウシュヤマゴボウ

秋も深まるにつれて、きれいな色の実をつけた野草も多くなる。甘い匂いがしたクズの花も終わりに近づき、エダマメみたいな莢に変わる。里見公園西側の旧坂川の流れ沿いのフジバカマの里には、9月頃からフジバカマの淡い赤紫のツボミが花を開き、キンミズヒキやヤブマメなどといっしょに小さな花園をあちこちに作っていた。センニンソウの白い十字型の花は、実は花びらではなく萼で、分類的にはクレマチスの仲間。風に乗ってタネが飛ばされる仕組みも、眺めていると楽しい。

もう、かつての坂川に江戸川からの水が流れ込み、小さな入り江が貴重な植物の生育や魚たちの産卵場所にもなっていたことを知る人も少なくなってしまった。フジバカマは地下茎を伸ばして結構丈夫な草なのだが、この花が好む川辺の湿地がコンクリートで固められるとともに、各地で絶滅状態になってしまった。今年の夏は酷暑続きで、真夏の間は土手の土も乾燥しきって元気がなかった。

ところで、フジバカマの花をルーペで覗いた方はいらっしゃるだろうか? キク科の植物だから、タンポポと同じように頭状花序で、小さな筒状の苞の中を覗くと、5つほどの花が順に咲き出していくのが見られる。開花が進むにつれて、白っぽくなり、やがて薄茶色になって風に揺れる。

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古い時代の中国では、それを頭に飾ったり、お風呂に入れたりして、クマリンの香りを楽しんだという。桜餅と同じ匂い。日本書紀に登場するアララギは、このフジバカマのことだろうといわれる。「本草和名」には「布知波加末」の漢字を当てている。フジバカマは、古い時代に薬用として日本に伝わったのだろうとされている。

もう一つは、ヨウシュヤマゴボウ。北アメリカ原産の大型の多年草で、花が終わると濃い赤紫の実が垂れ下がっているのが目立つから誰でも知っている。

茎も赤く、実をつぶすとワインカラーの色水ができる。アメリカではインクベリーの名前もある。実際にワインの着色に使われたこともあったらしいが、有毒なので注意したい。しかし、若葉をよく茹でて何回もゆで流してから、食用にしている国もあるというから世界は広い。

イラストの右上の赤紫は、この実をつぶした状態。空気にさらして、これから先、どう変色するのか観察することにした。



# by midori-kai | 2018-11-01 15:48

大町梨街道を歩く, メガソーラーシェアリングの見学  高 野 史 郎

40度も超えることもあった今年の猛暑も、やっと終わりを告げて、日本列島にもようやく涼しい秋がやってきた。

 台風24号が房総半島にも猛威をふるって、真夜中に強風が吹き荒れた翌日は青い空が広がった。なし街道の大町から自然観察園を歩いて、台風後の草木の痛み具合と、秋の気配を感じに歩きまわった。

ナシの販売所には、新高に並んで、「陽水」「王秋」の名前が目についた。あれ、初めてだ。食べたことない! 晩生の新高は猛暑に弱く、ヤケドしたように茶色になって落下することもあるとか。新しい品種は、どんな特徴を持っているのだろう。生産者にとって、消費者にとってのメリットは? 大きなナシ屋さんの店内に、品種の交配親・家系図みたいのが壁に貼ってあったのでお話を聞く。

「私がここに嫁いで来た頃は・・・」、さすがに詳しく、石井早生のこと、長年の品種の移り変りなどのお話を聞くことができた。それは何年前のこと? 一見若い奥さんだが、やはり気がひけて年齢を聞くのがはばかられた。

 昔の果物には、独特の香りがあったのに、最近は野菜も果物も、柔らかくて甘いばかりで・・・などとも。もう半世紀も前のことだが、「近頃は大きくて甘いリンゴばかりが増えて、ウチは小人数だし、アップルパイが作れないリンゴばかり」という苦情が消費者から出た。それをまに受けて、青森県で紅玉をたくさん作ったのだが、殆ど売れずに大量の紅玉を捨てることになった、という話を聞いたことがある。

