春です! さくら・クロマツ・こどもエコクラブ  高 野 史 郎

3月が終わって、4月になりました。みんなつながっているのだから、年度末だからってすべてが切り替わるわけではないのに、人間社会では大変な様変わりをする4月です。誰かがどこかへ。どこからか誰かが・・・。
自然界は、やっぱり春たけなわです。野草の開花状態や分布を確かめたくて、ここ2か月ほど、あちこちの道端や林の中を歩き回りました。終戦直後の時代の「モク拾い」みたいに、地面の隅ばっかり見て歩き続けたのです。
ハルジオンの開花は、自宅近くで2月14日に1株だけ見つけました。ショカッサイ(ムラサキダイコン)は、3月8日に幕張で開花を見つけた!

《 市川のサクラ事情 》
この1か月の、自然界の移り変りは「ものすごい」のひとことです。東京でのソメイヨシノ開花は、
靖国神社の標準木のニュースがマスコミに流れました。全国で一番早い開花だったとか。
それがいわばフライングで、例外的な早咲きだったのかも、と注釈がつき始めた。自然界には標準とか、確かな平均値なんてなくて、みんな違うのが当たり前なのに。
市川周辺での桜の開花は、ここ20年ぐらいの間に、何と物好きにも、500回から1000回ぐらいをくまなく走り回っていました。真間山弘法寺の伏姫桜は、毎年3月中旬に咲き始める。2012年は3月26日頃でした。カワヅザクラは年によって1か月ぐらいの開花の開きがあります。早かったのは2009年の2月1日、遅かったのは2012年の2月28日。春先は、気候が乱上下するからなのでしょうね。
桜の開花を記録するために、市川でも標準木をきめようよと、15年ぐらい前に岡崎清孝さんと相談したことがありました。でも、どの場所の、どの木にするかで、結局決めずじまいになってしまったのでした。
今春の2月22日、市川クロマツ会のバス研修で、川越へ行くのに便乗させていただきました。運よく大柏川沿いを通過したのです。進行右側に見えるJA市川市本店前のソメイヨシノには、毎年目をつけている早い開花の株があります。当日は、まだ全く開花しそうもない雰囲気でした。
この川沿いも、下流と上流地域とでは、1週間ほどの開花のずれが毎年あります。気象条件なのか、桜の木の個別の事情なのでしょうか?

《 クロマツ会の川越見物 》
20年ぶりで見物した川越の街は、平日だったのに観光客であふれていました。外人も多い。和服姿のお嬢さんが目立ったのは、着替えさせてくれるレンタルのお店もあるためだとか。電柱が地下に埋められたのは、名物の山車が8mの高さで、邪魔になるからとのこと。
スタッフの方が、地元のシルバー人材センターの方などに連絡しておいてくれたので、万事手際よく貴重なお話を聞くことができました。
福岡河岸記念館では、何と3階建ての木造建築があったのです。通し柱です。この木材、どこの林から運ばれてきたのでしょうか。この3階の両側から、筑波山と富士山の両方を見ることが出来たのだそうです。昭和初期の水運の写真には、「ノッツケが曳く荷船」のキャプションがついていました。
ロシア民謡のボルガの舟歌では、河岸を「エイコーラ!」とロープで船を曳いていたらしい。作業の邪魔になるような草木が生えないほどの寒い環境だったのだろうかと、ずっと気にしていました。この川越あたり、当時はどんな水辺の環境だったのでしょうか?
寛永15年(1638)の川越の大火で焼失した仙波東照宮や喜多院の再建資材を、江戸から新河岸川で運んだのが舟運の始まりだったのだそうです。
いくつかのお寺や、駄菓子屋横丁なども懐かしく見物しました。それにつけても市川との共通項と相違点を、ついつい並べだして考え込んでしまうのです。
川越では、季節には関係なく1年中観光客で賑わっているらしい。はて、市川では何が観光資源として活用できる? 点ではなく線で、面で、未来に向けてつなげていくことをなんとか考えていきたいものですね。
自然環境についても、同じことが言えると思うのですが、いかが? 市川には、川も海も、林もナシ畑もある。大学だって3つもある、と自慢しているのですから。

