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第82回9月(夜長月)ツリフネソウとインパチエンス、ホウセンカ

いま、市川からは遥かに遠い八ヶ岳の南麓の美術館で、展覧会をやっています。テーマは「植物と昆虫の不思議な世界」。精力的に各地を回り、花に集まる昆虫を追い続けている水上みさきさんとのコラボレーションです。つまり虫媒花の花と昆虫との共進化の実例いろいろを、昆虫写真と植物イラストの組み合わせで、展示しているというわけです。

今まであまり気にしていなかった花の構造と花の蜜のありか、それを目指して飛んでくる昆虫の行動など、猛勉強しながら各地を悩み歩く結果となりました。

昆虫の可視光線が、ヒトとは相当に違うことはかなりよく知られています。ヒトが見える範囲は、要するに虹の色です。でも昆虫は赤い光には感じにくいものが多い。その反面で、紫外線領域が見える!

そこで、植物の花の立場としては、昆虫たちに花のありかを知らせるための蜜標と呼ばれる部分を用意することになった! 紫外線でめだつ、蜜の入り口を知らせるサインです。

一方で花の方は、近親繁殖を避けながら、許されたウチウチの範囲で雑種を作っていこうという仕組みがある。自家不和合性、自分の花粉ではタネができないという仕掛けです。種の多様性です。

今ちょうど開花期を迎えたツリフネソウは、花の一番奥が細く丸まっている。ここが蜜のありかです。

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昆虫が花の中に入ると、揺れ動く。背中に花粉が付く。やっと蜜を吸って別の花に移動したとき、背中の花粉が別の花のメシベに付くように、花の構造配置を考えて長い年月が経ったものらしいのです。すごいことですねえ。

 同じ仲間のアフリカホウセンカ、通称はインパチエンスです。古くから栽培されているホウセンカもみんなみんなインパチエンス。植物図鑑ではツリフネソウ科ツリフネソウ属となっています。

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花を横から見ると、花の下の先が細く尖って距(キョ)と呼ばれる形になっていますが、気がついている方は? 

たぶん蜜を求めてやってくる昆虫は、花の中心部にある紫外線で黒っぽくなっている部分を目標に飛んでくる。蜜の匂いを感じることがあるのかも。下の花びら2枚の間には小さな隙間がある。そのすぐ上に、蜜のありかに続く秘密の「奥の細道」があるのに気づく。

蝶の口はいつものゼンマイ型になっているのを伸ばして、細い先端に届かせる。ちょうど、息を吹き込むと真っ直ぐに伸びる風船のように。

こうした仕組みがどうして成り立っているのかが、自然現象の不思議ふしぎの由縁です。「長い歴史を共に生き、共に進化してきた・・・」というのがサブタイトルになっています!


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by midori-kai | 2017-09-25 05:47

夏の思い出・ヒガンバナのことなど  高 野 史 郎

この夏の天候異変はひどいものだった。猛暑日が続くのが当たり前になった。歴史的な日照不足が続いたところもあった。数時間に500㎜・1000㎜という、信じられない降水量が被害を各地にもたらした。例年の1か月分の降水量に匹敵するなどという表現が、頻繁に使われるようになってしまった。これから先、年平均などという表現は、どんどん変わっていってしまうのだろうか。

市川名物のナシも、水分不足で大きくならないという日が続いて、ナシ農家の苦労が絶えなかったらしい。それが8月末頃からの雨の恵みで、急速に元気を取り戻したのがよかった。

自分自身、加齢とともに3日たつと忘れてしまうことがふえてきている。ニワトリは、3歩あるくとみんな忘れてしまうという。誰がどうやって調べたのだろう。あるいは、わが身になぞらえてのたとえ話なのか?

決して些細な出来事では済まされない天候不順なのだが、なんとか季節の花が咲いてくれるのはうれしい。お彼岸の頃になれば、またヒガンバナが咲いてくれることだろう。開花の半月ほど前に、細身の白いアスパラガスのような花茎を伸ばしたかと思うと、あでやかな真っ赤な花を咲かせる。最近はナガサキアゲハが来るのも目立つようになった。一見クロアゲハに似ているが、後翅に突起がなく温暖化の表徴種のように話題にされる蝶だ。

ヒガンバナについてのちょっと古い資料では、前川文夫さんの記録がいつも思い出される。植物文化史や系統進化などにユニークな意見を出された方である。終戦直後の10月、広島や長崎の植物がどんな被害を受けたのか調査された報告がある。

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                                                     (市川市大町の庭先から2017.9.25)

当時、原爆が落ちた後には、生きものが長年月にわたって住むことができないだろうといわれていたことに対しての調査だった。

それによると、長崎の爆心地に近いところある浦上の駅に向かって北から徐々に近づくにつれて、遅咲き状態を示していたヒガンバナの丈が低くなり、爆心地から5㎞ほどの距離からヒガンバナの姿が見えなくなった。別の日には、反対方向から線路沿いや田んぼの縁を歩いて、調べて回った。

「見えないのは当然で、まるで春先のショウジョウバカマのように小さく、花は殆ど開かずに、みすぼらしい状態だった」といわれる。「掘ってみると、地面から数センチのところにラッキョウのような多肉の鱗茎があって、存外ぴちぴちした感じであった」と。

原爆の放射能によって突然変異は誘発されるのか?と、かなりの数のヒガンバナの鱗茎を持ち帰り、東京と京都に植えられた。その結果は、葉も殆ど伸びず花茎も1本も立たなかった、とのこと。

「掘ってみると、そこには腐れ残った鱗茎しかなかった。これは新しい芽がまったく作られなかったことを意味する。つまり、原爆の落とされた89日にはまだ花茎は鱗茎の中に短いままで納まっていたが、この方は短くはなったが、少なくとも枯れずにいじけながらも伸びることができた。或る程度、形ができていたものは変形しながらも残って咲くことだけはやれたのである。」

「花茎はその年の暮れに、鱗茎の皮は翌年の春に枯れるのであった。ところが、鱗茎の皮の内側に原基ができて、これが夏には小さな腋芽として成立し、秋の終わりには急速に大きくなって葉として延びるはずだったのに、この原基は地表下数センチで一見安全なように思われる場所にいながら、完全にいかれてしまったのである。若い生長点が却ってやられる。放射能の恐ろしさを改めて思い知らされたのであった。」(出展は 前川文夫:日本人と植物 岩波新書1973年) 

日本の植物学の発展には、本草学から延長線の要素が極めて強いとよくいわれる。まだ薬がなかった時代、薬草に関しての智慧は生活していくための必要不可欠の技術でもあった。