気軽に、思いつきで意見を言ってしまうのだけれど、どこの家庭でも、そんな頻繁にアップルパイを作って食べるわけではないのだから。

 926日、県の環境講座で「風力発電とソーラーシェアリング」の施設見学に参加した。行事を主催したのは、環境パートナーシップちば。噂程度には自然エネルギーの話題を聞いているのだけれど、この領域、そんなに詳しいわけではない。でも、農業とエネルギーの未来を考えようというキャッチフレーズは、すごく魅力的だ。

 幕張で毎年10月に開催されるエコメッセで、このシステムの話をちょっとだけお聞きしたことがあった。風力発電については、20117月に環境教育学会の大会が青森大学を会場に開催された時に、まじかで見学したことがあった。近くで見上げる風車は、恐ろしくデカイ。風の音が不気味なほど。

今回はそうした施設を、バスで現地を案内してくれ、このプロジェクトの実施にかかわった大勢の人たちから直接お話しを聞けるなど、絶好の勉強チャンスというわけである。

まずは、銚子沖の着床式洋上風力発電の実証実験を遠くから眺めることから始まった。ヨーロッパでは1990年代から導入が始められたが、日本では台風による暴風や地震・津波など厳しい自然環境が続発するため、苦労が絶えなかったらしい。洋上に建つタワーの高さは126m、風車の直径は92mもあるという。

匝瑳市のメガソーラーシェアリングは、2017年に第一発電所が完成した。落成式には、小泉純一郎・細川・菅直人の歴代3首相が派閥の垣根を超えて列席したことでも知られる。

ここは、ソーラーシェアリングとしては日本最大規模となる1メガワットの太陽発電所で、ざっと一般家庭300所帯の年間電力消費量をまかなうことができるのだそうだ。

ここのソーラーのユニークさは、幅が30cmほどの細いパネルを並べてあること。つまり、太陽光の3分の2はパネル下3mの農作物に光が当たるように作られている。日陰ができても作物は育つ? 光合成の光飽和点についても多種類の作物について調査を重ね、遮光率35%ならば殆どの作物は問題なく元気に成長するとのことだ。

隙間をあけたソーラーが高い位置にあるため、その下にトラクターを入れることもできる。夏場の農作業がとても楽、真夏でも涼しい風が吹く。放射冷却が減少し、雪解けが早く、霜もおりにくいというプラス面もあるらしい。

この場所は、耕作放棄で農業が続けられず荒地になってしまった場所の活用を、ソーラーと組み合わせることで豊かな農地をよみがえらせようという試みで始められた。何人もの専門技術を持つスタッフが力を合わせて地元とつなげ、情報面での協力や資金調達など苦労を積み重ねていることを、現場を歩きお話を聞いて実感することができた。

いま、ソーラーパネルの下にはダイズが育っている。農業法人は2016年に設立され、直接農作業にかかわるメンバーは、32歳から67歳までの6人ぐらいか。長年にわたり有機農業を続けてきたベテランや、新規就農者などと多彩。収穫したダイズからの味噌作り・醤油つくりなども含め、今年は1118日に都市と農村の交流をテーマに収穫祭の開催が予定されているという。





# by midori-kai | 2018-11-01 15:43

第94回 9月(夜長月)スズランの実とカラスウリの茎


8月末に、北総線大町駅から自然観察園北側入り口あたりをのんびりと散策しました。ナシ農家の店先は、お客さんとの対応や発送で忙しそうです。今年の異常気象が、ナシの生育にどんな影響を与えたのだろうかと気がかりです。

農家の生垣の植え込みの下に、オレンジ色の実をつけたスズランを見つけた! 根っこはどうなっている? 