《 八幡あたりの様変わり 》
総武線沿いの風景も、ここ数年でずいぶん変わりました。市役所前の八幡の薮知らず、黄門様も藪の中で道に迷ったとかの伝説がありますが、竹薮の周辺が伐採されて明るくなりました。タタリはなかったのですね。
歩道の真ん中に残されていたムクノキが枝を整理されたのは、枯れ枝が落ちて交通妨害になるのを未然に防ぐためかな? こういう時、それなりの説明があったりすると、市民の地元への関心も深まるチャンスだと思うのに、お役所って、こういうのが全く苦手のようなのが残念!
市民会館が完成オープンしました。駐車場の近くには、地元産のクロマツのタネから育てられた苗が植えられました。ちょっと狭い場所なのが気がかりだけれど、すくすくと育ってほしいものです。
この場所にも、地蔵山墓地でも、戦時中に松根油や松脂をとるための傷跡が幹に残されています。70年前にも、かなりの太さがあるクロマツの林だったのでしょう。
真間山弘法寺の鐘楼の辺りは、15年前はシュロが茂っていた。本来は南国生まれのシュロの仲間、市川の風景にふさわしいのかどうか、専門家でも意見が分かれた植物のようでした。なくなってすっきりしたような、ちょっと淋しくなったような。
真間山幼稚園北側のコブシの大木、10年前は3月の満開が素晴らしかったのに、数年前から元気がなくなって、この春、枯れこんだ枝を切られて、幹だけになってしまったのがとっても残念です。
伏姫桜の方は、東側にバトンタッチ?されたシダレザクラが、次の世代に引き継がれたようですが、本家の方は加齢のなせる衰えか、淋しいですねえ。
ところで、市民会館前の植栽の「斑入りヤブラン」に新しいラベルがついていました。「クサスギカズラ科(旧ユリ科)」となっているのに気がついた人、いらっしゃるかな? 
ユリ科の植物、世界に288属・約5000種という大所帯でした。多様なグループが雑居状態だったので、新しいAPG分類で解体され、いくつかの新しい科が登場しました。
クサスギカズラというのは、アスパラガスの仲間です。アスパラガス科としたほうがわかりやすかったかな? イヌサフラン科、サルトリイバラ科も、かつてのユリ科から独立していますよ。

《 こどもエコクラブ全国フェスティバル2017 》  
昨年に続き、今年も早稲田大学の西早稲田キャンバスで、3月19日にこどもエコクラブ全国フェスティバル2017が開催されました。集まったのは、各県代表のこどもエコクラブのグループなどです。子どもの参加が299名、保護者などとあわせて総勢が650名と賑やかでした。
これは、環境省の事業として1995年から始まり、地方自治体や企業の協賛を得て今までに延べ220万人以上が登録し環境活動をやっているという大掛かりなものです。2011年からは、全国事務局の仕事をしてきた日本環境協会が担当するようになり、今年度も約2000クラブの子どもたちが活動しているんです。今回も沖縄から小学生たちがやってきました。
殆どが初対面の子どもたちだし、大勢の前での発表には慣れていない子どもがほとんど。司会進行の子どもたちだって、ずいぶんと練習したんでしょうね。
展示された壁新聞の前で、しゃべることを全部暗記していて余裕がある子もいれば、聞き取れないような小さな声の子どももいます。
配布された資料には、丁寧にルビがふられている。こういうのって、作るほうはものすごい手数で、シンソコ疲れ果てるんですよ!
受付開始が9時半、オープニングからアイスブレイク、活動発表と午後4時まで、次々とプログラムが進行します。来賓挨拶や協賛企業の紹介などもありました。クロージングセレモニーでは、「がんばれ熊本・大分!エール交換」でした。
子どもたちが、被災経験を語ってくれました。「身にしみて感じたのは、人の温かさ、水の大切さ、3度もご飯を食べられることの幸せでした!」。
この会の運営には、早稲田の学生さん、エコクラブのOB・OGを中心としたオールジャパン・ユース・エコクラブの皆さんなど、大変な人数のスタッフの協力によって進行されているんです。
いただいた資料は全部で50ページぐらいになるのかな? これに協賛企業のカタログなどがぎっしり。忘れっぽくなっているので、なるべくその日に、遅くても3日以内に目を通すよう習慣つけているつもり。
いつものことながら、こどもエコクラブに直接関係ない人、特に行政で決裁権を持つエライ人たちが参加すればいいのに、と思うことしきり。脳トレに、ピッタンコなのになァ!
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by midori-kai | 2017-04-06 06:17
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


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