第84回11月(霜月)深山含笑とホオズキ

秋も深まってくると、モミジがきれい! 晴れた日が続いて、昼と夜の冷え込みの気温差が大きいほうが鮮やかになるという話です。でも、霜が下りればそれで終わりという、はかなさもあるのが秋の淋しさ。

ところで、「深山含笑」ミヤマガンショウという奇妙な名前の植物、聞いたことありますか? 松戸のグループの案内で千葉大園芸学部をたずねた折りに、フランス庭園の片隅に植えてあった木の株元で見つけたのがこのラベルでした。そこにはラテン語の学名と、漢字表記、ミヤマガンショウのカタカナ表記が並んでいた。

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モクレン科のオガタマ属。常緑樹のようで、もう葉腋に3㎝ほどの花芽を並べてつけている。日本ではモクレン科というと、コブシやモクレンをすぐに連想してしまう。

モクレン属では、枝の先端に花芽をつける。その下の葉芽が何本か伸びて新しい枝となる。3月ごろ、葉が展開する前に花を咲かせるのはご存知の通り。山好きな人に好かれるタムシバもこの仲間で、すぐに近縁の何種類かの種名がすらすらと出てくるはず。よく見かけるモクレン科の常緑樹としては、タイサンボクだけです。

この深山含笑の株の近くには、赤紫に紅葉した古い葉と、枯れた木の実の残骸が落ちていました。帰宅してさっそく何種類かの図鑑を調べる。そして市川と船橋の大きな図書館にも足を運びました。やっぱり、漢名のこの植物の記載がないんです。オガタマ属は、世界に35種ほどあるはずなのですが、うが日本に自生していないのですから仕方ありません。

この仲間のカラタネオガタマは、中央図書館横の自転車置き場脇など数か所にも植えてあり、5月中旬に白っぽい小さな花を咲かせます。近づくと甘いバナナの香り。英名はバナナトゥリーなんです。このカラタネオガタマの漢名が「含笑」。中国では、女性が髪飾りに使うとか。

などと聞くと、この「深山含笑」は中国のどんなところに生えていて、どんな花を咲かせるのかが楽しみになりますね!

カラタネオガタマが3mぐらいの低木なのに対して、オガタマノキは高木ですが、市川市のどこに植えてあったか思い出せません。オガタマとは招霊(オキタマ)の訛りで、サカキと同様に神前に供える木として、神社に植えられる習慣が中国にはあるらしい。この深山含笑が、来春にどんな花を咲かせるのか、今から心待ちにしています。

もう一つは、駐車場脇の狭い植え込みに生えていたホオズキです。

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お盆の頃に花屋さんに出回る立派なものとは違って、ツツジや小菊の間にやっと生きていたような株でした。殆ど葉が枯れかかった株で、わずかに残された緑の葉がちょっと神秘的でした。

ホオズキの白い花が咲くのは、7月頃です。その花が間もなく萼の先端を延ばし、つながって子房の部分を取り囲む。宿存萼というらしい。それが秋には朱色に染まる。そして、最後には網目模様が果実の部分を包み込むんです。まるで「籠の鳥」状態です。

この植物、タネの散布方法をどう考えているんだろう、などと不思議な気分になってきます。このイラストでは根が真っ直ぐに下に向かっていますが、たぶんのその下では地下茎が横に伸びているはずです。タネで増やす方法は放棄してしまったのか、それとも、やがては籠の部分も朽ち果てて、何かの動物の食料になるんでしょうか? 深まる秋は、いろんなことを考えさせてくれる季節でもあるのですね。


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# by midori-kai | 2017-11-23 20:56

戸定邸の庭園や、かずさDNA研究所へ見学に    高 野 史 郎

9月は2回も大型の台風がやってきました。そして土日のたびに雨が降った。小学校の運動会は、3回も延期になったところもあったようです。でも雲間に見る十五夜の月は、やっぱり感激です。

心配していた11月3日の大洲防災公園での第42回市民まつりは、前夜の雨がやんでくれて、開催する頃には素晴らしい青空が見られて、うれしい開催となりました。

いつものように大変な人出です。出入り口がいくつもあるためか、カウントはしていなかったようですが、どのくらいの数の人が来てくれたのでしょうか? 行列を作っていたのは、きっとおいしい食べ物販売のブースだったのでしょう。苦労して展示物の準備を進めていたグループがこんなにたくさんあるのも、市川市の魅力なのかな?

市川みどり会や里山関連グループ、環境系の市民グループの活動などに触れるチャンスです。

《 戸定邸の庭園を見学 》

10月8日には松戸の市民グループの行事に参加し、丁寧な解説付きで戸定邸の庭を見学させてもらいました。何回となくこのあたりには出かけてはいますが、今回は最初の設計の基本計画に基づいての復元工事が予定されているとかの、特別公開でした。

ここは、徳川昭武の邸宅で1884年建設の木造平屋(一部は二階建て)、明治前期の上流住宅の姿を残しているとかで全国的の貴重なものなのだそうです。松戸市の寄贈された後、2006年にはここの建物が国の重要文化財に、2007年には「日本の歴史公園100選」にも選ばれています。

130年前の頃は、門前にスギやヒノキの並木が続き、当然ながら今よりもずっと静かな雰囲気に満たされた場所だったのでしょう。周辺の駐車場などの用地買収も終わり、ゆったりと食事しながら散策を楽しめるような計画も進んでいるとかで、復元工事の完成が待たれます。

芝生の庭の先に、左側はコウヤマキ、右側には今は2本しかないアオギリが11本あったらしい。そうした緑の枝越しに、遥かかなたの富士山や日光連山が見渡せたとか。屋根の下の雨が落ちるところには溝ができていて、玉砂利を入れてある所なども、昔どおりの寸法に復元するのだそうです。(落ち葉が樋に詰まるのを、経費をかけて、こうして防いでいたのですね)。

きれいに刈り込まれた芝生と由緒ある樹木と共に、サクラも植えてあったらしい。日本花の会に当時の写真を見せたら、ソメイヨシノだったとか。

ソメイヨシノの起源については諸説も多いのですが、ウイルソンが1916年にオオシマザクラとエドヒガンの雑種説を提案した。国立遺伝学研究所の竹中要がその検証実験を行い、その結果を1965年に発表した・・・というあたりが、確かな情報なのだろうと思われますが、今後更なる研究が期待されるということのようです。

ソメイヨシノについては、松戸市の関さんの森で、お母さんの誕生記念に苗を植えたのが1902年なので、今年で115年たっている計算となります。今年も元気で花を咲かせたはず。

小石川植物園には1876年(明治8年)に植えた記録があるので、今年で樹齢141年たっていることになる。弘前公園では1882年(明治15年)に植えたとの説明看板があって、日本最古のソメイヨシノをアピールしているという話です。ここのサクラは、リンゴ栽培の技術を活用して、かなり剪定して積極的に施肥もして、若返りを図っているという独特の栽培方法をとっているとかの話です。

巨樹を案内すると、必ず聞かれるのが「樹齢」なのですが、動物の寿命と植物の場合ではまったく意味が違います。巨樹になって、中心部分はとっくに死んで空洞ができていても、樹皮が元気なれば生き続けられるのが、動物とは違ってたくましい植物の生きざまというものなのでしょうから。

それにつけても、市街地の過酷な条件で生き続けている街路樹に、もう少しは心配りして欲しいと思ったりするのです。

この松戸市の行事、おそらくは20年ぐらい続けているので、ご常連の参加も多いのが羨ましい限り。ミニコミ紙などの開催通知で今回は100人以上が集まって、昼食をはさん午後までの散策を楽しんだのでした。

《 かずさDNA研究所の公開講座 》

10月末には、久しぶりにかずさDNAの研究施設見学と開所記念講演会に出かけました。市街地の真ん中で暮していると、房総半島にはまだまだこんなにもみどり豊かな自然が残されているんだとほっとした気分になります。

車窓から見る枝打ちもされずに放置された杉林に、モウソウチクが侵入しているのも気になるし、道端に増えている外来種の種類をメモしたりしながらも、広々とした緑の風景には、やはり癒されます。

今までの講演会では、DNAの構造や最新データーの紹介など、かなり頭が疲れる話が多かったのですが、今回はだいぶ変わって、種苗会社の野菜のタネの話と、千葉県がんセンター研究所の最新情報でした。

この会場でいつも驚くのは、学生服・セーラー服の今どき貴重な若者が大勢参加していることです。理科系の先生の研修会や、高校への出前講座がかなり賑わっている気配なのがうれしい驚きです。

千葉県野生生物研究会では、千葉に生息するニホンイシガメの雑種からDNAの抽出実験や個体群調査などをやったらしい。「日本の未来を変える?人工知能とは―」とか「芝生の常緑性を科学する」などの勉強会も開催されているようです。

近くの市の公民館共同開催の行事で「DNAと老人病の講座」を開催したので出かけたら、なんと100人以上が集まってきたのにビックリしました。こういう需要も増えているのですね。

セイタカアワダチソウにどんな昆虫が寄ってくるのかが気になって、今年はこの花の開花を待ち続けました。人の丈よりも高く茂って、あたり一面をまっ黄色にしてしまってはうんざりですが、夏ごろに1回草刈して、背が低い状態で咲くとそれなりに愛嬌がある感じ。茶色になりかけたイネ科の細い葉とミックスすると、すごくいい感じで、湿原の草紅葉を連想したりしたのでした。

それにつけても、最近はコンビニでも除草剤を売っているのが驚きです。近くの駐車場脇で、野草の季節変化を楽しんでいたら、6月に枯れてしまった! 珍しくもカントウタンポポが咲いていたので、それを追いかけていたのに、です。

何か月かがたって、やっと緑色を取り戻したと思ったら、またもやまっ茶色にされてしまってガックリ。野草が緑色に茂っている風景だって、デカクなりすぎなければ、それなりに楽しいのに、と思う方がおかしいのかな?



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# by midori-kai | 2017-11-23 20:49

第83回10月(神無月)セイヨウアサガオ と アケビ

 秋が深まるとともに、野原はちょっと寂しくなるけれど、まだまだ元気に咲き続ける花と、実がなるものとが見られる。10月を迎えて、ナシ農家もほんのちょっとの一段落、青い空・澄んだ空気。実りの秋はたけなわです。

今月はセイヨウアサガオの花と、アケビの実をご紹介しましょう。セイヨウアサガオは、午後になってもしぼまずに、霜が下りるころまで咲き続けてくれるのがうれしい花。

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原産地は熱帯アメリカで、日本に渡来したのは昭和10年ごろ。当時はドイツアサガオとも呼ばれていましたが、ドイツとは関係なかったと思われるのに何故? もっともアメリカアサガオの名前もありました。この仲間には外来種も多く、クズやヤブガラシ同様に林の樹冠を覆い尽くして茂るので、嫌われる存在になっている地域もあるんです。

光化学スモッグの注意報がひんぱんに発令されていた頃、オキシダント濃度が高まった状態で4時間曝されると、葉の表面に黒っぽい斑点ができ、やがて穴が開いてしまう植物がいくつかあった。この実験によく使われていたのがセイヨウアサガオの「スカーレット・オハラ」という赤い花の品種でしたが、今でも環境学習の一環として、この調査を続けている学校はあるのでしょうか? 

イラストに描いたアサガオの苗は、浦安市の環境フェアで購入したもので、空色アサガオ「ヘブンリン・ブルー」と呼ばれる品種だったはずなのに、咲いてみたら白い筋の模様が入るフライング・ソーサーという品種でした。名札の間違いは、鉢の植え替えなどで頻発する事故です。植生調査をやっている時も、大勢のスタッフがかかわって作業すると、思わぬ混乱が起こることもしばしばあるんです。

10年ぐらい前には、真間山弘法寺のそばに小さな花屋さんがあって、お墓に供える花を売っていました。その横に3月末頃から咲き出す白い花のシナミザクラが植えてあった。

花屋のご主人に聞いたところ「サクランボの木を植えようと思って、佐藤錦の名札がついている苗を植えたのに・・・」とのこと。コルトンプラザ横の公園に植えてあるウメは、緑萼梅リョクガクバイ)だったのに、梅の実収穫用の白加賀の名札がついていましたっけ。

このセイヨウアサガオ、緑のカーテンに使えばいいのに、と思っている植物の一つです。ゴーヤはたくさん実がなりすぎて、もう誰も食べてくれないと、ぼやいている人がふえてきた感じ。つる植物にもいろいろあるのですから、季節変化を考えながら、いろいろな組み合わせを考えるのも楽しいのでは、と思っています。

アケビの実は、市川大野駅の北側、武蔵野線のフェンスに沿って、カラスウリやツルウメモドキなどといっしょに茂っていました。こども環境クラブのナシの収穫体験の行事の時のことです。

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まだ緑色の果実で開いていない状態と、開いたばかりで中の実が熟し始めた頃のとを、いっしょに至近距離で見ることができたので大感激!