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                 スズランの実とカラスウリの茎

ソーッと引っ張ったら、根が抜けてしまって驚いた。土寄せか何かの作業で、柔らかい土の部分だったのだろうか? スズランの地下茎は横に伸びると思っていたのに、ここでは真下に伸びていた。そこに横筋の多い部分があるのに気づく。地際スレスレには今年の新しそうな白い根が生えていて、そのすぐ下には1年前かもしれない黒い根が何本も見える。

冬でも葉っぱは枯れずに残っているが、古くなった部分は順次枯れこんで、おそらくは次々と新しい組織に切り替えて生き続けるのだろう。横に伸びた地下茎の先端に、来春の花を咲かせる芽が伸びるのだろうけれど、ここでは千切れてしまった。

自然観察園を真下に見る境界のフェンスには、カラスウリの茎が伸びていた。何とヘビみたいに長い虫コブの茎だった。長さが30㎝もあるインゲンみたい。葉の一部が膨れているものもある。

薄葉先生から、ウリウロコタマバエによる奇形で「カラスウリクキフクレフシ」と教えていただいた記憶がある。この中でタマバエの幼虫は、茎の中身を食べながら育つらしい。このタマバエの成虫の姿も産卵のタイミングも、育つまでの経過も全然知らないのが残念無念。

たぶん、若い新芽の近くに産卵する。すると対抗手段でカラスウリは成長ホルモンを過剰に分泌する。そしてこの異常に長い茎が出来上がってしまったということなのだろう。

接触抑止という言葉もあるらしいのです。つまり切り傷などで皮膚が損傷されると、傷口を治すために周辺から新しい細胞が増えてきて、傷口をふさぐ。でも、周辺の細胞はもとの状態を記憶していて、それ以上に膨らみ続けてまで細胞分裂を続けることはしない。でも、この茎は途方もなく長くなって、収拾がつかなくなってしまったみたい。数か所に枯れこんだツルの痕跡が見られました。絵を描きながら、そんなことを考えたのでした。 



# by midori-kai | 2018-11-01 15:21

ようやく秋がやってくる? 高 野 史 郎

観測史上初めてという、新記録ずくめの気象災害が続いている今年です。例年はどのくらいの数字だったとのだろうと、理科年表を開いてみました。

国立天文台編によるこのデーターは、西暦年の1の年から始まる30年間の平均で表示されているので、今並んでいる数字は、1981年から2010年までの30年間のものです。

降水量は、東京が年間で1528ミリ、銚子が1660ミリ。大ざっぱにいって、人の身長ぐらいの雨が1年間に降るというのが今までの常識だったのです。今は1日に1000ミリも降ってしまうことが台風の度に起こるのだから恐ろしい!

月別に見ると今までは910月の降水量が多くて、この2か月だけが月間に200ミリ以上となっていた。最近は、この数字をはるかに超える雨が1回で降ってしまう。ひょっとすると、これから先は毎年この数字が並ぶことになるのかも知れないようなのです。

生物季節の調査も、方法は少し変わってきているものの、ずっと続けられてきています。ススキの穂の開花は東京で99日、イチョウの葉の緑が消えて黄色くなるのが1120日、イロハカエデの紅葉が1127日となっています。銚子では海風の影響で、これよりも半月ぐらい遅くなるのがいつものこと。さて今年の大町・自然観察園のモミジの見どころは、いつ頃になるのでしょうか? そして、市川で野生状態のススキが見られる場所も少なくなっている感じです。我が家の周辺は、外来種のセイバンモロコシの大群落ができています。

近頃は秋になっても、夕方以降の気温が下がりにくくなっている。急な霜で色づき始めた紅葉が枯れこむことはなさそうな昨今だけれど、きれいに色づく今年の秋であって欲しい。

ところで、7月に行徳の歴史と文化を伝えるふれあい伝承館がオープンされたのは、ご存知でしたでしょうか? 国の有形文化財に登録されている旧浅子神輿店の主屋などが整備され、きれいな休憩場所もできました。これを機会に、しばらくご無沙汰していた行徳地区を何回か歩き回ったのですが、恐ろしく暑かった! 行徳の大通りには街路樹が殆どない。日当たりがよすぎるんです。

昼間は南側からの強い日差しをまともに受けてしまう。江戸川沿いを歩く午後から夕方は、背中に西日が当たり続ける。脱水症というのはこういう場合で起こるのだろうな、それを身をもって実感したのでした。ここ何十年か、行徳地区の巨樹やサクラ調査で走り回っていたけれど、まちかど回遊レンタサイクルが廃止されて、ひたすら歩き回ることになってしまったというわけです。

伝承館オープンの日に、お神輿を担ぐ人たちの元気なのもビックリしたことの一つでした。昔住んでいた大野地区でお神輿を担ぐ人たちは、ナシ農家の大旦那さんとおぼしきかなり高齢の方が多かった。それが行徳では大違い。どこから集まって来られたのか、かなり若い人が多かったんです。地域別の年齢構成比みたいの、いつか調べてみなくっちゃ!