ある時は、野生動物の智慧に学んだ。体のどこかが病んだとき、元気のいい動物たちのその部分を食べると、元気が回復すると思われた伝承的な記録が世界中にあるらしい。

ヤドリギが、あんなに高い枝先に茂って、めまいもせずに暮しているのは、きっと不思議な力を持っているのだろう、高血圧に効くかもしれない、などという関連付けがヨーロッパにあったという話を、薬用植物園で聞いたこともある。

戦争中に徴用された植物研究者たちは、大勢の将兵の食料を大量に確保し、毒になるものを食べないための調査に専念したという、ちょっと信じかねるような作業もあったと聞く。

91日は、防災の日でもある。天災は忘れた頃にやってくる、と以前はいわれていたが、最近は季節はずれの災害が各地で頻発する時代になってしまった。

カスリーン台風は1947915日、もうその頃のことを知っている人も少なくなりつつある。真間川の氾濫、床上浸水の被害にあった人も多かったはず。最近は、想定外の事件が頻発する恐ろしい時代になりつつあるが、ヒガンバナは例年どうりに妖艶な赤い花を咲かせてくれることだろう。

秋は、実りの季節でもあります。



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by midori-kai | 2017-09-25 04:19

第81回(葉月) 湿地に生える タコノアシ

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 タコノアシ


この植物の名前を知っている方は、かなり多いと思われますが、現地で花の追跡調査された方は? 見るからに変な花で、見ていて飽きない! 花弁がない。咲き始めたころは渦巻みたいに丸まっているのに、やがて傘の骨のように広がり、天を目指して放射状に伸びる!

 花の形が、タコの吸盤に似ているのが和名の由来というけれど、足が細いからタコよりはゲソみたい。

なんで「イカノアシ」にしなかったんだろう?と、ずっと思っています。

 図鑑によって、ユキノシタ科に区分されているものと、ベンケイソウ科にいれられている場合とがある。ベンケイソウ科にしては、多肉質ではないし、蜜腺がない。昆虫は寄って来るのでしょうか?

 市川市での記録では、行徳橋西側の河原と、国府台に分布するとされています。湿地や休耕田などで見られます。

セダム(キリンソウ属sedum)は乾燥に強いし、丈が高くならないから、屋上緑化などにも使われますが、この点でも湿地が好きなタコノアシは、他のベンケイソウ仲間とは生態的に違っています。

 タコノアシは絶滅状態に近い地域もあるのです。これは生育に適した環境が護岸に固められてしまうなどの、つらい状況によるものでしょう。果実は乾燥すると上の部分が裂けて、帽子のように落ちて種子散布を助けるのもユニークです。

イラストのモデルになったタコノアシ、現場から2株の先端を30㎝ほど頂いて持ち帰り、何日もしげしげと眺め続けていました。10日経ってコップから引き上げてビックリ! なんと、葉の付け根から何本も発根していたのです。切り取られたという刺激で植物ホルモンの流れが変わった? コップの中という環境の変化からの、驚異的にすばやい植物の反応です。結果として、挿木したのと同じことに。

気がかりなこともあります。行き止まりになってしまった旧坂川に、不思議な水草が茂りだしたのは、2001年頃だった。いま、フジバカマの里となっている場所のすぐ西側の旧坂川です。県立中央博物館の大場達之先生が、仮の名として「オニタカサブロウ」と命名された草があります。

だいぶたってから、実は観賞用水草として輸入されたらしく、既にミズヒマワリという種名が付けられているのが分かった。水槽で増えすぎたものを捨てて、それが流れ流れて川に行き着き、大繁殖する結果となってしまったらしい。これは後に、国交省の人が何人も胴長を着て川に入り、外来種駆除に大変な苦労されたのでした。

里見公園から江戸川に下る急な階段のところは、花壇から逸出した「ノハカタカラクサ」がびっしりと茂っている。増えすぎた園芸植物の自然環境の中への移動は、絶対にやめて欲しいもの。

 セダムの仲間、海岸の岩場には、タイトゴメなどがあります。外国生まれの種類も多く、ツルマンネングサは、三番瀬のコンクリート護岸の割れ目などにも並んで茂っています。


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by midori-kai | 2017-08-22 07:22

横浜の人工干潟見学、生態系協会の樹木葬現地を見る  高 野 史 郎

7月末の天気の異常さは、ひどいものだった。梅雨なのに雨が降らない。昔の梅雨は、薄暗い曇り空が何日も続き、「粉糠雨」という感じの雨がシトシトと降り続いたはず。

コヌカアメなどという言葉、もう死語になってしまっている。東南アジアから日本に来た人たちは、ザーッと降ってもすぐに青空が出るスコールに慣れているから、雨が降っても小走りに駆け出したりはしないで、ゆったりと濡れながら歩く。日本の梅雨空にビックリしていたっけ。

各地に記録的な集中豪雨をもたらした。気象データーの平均値というのは意外に難しい。西暦年の1位の1の年から30年間の観測値の平均で示すことになっているから、今発表されているのは、1981年から2010年までの30年間の平均値となっている。昨今のような局所的な集中豪雨が頻発すると、今までの常識が成り立たなくなってきているのかも。時間雨量が30㎜という堤防の基準は、各地で頻繁に突破している。

かつての山男たちは、ラジオで風向や気圧のデーターを聴きながら、自分で天気図を書き込んで作り、その日の行動予定をたてる参考にしていた。今は誰でも、日本列島の上空を移動する気象状況を、一目瞭然にわかってしまう便利な時代になった。手間隙かけるのは面倒なようでも、からだ全体で理解し、その先の行動へとつなげられるのだと思うけれどいかが?

普通の大きさのプランターには、土が15リットルほど入る。腐葉土などが適度に入っていれば、土の隙間が40%ぐらいあるだろうか。すると、ゆっくりと徐々に水がしみこんでいけば、1リットルの牛乳パックで6つ分の水がしみこむ計算になる。林へ行ったら、落ちている棒切れで、どのくらいの深さまで土の中に入っていくか確かめてみよう。フワフワの樹林地が、緑のダムといわれるわけを現場で考えていきたいもの。

《 横浜の人工干潟見学と「べいくりん号」乗船 》

この7月も各地でたくさんの環境関連の行事があった。7月24日に実施された「東京湾の人工干潟見学」にバスで出かけた。千葉県の今年度環境講座が15ほど計画されているうちの一つで、「環境パートナーシップちば」が実施している。

干潟というと、市川では東浜先の三番瀬をすぐに連想してしまう。3.11ではここでも大量の砂が海に動いた。それ以降の、海辺の生きものたちの復活を気にし続けている。ここが、市川では殆ど唯一の海浜植物の群落地だったのです。

千葉では木更津沖の盤洲(ばんず)干潟が有名だし、稲毛の浜というのもある。横浜の港湾施設に、国交省が作った「潮彩の渚」がどんな状況なのか、気になるじゃありませんか!