アケビは、いつもは高い木にからまっているし、つる植物が気ままに茂っているのを見られる場所が少なくなっているからなおさらのことでした。

昔の子どもは、この実を見つけると、すぐに齧った。甘い実を食べながらタネを吹き出す。それが種子散布の役割も果たしていたのかもしれません。花の時期には、どんな昆虫などがやってきたのでしょうか。

入学前の子どもたちが、今回は何人も参加してくれて、みんながはしゃぎまわっていました。ベビーカーを曳いて参加してくれたお母さんもいました。このあたり、5年ほど前は雑木林やナシ園だったのに、きれいに整備されたお墓になってしまって、昔の面影がどんどん消えていくのが残念でなりません。


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# by midori-kai | 2017-10-31 07:19

秋に咲く花、みのりの秋   高 野 史 郎

暑すぎたり、雨が降りすぎたり乾き過ぎたりと、乱高下した夏が終わってもうすっかり秋です。移り気な細かい気温の変化に気をとられることもなく、季節になると冬鳥がやってくる。ヒガンバナは昔も今も、秋のお彼岸の頃に咲いてくれるのが不思議です。

市川ではもう田んぼは殆ど見られなくなったけれど、9月末に山梨へ行った時、車窓から段々畑やハザ掛けした稲束を眺めることができました。今どき、コンバインではなく鎌で刈って、そこの田んぼで干している地域が残っているのだと、やけに懐かしい気分になったのでした。

動植物たちは日照時間で季節を先取りすることが、かなり前から知られています。空気も水も大地も、温まるのには時間がかかる。夏至は6月なのに、真夏は8月。冬至は12月末なのに、いちばん寒いのは2月になってからというように。日照時間の長短が、2か月も早く季節を先取りして生きものたちに未来予測の情報を発信していることになります。

クリスマスを飾るポインセチアは、先端に花芽ができないと葉が赤くならない。花芽分化の条件は、日照時間が12時間15分以下になることが条件という実験結果もあるというのが驚きです! 

アメリカシロヒトリを使った実験でも、暗闇時間を実際よりも短くコントロールして秋の気配を感じさせると、10日ほどで越冬準備を始めるのだそうです。気まぐれな暖かい日に油断して、季節の切り替えを先送りしてモタモタしていたら、その種類は絶滅してしまうことになってしまう。自然界のおきては、想定外だから仕方ない、などとはいっていられません。

日本では秋になって寒くなったから紅葉する、落葉樹は身軽になって間もなく来る冬に備える、と考える。でも、赤道近くの夏緑林の地域では、気温には無関係に乾季になれば落葉する、雨季がくれば新芽が伸び始めるというわけです。東南アジアでは、1年12か月の気温が30℃以上で殆ど一定という地域だってある。地球は広いんですね。

千葉県の生涯大学校などで、自然環境についての講座を持っていた時がありました。主催者側では、地球温暖化とか、外来種問題などをテーマに、判りやすく楽しく話してほしいといわれる。

ところが、最後の質問時間になると「テーマとは関係ないのですけれど、ウチの植木が元気ないのは、水遣りや肥料が足りないんでしょうか?」の質問がよく出てきたんです。

これかなりの勘違いです。野菜や花の苗の植え替えでも、雨の日に移植すれば水遣りの手間が省けると考えるのは大間違い! 苗の立場からすれば、根を切られた状態から再生復活するためには、今までよりもたくさんの酸素が必要。土の水分が多い時に土をいじると、酸欠状態を助長することになってしまう。粘土質の土では、その後で固まってヒビ割れしたりする。根が切られる。

耕耘機が耕してくれるのは、せいぜい30cmの深さです。その下の土は、空気にも触れることなく、コチコチに固まっていることでしょう。排水が悪いところでは、そこに水がたまる。多くの植物では、新鮮な酸素を求めて地表近くに根を伸ばしていることを知って欲しい。

そんな畑の状態と、最近の集中豪雨による崖崩れなどとも、つなげて考える視点が必要になってくるのでしょうね。

地上のことばっかり考えていると、土台部分は見えないだけに忘れられてしまいがち。明石海峡に作られた大きな吊橋は、全長がなんと3910mで、真ん中部分の1990mを2か所の橋脚で支えている。橋脚の下には直径80mの基礎が作られているのだそうです。地上部分にかかる経費と同じぐらいの予算が地下部分にも必要だったとか。植物だって、地上のことばっかり考えないで、その下に張り巡らされている根の存在に、もっと目を向けましょうよ!

建築現場を見ていると、間もなく植栽される予定のスペースは、竣工間際まで石ころでいっぱいだったりします。そこにほんの30cmほどの土を盛ると、それまでの工事のことなど忘れてしまう。市街地の街路樹を取り囲む事情は、林の中のフワフワの土とは違って、ひどく厳しい状況なのです。

それにつけても気がかりなのは、市街地の街路樹下に植えられたバラのこと。下草が生えないようにするためか、根元には黒いシートが敷き詰められている。あれって、地下部分への水分の流れ・新鮮な空気の循環などについて、どの程度に配慮されているのだろうかとずっと気にしています。

植物の根は、地上部分を支えるとともに、各種の微量栄養素を含んだ水を吸い上げる。そして根は常に呼吸もしている! 土の中の水分量の変化にともなって、土の隙間に新鮮な空気が出入りする。そうした事情も配慮し、いろいろなテストも踏まえて、街路樹の下にバラを植えたのでしようか?  

ここ数年来の不順な天候で、夏の時期に雨が降らない年が昔よりも増えてきています。土の中の水分奪い合い競争が激化して、大きく育っている樹木が水分を先に吸い上げれば、根の浅いツツジやアジサイに回る水分はなくなって、枯れ込んだりすることになります。

道路中央のグリーンベルトにも、バラや根の浅い1年草を植えることが増えてきている。地域的には夏の水不足も懸念される昨今、市街地のこうした場所にまで、給水車で水やりすることなんて考えられませんよね。たとえば、カラカラに乾いた土には、30㎜・50mmの降水量に相当する水が必要になるでしょう。でもたぶん、こうした場所は土も固まっていて、水が外に流れ出すわりには、土の中にはしみ込んでくれそうもない!

老齢化した巨樹などの治療にあたる樹木医さんたちは、モミガラを利用したり、節を抜いた竹筒を地面の中に差し込んだりと、根を元気付けるいろんな方法をとっています。そんな配慮も、条件の厳しい市街地の植栽の参考にして欲しい。

それに、いま植えたバラがどのくらいの大きさに育って欲しいのかのイメージを。バラにはトゲがある。歩道側の外に向かって枝が伸びては困る。剪定の時期はいつ? 多肥料を要求するバラの種類も多い中で、適正な品種の選択がされているのかな。5年後、10年後にどんな状況に育つのかの見通しがされているのか。心配が絶えません。今の環境が暮しにくい時、動物だったら逃げ出して難を逃れる可能性も時にはあるけれど、植物にはそれができないで耐えるしかないんです。見回ったところ、枯れてなくなった株も多いようす。顔色もよくない。

公園の芝生に穴をあけて、無理にバラを植え込んだところもある。芝生は年月の経過と共に、かなり密に茎や葉が茂り、雨降りの後には水溜りができるほどになる。水がしみこんでくれないのです。だからゴルフ場には、低い場所に池を配置しているくらいなのに。

樹林地は、地下から大量の水分を吸い上げ、葉裏からの蒸散作用によって、あたりの気温を下げてくれる。木陰が、さわやかなクルースポットを提供してくれる。この地球にふえ続ける二酸化炭素を吸収してくれるのも植物の大事な機能の一つ。そんな地球環境への配慮もさりげなく感じながら、空を見上げて深呼吸、爽やかな気分になりたいものです。市川市は、健康都市を宣言してのですから。



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# by midori-kai | 2017-10-31 07:13

第82回9月(夜長月)ツリフネソウとインパチエンス、ホウセンカ

いま、市川からは遥かに遠い八ヶ岳の南麓の美術館で、展覧会をやっています。テーマは「植物と昆虫の不思議な世界」。精力的に各地を回り、花に集まる昆虫を追い続けている水上みさきさんとのコラボレーションです。つまり虫媒花の花と昆虫との共進化の実例いろいろを、昆虫写真と植物イラストの組み合わせで、展示しているというわけです。

今まであまり気にしていなかった花の構造と花の蜜のありか、それを目指して飛んでくる昆虫の行動など、猛勉強しながら各地を悩み歩く結果となりました。

昆虫の可視光線が、ヒトとは相当に違うことはかなりよく知られています。ヒトが見える範囲は、要するに虹の色です。でも昆虫は赤い光には感じにくいものが多い。その反面で、紫外線領域が見える!

そこで、植物の花の立場としては、昆虫たちに花のありかを知らせるための蜜標と呼ばれる部分を用意することになった! 紫外線でめだつ、蜜の入り口を知らせるサインです。

一方で花の方は、近親繁殖を避けながら、許されたウチウチの範囲で雑種を作っていこうという仕組みがある。自家不和合性、自分の花粉ではタネができないという仕掛けです。種の多様性です。

今ちょうど開花期を迎えたツリフネソウは、花の一番奥が細く丸まっている。ここが蜜のありかです。

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昆虫が花の中に入ると、揺れ動く。背中に花粉が付く。やっと蜜を吸って別の花に移動したとき、背中の花粉が別の花のメシベに付くように、花の構造配置を考えて長い年月が経ったものらしいのです。すごいことですねえ。

 同じ仲間のアフリカホウセンカ、通称はインパチエンスです。古くから栽培されているホウセンカもみんなみんなインパチエンス。植物図鑑ではツリフネソウ科ツリフネソウ属となっています。

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花を横から見ると、花の下の先が細く尖って距(キョ)と呼ばれる形になっていますが、気がついている方は? 

たぶん蜜を求めてやってくる昆虫は、花の中心部にある紫外線で黒っぽくなっている部分を目標に飛んでくる。蜜の匂いを感じることがあるのかも。下の花びら2枚の間には小さな隙間がある。そのすぐ上に、蜜のありかに続く秘密の「奥の細道」があるのに気づく。

蝶の口はいつものゼンマイ型になっているのを伸ばして、細い先端に届かせる。ちょうど、息を吹き込むと真っ直ぐに伸びる風船のように。

こうした仕組みがどうして成り立っているのかが、自然現象の不思議ふしぎの由縁です。「長い歴史を共に生き、共に進化してきた・・・」というのがサブタイトルになっています!


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# by midori-kai | 2017-09-25 05:47

夏の思い出・ヒガンバナのことなど  高 野 史 郎

この夏の天候異変はひどいものだった。猛暑日が続くのが当たり前になった。歴史的な日照不足が続いたところもあった。数時間に500㎜・1000㎜という、信じられない降水量が被害を各地にもたらした。例年の1か月分の降水量に匹敵するなどという表現が、頻繁に使われるようになってしまった。これから先、年平均などという表現は、どんどん変わっていってしまうのだろうか。

市川名物のナシも、水分不足で大きくならないという日が続いて、ナシ農家の苦労が絶えなかったらしい。それが8月末頃からの雨の恵みで、急速に元気を取り戻したのがよかった。

自分自身、加齢とともに3日たつと忘れてしまうことがふえてきている。ニワトリは、3歩あるくとみんな忘れてしまうという。誰がどうやって調べたのだろう。あるいは、わが身になぞらえてのたとえ話なのか?

決して些細な出来事では済まされない天候不順なのだが、なんとか季節の花が咲いてくれるのはうれしい。お彼岸の頃になれば、またヒガンバナが咲いてくれることだろう。開花の半月ほど前に、細身の白いアスパラガスのような花茎を伸ばしたかと思うと、あでやかな真っ赤な花を咲かせる。最近はナガサキアゲハが来るのも目立つようになった。一見クロアゲハに似ているが、後翅に突起がなく温暖化の表徴種のように話題にされる蝶だ。

ヒガンバナについてのちょっと古い資料では、前川文夫さんの記録がいつも思い出される。植物文化史や系統進化などにユニークな意見を出された方である。終戦直後の10月、広島や長崎の植物がどんな被害を受けたのか調査された報告がある。

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                                                     (市川市大町の庭先から2017.9.25)

当時、原爆が落ちた後には、生きものが長年月にわたって住むことができないだろうといわれていたことに対しての調査だった。

それによると、長崎の爆心地に近いところある浦上の駅に向かって北から徐々に近づくにつれて、遅咲き状態を示していたヒガンバナの丈が低くなり、爆心地から5㎞ほどの距離からヒガンバナの姿が見えなくなった。別の日には、反対方向から線路沿いや田んぼの縁を歩いて、調べて回った。

「見えないのは当然で、まるで春先のショウジョウバカマのように小さく、花は殆ど開かずに、みすぼらしい状態だった」といわれる。「掘ってみると、地面から数センチのところにラッキョウのような多肉の鱗茎があって、存外ぴちぴちした感じであった」と。

原爆の放射能によって突然変異は誘発されるのか?と、かなりの数のヒガンバナの鱗茎を持ち帰り、東京と京都に植えられた。その結果は、葉も殆ど伸びず花茎も1本も立たなかった、とのこと。

「掘ってみると、そこには腐れ残った鱗茎しかなかった。これは新しい芽がまったく作られなかったことを意味する。つまり、原爆の落とされた89日にはまだ花茎は鱗茎の中に短いままで納まっていたが、この方は短くはなったが、少なくとも枯れずにいじけながらも伸びることができた。或る程度、形ができていたものは変形しながらも残って咲くことだけはやれたのである。」