寺町の社寺の巨樹をめぐる風景の移り変りも、ずっと見てきました。民家や駐車場にせばめられて、地域の守り神とか、鎮守の森という感じではなくなって来ているのが残念です。権現道も、歩くだけで楽しい・懐かしい雰囲気に浸れるようなムードがあるといいのに。

今年も何回か関東の水がめといわれる、群馬県のみなかみ町へでかけました。あれ、ダムの水が少ない! 聞けば上流に集中豪雨が降り、満タン状態になって緊急放流する危険を未然に防ぐため、6割ほどの貯水量に制限しているのだとか。この地方では、6月ごろが山の雪解けとなりダムに水が集まる。その頃がちょうど下流の田植え時期になる。毎年同じ時期に何回かずつダムを眺めるようになって20年以上が経っているのだけれど、水をめぐる自然環境と人の暮らし方にも大きな変化が現れつつあるようです。

森林作業体験のこの夏の事件は、2か月ぶりに戸をあけた山の道具置き場に何とキイロスズメバチが巣を作っていたこと。作業道具を取り出せないで大騒ぎとなりました。

いろいろありまして、そこから取り出した蜂の子、さて誰がどうやって食べる? 講師役の営林署のベテランOBが鉄板を取り出して、食べる準備を。2センチほどの大きさのものが数百匹。足の形が僅かに見えるものもあって、ちょっと勇気が必要です。平気で何匹も食べた若い女性に感想を聞きました。「レアなのは、濃厚な蛋白質のかたまりという感じ、よく焼いたものの味は白子みたい」とのことでした。

サル、クマ、シカと野生動物の被害の話もたくさん伺うことができました。山の遭難救助についての貴重な体験話も。今年の秋のブナの実やドングリは、豊作なのでしょうか?





# by midori-kai | 2018-11-01 15:16

第93回 8月(葉月)柱サボテンの花

柱サボテンの花

 サボテンの花で一番知られているのは、たぶん「月下美人」だろう。暗くなる頃に咲き始め、夜明け

にはしぼんでしまう数時間の花の命。これを普通の図鑑で調べようとしても、まずサボテン科の項目が

ない。理由は、日本の野生種ではないから! 半世紀前の古い牧野図鑑で確かめてみたら、ウチワサボ

テンとシヤコバサボテンの2種類だけが記載されていた。

 サボテン科の植物だけで、世界には1200種ほどが南北アメリカに分布しているらしい。このほかに、

ベンケイソウ科やザクロソウ科の仲間などの多肉植物が世界各地に、おそらく何千という単位の種類が

あって、このグループだけの愛好家が大勢いらっしやる。

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 要するに葉っぱが退化して、緑色の茎が柱やウチワ型や丸型などの固まりになっているグループ。ト

ゲトゲになっているものも多く、その中には、花を観賞するグループもある。

 近くの民家の庭先に植えてあるトゲトゲ8角形の、3mほどに株立ちで育っているサボテンが7月末

から咲き始めているので、絵を描くことにした。花の直径は12cmほど。オシベの数がものすごく多い。

 今年のように、真夏日が続いて雨が降らない年には、普通の植物ならば葉っぱがしなびて枯れ果てて

しまう。でもサボテンは平気!

 植物は緑色の部分で光合成する。その原料は、空気中の二酸化炭素と根から吸い上げる水分。光合成

と同時に植物は絶えず葉の裏から水分を蒸散させている。乾燥している時にはどうなる? これに対応

してサボテン類は、昼間は気孔を閉じて水分を節約し、蓄えた二酸化炭素で光合成をする。 CAM植物

とか、ベンケイソウ型有機酸代謝植物などといわれる。

 トゲトゲなのはどうして? 動物などに誓られないため! でも動物の中にはトゲトゲを平気で誓

って食料にしてしまうツワモノもある。サボテンのすぐ下に生えていれば、多少は暑さをしのげるし、

誓られる被害をまぬかれるものかもしれない。「寄らば大樹の影」と、思う植物もある。

 真夜中に咲くサボテンの花を眺めながら、そんな原産地の風景を、生きもの世界のつながりを想像し

ましょうよ。

 大町の自然観察園には観賞植物園もあって、入りロ付近にはサボテン類もたくさん植えてある。食虫

植物も並んでいる。温室の中で、餌にする昆虫はやってくるのだろうか? 夜に咲くサボテンの花に、

蛾が来てくれるのだろうか、などと考えると楽しくなりますね!