地震に強い港湾施設で、海の生き物たちと共存できる構造を作り、今後の護岸の補修などにも活かしていく実験施設というのです。目の前には東京湾の広がりが見渡せるような、かなり広い面積を夢見ていたのに、コンクリートで囲まれたその場所は、湾の片隅で管理事務所前の、かなり小さいものだった・・・。ちょっと期待はずれ! 

でも、運ばれてきた山砂が今では海の生き物たちのゆりかごとなり、小さなカニやハゼの類などを育て始めている。海の生態系は、こんな小さなところにも息づいていたのでした。

ここでの記録では、メバル、シマイサキ、イシガレイ、カタクチイワシの群れ、マアナゴなどなど。低く3段になった渚の下の段には、アマモも育っているという。海はやっぱり、生き物たちのゆりかごなのを実感です。

引き続きライフジャケットをつけて、海の清掃と流れ出した油の回収にあたる双胴の「べいくりん号」に乗り込み、船長さんたちから説明を受けました。

二つの胴体の間を海水が流れる。浮遊ゴミの多くは水温などが違う潮目に集まる。それをすばやく探知して大型のスキッパーで救い上げる。大きな漂流物は、船員さんがスキッパーに乗り込んで分別したり、多関節クレーンを伸ばして回収するのだそうです。台風通過後には、ゴミの量も激増するという。

3.11の東日本大震災の時には、塩釜港に1か月間も緊急派遣し浮遊ゴミの回収作業にも参加したとのことでした。

いま、世界中の海で陸地から流れ出る大量のゴミが課題になっています。毎年800万トン以上のプラスチックゴミが海へ流失しているという。このペースで進むと、2025年には海の魚3トンに対して、プラスチックゴミが1トン。それが2050年には、サカナよりもプラスチックゴミが上回ってしまうという、恐ろしいデーターも発表されています。

《 茂原の樹木葬現場を訪ねる 》

7月27日には、日本生態系協会が計画実施している樹木葬「森の墓苑」の現地を見学に行ってきました。外房線の茂原駅から車で20分ほどの場所です。樹木葬って、聞いたことはあっても現場を訪ねている人は多くなさそうなので紹介しておきましょう。

武蔵野線の市川大野駅近くの高台のナシ園や雑木林が、次々と切られてしまったのが4年ぐらい前だったか。ここは、大柏小学校の先生や生徒さんたちが自然観察散歩などに使っている地域でした。こどもエコクラブのメンバーのナシのお花見会・ナシ狩り体験にも使わせてもらっていた所です。それが、またたく間にまっ平らに整地され、墓地に早代わりしてしまった!

「花と緑の市民大学」の実習地としていた柏井町の市民キャンプ場近くも、以前には自然公園的な樹林地が計画されているとかの噂が流れていました。あの場所は、鎌ヶ谷市と船橋市とが入り組んでいて、区分けが複雑な事情もあったのでしょう。その後にここも墓地になった。

中山の奥の院近くには、樹木葬をキャッチフレーズにしたお寺もあります。作ったばかりのマップを使っての散策会の時に寄ってみて、あまりの殺風景さに、参加者からブーイングが出た! 

4mほどの木の下に、蜂の巣状に丸い蓋が何十も並んでいる。ここに骨壷をはめ込むらしい。もう少しはのどかなところかと思っていたのに、というわけです。市街地の真ん中には、広い自然の中での安らかな眠りなど、しょせんは無理な注文ということなのでしょう。

そんな状況の中での、生態系協会が50年先には自然の森に戻そうという構想での樹木葬です。場所は、房総丘陵の土砂採取場跡地。茂原駅からは市街地を抜けて、静かな山の中です。アクアラインが工事中の頃だったか、山砂を積んだ大型ダンプが、ひっきりなしに砂ぼこりを立てて走っていた頃を思い出す!

協会がこの樹木葬を計画した背景には、無秩序に進む墓地開発に歯止めをかけ、やがてはもとあった形の自然の森に返したいという思いがあったからのようです。人口減少が続いている日本でも、お墓の需要は当分続くらしい。それに昨今は先祖代々のお墓ではなく、個人のお墓の要望も多くなっている。

市川で、自然葬についての講演会が開かれたこともありました。夏目漱石さんなども、お墓が増えすぎることを憂慮されていたのだそうです。葬送の自由を進める会などの組織もあります。

いわゆる墓埋法(墓地・埋葬等に関する法律)から、節度を持って行われる限りは問題ではないという見解を引き出し、海からの散骨がはじめて実施されたのが1991年10月といわれています。

この場合は、遺骨を2㎜以下に粉砕し、海に投げる花束もラッピングなどはしないことになっているらしい。喪服などは着ないで、さりげなく振る舞い、周辺からの誤解を招かないように心がけているという。

「森の墓苑」を開設するに当たっての法律解釈とか、近隣の人たちへの趣旨説明にも苦労されたようです。自然保護関連の協会が、こうした事業をすること自体が初めてのケースだったのです。

現地は、雑木林に囲まれたゆるやかな斜面でした。墓地には既に契約した人もいて、地際に小さな木の札がそれを示しているけれど、石碑はありません。1×1.5mが基本的な区画で、いくつかおきに高木植栽地が指示してある。

高木としてリストアップされているのは、ヤマザクラ、コナラ、ネムノキなどです。低木のリストには、ヤブムラサキ、コバノガマズミなどが選ばれていました。いずれも周辺の樹木からタネを取り、ポットで育てられています。

30年たった頃からは徐々に通路などの草刈作業を控え、50年後には元の林に戻るという遠大な構想です。日本では、昔から山全体をご神体と考える伝統もあったという。本当は、お墓の中には誰もいなくて、やがては「千の風になって」遥かかなたから、世の移り変りを眺めているという気分になってきますね?!