「花茎はその年の暮れに、鱗茎の皮は翌年の春に枯れるのであった。ところが、鱗茎の皮の内側に原基ができて、これが夏には小さな腋芽として成立し、秋の終わりには急速に大きくなって葉として延びるはずだったのに、この原基は地表下数センチで一見安全なように思われる場所にいながら、完全にいかれてしまったのである。若い生長点が却ってやられる。放射能の恐ろしさを改めて思い知らされたのであった。」(出展は 前川文夫:日本人と植物 岩波新書1973年) 

日本の植物学の発展には、本草学から延長線の要素が極めて強いとよくいわれる。まだ薬がなかった時代、薬草に関しての智慧は生活していくための必要不可欠の技術でもあった。

ある時は、野生動物の智慧に学んだ。体のどこかが病んだとき、元気のいい動物たちのその部分を食べると、元気が回復すると思われた伝承的な記録が世界中にあるらしい。

ヤドリギが、あんなに高い枝先に茂って、めまいもせずに暮しているのは、きっと不思議な力を持っているのだろう、高血圧に効くかもしれない、などという関連付けがヨーロッパにあったという話を、薬用植物園で聞いたこともある。

戦争中に徴用された植物研究者たちは、大勢の将兵の食料を大量に確保し、毒になるものを食べないための調査に専念したという、ちょっと信じかねるような作業もあったと聞く。

91日は、防災の日でもある。天災は忘れた頃にやってくる、と以前はいわれていたが、最近は季節はずれの災害が各地で頻発する時代になってしまった。

カスリーン台風は1947915日、もうその頃のことを知っている人も少なくなりつつある。真間川の氾濫、床上浸水の被害にあった人も多かったはず。最近は、想定外の事件が頻発する恐ろしい時代になりつつあるが、ヒガンバナは例年どうりに妖艶な赤い花を咲かせてくれることだろう。

秋は、実りの季節でもあります。



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# by midori-kai | 2017-09-25 04:19

第81回(葉月) 湿地に生える タコノアシ

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 タコノアシ


この植物の名前を知っている方は、かなり多いと思われますが、現地で花の追跡調査された方は? 見るからに変な花で、見ていて飽きない! 花弁がない。咲き始めたころは渦巻みたいに丸まっているのに、やがて傘の骨のように広がり、天を目指して放射状に伸びる!

 花の形が、タコの吸盤に似ているのが和名の由来というけれど、足が細いからタコよりはゲソみたい。

なんで「イカノアシ」にしなかったんだろう?と、ずっと思っています。

 図鑑によって、ユキノシタ科に区分されているものと、ベンケイソウ科にいれられている場合とがある。ベンケイソウ科にしては、多肉質ではないし、蜜腺がない。昆虫は寄って来るのでしょうか?

 市川市での記録では、行徳橋西側の河原と、国府台に分布するとされています。湿地や休耕田などで見られます。

セダム(キリンソウ属sedum)は乾燥に強いし、丈が高くならないから、屋上緑化などにも使われますが、この点でも湿地が好きなタコノアシは、他のベンケイソウ仲間とは生態的に違っています。

 タコノアシは絶滅状態に近い地域もあるのです。これは生育に適した環境が護岸に固められてしまうなどの、つらい状況によるものでしょう。果実は乾燥すると上の部分が裂けて、帽子のように落ちて種子散布を助けるのもユニークです。

イラストのモデルになったタコノアシ、現場から2株の先端を30㎝ほど頂いて持ち帰り、何日もしげしげと眺め続けていました。10日経ってコップから引き上げてビックリ! なんと、葉の付け根から何本も発根していたのです。切り取られたという刺激で植物ホルモンの流れが変わった? コップの中という環境の変化からの、驚異的にすばやい植物の反応です。結果として、挿木したのと同じことに。

気がかりなこともあります。行き止まりになってしまった旧坂川に、不思議な水草が茂りだしたのは、2001年頃だった。いま、フジバカマの里となっている場所のすぐ西側の旧坂川です。県立中央博物館の大場達之先生が、仮の名として「オニタカサブロウ」と命名された草があります。

だいぶたってから、実は観賞用水草として輸入されたらしく、既にミズヒマワリという種名が付けられているのが分かった。水槽で増えすぎたものを捨てて、それが流れ流れて川に行き着き、大繁殖する結果となってしまったらしい。これは後に、国交省の人が何人も胴長を着て川に入り、外来種駆除に大変な苦労されたのでした。

里見公園から江戸川に下る急な階段のところは、花壇から逸出した「ノハカタカラクサ」がびっしりと茂っている。増えすぎた園芸植物の自然環境の中への移動は、絶対にやめて欲しいもの。

 セダムの仲間、海岸の岩場には、タイトゴメなどがあります。外国生まれの種類も多く、ツルマンネングサは、三番瀬のコンクリート護岸の割れ目などにも並んで茂っています。


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# by midori-kai | 2017-08-22 07:22

横浜の人工干潟見学、生態系協会の樹木葬現地を見る  高 野 史 郎

7月末の天気の異常さは、ひどいものだった。梅雨なのに雨が降らない。昔の梅雨は、薄暗い曇り空が何日も続き、「粉糠雨」という感じの雨がシトシトと降り続いたはず。

コヌカアメなどという言葉、もう死語になってしまっている。東南アジアから日本に来た人たちは、ザーッと降ってもすぐに青空が出るスコールに慣れているから、雨が降っても小走りに駆け出したりはしないで、ゆったりと濡れながら歩く。日本の梅雨空にビックリしていたっけ。

各地に記録的な集中豪雨をもたらした。気象データーの平均値というのは意外に難しい。西暦年の1位の1の年から30年間の観測値の平均で示すことになっているから、今発表されているのは、1981年から2010年までの30年間の平均値となっている。昨今のような局所的な集中豪雨が頻発すると、今までの常識が成り立たなくなってきているのかも。時間雨量が30㎜という堤防の基準は、各地で頻繁に突破している。

かつての山男たちは、ラジオで風向や気圧のデーターを聴きながら、自分で天気図を書き込んで作り、その日の行動予定をたてる参考にしていた。今は誰でも、日本列島の上空を移動する気象状況を、一目瞭然にわかってしまう便利な時代になった。手間隙かけるのは面倒なようでも、からだ全体で理解し、その先の行動へとつなげられるのだと思うけれどいかが?

普通の大きさのプランターには、土が15リットルほど入る。腐葉土などが適度に入っていれば、土の隙間が40%ぐらいあるだろうか。すると、ゆっくりと徐々に水がしみこんでいけば、1リットルの牛乳パックで6つ分の水がしみこむ計算になる。林へ行ったら、落ちている棒切れで、どのくらいの深さまで土の中に入っていくか確かめてみよう。フワフワの樹林地が、緑のダムといわれるわけを現場で考えていきたいもの。

《 横浜の人工干潟見学と「べいくりん号」乗船 》

この7月も各地でたくさんの環境関連の行事があった。7月24日に実施された「東京湾の人工干潟見学」にバスで出かけた。千葉県の今年度環境講座が15ほど計画されているうちの一つで、「環境パートナーシップちば」が実施している。

干潟というと、市川では東浜先の三番瀬をすぐに連想してしまう。3.11ではここでも大量の砂が海に動いた。それ以降の、海辺の生きものたちの復活を気にし続けている。ここが、市川では殆ど唯一の海浜植物の群落地だったのです。

千葉では木更津沖の盤洲(ばんず)干潟が有名だし、稲毛の浜というのもある。横浜の港湾施設に、国交省が作った「潮彩の渚」がどんな状況なのか、気になるじゃありませんか!

地震に強い港湾施設で、海の生き物たちと共存できる構造を作り、今後の護岸の補修などにも活かしていく実験施設というのです。目の前には東京湾の広がりが見渡せるような、かなり広い面積を夢見ていたのに、コンクリートで囲まれたその場所は、湾の片隅で管理事務所前の、かなり小さいものだった・・・。ちょっと期待はずれ! 

でも、運ばれてきた山砂が今では海の生き物たちのゆりかごとなり、小さなカニやハゼの類などを育て始めている。海の生態系は、こんな小さなところにも息づいていたのでした。

ここでの記録では、メバル、シマイサキ、イシガレイ、カタクチイワシの群れ、マアナゴなどなど。低く3段になった渚の下の段には、アマモも育っているという。海はやっぱり、生き物たちのゆりかごなのを実感です。

引き続きライフジャケットをつけて、海の清掃と流れ出した油の回収にあたる双胴の「べいくりん号」に乗り込み、船長さんたちから説明を受けました。

二つの胴体の間を海水が流れる。浮遊ゴミの多くは水温などが違う潮目に集まる。それをすばやく探知して大型のスキッパーで救い上げる。大きな漂流物は、船員さんがスキッパーに乗り込んで分別したり、多関節クレーンを伸ばして回収するのだそうです。台風通過後には、ゴミの量も激増するという。

3.11の東日本大震災の時には、塩釜港に1か月間も緊急派遣し浮遊ゴミの回収作業にも参加したとのことでした。

いま、世界中の海で陸地から流れ出る大量のゴミが課題になっています。毎年800万トン以上のプラスチックゴミが海へ流失しているという。このペースで進むと、2025年には海の魚3トンに対して、プラスチックゴミが1トン。それが2050年には、サカナよりもプラスチックゴミが上回ってしまうという、恐ろしいデーターも発表されています。

《 茂原の樹木葬現場を訪ねる 》

7月27日には、日本生態系協会が計画実施している樹木葬「森の墓苑」の現地を見学に行ってきました。外房線の茂原駅から車で20分ほどの場所です。樹木葬って、聞いたことはあっても現場を訪ねている人は多くなさそうなので紹介しておきましょう。

武蔵野線の市川大野駅近くの高台のナシ園や雑木林が、次々と切られてしまったのが4年ぐらい前だったか。ここは、大柏小学校の先生や生徒さんたちが自然観察散歩などに使っている地域でした。こどもエコクラブのメンバーのナシのお花見会・ナシ狩り体験にも使わせてもらっていた所です。それが、またたく間にまっ平らに整地され、墓地に早代わりしてしまった!

「花と緑の市民大学」の実習地としていた柏井町の市民キャンプ場近くも、以前には自然公園的な樹林地が計画されているとかの噂が流れていました。あの場所は、鎌ヶ谷市と船橋市とが入り組んでいて、区分けが複雑な事情もあったのでしょう。その後にここも墓地になった。

中山の奥の院近くには、樹木葬をキャッチフレーズにしたお寺もあります。作ったばかりのマップを使っての散策会の時に寄ってみて、あまりの殺風景さに、参加者からブーイングが出た! 

4mほどの木の下に、蜂の巣状に丸い蓋が何十も並んでいる。ここに骨壷をはめ込むらしい。もう少しはのどかなところかと思っていたのに、というわけです。市街地の真ん中には、広い自然の中での安らかな眠りなど、しょせんは無理な注文ということなのでしょう。

そんな状況の中での、生態系協会が50年先には自然の森に戻そうという構想での樹木葬です。場所は、房総丘陵の土砂採取場跡地。茂原駅からは市街地を抜けて、静かな山の中です。アクアラインが工事中の頃だったか、山砂を積んだ大型ダンプが、ひっきりなしに砂ぼこりを立てて走っていた頃を思い出す!

協会がこの樹木葬を計画した背景には、無秩序に進む墓地開発に歯止めをかけ、やがてはもとあった形の自然の森に返したいという思いがあったからのようです。人口減少が続いている日本でも、お墓の需要は当分続くらしい。それに昨今は先祖代々のお墓ではなく、個人のお墓の要望も多くなっている。

市川で、自然葬についての講演会が開かれたこともありました。夏目漱石さんなども、お墓が増えすぎることを憂慮されていたのだそうです。葬送の自由を進める会などの組織もあります。

いわゆる墓埋法(墓地・埋葬等に関する法律)から、節度を持って行われる限りは問題ではないという見解を引き出し、海からの散骨がはじめて実施されたのが1991年10月といわれています。

この場合は、遺骨を2㎜以下に粉砕し、海に投げる花束もラッピングなどはしないことになっているらしい。喪服などは着ないで、さりげなく振る舞い、周辺からの誤解を招かないように心がけているという。

「森の墓苑」を開設するに当たっての法律解釈とか、近隣の人たちへの趣旨説明にも苦労されたようです。自然保護関連の協会が、こうした事業をすること自体が初めてのケースだったのです。

現地は、雑木林に囲まれたゆるやかな斜面でした。墓地には既に契約した人もいて、地際に小さな木の札がそれを示しているけれど、石碑はありません。1×1.5mが基本的な区画で、いくつかおきに高木植栽地が指示してある。

高木としてリストアップされているのは、ヤマザクラ、コナラ、ネムノキなどです。低木のリストには、ヤブムラサキ、コバノガマズミなどが選ばれていました。いずれも周辺の樹木からタネを取り、ポットで育てられています。

30年たった頃からは徐々に通路などの草刈作業を控え、50年後には元の林に戻るという遠大な構想です。日本では、昔から山全体をご神体と考える伝統もあったという。本当は、お墓の中には誰もいなくて、やがては「千の風になって」遥かかなたから、世の移り変りを眺めているという気分になってきますね?!