# by midori-kai | 2018-11-01 15:13

夏休みの自由研究で何をする?   高野史郎

ものすごい暑さが続く。例年ならば、エアコンの設定は28度にして電気節約といっていたのに、今

年は「命にかかわる状態です。適度にエアコンを使って、無理しないように」と毎日のように情報が流

れる。その昔、ガマン比べの「かち歩き」、水も食べ物も持たないで歩くという野外活動のプログラム

もあった。水を飲むと汗をかいて疲れるから、水を飲んではいけないと教育していた時代だった。

 河川の流れは、時間雨量を30・で治水対策がとられていたはず。もうそんな数字では収まらなくな

った。急に全国の土手をかさ上げするわけにはいかない。森林は緑のダムと説明してきたのに、そうし

た想定をはるかに上回る状態が続くのか? これって、今年だけが異常なのか、この暑さと集中豪雨が

これから先、ずっと続くのだろうか、何がこんなにひどくさせているのか? 恐ろしい状態になってき

ました。

 畜産農家の乳牛が、1昼夜も水浸し状態だったとか。田畑に土砂が流れ込んだ所では、復旧に何年か

かるのだろう。恐ろしい時代になった。もう今までの常識は通用しなくなったのか?

 エアコンの室外機のすぐ前に温度計を置いたら、すぐに45度を突破してしまった。我が家にある3

種類の温度計は、どれもが50℃までしか計れないのに気がついた。それ以上になることは、かつてなか

ったし想像もしていなかったのだろう。夏の砂浜は、50度を超していることだって多かったのに。

                       *

 夏休みが始まって、久しぶりに上野の科学博物館へ出かけた。木が茂っていない所は、灼熱地獄のよ

うな暑さである。目的は二つ。博物館は新しい情勢にどの程度すばやく対応できるのだろうか? そし

て、夏休みの時期に、子どもたちがどんな目的で博物館に来るのだろう? 親子でどんな会話がされて

いる? ボランティアガイドがどんな言葉で子どもたちに解説している?(自分だったらどう説明でき

るのだろう?)、聞く子どもたちの反応・表情は?