茂原の近くには、国の重要文化財になっている笠森観音があります。岩の上に60本もの柱で支えられた四方懸造という珍しい構造の建物です。

もう30年ぐらい前になるか、県民観察会の企画運営のお手伝いを担当していたので、笠森は何回も通ったところでした。房総の山々は、標高のわりに険しい。細い尾根道の両側は、見下ろすと千尋の谷という地形が続いています。



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by midori-kai | 2017-08-22 07:18

第80回(水無月)ガクアジサイとホタルブクロ

梅雨の頃になると、白い花・紫の花が目立ってきます。春先に咲いた花は、もう緑色の実になり始めているものが多い。ムラサキシキブなどは、長い枝先に次々と花が咲き続けて、花から実への変化が連続して見られる楽しい花です。

深緑一色の風景の中で登場する花の中から、今回はガクアジサイとホタルブクロを紹介しましょう。

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アジサイは誰でも知っている。欧米へ輸出されて里帰りした花は、明るいピンクや真っ赤だったりして、園芸屋さんはハイドランジアと呼び、日本の山野にひっそりと咲くタイプのアジサイとは、区別しています。

以前は、鎌倉のお寺などがアジサイの名所でしたが、いまは各地にアジサイの名所ができて、人気を集めています。アジサイ専門の育種家が何人もいらっしゃるようで、いまや何百から千の単位の多彩な園芸品種が売り出されています。

ガクアジサイの名は、繁殖能力のある真ん中の花を、呼び込み屋さん役の大きな花が額縁のように取り囲んでいるところからの命名。生物季節の調査では、この真ん中のツブツブ状態の花が開いた時を、アジサイの開花と決めています。

このアジサイの花、どんな昆虫が来ているのか、調べた人いらっしゃいますか? そして、メシベやオシベをルーペで覗いてみた方は? 花の構造は実に多彩です。近頃は人間社会でも、性の多様性が話題になっていますが、LGBTの多様性は、アジサイのほうがずっと先取りしていたようです。

このアジサイ、放っておくと葉っぱもでかくなり、背丈が伸びる。だからといって、秋遅くなってからばっさり切り詰めると、翌年は咲かなくなります。来年の準備、花芽の分化は8月ごろから始まっているからです。花の終わりは、外側の装飾花が裏返って色が変わったことでわかりますが、これをドライフラワーにするのも渋くていいものです。

来年の花のためには、ヤマアジサイの系統は6月中に、その他の系統でも7月中には剪定を済ませるようにしないと、来年の準備に支障をきたします!

10年ほど前から各地に登場している白い花が枝先いっぱいに咲くアメリカアジサイ――アナベルは、春になってから花芽が分化するので、早春までに株元から切っても大丈夫です。積雪の多い寒地でも栽培できるようになりました。

市川みどり会が管理する里山緑地にも、アジサイが植えられているのをご存知ですね。

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語源というのは解釈が難しい。著名人が文書などで発表し、それに賛同した人がその説を広めるわけではないのだから。ホタルブクロもその例。

多くの本では、闇夜に光るホタルをこの花に入れて子どもたちが大事に持ち帰るから、と説明している。花の中でボワッと青白く光るさまは、想像するだけで楽しい。でも、そうした経験を実際にお持ちの方、いらっしゃる?

この説に異議を唱える人もまた多いようなのです。ホタルが光るのは闇夜、なかなか捕まえられるものではない。やっと捕まえたチャンスに、夜道の脇に咲くホタルブクロを、すぐに見つけて折り取り、その中にいられるだろうかというのです。

ホタルそのものの語源には、()垂る説がある。ホタルブクロの花の形は、提燈(チョウチン)に似ている。ホタルブクロの方言には、チョウチンバナ、アンドンバナというのもあるのだそうです。古い文献には、ツリガネソウの名もある。この花にまつわるあなたの体験感想を、ぜひお知らせいただきたいものです。

さてこのホタルブクロ、各地で咲くものを外側から眺め、中を割って状態を調べまわりました。この花はキキョウ科、キキョウはオシベが先に成熟し、続いてメシベの柱頭が開く。ところがホタルブクロは、下向きに咲くから花の中がよく見えない。そっと開いてみると、満開のものはいつもオシベがもうしなびている。

だいぶたってから、既にツボミの時にオシベはメシベを取り囲んでいて花粉をメシベにつけて、花粉が運ばれるのをまっているのだ、ということに気づいた!

下向きの花は、雨が降っても花粉が流れ出ることはないが、侵入する昆虫の立場からは、メシベの花柱にしがみつくしかなさそう。ホタルブクロの花びらの内側に小さい突起がたくさんついているのは、虫が滑り落ちるのを防ぐ効果を期待しているのだろうか、と穿った見方をしたりします。

このホタルブクロ、次々とツボミをつけて開花期間は結構長い。山地では、7月中旬でもまだ咲き続けています。


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by midori-kai | 2017-07-19 07:29

各地の環境フェアのぞき見、みどり会の45周年記念講演   高 野 史 郎

環境月間の6月は、各地の環境フェアをハシゴして歩き回った。もう15年以上続けているので、時代の移り変りや、テーマの扱い方の違いがよく判って、興味しんしん。

かつては2日間連続の開催もあったのに、最近は1日だけの開催となったのが、ちょっと残念な気もする。6月はそろそろ梅雨の始まりの季節だから、雨の心配もある。だから荒天中止となってしまってはあまりに残念、神頼みということになる。

◆市川周辺各地の環境フェアをハシゴする!

今年は、「いちかわ環境・防災フェア2017エコでつながる!いちかわKIDSのスマート体験!~のタイトルで、64日に開催された。場所は、環境会場が去年と同じニッケコルトンプラザ、防災会場が道の向こう側の現代産業科学館と二つに分かれた。

当日、こどもエコクラブのテントをちょっとだけお手伝いしながら、あちこちを回るチャンスがあったが、持ち場を担当したスタッフは、別のところを全く見ることができないのが残念だし、申し訳ない気分になる。

防災会場のほうには、降雨体験車があって、レインコートを着た子どもたちが列を作っていた。自衛隊の人たちが何やら集まっているのでギョッとしたが、被災地での活動紹介だったらしい。防災のテーマは初めての試みだったから、関係団体への呼びかけや連絡調整に大変なエネルギーを必要としたことだろう。ご苦労様なこと。

環境会場のほうでは、ご当地アイドル「市川乙女」という人たちのライブがあったらしい。ウルトラマンの握手会にも行列ができていた。もっとダイナミックな大型巨人が登場するのかと思ったら、等身大のウルトラだった!