茂原の近くには、国の重要文化財になっている笠森観音があります。岩の上に60本もの柱で支えられた四方懸造という珍しい構造の建物です。

もう30年ぐらい前になるか、県民観察会の企画運営のお手伝いを担当していたので、笠森は何回も通ったところでした。房総の山々は、標高のわりに険しい。細い尾根道の両側は、見下ろすと千尋の谷という地形が続いています。



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# by midori-kai | 2017-08-22 07:18

第80回(水無月)ガクアジサイとホタルブクロ

梅雨の頃になると、白い花・紫の花が目立ってきます。春先に咲いた花は、もう緑色の実になり始めているものが多い。ムラサキシキブなどは、長い枝先に次々と花が咲き続けて、花から実への変化が連続して見られる楽しい花です。

深緑一色の風景の中で登場する花の中から、今回はガクアジサイとホタルブクロを紹介しましょう。

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アジサイは誰でも知っている。欧米へ輸出されて里帰りした花は、明るいピンクや真っ赤だったりして、園芸屋さんはハイドランジアと呼び、日本の山野にひっそりと咲くタイプのアジサイとは、区別しています。

以前は、鎌倉のお寺などがアジサイの名所でしたが、いまは各地にアジサイの名所ができて、人気を集めています。アジサイ専門の育種家が何人もいらっしゃるようで、いまや何百から千の単位の多彩な園芸品種が売り出されています。

ガクアジサイの名は、繁殖能力のある真ん中の花を、呼び込み屋さん役の大きな花が額縁のように取り囲んでいるところからの命名。生物季節の調査では、この真ん中のツブツブ状態の花が開いた時を、アジサイの開花と決めています。

このアジサイの花、どんな昆虫が来ているのか、調べた人いらっしゃいますか? そして、メシベやオシベをルーペで覗いてみた方は? 花の構造は実に多彩です。近頃は人間社会でも、性の多様性が話題になっていますが、LGBTの多様性は、アジサイのほうがずっと先取りしていたようです。

このアジサイ、放っておくと葉っぱもでかくなり、背丈が伸びる。だからといって、秋遅くなってからばっさり切り詰めると、翌年は咲かなくなります。来年の準備、花芽の分化は8月ごろから始まっているからです。花の終わりは、外側の装飾花が裏返って色が変わったことでわかりますが、これをドライフラワーにするのも渋くていいものです。

来年の花のためには、ヤマアジサイの系統は6月中に、その他の系統でも7月中には剪定を済ませるようにしないと、来年の準備に支障をきたします!

10年ほど前から各地に登場している白い花が枝先いっぱいに咲くアメリカアジサイ――アナベルは、春になってから花芽が分化するので、早春までに株元から切っても大丈夫です。積雪の多い寒地でも栽培できるようになりました。

市川みどり会が管理する里山緑地にも、アジサイが植えられているのをご存知ですね。

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語源というのは解釈が難しい。著名人が文書などで発表し、それに賛同した人がその説を広めるわけではないのだから。ホタルブクロもその例。

多くの本では、闇夜に光るホタルをこの花に入れて子どもたちが大事に持ち帰るから、と説明している。花の中でボワッと青白く光るさまは、想像するだけで楽しい。でも、そうした経験を実際にお持ちの方、いらっしゃる?

この説に異議を唱える人もまた多いようなのです。ホタルが光るのは闇夜、なかなか捕まえられるものではない。やっと捕まえたチャンスに、夜道の脇に咲くホタルブクロを、すぐに見つけて折り取り、その中にいられるだろうかというのです。

ホタルそのものの語源には、()垂る説がある。ホタルブクロの花の形は、提燈(チョウチン)に似ている。ホタルブクロの方言には、チョウチンバナ、アンドンバナというのもあるのだそうです。古い文献には、ツリガネソウの名もある。この花にまつわるあなたの体験感想を、ぜひお知らせいただきたいものです。

さてこのホタルブクロ、各地で咲くものを外側から眺め、中を割って状態を調べまわりました。この花はキキョウ科、キキョウはオシベが先に成熟し、続いてメシベの柱頭が開く。ところがホタルブクロは、下向きに咲くから花の中がよく見えない。そっと開いてみると、満開のものはいつもオシベがもうしなびている。

だいぶたってから、既にツボミの時にオシベはメシベを取り囲んでいて花粉をメシベにつけて、花粉が運ばれるのをまっているのだ、ということに気づいた!

下向きの花は、雨が降っても花粉が流れ出ることはないが、侵入する昆虫の立場からは、メシベの花柱にしがみつくしかなさそう。ホタルブクロの花びらの内側に小さい突起がたくさんついているのは、虫が滑り落ちるのを防ぐ効果を期待しているのだろうか、と穿った見方をしたりします。

このホタルブクロ、次々とツボミをつけて開花期間は結構長い。山地では、7月中旬でもまだ咲き続けています。


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# by midori-kai | 2017-07-19 07:29

各地の環境フェアのぞき見、みどり会の45周年記念講演   高 野 史 郎

環境月間の6月は、各地の環境フェアをハシゴして歩き回った。もう15年以上続けているので、時代の移り変りや、テーマの扱い方の違いがよく判って、興味しんしん。

かつては2日間連続の開催もあったのに、最近は1日だけの開催となったのが、ちょっと残念な気もする。6月はそろそろ梅雨の始まりの季節だから、雨の心配もある。だから荒天中止となってしまってはあまりに残念、神頼みということになる。

◆市川周辺各地の環境フェアをハシゴする!

今年は、「いちかわ環境・防災フェア2017エコでつながる!いちかわKIDSのスマート体験!~のタイトルで、64日に開催された。場所は、環境会場が去年と同じニッケコルトンプラザ、防災会場が道の向こう側の現代産業科学館と二つに分かれた。

当日、こどもエコクラブのテントをちょっとだけお手伝いしながら、あちこちを回るチャンスがあったが、持ち場を担当したスタッフは、別のところを全く見ることができないのが残念だし、申し訳ない気分になる。

防災会場のほうには、降雨体験車があって、レインコートを着た子どもたちが列を作っていた。自衛隊の人たちが何やら集まっているのでギョッとしたが、被災地での活動紹介だったらしい。防災のテーマは初めての試みだったから、関係団体への呼びかけや連絡調整に大変なエネルギーを必要としたことだろう。ご苦労様なこと。

環境会場のほうでは、ご当地アイドル「市川乙女」という人たちのライブがあったらしい。ウルトラマンの握手会にも行列ができていた。もっとダイナミックな大型巨人が登場するのかと思ったら、等身大のウルトラだった!

市民グループの活動展示などは、コルトンの一番奥、コルトンホールで去年同様に開催された。これって、ご常連にはわかっていることだが、店内を突き抜けた先に会場があるのを知らない人も多いことだろう。初めてここに来た人のための、単純明快な総合案内所が欲しいところである。

これって、実は担当者はそれどころではなくて、難しいことなのだ。 全部終わってから、あれ! 会場の記録写真を撮っていなかったね、となりがち。 後片付けが終わって、ホッとしてからの記念写真だけが、後に伝えられる唯一の記録だったりしやすいもののようだ)。

船橋の環境フェアは、610日に第20回として中央公民館で開催された。この場所、実は極めて使いにくい。1階がホールになっている関係で、事務室が3階にある。各階の部屋は独立していて廊下からは二重の扉を開けて入りことになるから、全体を展望し難いつくりとなっている。

出店団体のリストでは、館前広場から4階・5階・6階とあわせて63の出店団体が並んでいる。ご常連の体験・工作コーナーに親子ずれが集まっているのがここの特徴か。

11日の日曜日午後には、6階の講堂で生物多様性のシンポジウムが開かれた。前半は、東大などの専門家による「生物多様性とは何か?」などの講演。休憩をはさんでの後半は、船橋地区の事例発表が3つ。そしてパネルディスカッション。

船橋の多様性戦略のキャッチフレーズは「台地から海へ 水・緑・生命と共に暮す都市」となっている。集まったのは200人くらいか。顔なじみのご常連が多かった。

船橋市では、71日に三番瀬環境学習館がオープンしたので、ワクワクしながら曇空の天気の中を出かけた。ここは、3.11の被害で使用不可能になった市民プール跡に7億円かの予算を投じて作られた建物。学ぶ・知る・考えるための学習館である。

綱を引っ張ると漁船が波にゆられて動き出したり、アイウエオ順の引き出しが三番瀬がらみの生き物を紹介したりと、お子様向けの楽しそうな仕掛けをたくさん作っていた。

外には、芝生の起伏が作られていて、オープニングセレモニーでは中学生のかわいい演奏会が開かれていた。

そして25日には、浦安市の第20回環境フェアが、JR新浦安駅前広場で開催された。特別講演は気象予報士の平井信行さん。千葉県のお天気から冬日がなくなって、真夏日が増えていることなど、クイズを交えての楽しいお話。折からの小雨で、傘をさしながらの見物客多数。

浦安の大きな特徴の一つは、東海大付属高校のサイエンスクラスなど、若い生徒さんが多数参加していること。いまどこの市民グループも、少子高齢化が進んでいる。昔も今も、働き盛りの世代は公私共に忙しくて、とても地域の活動には参加しにくい現実がある。

◆創立45周年の記念講演会

74日には、市川駅北口に近い山崎製パン年金基金会館の3階で、役員会・総会に引き続き、市川みどり会の創立45周年記念として、奥村眞吾氏による「世界に稀な日本の相続税、その対策とは」の講演会が開かれた。サブタイトルは「東京都市圏の緑地減少に歯止めをかける方策はあるか?」である。

びっちり2時間、多くのデーターを黒板にすらすらと書きながら、諸外国と日本の税制の違いを解説された。お話を理解しながら、要領よくメモをとるのは至難の業だ。

日本で相続税にかかわる財産を残した人の数は、毎年6万人ほどらしいが、年々増加しやがて20万人ぐらいになるという。この人たちの残した遺産の中身を見ると、土地が約41%、預金などが約27%、株が約15%となっている。遺産は、所得税や住民税を払い続けながら蓄えた財産なのに、そうして蓄えた財産に今度は相続税が襲ってくる・・・。

実はこの問題が、市川みどり会を始め、森林所有者の共通の課題で、市川みどり会のキャッチフレーズが「次の世代と樹を育てよう」となっている理由でもある。

何世代も前の先祖から残されてきた樹林地も、相続の時には全く評価の対象にならないばかりか、すべてを取り払って裸地にされてしまう。そこから税金が差し引かれ、残った金額から相続人の数に応じて分割される仕組みとなるらしい。

こうした事情、多くの市民に知ってもらう機会を折りにふれて開催して発信していかないと、樹林地が次の世代に残されてはいかないという訳である。

市街地の占める面積が多い市川市で、地価が高く相続税の関係もあって市内の平地林は殆ど消滅してしまった。わずかに残されているのは、管理が困難な斜面林で、それも落ち葉や日照問題で新住民からの苦情が絶えない現実がある。

7月早々に九州地方を襲った集中豪雨は、今までの記録になかったほどの降水量を記録してしまった。堤防などの設計基準は、確か時間雨量で30㎜を想定していたはず。いまはそれをはるかに超えた豪雨が市街地を襲う。

森林のフワフワな土は、土壌間隙が30%ぐらいはあるだろう。柔らかい土の厚さの3分の1は、空気の隙間で、そこが大雨の時の水を蓄え、時間差を付けてくれる作用が、『緑のダム』といわれる理由でもある。自然の時間は、人の暮らしの時間なんかよりも、圧倒的に長い。思い込みの範囲から外れている「想定外」は、ごく当たり前のことなのに。

北国分の緑地で、落ち葉の堆積の中に枯れ枝を差し込んだら、すんなりと20㎝も入ってしまったことにビックリしたことがあった。樹木の名前を知るだけでなく、そんな樹林地の効能も実感して欲しいと思うことしきり。北国分の団地自治会で、何とかうまくまとめて欲しいと、講座を依頼されたことがあった。

団地の1階の人は、あの木が日陰になって冬に布団が干せないから邪魔だという。5階の居住者は、あの木の花や新緑が季節を知らせてくれて幸せなんだという。「農家が殺虫剤を散布するのは困る、いまは科学が進んでいる時代なんだから、悪い虫だけを殺して、赤ちゃんの洗濯物に安全な薬を教えて欲しい」といわれ、途方にくれる。いいことが7割ぐらいあれば、嫌なことが2~3割あるのはごく当たり前のことなのに。

書き始めるときりがない。まだ一度も出かけたことのなかった人は、来年はぜひ。こうした会場では、気おくれして素通りしてしまわないで、関心のあるところではスタッフの人に話しかけて、話題を共有して欲しい。そしてその感想を楽しくまわりの友達に伝えていただきたい!

ひと昔前の梅雨の季節は、薄暗い天気で、幾日もしとしとと「こぬか雨」が降り続いたものだったのだが・・・。ところで、今年の夏も猛暑なんでしょうか? 適度に、程よく雨が降って、大地をうるおして欲しいと願うばかり!




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# by midori-kai | 2017-07-19 07:20

第79回(文月)イヌシデツとタウルシ

いちかわ周辺の雑木林に多いイヌシデ、すぐ近くでじっくり眺めたことありますか? だいぶ前の観察会で、「花が咲かない木を探そう!」というテーマで林の中を歩いたことがあった。スギとか、マツなどと、皆さんおっしゃる! 

