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第50回 10月(神無月) ヒガンバナ

ヒガンバナ
①9月末頃のヒガンバナの花のあとさき。
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②盛り上がった球根のかたまり。葉っぱが伸び始めた頃の写真。
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③垂下球のイラスト。深く植えすぎると、球根の上に球根ができる場合もある。
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by midori-kai | 2014-10-27 10:38

ヒガンバナの花が咲いたあとで  高野史郎

毎年、秋のお彼岸の頃に真っ赤な花を咲かせるヒガンバナ。子どもでもみんな名前を知っている。おそらくは、ほとんど日本列島全域で見られる花です。(あれ、北海道には分布しているかどうか、確かめたことがなかった! どなたかご存知の方は、ぜひ情報を!)
夏の間は土の中に眠っているようなのに、秋の訪れをちゃんと予知できるから不思議。でも花が終わってしまうと、もう見向きもされない・・・では困ります。
9月上旬頃、突然のように花茎を伸ばす。「アスパラガスみたいのが出てきた」といった人がいました。まもなくツボミが出てきて、お彼岸が近づいて来たのを実感します。お墓の近くに多い。田んぼのあぜでも花盛り。
この花は、各地で呼ばれるいわゆる俗名が、植物の中で一番多いだろうといわれている花です。残念ながら、優雅な・かわいらしい名前はついていません。墓場花、幽霊花、葬礼花、毒花というのもある。「葉みず花みず」というのもあります。あなたが、この花の印象を素敵なイメージで命名するとしたら、どんな名前にしますか?

花は10日ほどで散ります。散るといっても、一つ一つの花はしなびて垂れ下がる。サクラのようにパッと花びらが散るのとは違います。よく見ると、オシベがしなびても、メシベはまだ赤い場合が多いようです。植物でも、女性の方が長生きするのでしょうか? この状態は、9月下旬頃に確かめることができます。
ユリなどと同じ単子葉植物ですから、花の基本数は3、またはその倍数です。花びらは6枚、オシベも6本。先端に花粉袋(葯)がついていないで、尖っているのがメシベです。
花が終わった頃に、入れ替わるようにすぐに、葉っぱが伸びてきます。10月の今、もう葉がかなり伸びているはず。そこまで見届けないと、自然観察も環境保全も成り立ちません。
この状態が「葉みず花みず」で、栄養成長と生殖成長との時期がはっきり区分されている、珍しい実例といえるでしょう。葉っぱが枯れるのは、何月頃でしたっけ? 田んぼの畦を草刈する頃は、地下で夏休み、草刈で絶滅しないようにと配慮したわけではないのに、農作業とうまく適応しているのに感心しますね。
ところで、ヒガンバナは3倍体で、タネができないことはよく知られています。普通の植物は、父親と母親の遺伝情報が半分ずつ伝えられる2倍体なのに、3倍体だと細胞分裂の時にうまく2等分できないで、不稔という現象が起きます。つまり、タネができないから、タネで次の世代をつなげていくことはできない。球根(ただしくは鱗茎)が分かれて、横に増えていくわけです。タネみたいに風で飛ばされて、分布を広げるわけにはいかない。さあ、どうしよう?

どうやら、人手を借りて、親切な人に分球してもらって、別のところに移してもらって、増えていくことになるようです。放って置いたらどうなる? オシクラマンジュウのように、盛り上がって球根同士がひしめき合う結果になります。そんな状態を放置された墓地などで、見たことありませんか?
ヒガンバナの立場からのこれに対する作戦は、垂下球(ドロッパー)と、牽引根が知られています。地面の中に引きずり込む仕組みです。
盛り上がった球根の塊で、根っこはいったいどうなっている? 外側の球根は、新しい根を伸ばすことができる。でも真ん中の球根の根っこは、行き場がありません。花の咲く少し前の盛り上がった球根では、外側の球根が早く葉を伸ばし、花を咲かせる傾向も見られます。
ヒガンバナだけじゃなくて、葛飾八幡様の千本イチョウのことにも、想いをめぐらせて欲しいのです。あのイチョウの真ん中の幹は、根っこをどこに伸ばしているのだろうと。
球根で増えていくということは、全部がクローンです。遺伝子に突発的な事情が起きていない限り、何千年・何万年の昔から、同じ遺伝情報で生き続けているということです。不思議ですねえ。
「もう花が終わっちゃった!」ではなく、その前と、それから先へと、自然への想いをつなげていけたらいいですね。葉っぱが茂っているということは、来年の花の準備が始まっているということなのですよ。
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by midori-kai | 2014-10-27 10:34

