<   2017年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧


第82回9月(夜長月)ツリフネソウとインパチエンス、ホウセンカ

いま、市川からは遥かに遠い八ヶ岳の南麓の美術館で、展覧会をやっています。テーマは「植物と昆虫の不思議な世界」。精力的に各地を回り、花に集まる昆虫を追い続けている水上みさきさんとのコラボレーションです。つまり虫媒花の花と昆虫との共進化の実例いろいろを、昆虫写真と植物イラストの組み合わせで、展示しているというわけです。

今まであまり気にしていなかった花の構造と花の蜜のありか、それを目指して飛んでくる昆虫の行動など、猛勉強しながら各地を悩み歩く結果となりました。

昆虫の可視光線が、ヒトとは相当に違うことはかなりよく知られています。ヒトが見える範囲は、要するに虹の色です。でも昆虫は赤い光には感じにくいものが多い。その反面で、紫外線領域が見える!

そこで、植物の花の立場としては、昆虫たちに花のありかを知らせるための蜜標と呼ばれる部分を用意することになった! 紫外線でめだつ、蜜の入り口を知らせるサインです。

一方で花の方は、近親繁殖を避けながら、許されたウチウチの範囲で雑種を作っていこうという仕組みがある。自家不和合性、自分の花粉ではタネができないという仕掛けです。種の多様性です。

今ちょうど開花期を迎えたツリフネソウは、花の一番奥が細く丸まっている。ここが蜜のありかです。

b0199122_05442665.jpg

昆虫が花の中に入ると、揺れ動く。背中に花粉が付く。やっと蜜を吸って別の花に移動したとき、背中の花粉が別の花のメシベに付くように、花の構造配置を考えて長い年月が経ったものらしいのです。すごいことですねえ。

 同じ仲間のアフリカホウセンカ、通称はインパチエンスです。古くから栽培されているホウセンカもみんなみんなインパチエンス。植物図鑑ではツリフネソウ科ツリフネソウ属となっています。

b0199122_05444796.jpg

花を横から見ると、花の下の先が細く尖って距(キョ)と呼ばれる形になっていますが、気がついている方は? 

たぶん蜜を求めてやってくる昆虫は、花の中心部にある紫外線で黒っぽくなっている部分を目標に飛んでくる。蜜の匂いを感じることがあるのかも。下の花びら2枚の間には小さな隙間がある。そのすぐ上に、蜜のありかに続く秘密の「奥の細道」があるのに気づく。

蝶の口はいつものゼンマイ型になっているのを伸ばして、細い先端に届かせる。ちょうど、息を吹き込むと真っ直ぐに伸びる風船のように。

こうした仕組みがどうして成り立っているのかが、自然現象の不思議ふしぎの由縁です。「長い歴史を共に生き、共に進化してきた・・・」というのがサブタイトルになっています!


[PR]

by midori-kai | 2017-09-25 05:47

夏の思い出・ヒガンバナのことなど  高 野 史 郎

この夏の天候異変はひどいものだった。猛暑日が続くのが当たり前になった。歴史的な日照不足が続いたところもあった。数時間に500㎜・1000㎜という、信じられない降水量が被害を各地にもたらした。例年の1か月分の降水量に匹敵するなどという表現が、頻繁に使われるようになってしまった。これから先、年平均などという表現は、どんどん変わっていってしまうのだろうか。

市川名物のナシも、水分不足で大きくならないという日が続いて、ナシ農家の苦労が絶えなかったらしい。それが8月末頃からの雨の恵みで、急速に元気を取り戻したのがよかった。

自分自身、加齢とともに3日たつと忘れてしまうことがふえてきている。ニワトリは、3歩あるくとみんな忘れてしまうという。誰がどうやって調べたのだろう。あるいは、わが身になぞらえてのたとえ話なのか?

