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第74回 1月(睦月)東浜先のクロマツ、三番瀬

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 東浜先の砂浜に茂るクロマツの、横に伸びた枝のスケッチ。
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写真は東側から西に向かっての撮影。この場所で、いつまで無事に育っていけるのだろうか?
 かつての三番瀬の海浜植物。平成16年に発行された「市川自然観察ガイドブック・5」から。


 
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by midori-kai | 2017-01-01 06:35

2017年、いいこと たくさんありますように 高野史郎

 2016年が終わって、新しい年がやってくる。以前は、年末年始の休みには市川市内をくまなく自転車で走り回るのが慣わしだった。お正月は車の移動も少ないし、青空が澄みわたっている日が多い。落葉樹の林は葉が落ちて、視界が明るく広がる。
 市川市内といっても、結構広い。まんべんなく全域をパトロールしているつもりでいても、年に一度も確かめていなかった地域が毎年おこる。ソメイョシノの開花状態の推移を15年ほど続けたが、暖かい日には、朝はツボミだったのに夕方には咲いてしまうこともある。市内全域を回るのに自転車で3日かかっていた。10年単位の平均など、全く意味がないほどにバラツキが多いのが自然現象なのだ。
 次の季節に確かめようと思っていた野草などは刈り取られたり、除草剤でまっ茶色に枯れ果てていたりする。自然環境の移り変わりは、毎年更新していかないと役に立たない。(最近は、パソコンで情報収集して、それで現場を確かめた気になって完結する人が多いようだから、なおさら)。
 12月になって、江戸川沿いの風景を何回も回った。大柏川から南へ伸びる道路が間通して、桜並木も繋がった。お花見が楽しみ。だが、周辺はアスファルト固められて、かなり厳しい環境で育つことになりそうだ。

 周辺の市と、市川市との違いも調べ始めると面白い! 年末に松戸へ行った。市役所も覗いてみる。市川市とどう違う? 自然関連の部と課の名称と役割分担は? 窓口に来る市民の相談の傾向と、係りの人の対応はどんな感じ? 配布している地図の情報の種類をいくつか比べてみる。(こちらは、無責任にもニヤニヤしてしまう)。
 役所前の広場の花壇、いつもは地元特産の野菜などが植えられているが、年末になって紫のハボタンで「2017」が描かれていた。駐車場のまわりは「松戸市の木」であるユーカリが10本ほど、10m以上にそびえている。
 国府台から続いている市川の斜面林の北端の場所は、戸定邸に近い浅間神社で、ここの極相林は昭和41年(1966) 12月に千葉県指定の天然記念物になっている。
 この場所は、何回も里山作業グループの研修などで案内した場所だった。市街地の中では、どうしても樹高を抑えて枝張りを制限してもらわないと地域住民との摩擦が起こる。だから、せめてここに残された極相林を眺めて、雨量の多い場所での照葉樹林の典型を知ってほしかったのだが・・・。
 社殿に上る階段を数えてみたら、120段ほどあった。浅間神社の解説には「地質時代に太日河(ふと
ひがわ・今の江戸川)の開析作用により南側の三矢小台の下総台地と分離したと思われる台地・・・ヤ
ブニッケイがほぼ全域を高木層として繁茂し、後継樹としてタブノキ、ツバキ、ムクノキ、モミジなど
200種類に及ぶ草木が・・・」などと書かれている。
 看板を立てたのが昭和41年で、教育委員会の文章らしい。それから50年が経過した。もっと最近の事情を解説する看板も、立ててほしいのに。
 ご神木の注連縄を張ってある大木は、荒々しい木肌のアカガシである。鋸歯のない落ち葉と、横縞状のドングリの殼斗でそれを確認する。落葉樹はケヤキとイチョウが少しだけ。何本もが絡みついた藤づるがすごい。社殿後ろの北側斜面には、背丈の低いヤブニッケイが多数茂っていた。
 受講生には、長い年月での移り変わり、極相林の説明をしていたのに、「これ何の木ですか?」「こんなにほっといていいんですか?」という、申し訳ないけれど毎回ピンボケの質問ばっかりだった。
林全体の成り立ちとか、景観として樹林地を見る習慣、もう枯れ枝も落ち葉も利用しなくなった今の
里山に何を期待されているのか、未来を見据えて考えてほしいのになあ!