第49回 9月(夜長月) マツボックリ

マツボックリ
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マツボックリはみんな知っている。でも松の横枝に、3年分のマツボックリが並んでいることに気がついている人は、少ないだろうなァ!
マツボックリはみんな知っている。でも松の横枝に、3年分のマツボックリが並んでいることに気がついている人は、少ないだろうなァ!


マツボックリはみんな知っている。でも松の横枝に、3年分のマツボックリが並んでいることに気がついている人は、少ないだろうなァ!
クロマツは、目立たないけれど春に花が咲きます。枝の先端の赤紫のツブツブが雌花。その少し下あたりの、茶色のボサボサが雄花。
クロマツのタネって、いつできる? 3年たって、茶色になったマツボックリは、タネが出た跡で、もぬけの殻。そこでこの夏、マツボックリが手に届くような低い枝に着いているところはどこ?と市内各地を走り回った!
イラストは、京葉線や高速道路が走るすぐ南の、原木公園のクロマツです。真間川の東の河口があるところです。枝先にいくつか付いている赤紫のツブツブが、今年咲いた雌花の赤ん坊のマツボックリ。花粉を出した後の雄花は、わびしく、かさかさ状態です。
緑色の大きなマツボックリは、去年咲いた雌花の1年半たった状態。まだ、タネはできていませんでした。この秋には、マツボックリの内側に、薄い羽がついたタネができて、遠くへ飛んでいくのでしょうか? これから先がお楽しみ!
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by midori-kai | 2014-10-08 00:01

里見公園で樹木の名札付け & 市川の黒松のこと  高野史郎

猛烈に暑かった今年の夏、そして観測記録が始まって以来という集中的な豪雨など。恐ろしかった今年の夏も、ようやく終わりを告げたのでしょうか。9月の訪れとともに、朝夕には涼しい風が吹くようになって来ました。例年通りに、お彼岸の頃にはヒガンバナが咲き始めることでしょう。
前回は、夏休み行事として大町の「わんぱくの森」と「教育の森」の子どもたちと楽しむイベントの紹介をしました。里見公園では、8月21日に「親子で樹木の名札付け」の行事が実施されたので、そのご紹介。主催は公益財団法人「花と緑のまちづくり財団」です。
講師の諸先生は、森林インストラクターの方々。皆さんどっかで見た顔と思ったら、緑の市民大学の 修了生たちで、猛烈に勉強熱心な人たち。作業している時とは違った、優しいまなざし? ニッコリ笑顔で、楽しく公園の樹木の話をしてくれた後で、公園の中へ。あらかじめテープを巻いた樹木に名札を付けていきました。
無邪気な小学生の子どもたちを相手に、レベルの高い話を、判りやすく優しく話すのは至難の業なんです。4班に分かれての名札付けが終わってからは、事務所の2階へ。お母さんたちからのちょっと難しい質問にも、さすがベテランの講師の方々、スマートに回答していたのが印象的でした。
事前に配られたチラシは、マンガチックで楽しい! (フツウの役所が作ると、なかなかこうはいかないものなんです)。山崎製パンが協賛されて、担当の方が終始見守ってくれました。飲みものや新製品のパンなど、各種差し入れにも大感謝!