決して些細な出来事では済まされない天候不順なのだが、なんとか季節の花が咲いてくれるのはうれしい。お彼岸の頃になれば、またヒガンバナが咲いてくれることだろう。開花の半月ほど前に、細身の白いアスパラガスのような花茎を伸ばしたかと思うと、あでやかな真っ赤な花を咲かせる。最近はナガサキアゲハが来るのも目立つようになった。一見クロアゲハに似ているが、後翅に突起がなく温暖化の表徴種のように話題にされる蝶だ。

ヒガンバナについてのちょっと古い資料では、前川文夫さんの記録がいつも思い出される。植物文化史や系統進化などにユニークな意見を出された方である。終戦直後の10月、広島や長崎の植物がどんな被害を受けたのか調査された報告がある。

b0199122_08043416.jpg
                                                     (市川市大町の庭先から2017.9.25)

当時、原爆が落ちた後には、生きものが長年月にわたって住むことができないだろうといわれていたことに対しての調査だった。

それによると、長崎の爆心地に近いところある浦上の駅に向かって北から徐々に近づくにつれて、遅咲き状態を示していたヒガンバナの丈が低くなり、爆心地から5㎞ほどの距離からヒガンバナの姿が見えなくなった。別の日には、反対方向から線路沿いや田んぼの縁を歩いて、調べて回った。

「見えないのは当然で、まるで春先のショウジョウバカマのように小さく、花は殆ど開かずに、みすぼらしい状態だった」といわれる。「掘ってみると、地面から数センチのところにラッキョウのような多肉の鱗茎があって、存外ぴちぴちした感じであった」と。

原爆の放射能によって突然変異は誘発されるのか?と、かなりの数のヒガンバナの鱗茎を持ち帰り、東京と京都に植えられた。その結果は、葉も殆ど伸びず花茎も1本も立たなかった、とのこと。

「掘ってみると、そこには腐れ残った鱗茎しかなかった。これは新しい芽がまったく作られなかったことを意味する。つまり、原爆の落とされた89日にはまだ花茎は鱗茎の中に短いままで納まっていたが、この方は短くはなったが、少なくとも枯れずにいじけながらも伸びることができた。或る程度、形ができていたものは変形しながらも残って咲くことだけはやれたのである。」

「花茎はその年の暮れに、鱗茎の皮は翌年の春に枯れるのであった。ところが、鱗茎の皮の内側に原基ができて、これが夏には小さな腋芽として成立し、秋の終わりには急速に大きくなって葉として延びるはずだったのに、この原基は地表下数センチで一見安全なように思われる場所にいながら、完全にいかれてしまったのである。若い生長点が却ってやられる。放射能の恐ろしさを改めて思い知らされたのであった。」(出展は 前川文夫:日本人と植物 岩波新書1973年) 

日本の植物学の発展には、本草学から延長線の要素が極めて強いとよくいわれる。まだ薬がなかった時代、薬草に関しての智慧は生活していくための必要不可欠の技術でもあった。

ある時は、野生動物の智慧に学んだ。体のどこかが病んだとき、元気のいい動物たちのその部分を食べると、元気が回復すると思われた伝承的な記録が世界中にあるらしい。

ヤドリギが、あんなに高い枝先に茂って、めまいもせずに暮しているのは、きっと不思議な力を持っているのだろう、高血圧に効くかもしれない、などという関連付けがヨーロッパにあったという話を、薬用植物園で聞いたこともある。

戦争中に徴用された植物研究者たちは、大勢の将兵の食料を大量に確保し、毒になるものを食べないための調査に専念したという、ちょっと信じかねるような作業もあったと聞く。

91日は、防災の日でもある。天災は忘れた頃にやってくる、と以前はいわれていたが、最近は季節はずれの災害が各地で頻発する時代になってしまった。

カスリーン台風は1947915日、もうその頃のことを知っている人も少なくなりつつある。真間川の氾濫、床上浸水の被害にあった人も多かったはず。最近は、想定外の事件が頻発する恐ろしい時代になりつつあるが、ヒガンバナは例年どうりに妖艶な赤い花を咲かせてくれることだろう。

秋は、実りの季節でもあります。



[PR]

by midori-kai | 2017-09-25 04:19
line

市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


by midori-kai
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30