市民グループの活動展示などは、コルトンの一番奥、コルトンホールで去年同様に開催された。これって、ご常連にはわかっていることだが、店内を突き抜けた先に会場があるのを知らない人も多いことだろう。初めてここに来た人のための、単純明快な総合案内所が欲しいところである。

これって、実は担当者はそれどころではなくて、難しいことなのだ。 全部終わってから、あれ! 会場の記録写真を撮っていなかったね、となりがち。 後片付けが終わって、ホッとしてからの記念写真だけが、後に伝えられる唯一の記録だったりしやすいもののようだ)。

船橋の環境フェアは、610日に第20回として中央公民館で開催された。この場所、実は極めて使いにくい。1階がホールになっている関係で、事務室が3階にある。各階の部屋は独立していて廊下からは二重の扉を開けて入りことになるから、全体を展望し難いつくりとなっている。

出店団体のリストでは、館前広場から4階・5階・6階とあわせて63の出店団体が並んでいる。ご常連の体験・工作コーナーに親子ずれが集まっているのがここの特徴か。

11日の日曜日午後には、6階の講堂で生物多様性のシンポジウムが開かれた。前半は、東大などの専門家による「生物多様性とは何か?」などの講演。休憩をはさんでの後半は、船橋地区の事例発表が3つ。そしてパネルディスカッション。

船橋の多様性戦略のキャッチフレーズは「台地から海へ 水・緑・生命と共に暮す都市」となっている。集まったのは200人くらいか。顔なじみのご常連が多かった。

船橋市では、71日に三番瀬環境学習館がオープンしたので、ワクワクしながら曇空の天気の中を出かけた。ここは、3.11の被害で使用不可能になった市民プール跡に7億円かの予算を投じて作られた建物。学ぶ・知る・考えるための学習館である。

綱を引っ張ると漁船が波にゆられて動き出したり、アイウエオ順の引き出しが三番瀬がらみの生き物を紹介したりと、お子様向けの楽しそうな仕掛けをたくさん作っていた。

外には、芝生の起伏が作られていて、オープニングセレモニーでは中学生のかわいい演奏会が開かれていた。

そして25日には、浦安市の第20回環境フェアが、JR新浦安駅前広場で開催された。特別講演は気象予報士の平井信行さん。千葉県のお天気から冬日がなくなって、真夏日が増えていることなど、クイズを交えての楽しいお話。折からの小雨で、傘をさしながらの見物客多数。

浦安の大きな特徴の一つは、東海大付属高校のサイエンスクラスなど、若い生徒さんが多数参加していること。いまどこの市民グループも、少子高齢化が進んでいる。昔も今も、働き盛りの世代は公私共に忙しくて、とても地域の活動には参加しにくい現実がある。

◆創立45周年の記念講演会

74日には、市川駅北口に近い山崎製パン年金基金会館の3階で、役員会・総会に引き続き、市川みどり会の創立45周年記念として、奥村眞吾氏による「世界に稀な日本の相続税、その対策とは」の講演会が開かれた。サブタイトルは「東京都市圏の緑地減少に歯止めをかける方策はあるか?」である。

びっちり2時間、多くのデーターを黒板にすらすらと書きながら、諸外国と日本の税制の違いを解説された。お話を理解しながら、要領よくメモをとるのは至難の業だ。

日本で相続税にかかわる財産を残した人の数は、毎年6万人ほどらしいが、年々増加しやがて20万人ぐらいになるという。この人たちの残した遺産の中身を見ると、土地が約41%、預金などが約27%、株が約15%となっている。遺産は、所得税や住民税を払い続けながら蓄えた財産なのに、そうして蓄えた財産に今度は相続税が襲ってくる・・・。

実はこの問題が、市川みどり会を始め、森林所有者の共通の課題で、市川みどり会のキャッチフレーズが「次の世代と樹を育てよう」となっている理由でもある。

何世代も前の先祖から残されてきた樹林地も、相続の時には全く評価の対象にならないばかりか、すべてを取り払って裸地にされてしまう。そこから税金が差し引かれ、残った金額から相続人の数に応じて分割される仕組みとなるらしい。

こうした事情、多くの市民に知ってもらう機会を折りにふれて開催して発信していかないと、樹林地が次の世代に残されてはいかないという訳である。

市街地の占める面積が多い市川市で、地価が高く相続税の関係もあって市内の平地林は殆ど消滅してしまった。わずかに残されているのは、管理が困難な斜面林で、それも落ち葉や日照問題で新住民からの苦情が絶えない現実がある。

7月早々に九州地方を襲った集中豪雨は、今までの記録になかったほどの降水量を記録してしまった。堤防などの設計基準は、確か時間雨量で30㎜を想定していたはず。いまはそれをはるかに超えた豪雨が市街地を襲う。

森林のフワフワな土は、土壌間隙が30%ぐらいはあるだろう。柔らかい土の厚さの3分の1は、空気の隙間で、そこが大雨の時の水を蓄え、時間差を付けてくれる作用が、『緑のダム』といわれる理由でもある。自然の時間は、人の暮らしの時間なんかよりも、圧倒的に長い。思い込みの範囲から外れている「想定外」は、ごく当たり前のことなのに。

北国分の緑地で、落ち葉の堆積の中に枯れ枝を差し込んだら、すんなりと20㎝も入ってしまったことにビックリしたことがあった。樹木の名前を知るだけでなく、そんな樹林地の効能も実感して欲しいと思うことしきり。北国分の団地自治会で、何とかうまくまとめて欲しいと、講座を依頼されたことがあった。

団地の1階の人は、あの木が日陰になって冬に布団が干せないから邪魔だという。5階の居住者は、あの木の花や新緑が季節を知らせてくれて幸せなんだという。「農家が殺虫剤を散布するのは困る、いまは科学が進んでいる時代なんだから、悪い虫だけを殺して、赤ちゃんの洗濯物に安全な薬を教えて欲しい」といわれ、途方にくれる。いいことが7割ぐらいあれば、嫌なことが2~3割あるのはごく当たり前のことなのに。

書き始めるときりがない。まだ一度も出かけたことのなかった人は、来年はぜひ。こうした会場では、気おくれして素通りしてしまわないで、関心のあるところではスタッフの人に話しかけて、話題を共有して欲しい。そしてその感想を楽しくまわりの友達に伝えていただきたい!

ひと昔前の梅雨の季節は、薄暗い天気で、幾日もしとしとと「こぬか雨」が降り続いたものだったのだが・・・。ところで、今年の夏も猛暑なんでしょうか? 適度に、程よく雨が降って、大地をうるおして欲しいと願うばかり!




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by midori-kai | 2017-07-19 07:20

第79回(文月)イヌシデツとタウルシ

いちかわ周辺の雑木林に多いイヌシデ、すぐ近くでじっくり眺めたことありますか? だいぶ前の観察会で、「花が咲かない木を探そう!」というテーマで林の中を歩いたことがあった。スギとか、マツなどと、皆さんおっしゃる! 