でも変ですねえ。植物にだって当然寿命がある。次世代にどうバトンタッチするかが植物にとっても重要な課題で、基本的に花が咲かない植物はないはず。花が咲かなければ実がならない道理。

そこで、目立たない花は、たぶん風媒花で、地球の歴史からすればかなり古い時代に生まれたグループなのかもしれない、などと思いをめぐらして欲しいのだけれど。

南柏にある麗澤中学校は、創設者が自然環境を大切にしていた方で、面積が46ヘクタール、樹木の種類が約300種、15000本もの木が校庭に茂っている。そこの一角に木の茂みを抜けて2階の研修室へ上る階段がついている場所があるんです。丈が高い木は見上げるばかりで、いつ花が咲き実になっていくのか身近に確かめられない。ここではそれを見ることができる、ありがたい場所です。

4月から5月にかけて、次々と木々の花が咲き実になっていく。そこでイヌシデの若い実を見つけました。モミジの実のように風散布する植物で、二つがセットになっている。落葉樹だから、この準備は1年前の夏ごろから始められたのでしょうね。秋までに、どんなふうに実が熟し、風で飛ばされるのか確かめていきたいものです。

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別の場所のイヌシデではどうなのだろう? 市川周辺で、数か所のイヌシデの幹の模様や芽吹きの状況を眺め歩きました。

植物図鑑には、イヌシデの側脈数は10~13などと解説してあります。でもタネからの発芽の頃とか、若い枝では、そんな準備ができないこともあるらしい。大町の少年自然の家の近くで、側脈数が少ないものも見つけました。幹の上部を切断された株で、想定外の状況で葉脈を全部作る準備が間に合わなかったのかな?(イラスト中央の下)。

もう1枚は、ツタウルシです。秋にはワインカラーにきれいに紅葉する! あれを栞にしたらどうなるかな?とずっと気にしていました。山では注意する危険植物の一つです。決して触らないようにと、注意することになっています。

でもそういわれると、かえって確かめたくなるのも人情。ウルシ科の植物、世界に70属600種ぐらいあったはず。ヌルデも、マンゴーやカシューもウルシ科だ。今まで、あまり近寄らないようにしていたけれど、ツタウルシは雌雄異株だ。どんな花が咲くのか気になり始める。

営林署OBの大先生にお伺いたてると、半袖でひどい状態に何回もなったけれど、かぶれて死んだ人はいないはずとのこと。ご親切に何本もの枝を切ってくれた!

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鄭重に持ち帰って、始めのうちはゴム手袋にピンセットで枝葉をつかみ、ケント紙に描き始めた。ケシ粒ほどのつぼみがついている枝もある。葉脈の流れはかなり細かい。次第にじれったくなって、今まで通りにルーペ片手に顔を近づけたり、葉の裏側を確かめたりすることに・・・。

20年ぐらい前か、親しくしていただいている皮膚科の教授と頻繁にお酒を飲んでいました。学会にも研究テーマの流行のようなものがあり、ラットなどを使ってコールタールなどでのガンの発生実験がはやった時もあった。最近は、「安心ホルモン」とか「不安毒素」などと、今までは考えられない言葉が使われたりしているとのこと。黙って通り過ぎれば被害はないのに、「ウルシがあるから気をつけて」といったとたんにかぶれる人もいるのだという。

半日ぐらい至近距離で絵を描いていたけれど、それほどひどくかゆくなることはなかった。ツタウルシの開花と、秋の紅葉が楽しくなってきた! 


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# by midori-kai | 2017-06-16 07:07

6月は環境月間、つなげて考えましょうよ!   高 野 史 郎

 ついこの間、サクラが咲き木々の新芽が伸び始めたというのに、もう新緑から深緑へと季節は動く。枝先を見上げても、常緑樹と落葉樹の区別がつきにくくなった。カタクリが咲いた落葉樹の林も、今はもう、その上を葉が覆いつくして、束の間の春を賑わした妖精たちの存在も、記憶から薄れていきそうな気配。

5月20日ごろ、北上した桜前線の最終地点、北海道の根室あたりでチシマザクラが開花したはず。関東では、5月末頃から時ならぬ猛暑日が出現したというのに、その頃の北海道では、最低気温が10℃ぐらいだったのだから、日本列島が南北に長いのを実感しましょうよ。

ある企業で、仕事場とは違う話題を、自然の話をして欲しいと頼まれて、「生き物たちの生き残り作戦」というのをテーマにしたことがありました。

会社のエライ人たちが、配布した資料のテーマを見て笑い出してしまったのに、こっちのほうがビックリ。「植物なんて、暖かければ伸びるんで、作戦なんて大げさだ!」というわけです。

桜前線の主役は、ご存知のソメイヨシノです。個体差が殆どなく、同じDNAを持っていると考えられているからです。でも、沖縄では暖かすぎてソメイヨシノが育たない。北海道では、寒すぎてやっぱり育たない。南では、カンヒザクラが桜前線のモデルだし、東北から北海道ではオオヤマザクラが桜前線の指標なんです。

5年ほど前、クールスポットを実感しようと、温暖化問題の役員に人たちを大町の自然観察園へ案内するイベントがありました。ところが「このトンボ、なんていうの?」という質問から、つぎつぎとトンボの種類の説明会になってしまったことがありましたっけ。頭の中まで、それぞれが自分の縄張りでの縦割りになってしまった!

クールスポットの地図は、各地の自治体で作られる。でもそこへ行って、何をするのだろう?からその先までを考えないと、地図作りで完結したことになってしまう。冷房のきいた室内で考えていると、汗をかきながら現場まで出かけての体感とは、まったく違ったものになってしまうのでしょうね。

新年度がスタートしたこともあって、各地でいろいろな行事などが賑やかになっています。市川市では5月21日の日曜日、大町の少年自然の家で、「いちかわこども環境クラブ」の今年度の発足式がありました。こども環境クラブって何?という方も大勢いらっしゃるかもしれません。

3歳の幼児から高校生まで誰でも参加できる環境活動のクラブで、全国組織としては日本環境協会が全国事務局になっています。市川市でのスタートは、かなり早かったはず。20年ぐらいたつのかな?

発足式では、登録している団体に「アースレンジャー認定証」や「金・銀バッジ」の贈呈などの後、モウソウチクやモミジが茂る裏庭で、ネイチャーゲームの中西あつ子さんが中心になって、「木の葉のカルタとり」、「カモフラージュ」などで楽しみました。

高校の生物の先生だったら、3歳児たちと、こんなに明るく展開することは不可能だったでしょうね?! 学校の先生は、とかく上から目線で、解説する習慣が出てしまうものですから。

ネイチャーゲームは、知っているものから知らないものへの知識の流れではなく、自然からの楽しさを同じ目線で共有しましょうよというのが、スタート地点でした。

今年は、既に年間スケジュールを決めていたグループもあって、この日の参加団体は少なかったのですが、若いお母さん・お父さんに3歳児の参加など、いつもよりはずっと若返った感じの集まりになりました。

大切にしたいのは、子どもたちの感性をすんなりと実感して欲しいということでしょう。残念ながら、これとは違う方向が、ますます強まっていく世の中のようです。

いま、この活動にはいくつもの課題があります。以前は、こうしたグループには中学生・高校生などのつながりがあったけれど、最近は子どもたちも忙しい。外で遊ぶと危険だからと控える傾向も見られる。ガールスカウトなども、小学校5年生までが境目で、そこから先は思春期の親離れ世代に突入するし、塾やら部活も忙しさが増す。積極的に活動しているグループも、5年たつと参加する子どもがいなくなる! 

落花生栽培が盛んな千葉県南部のある学校で、年に数回、落花生栽培の授業をやっていました。毎年何人かの親から苦情が寄せられて、対応に困るという話を聞いたことがあります。「うちの娘は、農家になんか嫁にいかせないから、そんなことはやめて、音楽なり英語の時間に当てて欲しい」というのだそうです。あなたのご意見はいかが?

牛丼屋さんで食事する人の半数以上が、片手で「ながらスマホ」です。タマネギって、1年中食べられるのかな、どこで作っているんだろう、などと考える人がいたっていいはずなのに。

松戸の里山活動グループから「緑ネット通信№55」が送られてきましたので、市川みどり会の行事とも関係している部分を紹介させていただきましょう。

松戸市の里山グループは、いま17か所で活動しています。森林所有者との関わりなどは、市川市の場合とはかなり違った事情もあるのですが、松戸ではこの5月下旬には第6回のオープンフォレストが一斉に開催されました。日によっては、150人ほどが参加されて森の自然観察や紙芝居、竹馬遊び、ハンモック、ロープ遊びなどを毎年楽しんでいます。

このネット通信55号では、市川みどり会の行事でも濱野先生が紹介された横浜市の「みどり税」について、緑地保全の先行事例を尋ねての報告として掲載されています。

それによると、横浜みどりアップ計画に基づく樹林地保全のモデルケースとして、個人からは市民税の均等割りに年間900円を、法人には同じく9%を上乗せする課税方式がとられ、年間の税収規模は約24億円程度となり、これを積み立てて横浜みどり基金とし、樹林地を守る、農地を守る、緑を作る、の3本柱を構成しているとのこと。

この見学のあとでみんなが考えたことは、松戸市でもこうした考えを導入することができないかということだったようです。松戸市は人口規模で横浜市の8分の1、税収も緑政の事業費も桁違いだけれど参考になる部分はたくさんあるのではないか・・・? この原稿執筆は、深野靖明さんと高橋盛男さんです。

市川市内でも、多くの人たちがボランティアで里山活動しているのに、知らない市民が大半なのでは? それをどう伝えたらいいのでしょうか? 子どもたちにも、市川市内に残されている樹林地をもっと知ってほしい。林の中で、楽しく遊んで欲しいのに。

市川みどり会では、この7月4日(火)に山崎製パン企業年金会館で講師:奥村眞吾氏による「世界に稀な日本の相続税、その対策とは?」東京都市圏の緑地減少に歯止めをかける方策はあるか?と題して創立45周年の記念公演が開かれます。連続講座にしないととても整理できないくらい難題が山積していると、宇佐美会長の話です。

5月下旬に、今年も尾瀬の西側入り口に近い奥利根水源の森に行ってきました。標高1000m以上はまだ芽吹きの季節で、谷間には雪が残っていました。赤い新芽はモミジの仲間、きれいな緑色はたぶんブナ、まだ開いていない新芽はダケカンバか? 谷間の速い流れの向こうに、ムラサキヤシオツツジがシャクナゲに並んで咲いている。

群馬県の山奥、今年は春遅くなってからの積雪が多かったのだそうです。奈良俣ダムが、めずらしく満杯で下流に放流していました。山間部の水田では、いま田植えの季節でもあります。

このダムの完成は1991年、総貯水量は9000万m年数の経過と共に周囲からの土砂も溜まっていく。平均的な数字としては、1年に1万m位の土砂が底に堆積していくのだそうです。

その流出量は、植物がない裸地で300とすると、草地で15、森林で1の割合で少なくなるといわれている。水源涵養林の働きなんですね。階層構造が発達した森林では、大雨が降っても樹幹流となり、フワフワの土に浸み込み、地下水にもつながって、水流に時間差をつけてくれる。

6月は環境月間。各地で環境フェアが開催されます。温暖化対策とクールスポット、話題はたくさんあります。市街地のみどりの役割なども、つなげて考えていきたいですね。




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# by midori-kai | 2017-06-16 06:57

第78回5月(皐月)マメナシ、、とマンホ-ルの蓋

市川駅の南口ロータリーと、大洲防災公園にマメナシが植えてあって、4月10日頃が花盛りだったが、気がついている人は少ないのでは?

市川駅前の方は、バスやタクシーがぐるっと回るロータリーの真ん中の緑地帯に植えてある。注意しないと見落としてしまう場所。大洲では西側のバラなどが植えてある場所に。マメナシの高さは、両方とも4mぐらいで幹が真っ直ぐに伸びていて、棚仕立てのナシ園の樹形とは全然違う。

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野生種のナシは、世界に25種ほどあるという。栽培されているナシの先祖とされているのは、ヤマナシといわれているもので、果実の直径はせいぜい2~5cmぐらい。

市内2か所に植えられているこのナシは、どのようないきさつで植えられたものなのだろう? それが栽培ナシの原種とされるヤマナシではなくて、マメナシなのはどうして? 

市役所の担当課にお伺いしてみました。どうやら市長さんが「市川市の名産はナシなのだから、観賞用のナシを見つけて植えなさい」とかで、3年ぐらい前に指示があってのことだったらしい。どこから仕入れ、どのくらいの大きさの苗を植えたのか、イマイチよく判らない。ヤマナシの葉の鋸歯が尖っているのに対し、マメナシの葉は細かい丸い鋸歯。

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説明の看板には、両方とも「クロロとバララ」のイラストが付いていて、市川市市制施行80周年の記念植樹らしい。市制施行は昭和9年だったかな? 

このナシ、自家受粉で実がなるのだろうか? はるか大町のナシ街道から花粉が運ばれてくることはなさそうだし、いずれその後の経過を確かめに行かなくては!

ニホンナシの他に、栽培種のナシとしてはセイヨウナシとチュウゴクナシがある。水木洋子邸にはチュウゴクナシの鴨梨(ヤーリー)が植えてあり。今年は4月9日に人工授粉された。

セイヨウナシは、市川市内のどこかで栽培されているのかな? 船橋のアンデルセン公園には、奥の風車の近くに「ラ・フランス」が何本も植えてある。花の絵を描こうと思って、枝をほしいと申し出たけれど、持ち出しは厳禁ですと断られてしまった!