 スマホで説明画面を写真とっている子どもが多い。家に帰ってから、画面を確かめるのか、何枚かを

プリントしてレポートに貼ると、かっこよく収まるのかな。見渡す限りでは、ノートを持って実物を眺

めながらメモをとり、考え込んでいるような子どもはゼロだった。みんな、わいわいと足早に走り回る。

細胞分裂とDNAの展示の所で、小学生にわかりやすく、楽しそうに説明しているお母さんがいた。

 地球館の1階には、展示が新しくなったところもあって、生物多様性が夢多く展開されているのをゆ

っくりと眺め歩いた。テントウムシのいろんなタイプと地域集団のこと、サクラの木をめぐる昆虫たち

のいろいろとか。市役所の関係するスタッフの方たち、勉強に来たりすればいいのに。

 中年のガイドさんに話を聞く。今はまだ、来場が少ないほうなんだけれど、8月の終わりになると大

変な混みようなんです。何をやったらいいのかわからないから、なんか教えてくださいよと頼まれるよ

うなこともあるらしい。

 イネの展示の所も、改めて覗いてみた。イネは、もともとは亜熱帯性の植物だったから、東北地方が

寒いときには冷害に見舞われ、収穫ゼロ状態になることさえしばしばだった。北海道で稲作できるよう

にするためには、品種改良の長い歴史があった。

 生物の地理分布では、津軽海峡と北海道との境をブラキストン線と呼び、鳥類や哺乳動物の分布境界

線としている。稲の品種も、生育期間を短くして秋が来る前に実って収穫できる早生品種の育成が重要

だった。生物分布の例に倣って、明治初年に赤毛線、27年に坊主線、大正12年に走坊主線、昭和12

年に農林1号線、など耐冷性の強い稲の品種を登場させ、少しずつ北海道全域を北上させていった歴史

がある。

 それがいま、全く反対に、突然のように耐暑性の強い品種、暑くてもばてない品種の登場が急がれる

一一

状態に急変したようなのである。温度が高いと光合成の効率は高まる。でもそれも、せいぜい30度ぐ

らいまでのこと。夕方以降は気温が下がることが望ましい。生育のある時期には、寒さが必要な植物も

多い。

 だいぶ前から、ナシ農家では晩生の新高などに高温障害が出ているといわれる。高温と降水量不足で、

ヤケドしたように実が硬くなってしまうのだそうだ。今年の後半は、どんな状態になっていくのだろう

か?

 少し明るい話題も提供しないといけませんね。恒例のNHK夏休み子ども科学相談。今年もユニーク

な子どもたちからの質問に、何人もの専門家が熱心に回答している。

 小学生の女の子からの質問「ロボットも恋をしたりするんですか? 仲良くなれて、こっちを向いて

くれればうれしいから!」

 恐竜に、ものすごく詳しい子どもがいる「桃太郎のストーリーで、3種類の恐竜を登場させたいんで

す。イヌとサルの役は自分で考えました。キジの役にピッタンコな恐竜が思いっかないんですが、何が

いいですか?jすごい。何百種類もある恐竜の、カタカナの名前から実物をすぐにイメージできるよう

なのだ!

 



# by midori-kai | 2018-11-01 15:07

第92回 7月(文月)マテバシイのドングリと 環境フェアのイラスト

大柏川調節池緑地の入り口付近などに、マテバシイが何本も植えられている。今の時期、今春の出来たての赤ちゃんドングリと2年目を迎えたものと、両方が同時に見られるのが楽しい。つまり、マテバシイは、年子状態を毎年続けていることになる。この位置関係がそのまま1年間の成長量となるわけ。
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2年目を迎えたドングリの穂は、先端が大きいものもあれば、元のほうがデカイのもある。万遍なく一斉に太らせるにはかなりの栄養補給を必要とするのだろう。秋になった頃に、その後の育ちぐあいを確かめなくちゃという気になると、足繁くここに通うことになりますね。

葉っぱだけを見ると、タブノキとの区別がつきにくく、よく似ている。でも、冬芽の形が違う、そこから噴出するように出る新芽の姿がまるっきり違う。何から何まで、違うことだらけ。

マテバシイは、大昔から千葉県にあったのだろうか? あなたはどう思います? 昔は「のりひび」にも使われていたらしい。この展示、歴史博物館に紹介されています。

常緑樹だから地表に木洩れ日も届かない。厚い葉が茂ったこの木の下では地際に光が届かずに暗くなり、下草が生えにくい。大雨が降ると、表土を直撃することになり急斜面の崖地では、課題もあるとか。今の時期、緑のドングリはまだ丸い。やがて、どんどん先に伸びて砲弾型になる。マテバの意味は、九州地区の方言に由来するらしいが、意味不明と図鑑には載っている。

船橋の環境フェアでは、話題のヒアリの写真に添えて、塗り絵用のイラストが置かれていた。実物もまだ見たことないし、そもそもアリの仲間を間近に見たことなんてなかった。実物の大きさは、最大で6ミリ程度らしい。イラストの説明には親切にもカナがふってあった。「ゼンシンフクセツ」「フクエイ」などという用語も初めて見た! どの部分がどの程度に赤いか、色鉛筆で塗ってみるとよくわるようになる!

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ついでに、10年前に谷津干潟で頂いたアオサギのイラストも紹介させていただこう。発見者らしき人にその一部始終のお話を聞きました。望遠鏡で見ていたら、アオサギがアカエイをつかまえた! ところがデカ過ぎて、飲みこめない。つかめえられたアカエイだって、命がけ。かなりの時間がたって、やっと飲み込んだという。「どのくらい時間がかかりました?」「アオサギの胃って、どうなっているんです」などと質問。こういう時って、時間なんて記録できないんですよね。

それにしても、アオサギのイラスト、うまく描けています。動物の体の線って、ちょっとした感じで全く似なくなってしまう。逆光線で見るカモのシルエットで、的確に種名をいう人もいらっしゃるのが驚き! 