でも変ですねえ。植物にだって当然寿命がある。次世代にどうバトンタッチするかが植物にとっても重要な課題で、基本的に花が咲かない植物はないはず。花が咲かなければ実がならない道理。

そこで、目立たない花は、たぶん風媒花で、地球の歴史からすればかなり古い時代に生まれたグループなのかもしれない、などと思いをめぐらして欲しいのだけれど。

南柏にある麗澤中学校は、創設者が自然環境を大切にしていた方で、面積が46ヘクタール、樹木の種類が約300種、15000本もの木が校庭に茂っている。そこの一角に木の茂みを抜けて2階の研修室へ上る階段がついている場所があるんです。丈が高い木は見上げるばかりで、いつ花が咲き実になっていくのか身近に確かめられない。ここではそれを見ることができる、ありがたい場所です。

4月から5月にかけて、次々と木々の花が咲き実になっていく。そこでイヌシデの若い実を見つけました。モミジの実のように風散布する植物で、二つがセットになっている。落葉樹だから、この準備は1年前の夏ごろから始められたのでしょうね。秋までに、どんなふうに実が熟し、風で飛ばされるのか確かめていきたいものです。

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別の場所のイヌシデではどうなのだろう? 市川周辺で、数か所のイヌシデの幹の模様や芽吹きの状況を眺め歩きました。

植物図鑑には、イヌシデの側脈数は10~13などと解説してあります。でもタネからの発芽の頃とか、若い枝では、そんな準備ができないこともあるらしい。大町の少年自然の家の近くで、側脈数が少ないものも見つけました。幹の上部を切断された株で、想定外の状況で葉脈を全部作る準備が間に合わなかったのかな?(イラスト中央の下)。

もう1枚は、ツタウルシです。秋にはワインカラーにきれいに紅葉する! あれを栞にしたらどうなるかな?とずっと気にしていました。山では注意する危険植物の一つです。決して触らないようにと、注意することになっています。

でもそういわれると、かえって確かめたくなるのも人情。ウルシ科の植物、世界に70属600種ぐらいあったはず。ヌルデも、マンゴーやカシューもウルシ科だ。今まで、あまり近寄らないようにしていたけれど、ツタウルシは雌雄異株だ。どんな花が咲くのか気になり始める。

営林署OBの大先生にお伺いたてると、半袖でひどい状態に何回もなったけれど、かぶれて死んだ人はいないはずとのこと。ご親切に何本もの枝を切ってくれた!

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鄭重に持ち帰って、始めのうちはゴム手袋にピンセットで枝葉をつかみ、ケント紙に描き始めた。ケシ粒ほどのつぼみがついている枝もある。葉脈の流れはかなり細かい。次第にじれったくなって、今まで通りにルーペ片手に顔を近づけたり、葉の裏側を確かめたりすることに・・・。

20年ぐらい前か、親しくしていただいている皮膚科の教授と頻繁にお酒を飲んでいました。学会にも研究テーマの流行のようなものがあり、ラットなどを使ってコールタールなどでのガンの発生実験がはやった時もあった。最近は、「安心ホルモン」とか「不安毒素」などと、今までは考えられない言葉が使われたりしているとのこと。黙って通り過ぎれば被害はないのに、「ウルシがあるから気をつけて」といったとたんにかぶれる人もいるのだという。

半日ぐらい至近距離で絵を描いていたけれど、それほどひどくかゆくなることはなかった。ツタウルシの開花と、秋の紅葉が楽しくなってきた! 


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by midori-kai | 2017-06-16 07:07

6月は環境月間、つなげて考えましょうよ!   高 野 史 郎

 ついこの間、サクラが咲き木々の新芽が伸び始めたというのに、もう新緑から深緑へと季節は動く。枝先を見上げても、常緑樹と落葉樹の区別がつきにくくなった。カタクリが咲いた落葉樹の林も、今はもう、その上を葉が覆いつくして、束の間の春を賑わした妖精たちの存在も、記憶から薄れていきそうな気配。

5月20日ごろ、北上した桜前線の最終地点、北海道の根室あたりでチシマザクラが開花したはず。関東では、5月末頃から時ならぬ猛暑日が出現したというのに、その頃の北海道では、最低気温が10℃ぐらいだったのだから、日本列島が南北に長いのを実感しましょうよ。

ある企業で、仕事場とは違う話題を、自然の話をして欲しいと頼まれて、「生き物たちの生き残り作戦」というのをテーマにしたことがありました。

会社のエライ人たちが、配布した資料のテーマを見て笑い出してしまったのに、こっちのほうがビックリ。「植物なんて、暖かければ伸びるんで、作戦なんて大げさだ!」というわけです。

桜前線の主役は、ご存知のソメイヨシノです。個体差が殆どなく、同じDNAを持っていると考えられているからです。でも、沖縄では暖かすぎてソメイヨシノが育たない。北海道では、寒すぎてやっぱり育たない。南では、カンヒザクラが桜前線のモデルだし、東北から北海道ではオオヤマザクラが桜前線の指標なんです。

5年ほど前、クールスポットを実感しようと、温暖化問題の役員に人たちを大町の自然観察園へ案内するイベントがありました。ところが「このトンボ、なんていうの?」という質問から、つぎつぎとトンボの種類の説明会になってしまったことがありましたっけ。頭の中まで、それぞれが自分の縄張りでの縦割りになってしまった!

クールスポットの地図は、各地の自治体で作られる。でもそこへ行って、何をするのだろう?からその先までを考えないと、地図作りで完結したことになってしまう。冷房のきいた室内で考えていると、汗をかきながら現場まで出かけての体感とは、まったく違ったものになってしまうのでしょうね。

新年度がスタートしたこともあって、各地でいろいろな行事などが賑やかになっています。市川市では5月21日の日曜日、大町の少年自然の家で、「いちかわこども環境クラブ」の今年度の発足式がありました。こども環境クラブって何?という方も大勢いらっしゃるかもしれません。

3歳の幼児から高校生まで誰でも参加できる環境活動のクラブで、全国組織としては日本環境協会が全国事務局になっています。市川市でのスタートは、かなり早かったはず。20年ぐらいたつのかな?

発足式では、登録している団体に「アースレンジャー認定証」や「金・銀バッジ」の贈呈などの後、モウソウチクやモミジが茂る裏庭で、ネイチャーゲームの中西あつ子さんが中心になって、「木の葉のカルタとり」、「カモフラージュ」などで楽しみました。

高校の生物の先生だったら、3歳児たちと、こんなに明るく展開することは不可能だったでしょうね?! 学校の先生は、とかく上から目線で、解説する習慣が出てしまうものですから。

ネイチャーゲームは、知っているものから知らないものへの知識の流れではなく、自然からの楽しさを同じ目線で共有しましょうよというのが、スタート地点でした。

今年は、既に年間スケジュールを決めていたグループもあって、この日の参加団体は少なかったのですが、若いお母さん・お父さんに3歳児の参加など、いつもよりはずっと若返った感じの集まりになりました。

大切にしたいのは、子どもたちの感性をすんなりと実感して欲しいということでしょう。残念ながら、これとは違う方向が、ますます強まっていく世の中のようです。

いま、この活動にはいくつもの課題があります。以前は、こうしたグループには中学生・高校生などのつながりがあったけれど、最近は子どもたちも忙しい。外で遊ぶと危険だからと控える傾向も見られる。ガールスカウトなども、小学校5年生までが境目で、そこから先は思春期の親離れ世代に突入するし、塾やら部活も忙しさが増す。積極的に活動しているグループも、5年たつと参加する子どもがいなくなる! 