30年以上も前のこと、高尾山や御岳の環境学習にかかわっていました。親子づれで山登りする人たちにも、二極化がみられていた印象が強いのです。
お父さん・お母さんがニコニコしていて、子どもの声までがはずんでいるグループと、「いやだいやだ、こんなに歩くの嫌だ! 疲れちゃった。おんぶして。いつ、おみやげ、買ってくれるんだよう!」とぐずっている組と。笑顔の家族グループは、風の音・青空を見上げて喜んでいる。新発見が次々とある。ブツブツ組みは、そうなってはくれません。
これってそのまま、家庭内で親子の会話がある家族と、そうではなさそうな家族が想像できそうです。子ども頃の自然体験が極端に減っている今、自然を楽しむ人が、もっともっと増えて欲しいと思うことしきり。
環境系の市民グループが軒並み高齢化している。若いサブリーダーが育っていない。これらが、断絶することなくつながっていて欲しいのに。(おじいちゃん・おばあちゃんと、孫の関係に似ているかな? 中間に位置する両親は、仕事や家事で忙しくて、それどころではないのかもしれないけれど)。
市川市は、全国組織の「こどもエコクラブ」の登録数も活動も、千葉県下で最高レベルの熱心な地域なんですが、それを育む環境は多難です。学校では、「1年間やって、どういう成果が現れたか見え難い」から、それに授業時間を割くことに理解が得られないとよくいわれる。目標数値とか、達成率などを数字で現せないのが、環境学習のつらいところです。
雑木林などで作業しているボランティアグループは、子どもたちのために、こうしたチャンスをもっと増やしたいと思っている。でも安全管理や自然環境の末永い保全を考えると、オーバーユースは避けたい。どうバランスをとるか、難しいという課題もあります。

市川市の木は「クロマツ」。市川市の自然のキャッチフレーズは「クロロとバララ」です。誰もがいうように市街地の中に茂るクロマツは、市川の貴重な財産。でも、市民グループ同様に少子高齢化が見られるの、ご存知の通り。クロマツの若い苗が育っていない。30年・50年先が思いやられます。
幹の太さは、ほぼ樹齢に比例します。環境省で定めた巨樹の条件は、胸高幹周が300㎝以上。つまり、直径にして約1mです。外環工事などでクロマツが切られると、なるべくすぐに出かけて、大きさと年輪数を数えるようにしていました。健康状態も推察できそうです。
市川市内に、巨樹に該当するクロマツの大木はないものかと、ずっと探していました。やっと見つけたのが地蔵山墓地。この株も戦争中の松脂採取で、幹の切り傷がケロイドのように残っていて、かなりいびつ。幹がまん丸ではないのです。幹周りは310cmぐらい。
ところが、この最高齢と思われるクロマツが、この夏に切られてしまってショック! 切り株の年輪数を数えたら150ありました。年輪幅はかなりバラツキがある。多難な時代を、何回となくくぐりぬけてきたものと思われます。150歳の人は、まず市川にいらっしゃらない。このクロマツが生まれたのは、まだ日本が、ちょんまげの時代だったのかもしれない。明治の前からの事情を、ことごとく眺めてきたはずの市川の住人です。いろいろな事情はあったのでしょうが、がっくりです。また1本、歴史の証人が市川から消えていった。

市川のクロマツを、なんとか立派に育て守っていこうという市民グループがいくつかあります。その一つ、市川クロマツ会が「新たな芽吹きのお手伝い」のテーマで、アイリンクタワー45階で9月15日から29日まで写真展を開きます。日出学園の小学生たちが、タネから育てたクロマツの写真なども公開されます。また、27日の土曜日2時からは、「市川の松の民話を聴くつどい」もあります。宮久保の「袖かけ松」の話になるらしい。是非ぜひ、お出かけください!
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by midori-kai | 2014-10-07 23:55