ヒアリについては情報が少ないので、ちょっとだけ解説しておこう。そもそもの原産地は、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイの3国の国境付近のパラナ河の流域。1930年代にブエノスアイレス港から輸出された木材にまぎれこみアラバマ州に侵入したという。日本への侵入は、20175月に、尼崎市のコンテナから見つかったのが始まり。

ヒアリは、一つのコロニーに1個体の女王がいて縄張りを保っているとされていた。中国南部の広州の過密地帯では、数メートルごとにコロニーがあり、地下トンネルでつながっている場合もあるという。雑食性のヒアリは、大豆やトウモロコシなどの農業被害も甚大。また、寒い時期の越冬場所として、電気設備の周辺にかたまり、配線をかじって大規模停電を起こし、この経済的損失はアメリカ合衆国で年間5000億円に相当するという報告もある。

今までのところ、化学薬品メーカーと連携した根絶作戦はことごとく失敗しているのだそうだ。毒性と攻撃的な行動から、侵略性外来種といわれる由縁。日本だけの問題ではないし、静かに収まってくれることを祈るばかり!



# by midori-kai | 2018-07-20 08:48

各市の環境フェアをハシゴ 大柏川調節池緑地を散策   高 野 史 郎

東地方は、6月末に梅雨明けしたらしい。最近は、記録をとり始めて以来という豪雨などの新記録が頻発しているからか、気象台も用心して「・・・と思われる」などの頼りない表現を使う。今年もまた、熱帯夜で寝苦しい夜が続くのだろうか。雨が適度に降ってくれることを、七夕様にお願いしよう。

6月は環境月間とかで、今年もまた数か所の環境フェアをハシゴした。もう30年ぐらい続けている自分の中の恒例行事。その間の移り変りや、地域ごとの取り組み方の違いをつい比較したくなったりする。市民へのアピール方法は? 参加団体の違いや集まってくる人たちの表情などもいろいろ。

21回ふなばし環境フェアは、船橋駅に近い中央公民館から、今年は三番瀬海浜公園にある環境学習館で実施された。当日は朝からの曇り空、そして雨が降り出した。人が大勢来てくれるかどうかと気がかりだった。会場へは、市役所から1時間に1本の無料シャトルバスも運行されていた。

参加団体は、市の環境政策課や危機管理課などのほかに50ほどの環境系市民グループや大学・高校など。若い人たちが熱心に解説してくれるのは、いつもながらご苦労様! 最近はどこでも一方的な文字による解説だけではなく、ゲームや実験、クイズなどの出題も目立っている。地球温暖化や生物多様性のクイズなどに参加したり、アンケートに記入する場所はどこも人だかりがしている。

各市の展示解説などで今年目だったのは、マイクロプラスチック関連が増えたこと、外来種問題ではカミツキガメの展示などが登場していた。環境政策課では、ヒアリのぬり絵を子どもたちにすすめていた。

今回初めて見たのは、アルミ缶クラフト。チョウやクワガタ、折り鶴などの型紙を見ながら作る「切り折り紙」。どこの誰が考え出したのだろうか? 屋外出店のグループや野鳥観察会などは、せっかく準備を重ねたのに、雨天で残念だったことだろう。

館内を一巡してから、三番瀬を眺める海へ出た。潮干狩りのシーズンも終わって人出もなくクロマツやススキ、アシなどが梅雨空の下にひろがっていた。いずれまた、3.11以来の海浜植物のその後を調べに出かけるとしよう。

625日には、市川みどり会の宇佐美会長に誘われて、「美し国づくり大賞」表彰式・シンポジウムにでかけた。会場はいつもの霞ヶ関ビル。設立10周年を記念して今回は水に焦点を絞り、多数の応募の中から選ばれたのは下記の団体。いずれも特定非営利活動法人。