落花生栽培が盛んな千葉県南部のある学校で、年に数回、落花生栽培の授業をやっていました。毎年何人かの親から苦情が寄せられて、対応に困るという話を聞いたことがあります。「うちの娘は、農家になんか嫁にいかせないから、そんなことはやめて、音楽なり英語の時間に当てて欲しい」というのだそうです。あなたのご意見はいかが?

牛丼屋さんで食事する人の半数以上が、片手で「ながらスマホ」です。タマネギって、1年中食べられるのかな、どこで作っているんだろう、などと考える人がいたっていいはずなのに。

松戸の里山活動グループから「緑ネット通信№55」が送られてきましたので、市川みどり会の行事とも関係している部分を紹介させていただきましょう。

松戸市の里山グループは、いま17か所で活動しています。森林所有者との関わりなどは、市川市の場合とはかなり違った事情もあるのですが、松戸ではこの5月下旬には第6回のオープンフォレストが一斉に開催されました。日によっては、150人ほどが参加されて森の自然観察や紙芝居、竹馬遊び、ハンモック、ロープ遊びなどを毎年楽しんでいます。

このネット通信55号では、市川みどり会の行事でも濱野先生が紹介された横浜市の「みどり税」について、緑地保全の先行事例を尋ねての報告として掲載されています。

それによると、横浜みどりアップ計画に基づく樹林地保全のモデルケースとして、個人からは市民税の均等割りに年間900円を、法人には同じく9%を上乗せする課税方式がとられ、年間の税収規模は約24億円程度となり、これを積み立てて横浜みどり基金とし、樹林地を守る、農地を守る、緑を作る、の3本柱を構成しているとのこと。

この見学のあとでみんなが考えたことは、松戸市でもこうした考えを導入することができないかということだったようです。松戸市は人口規模で横浜市の8分の1、税収も緑政の事業費も桁違いだけれど参考になる部分はたくさんあるのではないか・・・? この原稿執筆は、深野靖明さんと高橋盛男さんです。

市川市内でも、多くの人たちがボランティアで里山活動しているのに、知らない市民が大半なのでは? それをどう伝えたらいいのでしょうか? 子どもたちにも、市川市内に残されている樹林地をもっと知ってほしい。林の中で、楽しく遊んで欲しいのに。

市川みどり会では、この7月4日(火)に山崎製パン企業年金会館で講師:奥村眞吾氏による「世界に稀な日本の相続税、その対策とは?」東京都市圏の緑地減少に歯止めをかける方策はあるか?と題して創立45周年の記念公演が開かれます。連続講座にしないととても整理できないくらい難題が山積していると、宇佐美会長の話です。

5月下旬に、今年も尾瀬の西側入り口に近い奥利根水源の森に行ってきました。標高1000m以上はまだ芽吹きの季節で、谷間には雪が残っていました。赤い新芽はモミジの仲間、きれいな緑色はたぶんブナ、まだ開いていない新芽はダケカンバか? 谷間の速い流れの向こうに、ムラサキヤシオツツジがシャクナゲに並んで咲いている。

群馬県の山奥、今年は春遅くなってからの積雪が多かったのだそうです。奈良俣ダムが、めずらしく満杯で下流に放流していました。山間部の水田では、いま田植えの季節でもあります。

このダムの完成は1991年、総貯水量は9000万m年数の経過と共に周囲からの土砂も溜まっていく。平均的な数字としては、1年に1万m位の土砂が底に堆積していくのだそうです。

その流出量は、植物がない裸地で300とすると、草地で15、森林で1の割合で少なくなるといわれている。水源涵養林の働きなんですね。階層構造が発達した森林では、大雨が降っても樹幹流となり、フワフワの土に浸み込み、地下水にもつながって、水流に時間差をつけてくれる。

6月は環境月間。各地で環境フェアが開催されます。温暖化対策とクールスポット、話題はたくさんあります。市街地のみどりの役割なども、つなげて考えていきたいですね。




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by midori-kai | 2017-06-16 06:57

第78回5月(皐月)マメナシ、、とマンホ-ルの蓋

市川駅の南口ロータリーと、大洲防災公園にマメナシが植えてあって、4月10日頃が花盛りだったが、気がついている人は少ないのでは?

市川駅前の方は、バスやタクシーがぐるっと回るロータリーの真ん中の緑地帯に植えてある。注意しないと見落としてしまう場所。大洲では西側のバラなどが植えてある場所に。マメナシの高さは、両方とも4mぐらいで幹が真っ直ぐに伸びていて、棚仕立てのナシ園の樹形とは全然違う。

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野生種のナシは、世界に25種ほどあるという。栽培されているナシの先祖とされているのは、ヤマナシといわれているもので、果実の直径はせいぜい2~5cmぐらい。

市内2か所に植えられているこのナシは、どのようないきさつで植えられたものなのだろう? それが栽培ナシの原種とされるヤマナシではなくて、マメナシなのはどうして? 

市役所の担当課にお伺いしてみました。どうやら市長さんが「市川市の名産はナシなのだから、観賞用のナシを見つけて植えなさい」とかで、3年ぐらい前に指示があってのことだったらしい。どこから仕入れ、どのくらいの大きさの苗を植えたのか、イマイチよく判らない。ヤマナシの葉の鋸歯が尖っているのに対し、マメナシの葉は細かい丸い鋸歯。

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説明の看板には、両方とも「クロロとバララ」のイラストが付いていて、市川市市制施行80周年の記念植樹らしい。市制施行は昭和9年だったかな? 

このナシ、自家受粉で実がなるのだろうか? はるか大町のナシ街道から花粉が運ばれてくることはなさそうだし、いずれその後の経過を確かめに行かなくては!

ニホンナシの他に、栽培種のナシとしてはセイヨウナシとチュウゴクナシがある。水木洋子邸にはチュウゴクナシの鴨梨(ヤーリー)が植えてあり。今年は4月9日に人工授粉された。

セイヨウナシは、市川市内のどこかで栽培されているのかな? 船橋のアンデルセン公園には、奥の風車の近くに「ラ・フランス」が何本も植えてある。花の絵を描こうと思って、枝をほしいと申し出たけれど、持ち出しは厳禁ですと断られてしまった!

話題その2は、マンホールの蓋のこと。

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各地のマンホールの写真を撮って、その本も出版されているとかの話は聞いていたが、カード集めのマニアが大勢いるとは、知らなかった! 