第48回 8月(葉月) アシタバ

アシタバ
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  7月末の庭のアシタバに、アゲハチョウのお母さんが卵を産んでいった!
  見る見る大きくなって、縞模様がはっきりしてくる。
   だけど、お母さんは未来予測をしくじったらしい。
   何匹もの幼虫が食べるほど、葉っぱの分量は多くなかったのだ!
     どんどん大きくなる。葉っぱはなくなる。丸い新芽の奥まで齧り始める。
     これは、アシタバと、アゲハチョウの サバイバル合戦だ。
       見ているほうがつらい。葉っぱの軸だけになった翌日、
       スーパーでパセリーを買い、道路沿いに生えていたアシタバの葉っぱも採ってきた。
  チョウの幼虫は、セリ科の葉っぱの形や匂いに気がついて、移動できるか?
  心配しているところへ、また新しく卵を産みつけたお母さんが出てきた!
                  この脇を通るのが、切ない気分になっている!!!
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by midori-kai | 2014-10-07 23:48

夏の林で 子どもたちが遊ぶ!    高 野 史 郎

暑い日が続きます。大町周辺のナシ屋さんは、8月の始め頃に一斉に店開きしたようす。四国などでは記録破りの、信じられないような豪雨が続くのに、市川ではまとまった雨が半月ぐらいは降っていません。おそらくは、土のかなり下までカラカラ状態。根の張り方が浅いツツジやアジサイが枯れかかっている。日本列島にも、「酷暑の乾季」が来るようになってしまったのかも?
そんな状態の中でも、ナシの木は地面の奥深くまで根を伸ばし、水を吸い上げ、たくさんのナシをたわわに実らせてくれるから不思議です。
こどもたちにとっては待望の夏休み。この夏も、いくつかの森で子供たちを自然の中へと誘うイベントが開かれました。見学させていただいた、いくつかの森の中での行事をご紹介しましょう。

7月末、柏井キャンプ場でのデイキャンプ。暑い盛りに、かまどに薪をくべて、二つ割りしたモウソウチクに蒸しパンを仕込んで焼き上げたり、流しそうめんをたべたり。国際文化交流など、いくつかの団体のコラボレーションだったようです。午前中はみんなで、ネイチュアゲームなども楽しんだりしたらしい。スタッフのほうは、煙にいぶされながら汗ビッショリ。高校生ぐらいの外人さんたちも楽しんでいました。
8月3日の日曜日は、大町のわんぱくの森。毎年恒例の行事のようで、雑木林にロープを張ってのブランコや木登り体験、ハンモックなど。ドングリにペイントしてのネイチュアクラフト、シュロの葉っぱを使ってのバッタ作りなども。毎年楽しみにしている家族も多いのです。
森の中での注意事項はちゃんと聞いておこう。長袖で参加する、黒い帽子は避けること。森の中では枝が落ちてきたりすることもあるから、必ずヘルメットをかぶる。勝手に走り出して遠くへ行ったりしないこと。ハチが出てきたらじっとしていること、手をふって大騒ぎしたりすると、ハチを興奮させてしまう、などなど。
森を整備している人たちは、月2回ぐらいのペースで集まって作業しながら研修を重ねている。その人たちが周到な準備をして、子供たちに楽しんでもらうことが共通の喜びにつながる。アスファルトの道路は暑くても、林の中へ入ればクールスポット。みんなの表情に明るい笑顔がよみがえる。
市川の緑地の割合は、わずか2%程度といわれる。スギの皮の内側に入り込むカミキリムシに食われると、枯れてしまう。そうした対策などにも神経を配って、こうした林の管理が成り立っている。
地主さんにとって、今は林を持っていることのメリットはまったくない。それどころか、相続税問題や周りからの身勝手な要望など、緑地を維持することが困難になっている中で、こうした人たちの活動が、新しい仲間を呼び込んでいく。
翌8月4日は大町駅に近い「教育の森」でのイベントがあった。高さ10m以上もありそうな2本の大木に、長いロープをつなげてのダイナミックなブランコに目を見張った。ここでは、「市川子ども文化ステーション」からの依頼で、協力関係が成り立ったらしい。
幅7㎝ほどの丈夫そうな布地を渡しての綱渡り! バランスをとるのに苦労しながらも、けっこう子どもたちは何とか渡っていく。真似をする大人のほうは、なかなかうまく行かない。子どもたちはこの綱渡りにハダシで挑戦する。そのためには、綱渡りの周辺を、尖った草が残らないような丁寧な草刈とともに、若いお母さんたちの理解が絶対条件となる。
高架下の保育園で仕事をしている若い保育士さんの話。「うちの園では、泥んこになって遊ばせることが必要といっていながら、万一にも擦り傷でもしたら一大事件になる。近くの神社で木登りさせたら、叱られてしまった! 市川には、子どもに自然体験させる場所がゼンゼンないんですよ!」
林の中は涼しい。見上げる高い梢の隙間から覗く青い空。親子いっしょにハンモックでゆられる、空が回る、地球も回っている。こうした体験は、ずっと先の大人になった時まで記憶に残る事だろう。
時々「森の探検隊に出かけるよう!」と声がかかる。リーダーに連れられて、子どもたちが林の中へ入っていく。けっこうクモの巣が多い。顔にくっつくと、大騒ぎになるのも初めての体験か。
林管理の仲間が気をつける標語に「1クモ・2ヒル・3マムシ」などというのがある。ヒルとマムシは、2番目以降の人が要注意。先頭の人は、棒などを持ってクモの巣を払いながら林の道を進むことになる。(市川では、2と3の危険はまず考えられないから念のため)。
チョウの蛹を見つけたり、キツネノカミソリが咲いているのを発見したりする。ヤブランも花盛り。林の中の道はフワフワで気持ちがいい。林の中を、風が吹きぬける。
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by midori-kai | 2014-10-07 23:44