話題その2は、マンホールの蓋のこと。

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各地のマンホールの写真を撮って、その本も出版されているとかの話は聞いていたが、カード集めのマニアが大勢いるとは、知らなかった! 

4月4日、市川駅北口の観光・物産案内所で、10時からカード2000枚が用意されて配布された。どのくらい人が並ぶのだろうと興味津々! でも、当日に行列を作って受け取った人は700人ぐらいだったらしい。蓋のデザインは、これも「クロロとバララ」が色つきなのだが、この実物がマンホールに使われているのは数個所だけのようだ。

当日は、下水担当のスタッフが何人か来て、下水道についてのアンケートに記入した人に配布したとのこと。案内所の係りの人たちは、新聞に記事が載ったのでイベントがあることを知らされたらしい。

その後にも案内所にはカードを欲しがる人が来て、市川市の下水道普及率などを質問されたりもするが、資料などは何もないのだからとぼやく。

クロマツに熱心な人たちは、こうした機会に「市川市の木・クロマツ」のことに関心を持ってもらう絶好のチャンスなのにと残念がる。

どうも先のことまで考えない、横のつながりがうまく行かない傾向があるんですねえ! このマンホールの実物と説明、どこか人目にたつ所に展示して、広く市民に知らせて関心を深めるようにすればいいのに! 


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# by midori-kai | 2017-05-29 07:29

新緑の散歩・あちこち     高 野 史 郎

もう桜前線の話題はすっかり忘却のかなたへ去って、新緑が素晴らしい季節になっている。この春もまた、気温の乱高下がひどかった。

暖かい日が続いた3月には、今年の桜の開花は例年よりも早いのかなと思い、寒い日が続くとかなり遅れそうだと思う。生き物たちが頼りにするのは、日照時間なのか、積算温度なのだろうか?

ここ数年、ナシの開花が早まる傾向があったような気がする。3月20日頃に新高が咲き始める年があって、あちこちを自転車で走りまわって比較したりした。宇佐美さんの話では、こんなに遅い開花は、20年ぶりだったとか。4月10日頃には各品種が次々と開花して、ナシ農家の皆さんは、忙しい思いをしたのではなかろうか?

◆大町会館前のサクラの花

大町会館の前には、昨年の2月18日に植えた桜の2品種、会館入口前の「アマノガワ」と奥の「ボンボリ」を今年は3回見に行って、植えてから1年間の成長ぶりを観察した。

アマノガワは、20本ほどの細い幹が株立ちになっているユニークな品種。地際から葉が茂っていて、花が次々と咲く。開花期間はかなり長い。ラベルの品種名にはErecta(直立した)の文字が見られる。

奥のボンボリは、地上から1.5mほどのところから3本に枝分かれして、見上げるような高さに花が咲く。花はアマノガワよりも早く、4月20日頃には終わった。

花びらの枚数はどちらも14枚前後、高さはどちらも同じで約3.5m。広場の南側にはソメイヨシノが並んでいる。つまりここだけで、3品種のサクラが見られるわけで、それぞれがまったく違う樹形を見せているのが面白い。葉の形も品種によってかなり違う。

これから先の1年間で、どのくらいの成長を見せるのか? 冬芽の位置・芽鱗痕を探して、サクラの四季の変化を追いかけてみよう! 花が咲き終わってからの移り変りも楽しみたいもの。

ナシ街道からは外れるが、少年自然の家へ向かう細い道も楽しい。ツバキはそろそろおしまいになるが、ケヤキやイヌシデのかなりの大木もあり、芽吹いている。ヤマブキ、シロヤマブキ、ホウチャクソウ、サルトリイバラなどが咲いていた。

このコース、石井信義先生に案内していただいた頃を思い出す。サンコウチョウは、いまもこの辺りにいるのだろうか?

◆新緑の新宿御苑

毎年4月29日の祝日は、新宿御苑が無料で一般開放される。自然保護協会のネイチュアフーリング(障害者といっしょの自然観察会)も実施され150人ほどが集まって賑わった。当日は視覚障害の人のグループのお手伝い。もう20年以上の恒例行事となっている。

ここでは、リーダーが解説してしまうことはなるべく避けて、実物を触りながら確かめて、感じ取ってもらう方法を徹底させている。自然は、さまざまな感覚で受信できる情報に満ち溢れている。林の中にモグラの散歩道を見つけた。そっと穴の太さからモグラの行動を考える。

名物になっている大きなヒマラヤスギがある。真ん中の太い幹のところに立つと、日当たりの悪い枝が枯れていることも、新芽が空に向かって伸びていることも判る。イチョウの幹になんと、ヤモリを見つけた! サクラの葉っぱの蜜腺を舌先でなめてみたら、ちょっぴり甘かった。葉っぱをよーくもんで匂いをかぐと、杏仁豆腐の香りがした、などなど。

20年ぐらい前、市川駅から里見公園まで、車イスの人たちの集団を案内したことがある。道路のわずかな段差や、排水のためのわずかな道路上のカーブが、車イスの直進を妨げることも体験してもらった。バリアフリーからユニバーサルデザインへ。お互いに、いつかは自分が、その立場になるのかも知れないのだから。

◆真間川を南下して河口の水門まで

昨年から、ネイチャーゲームのスタッフが、市川市内の水の流れを追いかける連続の観察会をしているのをお手伝いしている。

4月末には、コルトンプラザから真間川に沿って南下し、途中で原木山妙行寺などに寄ってから、原木公園近くの真間川水門に出た。まちなか根本水門の一方に、この水門があることを知っている人って少ないようだ。

まちなかを流れる川が、どこから始まり終点がどこなのか、残念ながら知らない人が多い。なんとなく、遠い山奥の最初の1滴から市街地までつながっていると信じている人もいる。

市川市の川は、殆どが北から南へ流れているが、船橋では北半分は印旛沼水系につながる。鎌ヶ谷市はもっと複雑で、3方向に流れる。その一つが大柏川へ。

原木公園近くの護岸の石垣では、今はここだけにかすかに残っているハマヒルガオを見ることができた。ここにクロマツは、芯を止めて横に枝が広がるようにしているらしい。雌花と雄花を確認する。

ゴールはクリーンスパのすぐ南の「江戸川から何キロ」の国交省の道路元標?を確認した。ここは東京湾の最奥部で、太平洋を見渡す眺めとなる。ここから川沿いに北上すれば、里見公園から矢切の渡しにつながっているわけである。

土手の上で、若奥さんらしき人がニコニコしていたので話をする。「1時間ぐらいでこんなに貝がとれました。すごく楽しかった。今晩はお酒を飲みます。すっごく幸せな気分です!」と。ホンビノスやマテガイがバケツの中に入っていた。

市川の雑木林でも、こういう人がもっと大勢現れてくれるようになればいい!




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# by midori-kai | 2017-05-29 07:03

第77回4月(卯月)ショカツサイとアセビ


春一番に咲いた、ショカッサイとアセビの花を紹介しましょう。
ショカッサイは漢字で書けば諸葛菜。
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ハナダイコンとかムラサキハナナ、シキンサイ(紫金菜)などと別名も多い。
菜の花やレンギョウなど、黄色の花が多い野草の仲間の中で、これは貴重な紫色です。しげしげと葉っぱを見ると、茎や葉裏がかなり紫がかっている。微妙なグラデーションなんですが、これって、本人にとっては、どんなメリットがあるのでしょうか?
アブラナ科だから、花の基本数は4です。オシベは菜の花と同じように4本が長く2本が短い。中国原産なんですが、こぼれタネで毎年咲くし、もうすっかり日本生まれみたいな顔をしています。

もう一つは、アセビの花。
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雪の中で咲いたりして、寒さを感じないようす。花の中を覗いたことありますか? 小さなナイフとルーペ持参で、この花の一つを取り、開いて見学させてもらいましょう!
下向きに咲くので、蜜が流れ落ちないように、花の底には白い産毛みたいのが密生しています。オシベには二つの角がついていて、中に虫が入れば揺れて、花粉がカラダに付く仕組みです。自然のなせる業、こんなに細かい花にまでいろんな構造を考えているのは驚きです!
アセビは有毒植物って、ご存知ですね。漢字では馬酔木。薬用植物園の園長さんの解説では、「野生の動物は決してアセビを食べないのに、飼いならされて家畜になった馬は、うっかり食べて腰を抜かしてしまう。馬と鹿と、どっちが馬鹿だか判らない!」とのこと。(ごめんなさい、これって差別用語ですね)。
レンゲツツジも有毒です。乳牛が放牧され、レンゲツツジが咲く美ヶ原の風景が成り立つのも、牛が別の草木は食べてくれるからです。伊勢神宮の鹿も、アセビだけを残してくれています!
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# by midori-kai | 2017-04-06 06:24

春です! さくら・クロマツ・こどもエコクラブ  高 野 史 郎

3月が終わって、4月になりました。みんなつながっているのだから、年度末だからってすべてが切り替わるわけではないのに、人間社会では大変な様変わりをする4月です。誰かがどこかへ。どこからか誰かが・・・。
自然界は、やっぱり春たけなわです。野草の開花状態や分布を確かめたくて、ここ2か月ほど、あちこちの道端や林の中を歩き回りました。終戦直後の時代の「モク拾い」みたいに、地面の隅ばっかり見て歩き続けたのです。
ハルジオンの開花は、自宅近くで2月14日に1株だけ見つけました。ショカッサイ(ムラサキダイコン)は、3月8日に幕張で開花を見つけた!

《 市川のサクラ事情 》
この1か月の、自然界の移り変りは「ものすごい」のひとことです。東京でのソメイヨシノ開花は、
靖国神社の標準木のニュースがマスコミに流れました。全国で一番早い開花だったとか。
それがいわばフライングで、例外的な早咲きだったのかも、と注釈がつき始めた。自然界には標準とか、確かな平均値なんてなくて、みんな違うのが当たり前なのに。
市川周辺での桜の開花は、ここ20年ぐらいの間に、何と物好きにも、500回から1000回ぐらいをくまなく走り回っていました。真間山弘法寺の伏姫桜は、毎年3月中旬に咲き始める。2012年は3月26日頃でした。カワヅザクラは年によって1か月ぐらいの開花の開きがあります。早かったのは2009年の2月1日、遅かったのは2012年の2月28日。春先は、気候が乱上下するからなのでしょうね。
桜の開花を記録するために、市川でも標準木をきめようよと、15年ぐらい前に岡崎清孝さんと相談したことがありました。でも、どの場所の、どの木にするかで、結局決めずじまいになってしまったのでした。
今春の2月22日、市川クロマツ会のバス研修で、川越へ行くのに便乗させていただきました。運よく大柏川沿いを通過したのです。進行右側に見えるJA市川市本店前のソメイヨシノには、毎年目をつけている早い開花の株があります。当日は、まだ全く開花しそうもない雰囲気でした。
この川沿いも、下流と上流地域とでは、1週間ほどの開花のずれが毎年あります。気象条件なのか、桜の木の個別の事情なのでしょうか?

《 クロマツ会の川越見物 》
20年ぶりで見物した川越の街は、平日だったのに観光客であふれていました。外人も多い。和服姿のお嬢さんが目立ったのは、着替えさせてくれるレンタルのお店もあるためだとか。電柱が地下に埋められたのは、名物の山車が8mの高さで、邪魔になるからとのこと。
スタッフの方が、地元のシルバー人材センターの方などに連絡しておいてくれたので、万事手際よく貴重なお話を聞くことができました。
福岡河岸記念館では、何と3階建ての木造建築があったのです。通し柱です。この木材、どこの林から運ばれてきたのでしょうか。この3階の両側から、筑波山と富士山の両方を見ることが出来たのだそうです。昭和初期の水運の写真には、「ノッツケが曳く荷船」のキャプションがついていました。
ロシア民謡のボルガの舟歌では、河岸を「エイコーラ!」とロープで船を曳いていたらしい。作業の邪魔になるような草木が生えないほどの寒い環境だったのだろうかと、ずっと気にしていました。この川越あたり、当時はどんな水辺の環境だったのでしょうか?
寛永15年(1638)の川越の大火で焼失した仙波東照宮や喜多院の再建資材を、江戸から新河岸川で運んだのが舟運の始まりだったのだそうです。
いくつかのお寺や、駄菓子屋横丁なども懐かしく見物しました。それにつけても市川との共通項と相違点を、ついつい並べだして考え込んでしまうのです。
川越では、季節には関係なく1年中観光客で賑わっているらしい。はて、市川では何が観光資源として活用できる? 点ではなく線で、面で、未来に向けてつなげていくことをなんとか考えていきたいものですね。
自然環境についても、同じことが言えると思うのですが、いかが? 市川には、川も海も、林もナシ畑もある。大学だって3つもある、と自慢しているのですから。