4月4日、市川駅北口の観光・物産案内所で、10時からカード2000枚が用意されて配布された。どのくらい人が並ぶのだろうと興味津々! でも、当日に行列を作って受け取った人は700人ぐらいだったらしい。蓋のデザインは、これも「クロロとバララ」が色つきなのだが、この実物がマンホールに使われているのは数個所だけのようだ。

当日は、下水担当のスタッフが何人か来て、下水道についてのアンケートに記入した人に配布したとのこと。案内所の係りの人たちは、新聞に記事が載ったのでイベントがあることを知らされたらしい。

その後にも案内所にはカードを欲しがる人が来て、市川市の下水道普及率などを質問されたりもするが、資料などは何もないのだからとぼやく。

クロマツに熱心な人たちは、こうした機会に「市川市の木・クロマツ」のことに関心を持ってもらう絶好のチャンスなのにと残念がる。

どうも先のことまで考えない、横のつながりがうまく行かない傾向があるんですねえ! このマンホールの実物と説明、どこか人目にたつ所に展示して、広く市民に知らせて関心を深めるようにすればいいのに! 


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by midori-kai | 2017-05-29 07:29

新緑の散歩・あちこち     高 野 史 郎

もう桜前線の話題はすっかり忘却のかなたへ去って、新緑が素晴らしい季節になっている。この春もまた、気温の乱高下がひどかった。

暖かい日が続いた3月には、今年の桜の開花は例年よりも早いのかなと思い、寒い日が続くとかなり遅れそうだと思う。生き物たちが頼りにするのは、日照時間なのか、積算温度なのだろうか?

ここ数年、ナシの開花が早まる傾向があったような気がする。3月20日頃に新高が咲き始める年があって、あちこちを自転車で走りまわって比較したりした。宇佐美さんの話では、こんなに遅い開花は、20年ぶりだったとか。4月10日頃には各品種が次々と開花して、ナシ農家の皆さんは、忙しい思いをしたのではなかろうか?

◆大町会館前のサクラの花

大町会館の前には、昨年の2月18日に植えた桜の2品種、会館入口前の「アマノガワ」と奥の「ボンボリ」を今年は3回見に行って、植えてから1年間の成長ぶりを観察した。

アマノガワは、20本ほどの細い幹が株立ちになっているユニークな品種。地際から葉が茂っていて、花が次々と咲く。開花期間はかなり長い。ラベルの品種名にはErecta(直立した)の文字が見られる。

奥のボンボリは、地上から1.5mほどのところから3本に枝分かれして、見上げるような高さに花が咲く。花はアマノガワよりも早く、4月20日頃には終わった。

花びらの枚数はどちらも14枚前後、高さはどちらも同じで約3.5m。広場の南側にはソメイヨシノが並んでいる。つまりここだけで、3品種のサクラが見られるわけで、それぞれがまったく違う樹形を見せているのが面白い。葉の形も品種によってかなり違う。

これから先の1年間で、どのくらいの成長を見せるのか? 冬芽の位置・芽鱗痕を探して、サクラの四季の変化を追いかけてみよう! 花が咲き終わってからの移り変りも楽しみたいもの。

ナシ街道からは外れるが、少年自然の家へ向かう細い道も楽しい。ツバキはそろそろおしまいになるが、ケヤキやイヌシデのかなりの大木もあり、芽吹いている。ヤマブキ、シロヤマブキ、ホウチャクソウ、サルトリイバラなどが咲いていた。

このコース、石井信義先生に案内していただいた頃を思い出す。サンコウチョウは、いまもこの辺りにいるのだろうか?

◆新緑の新宿御苑

毎年4月29日の祝日は、新宿御苑が無料で一般開放される。自然保護協会のネイチュアフーリング(障害者といっしょの自然観察会)も実施され150人ほどが集まって賑わった。当日は視覚障害の人のグループのお手伝い。もう20年以上の恒例行事となっている。

ここでは、リーダーが解説してしまうことはなるべく避けて、実物を触りながら確かめて、感じ取ってもらう方法を徹底させている。自然は、さまざまな感覚で受信できる情報に満ち溢れている。林の中にモグラの散歩道を見つけた。そっと穴の太さからモグラの行動を考える。

名物になっている大きなヒマラヤスギがある。真ん中の太い幹のところに立つと、日当たりの悪い枝が枯れていることも、新芽が空に向かって伸びていることも判る。イチョウの幹になんと、ヤモリを見つけた! サクラの葉っぱの蜜腺を舌先でなめてみたら、ちょっぴり甘かった。葉っぱをよーくもんで匂いをかぐと、杏仁豆腐の香りがした、などなど。

20年ぐらい前、市川駅から里見公園まで、車イスの人たちの集団を案内したことがある。道路のわずかな段差や、排水のためのわずかな道路上のカーブが、車イスの直進を妨げることも体験してもらった。バリアフリーからユニバーサルデザインへ。お互いに、いつかは自分が、その立場になるのかも知れないのだから。

◆真間川を南下して河口の水門まで

昨年から、ネイチャーゲームのスタッフが、市川市内の水の流れを追いかける連続の観察会をしているのをお手伝いしている。

4月末には、コルトンプラザから真間川に沿って南下し、途中で原木山妙行寺などに寄ってから、原木公園近くの真間川水門に出た。まちなか根本水門の一方に、この水門があることを知っている人って少ないようだ。

まちなかを流れる川が、どこから始まり終点がどこなのか、残念ながら知らない人が多い。なんとなく、遠い山奥の最初の1滴から市街地までつながっていると信じている人もいる。

市川市の川は、殆どが北から南へ流れているが、船橋では北半分は印旛沼水系につながる。鎌ヶ谷市はもっと複雑で、3方向に流れる。その一つが大柏川へ。

原木公園近くの護岸の石垣では、今はここだけにかすかに残っているハマヒルガオを見ることができた。ここにクロマツは、芯を止めて横に枝が広がるようにしているらしい。雌花と雄花を確認する。

ゴールはクリーンスパのすぐ南の「江戸川から何キロ」の国交省の道路元標?を確認した。ここは東京湾の最奥部で、太平洋を見渡す眺めとなる。ここから川沿いに北上すれば、里見公園から矢切の渡しにつながっているわけである。

土手の上で、若奥さんらしき人がニコニコしていたので話をする。「1時間ぐらいでこんなに貝がとれました。すごく楽しかった。今晩はお酒を飲みます。すっごく幸せな気分です!」と。ホンビノスやマテガイがバケツの中に入っていた。

市川の雑木林でも、こういう人がもっと大勢現れてくれるようになればいい!




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by midori-kai | 2017-05-29 07:03
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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