第47回 7月(文月) カラスビシャク

カラスビシャク
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    カラスビシャクは、サトイモ科の多年草。
東アジア各地に自生し、農家にとっては面倒な水田雑草でもある。
小さな塊茎はえぐいが、生薬名は半夏(ハンゲ)で、鎮静・去痰の薬。小青竜湯、半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)などの処方の原料。
3枚の小葉の元に小さなムカゴができて、これからも繁殖する。
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by midori-kai | 2014-10-07 23:35

 東北の被災地を見学に行ってきました  高野史郎

ずっと気がかりだった東北の被災地へ、やっと出かけることができましたので今回はその報告です。かかわっているグループの一つに「市川大好き人の会」というのがありまして、そのメンバーの若奥さんの実家が、岩手県北端の人口4500人ほどの小さい村にあった。
あの日、海岸からすぐ近くの家は、濁流の中に飲まれて一瞬のうちに消滅した。近くには大きな赤い鳥居の神社もある。10m以上もあるその鳥居の柱の中ほどに、瓦礫などが何回もぶつかった傷跡が今も残っている。
たったの4日間ですが、この村の奥に広大な林を持つ若旦那さんの案内で、かなり広範囲の陸中海岸や、地域の古民家などを見学させてもらうことができました。
我が家は、もう10年以上もテレビがない生活をしているから、あの当時の生々しい映像の記憶は全然ない。それに、何回も現場へ通って、自分の目で確かめないことをうかつにしゃべってしまうことは恐ろしいこと。やっとその機会に恵まれたというわけです。
「市川みどり会」の関係では、2012年3月に「第1回里山再生講座」として、梨風東緑地で実施される予定の実践型講座が雨天で延期されて、動植物園のレクチャールームでの座学となった。農大の濱野先生のお話は、午前が「斜面林の管理」、午後が「造園家の目で見た震災の現状」などでした。(その講座の記録は、2013年3月に、先生の写真などとともに概略紹介しています)。
その時のお話の中で、「被災地で残ったのは、杭根のあるアイアカマツだった」「30年前からこの地方の調査にかかわってきたが、塩害やその後の再生能力などは、それまでの常識とは変わっていた」などが印象に残っていて、近いうちに出かけ、自分の目で現場を確かめなくては、と思っていたのでした。
濱野先生の話しで、たとえば、塩害でヤブツバキが意外に早く枯れた。ケヤキは、塩水につかったところでも新芽が吹き出した。ソメイヨシノが予想よりも塩害に強かったのは、片親のオオシマザクラの影響か?などなど。
「ヤブツバキの生える場所より低い所には、家を建てるな」という教訓もあったとのことです。