《 八幡あたりの様変わり 》
総武線沿いの風景も、ここ数年でずいぶん変わりました。市役所前の八幡の薮知らず、黄門様も藪の中で道に迷ったとかの伝説がありますが、竹薮の周辺が伐採されて明るくなりました。タタリはなかったのですね。
歩道の真ん中に残されていたムクノキが枝を整理されたのは、枯れ枝が落ちて交通妨害になるのを未然に防ぐためかな? こういう時、それなりの説明があったりすると、市民の地元への関心も深まるチャンスだと思うのに、お役所って、こういうのが全く苦手のようなのが残念!
市民会館が完成オープンしました。駐車場の近くには、地元産のクロマツのタネから育てられた苗が植えられました。ちょっと狭い場所なのが気がかりだけれど、すくすくと育ってほしいものです。
この場所にも、地蔵山墓地でも、戦時中に松根油や松脂をとるための傷跡が幹に残されています。70年前にも、かなりの太さがあるクロマツの林だったのでしょう。
真間山弘法寺の鐘楼の辺りは、15年前はシュロが茂っていた。本来は南国生まれのシュロの仲間、市川の風景にふさわしいのかどうか、専門家でも意見が分かれた植物のようでした。なくなってすっきりしたような、ちょっと淋しくなったような。
真間山幼稚園北側のコブシの大木、10年前は3月の満開が素晴らしかったのに、数年前から元気がなくなって、この春、枯れこんだ枝を切られて、幹だけになってしまったのがとっても残念です。
伏姫桜の方は、東側にバトンタッチ?されたシダレザクラが、次の世代に引き継がれたようですが、本家の方は加齢のなせる衰えか、淋しいですねえ。
ところで、市民会館前の植栽の「斑入りヤブラン」に新しいラベルがついていました。「クサスギカズラ科(旧ユリ科)」となっているのに気がついた人、いらっしゃるかな? 
ユリ科の植物、世界に288属・約5000種という大所帯でした。多様なグループが雑居状態だったので、新しいAPG分類で解体され、いくつかの新しい科が登場しました。
クサスギカズラというのは、アスパラガスの仲間です。アスパラガス科としたほうがわかりやすかったかな? イヌサフラン科、サルトリイバラ科も、かつてのユリ科から独立していますよ。

《 こどもエコクラブ全国フェスティバル2017 》  
昨年に続き、今年も早稲田大学の西早稲田キャンバスで、3月19日にこどもエコクラブ全国フェスティバル2017が開催されました。集まったのは、各県代表のこどもエコクラブのグループなどです。子どもの参加が299名、保護者などとあわせて総勢が650名と賑やかでした。
これは、環境省の事業として1995年から始まり、地方自治体や企業の協賛を得て今までに延べ220万人以上が登録し環境活動をやっているという大掛かりなものです。2011年からは、全国事務局の仕事をしてきた日本環境協会が担当するようになり、今年度も約2000クラブの子どもたちが活動しているんです。今回も沖縄から小学生たちがやってきました。
殆どが初対面の子どもたちだし、大勢の前での発表には慣れていない子どもがほとんど。司会進行の子どもたちだって、ずいぶんと練習したんでしょうね。
展示された壁新聞の前で、しゃべることを全部暗記していて余裕がある子もいれば、聞き取れないような小さな声の子どももいます。
配布された資料には、丁寧にルビがふられている。こういうのって、作るほうはものすごい手数で、シンソコ疲れ果てるんですよ!
受付開始が9時半、オープニングからアイスブレイク、活動発表と午後4時まで、次々とプログラムが進行します。来賓挨拶や協賛企業の紹介などもありました。クロージングセレモニーでは、「がんばれ熊本・大分!エール交換」でした。
子どもたちが、被災経験を語ってくれました。「身にしみて感じたのは、人の温かさ、水の大切さ、3度もご飯を食べられることの幸せでした!」。
この会の運営には、早稲田の学生さん、エコクラブのOB・OGを中心としたオールジャパン・ユース・エコクラブの皆さんなど、大変な人数のスタッフの協力によって進行されているんです。
いただいた資料は全部で50ページぐらいになるのかな? これに協賛企業のカタログなどがぎっしり。忘れっぽくなっているので、なるべくその日に、遅くても3日以内に目を通すよう習慣つけているつもり。
いつものことながら、こどもエコクラブに直接関係ない人、特に行政で決裁権を持つエライ人たちが参加すればいいのに、と思うことしきり。脳トレに、ピッタンコなのになァ!
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# by midori-kai | 2017-04-06 06:17

【ご案内】植物と昆虫の不思議な世界 高野史郎&水上みさき

【高野史郎のスケッチ画と水上みさきの写真の融合】
ダイヤモンド八ヶ岳美術館ソサエティ 
平成29年 4月8日(土)~11月19日(日)
第一部4月8日(土)~9月 7日(木)春から夏の植物と昆虫
第二部9月9日(土)~11月19日(日)秋から冬の植物と昆虫
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# by midori-kai | 2017-03-09 21:27

第76回3月(弥生)菜の花とエノキ

 2月末に、春を探しに南房総の鴨川に出かけた。駅のすぐ先から道路沿いには見事なクロマツの海岸防風林が続き、波の音が聞こえてくる。恐ろしく風が強くて、防風林がなかったら絶えず飛んでくる砂に、街中が砂だらけになってしまうだろう。
砂浜は狭く、海浜植物は殆ど育っていなかった。クロマツ林の中の日当たりに、ハマダイコンが紛れ込んで薄紫の花を咲かせているのがほほ笑ましい感じ。ホトケノザが、小さな紫の花を咲かせているのをルーペで眺める。よくもまあ、こんなに小さな構造を自然が作り出したものと感心する。
菜の花畑は、はじめに咲いた花を出荷したあとなのか、脇芽が育って花盛り。「食べられます。ご自由にお持ち帰りください」の立て札があった場所で写真を撮ったりした。
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菜の花の種名が、実はややこしい。この仲間・Brassica属、自然雑種が多いのに加えて、野菜の種類もまたものすごく多彩。理科の教科書には、しばしば「アブラナ」として紹介されるのだが、今は菜種油の需要は少なくなったし、アブラナはまず見かけない。搾油用には、日本のアブラナ(タネは茶色)からセイヨウアブラナ(タネは黒い)に替わってからの歴史も長い。
大柏川の川沿いなどに、ソメイヨシノの開花に続いて咲くのはセイヨウカラシナだし、食用として売り出される若いツボミの菜の花は、チリメンハクサイから選抜されたものといわれる。野生種ではないから、図鑑で「菜の花」を探しても出てこない。そもそも、「菜の花」は植物名ではない。
アブラナ科植物の共通項は花びら4枚、オシベは長いのが4本で短いのが2本、四強雄蕊と呼ばれる。キャベツ畑とともに、菜の花が咲くところは、モンシロチョウがよく飛んでいる。
虫媒花には、虫を呼ぶ仕掛けがいろいろとある。昆虫類はヒトの可視光線とは波長が違って、紫外線側が見えるとされている。だから、紫外線が見える装置で見ると、真ん中が黒く見える。昆虫たちは、こうした自然の仕掛けに反応して、蜜をなめに集まってくるのだという。(菜の花のイラストの右上)。
アブラナの仲間は、葉柄が目立たないで、茎に巻きついている。カラシナの仲間は、葉柄がはっきりしているし、葉っぱをかじれば辛い!
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上のイラストは、落葉樹のエノキ。新芽が出るのは、ソメイヨシノの開花と同じ頃か、それより遅いか。
エノキの花は、新芽の中に埋もれるように小さく咲くので目立たない。
国蝶になっているオオムラサキは、エノキのすぐ下の落ち葉の中で幼虫が越冬する。夏休みの頃、カブトムシを探しにクヌギの幹を探し当てると、何種類もの昆虫が集まっているのにめぐりあえた! 運がよければ、この中にオオムラサキを見つけるかもしれない。でも最近は、クヌギの木も少なくなったし、今でもオオムラサキは、市川市内に安住しているのだろうか?
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# by midori-kai | 2017-03-09 08:04

濱野先生のお話を聞き、またまた明治神宮へ   高 野 史 郎

2月下旬ごろから、野草たちは急に育ち始めてきた。暖かい日が数日続いたからか、久しぶりにまとまった雨があったからか? あるいは日照時間の伸びに敏感に反応しているのか? カラスノエンドウも、ハルジオンも急に咲き始めた。
ついちょっと前までは、カントウタンポポも葉っぱを地面にべったりくっつけて、完璧なロゼット状態だったのに、葉が立ち上がってきた。つぼみが見えてきて花が咲き出した。
市街地の道路脇に、意外にカントウタンポポが一列に茂っている場所を見つけてビックリした。たぶん、住宅街の細い路地などには、セイヨウタンポポのタネも飛んでこられないのだろう。低い位置から、総苞片が反り返っていないか、苞の先端につく小さな三角形の突起の状態を確認する。
いまやセイヨウタンポポが全盛で、カントウタンポポは貴重になってきたという。自然雑種がふえてきて、アイノコタンポポを何段階に整理するかが話題になっている。

2月25日、風もなく晴れたわんぱくの森で、焚き火を囲んで濱野周泰先生のお話があって、参加させていただいた。
テーマは「明治神宮の森の調査報告」、上原敬二先生の生誕150年に当たるのだといわれる。参加者に配布された資料は、「都市公園」に掲載されたもので、4ページ。神宮の森作り100年の経過を紹介されている。
明治神宮の歴史は、今から105年前の1912年に明治天皇が逝去された時にさかのぼる。2年後には昭憲皇太后も亡くなられた。明治天皇を祀る神社を建てることになり、多くの候補地の中から代々木御料地が選ばれたが、その当時は森があったのは8ヘクタール程度で、大半は荒地だったといわれる。
早い段階から「林相予想図」というのが作られ、50年後・100年後・150年後の森の姿が描かれていたのだそうだ。全国から寄せられた献木は、279種・約10万本といわれる。北国からのモミ、南からはガジュマルもあった。枯れないように、列車で運ばれるそばからどんどん植えられたという。
はじめに茂るのは、針葉樹が優勢で、次第に常緑樹が育っていく。150年後には、土地に合わない木は淘汰されていくだろうなどと想定されていたらしい。
この荒地に大きな森を作ろうという前代未聞の計画には、何人もの林の専門家が集まって周到に練られたのだが、神社奉祀調査会の会長でもあった大隅重信候は「薮のような見苦しいものではなく、伊勢神宮の境内に見られるようなスギの巨木林とするべきだ」という深い思い込みなどもあって、方針確定に大変な苦労が続いたと伝えられる。
まだ原宿にはSLが黒煙を吐きながら通っていた時代で、日本各地からの献木はSLで運ばれたというが、排気ガスに弱いスギなどの針葉樹を避けたのは、それが理由だという解説を聞いたこともある。
濱野先生の資料は、1.大都市の中の森、2.科学の視座による神宮の森づくり、3.樹木の選定から森づくり、4.多様な樹木の集団、5.永遠の森の管理、と見出しがついている。当日参加されなかった方は、ぜひ知り合いからコピーなどを取り寄せて熟読してほしい。

明治神宮の森には、個人的にも深い思い入れがある。いっしょに植生調査などをやっていたお友達が、農大の卒業生で、卒業論文のテーマが明治神宮の森だった! 東京オリンピックの選手村を活用して作られた青少年センターには、自然関係の研修会などで何回も宿泊し、しばしば会議の前後などに神宮の森を散策していた。
「ここは多様な動植物が暮らす巨大なビオトープの成功例として、世界的な評価を得ている」と解説する人もいた。白杖を持った視覚障害の人を案内した時は、「あれっ、この先にカツラの木がありませんか?いい匂いがする」といわれてビックリした。 何とその10mほど先に、本当にカツラがあったのだ。それまでは、カツラの匂いなど気にしたこともなかった。 
40年程前には、せっせと目黒の自然教育園に通っていて、明治神宮の森との比較がよく話題になった。明治神宮では、落ち葉はすべて森に返していたが、自然教育園でそれをすると、落ち葉が分解されないで、乾燥した落ち葉が林床にそのまま堆積されてしまう。落ち葉の分解にかかわる土壌生物が、明治神宮に比べて圧倒的に少ないからだろうというのが、結論のようだった。
自然教育園の落ち葉は、立ち入り禁止地域の林の奥に穴を掘って、掃除した落ち葉をそこに捨てていた。ある日、そこから青い鳥が出入りするようになった。カワセミが巣を作っていたのだった。
自然教育園の土壌生物については、濱野先生のお話にも登場したダニの専門家・青木淳一先生の調査報告がある。シイ林・コナラ林・マツ林の3つの植生からダニ類の種類を調べた結果は、通常は1平方メートルあたり、1万個体ほど。明治神宮の調査では、四季平均で51種・約4万4千個体なのに比べて、自然教育園はかなり貧弱だと結論が出されている。
自然教育園へは、およそ7年間に500回以上通っただろう。尾瀬や高尾山などともに、貴重な体験をさせてもらったフィールドの一つだった。冬の生態学講座の受講などのほか、植生調査、森林内の温度変化、ヒキガエルの夜の行動調査、カラスのねぐら調べ、などにかかわっていた。