三番瀬の砂浜に、クロマツが生えていた!
 12月末の寒い朝、1年ほど行っていなかった市川市東浜先の三番瀬へ出かけた。この地域の埋め立てが始まったのが昭和49年(1974)頃からだった。当時の船橋分岐航路の完成後に海の砂が運ばれ、海浜公園の原型が出来上がったのが昭和60年(1985)頃といわれる。それから30年ほどが経過したことになる。
 野鳥観察舎がある行徳の近郊緑地保護区と、おそらくは前後して干潟地域の埋め立てが進められた時代だったのだろう。近郊緑地には、クロマツやサクラも高さ8m近くまで育っている株もある。ここと、東浜とのいろいろな環境を比較して考えると興味深い。
 東浜先のこの砂浜は、航路を作るための浚渫土を使って埋め戻されたのだから、陸上植物の種子が含まれていたとは考え難い。何年もが経過して、ここにいくつもの海浜植物が茂り始めた。そしてあの、2011年3月11日の津波で、表面の砂が大量に海の中に流され、その下の古い岩などが露出した。陸地とは追って砂浜には水準点がないようなので、かつての状況と比較できないのが残念だ。
 少年野球のグラウンドが二つ並んであって、その中間地点の海寄りに、高さ2mほどのシャリンバイ
が茂っていた。その近くには、ハマダイコンやハチジョウナなどが花を咲かせていた。それらはすべて
引き潮と同時に海のほうに流されたらしい。シャリンバイは満潮の時には海中に沈没してしまう場所ま
で移動してしまった。しばらくは、枯れた株が海中で見られるという不思議な景色だった。
 潮干狩りが行われる船橋側と追って、西側の市川市束浜先の地域は人の出入りが少ない。すぐに忘れられてしまいがちの災害の記録と、自然の遷移を実感できる場所として永久保存してほしいと願ったのだが、そうはならなかった。その後、この地域一帯にブルドーザーが入って、地面をならしてまっ平らになった。海浜植物の殆どは死んだ。
 潮の匂いをかぎながら、三番瀬の海を眺め、砂浜とを仕切る護岸の上を歩き、西のはずれから下へ降りる。大量のアオサが海岸線沿いに堆積している。海に突き出した船橋側の突堤までのおよそ1200mは、砂の感触を確かめながら歩ける距離となる。
 冬枯れのこの時期に、花を咲かせている植物はわずかにセイョウタンポポとノゲシだけだった。西の
はずれに、ホソバハマアカザと見られる枯れた茎があったが、その他にはチガヤやハマニンニクなどのイネ科植物が茂っている程度、ハマダイコンのロゼットも北風を防げる場所に残されているだけだった。
 震災から5年が経過し、撹乱されたこの砂浜に何が芽生え始めただろうか? 歩き回っていたら、何
と、茶色に枯れたイネ科植物の間から、クロマツが1株だけ茂っているのを見つけた。今まで全く気づ
かなかったのが不思議だった。クロマツは、「市川市の木」。
樹高は110 cm、地際の幹の直径は約3.5 on、幹の3か所から枝分かれしていて、地際近くの幹には、
まだ発芽当時からと思われる葉が茶色で残っていた。枝分かれの場所が、ミズキと同じように1年分の成長量と考えると、このクロマツは満4年を経過したことになる。
 お正月の門松用に売り出される、か細い若松と比べて、何とたくましく育っていることか! このク
ロマツは、おそらく防風林として植栽されたどこかからタネが運ばれてきたのだろう? あたり一帯を
歩き回ったが、すぐ近くで見つけたマツボックリは、2つだけだった。
4人ほどがゴミ袋を持って、空き缶や流れ着いた流木などを拾っていた。清掃活動の人たちは、小型
トラックの名前からすると、船場漁港関係の人たちだったらしい。業務の一環としての作業なのだろうか、ボランティア? 予算はついているのだろうか? 昔から砂浜のクリーンアップは船橋の企業関係者や市民で実施されていた。市川市からは、見放されている地域のような場所であるらしい。
 津波で被害を受けた船橋のプールは取り壊され、いま環境学習施設の工事が進められている。夏にはオープンされる予定のはず。壁面には、ミヤコドリやチドリなどの写真が貼り付けてあった。
 高校生物の教科書には、桜島や伊豆大島の噴火からの植物遷移の解説が載っている。学校の授業などで、こうした地元の自然環境を素材にして調べる活動をどこかですると楽しいだろうに! それが、次の学年にバトンタッチされていくようなら、素晴らしい活動だと思うのに。
 残念ながら、3. 11の記録も、東京湾最奥部に茂る海浜植物の分布も、あの東北の一本松のようにはならず、忘れられていく運命のようだ。

 松戸市には、「二十世紀が丘」をつけた地名がいくつもある。ナシの「二十世紀」は明治31年(1898)、松戸市に住む松戸寛之助さんの庭で発見された偶発実生からの命名によるもの。青ナシ系の優秀品種だったが、黒斑病に弱かった。その後に放射線照射による突然変異誘発からの「ゴールド二十世紀」が今は栽培されている。
 市川市には、今の大野町2丁目に住んでいた石井兼吉さんが大正5年(1916)「二十世紀♀×独乙
♂』の交配から作出発表した石井早生があった。その原木は、今も迎米に残されているはずだが、誰もが気軽に見学できるようになっていないのが残念だ。
 江戸川から南に住む行徳の人たちには、「ナシ街道」を知らない人たちも結構多いという。万葉の時代からの文化が香る市川市といわれるが、市川大野駅近くの万葉植物園は、いかにも狭くて、植えられた樹木たちの肩身が狭い! どこかに、ナシの見本圃とか、もっと伸び伸びと樹木が茂る万葉植物園が作れないものか?
 平成26年に発表された「生物多様性いちかわ戦略」の趣旨は、「人と生きものが自然の中でつながる文化のまち」と、盛りだくさんの長いキヤッチフレーズだった。
 2017年は、今までよりもずっと明るく、楽しい年でありますように!

  
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by midori-kai | 2017-01-01 06:26
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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