陸中のリアス式海岸を車窓から眺めて、思い込みとはずいぶん印象が違っていたことがいくつもあります。今回の被災は、地震・津波・そしてその後の放射能問題の累積です。あれから3年半が経過して、瓦礫や倒壊した家屋などはもう見当たらない。低い地域には「過去の浸水地域」という標識が道路の随所に見られる。長さ1500m。幅300mなどと書かれてある。東北の海岸全域が同じような被害だったのではなかった。津波の影響も、湾の形により複雑に屈曲反射して予想し難いといわれていた。
関西淡路の震災後のシンポジウムなどに何回も参加していましたが、川の上流何キロも濁流がさかのぼったというのが、当時は信じられなかった。
自分の足で、海岸近くのあちこち、林の中を歩き回って、それを実感したかったのですが、時間がなさ過ぎました。川沿いの低い場所で、枯れ木が何本も残されていたのは何の木だったのだろう。そのすぐ近くで、枯れた木と生き残った木とがあって、その運命を分けた理由は何故? 
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仮設住宅がいくつも並んでいました。魚屋さんや不動産屋さんもある。すぐ近くに床屋さんが3軒も看板を出していたが、お客さんは毎日あるのだろうか? 道路沿いにはあちこちに大きな「道の駅」があって、お魚や地元の野菜の品数も豊富、車のお客はそこで買物をする。仮設住宅の小さなお店には、申し訳なくて近づく人もいない気配なのが寂しい。
土砂を運ぶダンプが、ひっきりなしに走っていきます。ナンバープレートは、岩手、そして青森、八戸など。大きな工事だから、地元の業者は参加できないという事情もあるのでしょう。堤防工事に使うために海岸近くの山を切り崩して、そこに仮設住宅建設の予定があったのに、そこから遺跡が出てきた、というようなこともあるとか。
3日目の午後、近所の被災者の方二人に来ていただき、当時のお話を聞くチャンスがありました。ここでも運命の分かれ道の話、かずかず。
高台の国民宿舎へ逃げ込んだ人は、寝具や食事にも恵まれていたらしい。その反対に、犬やこどもが心配で、引き返してそれが最後になってしまった人もまた多数。
関西の災害の後のシンポジウムで、野坂昭如さんが「3日分の水よりも、すぐに必要になるのがトイレだ。ボーイスカウトは、棒切れ1本で穴を掘り、トイレを作る基礎訓練を最優先すべし」といっていたのも印象的でした。ガールスカウトの合言葉も「備えよ常に」だったと記憶しています。
3.11の地震の直後、市内の急な崖地に傾きながら茂っている何か所かの巨樹が心配で、見てまわりました。倒れてなくてよかった。浦安の埋立地も、自転車で走り回りました。
この話、書き出すときりがありません。前記の「大好き人の会」には東北出身の人が複数いて、昨年には水木洋子邸で「北限の海女」を岩手弁で語ったりしました。今回の旅行、同行したのは、それぞれの領域で活躍中のキャリア熟女3人でした。
最後の日、7月12日の午前4時22分、かすかなフトンの揺れ。すぐに役所のサイレン。避難指示です。市川でも感じたはずの地震。村は静まり返っている。津波予想1mでは、もう人は驚かなくなっているのかもしれません。高台の高校に集まったのは、車2台だけでした。
解除の通報までの2時間、車の中で待機。下の田んぼの道端で見つけたのが、カラスビシャクでした。
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by midori-kai | 2014-10-07 23:31
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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