★「命の水をありがとう 水の輪、人の和をつなぐふるさとづくり」 うちぬき21プロジェクト 

愛媛県、標高1982mの石鎚山を背にし、二つの断層に囲まれた地域で、鉄パイプを入れた自噴井戸がある。水道はなく「うちぬき」で生活できる「人の輪の情景」をみんなが大事に育てている。弘法大師が見つけたという「弘法水」を背負ってお返しお礼の登山で山頂まで運んだ。石積みの棚田がある。杉林が竹林になっていく中で、竹取物語の実行委員会を平成23年に作った。一人10本の目標で500人募集した「いのちの森づくり」には、750人が応募してくれた。

「自然と遊び・楽しみ・育む」   里山環境さなざわ(真澤)

群馬県の月夜野町、棚田を保全し荒地をビオトープ化して生物多様性を育む。古代米、そば、まこもだけ、しいたけ、山野草など。「教える」―田植え、稲刈り、動植物を育て栽培する。「交わる」―下流の人たちとも仲良く。子ども達とみんないっしょに。「季節を感じる」― 雪、新緑、ヤマザクラ、実りの秋。太い土管を使っての炭焼きなど。昭和29年のユネスコのみなかみエコパークの活動とも連携して活動を進めている。

受賞者の記念講演から・・・やっている本人たちが楽しんでいないと、人は寄ってこない。都会のまねをしたってだめだ。地域の風景・習慣を大事にしていきたい。面白く楽しめよと、みんなで伝えていこう。人口は減っていくけれど、中味はその分だけ濃くなっていく。などなど。

進行は、この会の理事長でもある進士五十八先生が担当された。長年のキャリア豊富な情報で、有意義で楽しく、極めてスムーズに進められた。

遠路はるばるこの授賞式のために集まられた人たち。かなりの高齢そうなのに皆さん笑顔で元気いっぱい。行政の人とか、会社の役員とか、お坊さんとか、多彩な人たちがこうした活動を支えつなげていることを実感させられた。

4月末からの「市川の緑地を知る体験教室」では、「花と緑の市民大学」の延長線上の市内緑地を、管理を担当するスタッフの方々に案内していただいた。市川市も結構広い。北のはずれや江戸川の向こう側へは最近あまり足を運んでいない。大柏川沿いの調節池緑地へもしばらく見ていないのが気になって、急に出かけてみた。晴れ上がって風が強く、暑い昼下がり。

外周に沿った道には各種の郷土樹種と呼ばれる木本類が植えてあって、それをじっくり眺めたいというのが今回の趣旨だった。古くからの樹林地は、かなり高く成長していて、身近に枝の出方や葉の状態を確かめられなくなってしまっている。ここならまだそれほど高く育っていないから、どんな木が植えてあるのか、確かめてみたいとずっと思っていた。

市川大野駅すぐ近くには、万葉植物園があるが、なんともせまく、かなり刈り込まないとジャングルになってしまいそうなのが痛々しい。

ここ調節池のビジターセンターのすぐ脇には、ネムノキのピンクの花がちょうど見頃だった。ラッキー!という気分になる。マメ科は大所帯だが見かけの花の構造は大違い、ネムノキ科を独立させるか広義のマメ科のほうがいいのか、専門家でも未だに意見が分かれている。花から実へ、じっくり追いかけてみたいと思っていたのがここで確かめられそうだ。

コナラ、クヌギ、イヌシデ、スダジイ、マテバシイ、タニウツギ、タブノキ・・・。東葛地域の基本的な樹種が勢ぞろいしているとはありがたい限りだ。まだ育ち盛りの年頃で、枝下高も低い位置なのがうれしい。

10年ぐらい前は、多様な水草やカヤツリグサ科の植物が次々と現れては消えていった。ここへ来ると、石井信義先生の執念と岡﨑清孝さんの事を思い出す。アシやガマの細い葉が風にそよぐ。「ザワワザワワ」という歌が聞こえてくる。月に1度ぐらいのペースでここに通う気になれば、今まで見過ごして来た数々の新発見が期待されそうな気がしてくる。

市川市中部に残された水と緑の貴重な敷地を、もっと多くの人に伝えていかないともったいない!どういう仕掛けができるのだろうか?




# by midori-kai | 2018-07-20 08:43
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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