明治神宮に入るのに、ショートカットして原宿駅からすぐに森に入ってはいけない。表参道から向かうのがルールと濱野先生の説明にもあったので、今回は地下鉄の表参道駅から明治神宮に向かうこととした。
ケヤキの並木が続く表参道の商店街が、すっかり様変わりして、古い名物アパートなどがなくなり、横文字の看板が目立つようになった。
駅近くの植え込みに、2月末だというのにコブシが咲いていた。市川では、3月15日から20日がコブシの開花日なのだが、都心のヒートアイランド現象の影響か、個体差なのか?
鳥居をくぐって、先生のお話を思い出しながら森を見上げる。クスノキやケヤキの樹高は、30mぐらいはありそうだ。それより少し低いのがアカガシ、シラカシなどか。
柏井の雑木林・市川の里山作業では、高くなりすぎて林を暗くしているシラカシを伐採する前などに、よく樹高のあてっこをした。20とか25mと予想した人も多かったが、倒して実測してみると18mだったりした。近くに電柱や建物があったりすると、見当がつきやすいのだが、林の中での樹高の目測は難しい! 市川市内では、20mを超す高さの木は少ないと思うのだがどうだろう。
南参道から左折して本殿に向かう。かっこいいアカマツがあった。建物近くのクスノキなどの樹木が人の踏み込みで根元を固められないように、敷石の下を水が流れるように石畳の隙間をちょっとだけ空けたところがあるといわれた。その隙間から1万円札を差し込むと特別のご利益があるのだと解説されていたので、キョロキョロとその場所を探した。やっと見つけたけれど、試してはみなかった!
林の中には、残念ながら、もちろん入れない。たぶんふかふかの土なのだろう。道路沿いの低木で、種の判断がつきかねるものもあって困った。わんぱくの森でお話を聞いた人たちの中には、明治神宮へ1回も行ったことがなくて、森の全体像がつかめない人もいたのでは?
浜野先生が現地で解説していただける機会があると、一番いいのだけれど、お忙しそうでとても不可能そうなのが残念です。
外国からの参拝客がめっきり増えた感じ。自分撮りの棒を突き出して、ニッコリ笑っている人がいるけれど、両側の林をもっと目を輝かして眺める人が増えてほしいのに! そういう資料も立て看板もなかった。
ご参考までに、東京の主な緑地や公園の面積は下記の通り。(単位はヘクタール、四捨五入)
①皇居:115、②水元公園:88、③明治神宮:70、・・・⑯自然教育園:20、・・・⑲小石川植物園:16、日比谷公園:16。
ところで、あなたがよく行く公園や樹林地はどこでしょうか? 
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# by midori-kai | 2017-03-09 07:55

第75回2月(如月)縁起物としてお正月を飾ってくれたマンリョウ。

縁起物としてお正月を飾ってくれたマンリョウ。
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初夏に小さな白い花を咲かせて、やがて真っ赤な実を結ぶ。昨年暮れには、前年の実の残りとその年の実がうまく並んでくれた。マンリョウは前年の側枝の先端に散房状に花芽をつけて開花するのだが、2年分の開花場所の枝の位置が気になり始めた。
ここ3年間にずいぶんと枝が増えて立派になったが、枝の伸び方と花のつきがたがイマイチ納得できない。ある程度上に伸びた後は、少し下の位置から横枝が広がる形になるのかも知れない。横枝を全部切り取って分解し、並べて調べるのも痛ましい。部屋に持ち込んで、とにかく葉の茂り方を調べながら、今年も元旦から絵を描き始めた。
我が家のあたりは市街地のど真ん中で、ムクドリもヒヨドリもやって来ないで淋しい。時には鉢を外に出して、お日さまに当てないと可愛そうだ。そう思って暖かい日にベランダの棚に出した。
ところが1月14日早朝5時半、なんと30ぐらいは成っていた赤い実がすっかりなくなっているのに呆然とした! 前夜の10時ごろには実がついていたのを確認している。夜明け前に、ナニモノかが赤い実を見つけて、全部食べてしまったのだ!
市川大野にいた頃、年末になるとピラカンサに数羽のヒヨドリが来て赤い実を食べる。年が明けた頃に、トウネズミモチの黒い実を食べる傾向があるのを確かめていたのだが――。我が家には、夜中の監視カメラなどはついていない。
3年分を並べて、同一縮尺でご紹介しよう。左から、2015年1月、その年の8月、右が葉っぱだけ描いて終わってしまった2017年1月の状態。描きかけのイラストは、どうしたらいい?
【ご案内】
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# by midori-kai | 2017-02-25 08:00

春ですよ! 各地の行事などいろいろ     高 野 史 郎

お正月があっという間に過ぎて、立春からは春の季節に区分されるらしい。1月中頃から20日以上も雨が降らなくて、大地は乾ききっている。
理科年表によれば、1月2月の東京の月間降水量は約50㎜、空っ風で有名な群馬の前橋・熊谷地方が30㎜ぐらい。今年はもっと、ずっと少ないような感じがしているのだが――。
暖かい日が続き、ひと雨降れば新芽も伸びる。でも、早とちりすると危険だ。生き物たちも農家も、取り返しがつかない事態に追い込まれる。気温は、毎日のように細かく乱上下する。自然界の動植物たちは、それに惑わされることなく、日照時間の微妙な長さを的確な指標として、生活リズムを注意深く整えているという。
年度末をひかえて、自然関連の団体などの催し物が多い季節でもある。そのうちのいくつかに参加したのでご紹介しよう。

《 自然資源を活かした地域づくり・・・全国フォーラム 》
国技館手前の、江戸東京博物館の会議室で昼食をはさんでの開催。生物多様性から社会的な課題にアプローチする人材を育てるのにはどうしたらいい? 主催は日本自然保護協会と環境省生物多様性センター。日本各地から元気いっぱいの若者が、大勢集まったのにビックリ! 
事例紹介の若者が「静かに前を向いて話を聞いているだけじゃつまらない。隣の人と握手して、お互いに自己紹介してください!」と呼びかけたりした。
まち作りに必要なのは、「若者・よそ者・ばか者」の3点セットだとよく言われるが、笑顔で気長に、さりげなく・熱っぽく語り続けて活動するのは、容易なことじゃありませんよね。かかわる双方に、それぞれの複雑な生活事情がからんでいるのですから。
 里山から始まる資源循環の取組み、地域創生に求められる人材とは? 里山里海マイスター育成が地域を変えた! 地域創生に求められる人材とは? 自然資源を活かした地域づくり実現塾からの報告などなど。タイトルだけ紹介しても、多彩な内容をお伝えできないのが残念です・・・。
 市川市のボランティアセンターが、本八幡にオープンしてから15年ぐらい経過しました。雑居ビルの2階なので、入り口に大きな看板は立てられないとかで、最初のうちは利用者が少なく、市民周知に苦労が多かったようでした。20人ほどが夜8時から頻繁に集まって、市民活動の問題点を10回ぐらい意見交換したことがありました。
当時のボランティアグループの登録のファイルを見ると、300ぐらいあったと思います。今もそれぞれが順調に活動しているのかな? 驚いたのは、その大部分が狭い地域に密着した介護・ひきこもり・子育て関連のグループで、自然環境系の団体は10ぐらいと少なかったこと。
その活動も、プランターにパンジーを植える、年に数回かのゴミ拾い、川の水質検査をする、などでした。市街地の多い市川市で、残された緑地・樹林地を歩きながら市川の将来を考えよう!などというグループが育ちにくい風土なのでしょうか? 
ビックリした提案もありました。空き地に巨大な温室を作り、たくさんの樹木を植える。平らに舗装された通路で、お年寄りにも安全に森林浴を楽しんでもらおう!というプランです。それが森林浴? 管理するのは誰? どうして市内の樹林地へ行かないの?
ボランティア活動を長期間継続するのは、大変なこと。定年退職や子育てが一段落してから参加する人が多い。10年経つと、その分だけ年を重ねることになる。今の時代、一様にご両親などの介護問題でそれどころではなくなる人もまた多くなる。それを乗り越えて、キラキラと輝き続けるのは至難なことではあるけれど。

《 浦安の“絆の森”って知っていますか? 》
5年前の「3.11」のこと、覚えていますね。あの時ちょうど、市川駅からすぐ西の江戸川土手にいて、咲き始めたカワヅザクラを調べていたんです。
揺れ始めた時、ビル風で電線が揺れているのかと思った。それどころじゃなかったのはご存知の通り。その後の数日間は、市川市内各地と、噂の浦安市などを自転車で駆け巡りました。市川には急な崖地も多い。その斜面に傾いて茂っている巨樹が倒れて民家を直撃しているんじゃないかと、かねてから気にしていた神社なども見て回ったりしました。
浦安市の液状化はすごい状態でした。噴出した土砂は75000立方メートルとか。その浦安で、瓦礫などを活用した「森の防潮堤・鎮魂の丘」を宮脇昭先生(横浜国大)の指導で始めているのをご存知でしょうか? 1月の末、久しぶりに新浦安駅前からバスに乗って、高洲海浜公園へ行ってきました。おそろしく北風が強い日でした。 
この絆の森計画、震災直後からスタートし、お年寄りから小学生まで、延べ2500人ぐらいが植樹にかかわったのだそうです。
今までの海岸防災林の多くは、アカマツやクロマツだけの単純な植栽だった。海岸近くの砂地や過湿土では、直根が30㎝程度にしか伸びずに地上の幹を支える力が弱い。深根性・直根性の多様な樹種を組み合わせて、これから先、数千年も茂り続けていく防潮林を市民みんなで作っていこう、というもの。
液状化で発生した噴出土砂や瓦礫などは廃棄処分しないで、栄養のある土を加え、少し高い土塁を作る。そこに、多様な樹種のポット苗を1平方メートルに3本という割合で密植する。何十年かたったら、伸びすぎた高木は択伐して地域で利用する。次第に後継樹が育って世代交代を重ね、次の氷河期が来る9000年ぐらいまでは茂り続けるだろうという構想です。
 浦安の沿岸部は、そのほとんどが緑地や公園で、遊歩道やサイクリングロードを整備中のところもある。都市環境にはみどりが不可欠、CO2削減にも寄与する緑化を進めよう! 
期待される森の効果は、空気をきれいにする、気温を下げる、生きものたちの生息場所になり生物多様性がたもたれる、防風防塵効果、見た目にもやさしい・・・。
潮風に強い樹木として選ばれた樹種は20種、平成23年には22540本の苗木が市民によって植えられました。
高木 タブノキ:1200本、スダジイ:408本、オオシマザクラ:120本、アラカシ:192本 など
中木 ヤブツバキ:96本、ヤマモモ:72本、カクレミノ:48本、サンゴジュ:48本 など
低木 トベラ:28本、ハマヒサカキ:28本。マルバシャリンバイ:28本、サザンカ:14本 など
早く植えたところでは、オオシマザクラやタブノキが3m以上にも育っています。春の開花が楽しみ。その後の海側には、地面スレスレの低さにまで横枝を伸ばした、クロマツの防風防潮林が育っていました。誰がこれを計画して、管理しているんだろう。
こういう風景、すぐに「マツは管理が難しいんだ。古い葉は掻きとり、新芽の先端は半分以下にすること!」などと、ベテランほど思い込みパターンにはまりがちなんです。ずっと先までを見通して、何の目的のために、どういう樹形が望ましいか、それにふさわしい管理方法の選択が必要なのに。
25年ぐらい前か、東京湾の東側に突出した富津岬の先端のクロマツ林を、県の森林専門家に案内してもらったことがあります。すごくゴッツイ金網の衝立が、クロマツの前に立てられていた。海風を2分の1に制限するためのスクリーンだとか。波の力で土台が洗われ、倒れかかっている所もあった。
自然の成り行きは、いつも人間の思惑の範囲を超えている! 植栽した担当者が課長に昇進する頃に、しばしば想定外の事件が起こる。森林行政は、それの繰り返しなのだというお話でしたっけ。
同じ場所を、季節や時間帯、晴れた日と雨の日と、10回ぐらい行ったり来たりさ迷い歩くと、何となくその地域全体がわかってきたような感じがすると思っています。しばらく行っていない富津岬へも、また出かけて、その後の経過を確かめてこなくては!
この“絆の森”に見られる宮脇方式の市川市内での実施例は、高谷新町のイオン系列の物流センターにあり、もう20年ぐらいを経過して育っています。道路から覗いてみることができますよ。

《 気象庁出前講座・・・異常気象と温暖化 》
これは2月4日の土曜日午後、コルトンプラザで開催されたもの。主催は市川市地球温暖化対策推進協議会と市川市。何人集まってくれるかなと心配していたのですが、80人ぐらいの参加でちょっとだけ安心。どこの予算で作ったものやら、A2の大きなポスターの宣伝効果でしょうか。このキャッチコピーは、「日本から四季がなくなる! 地域で考える異常気象と温暖化」でした。講師は、気象台の地球温暖化情報官の戸川裕樹さん。
何回も見たデーターも多かったけれど、さすがに専門家で解説もわかりやすかった。因果関係を単純化しすぎているまちの会話が気がかり、というお話もあった。
「今年の夏は、地球温暖化のために暑かった」というのは言い過ぎ。「最近の大雨続きは、地球温暖化のせい」とよくいわれるが、何十年前のデーターは少ないから、不適切。「地球温暖化によって、異常気象が起こりやすくなっている」の表現あたりが適切だろうとのこと。お互いに気をつけなくては。
 市川市の担当者からは、温室効果ガスの排出量推移のグラフや、対策の重点項目などの紹介がありました。
いただいた資料各種、こんなに関連した印刷物があったんだァーという驚き。いつも気がかりなのは、熱心な人はいろんな場に顔を出して情報を集め、かなり詳しいし実行している。その反面で、全く無関心な人たちに、どう広げていくかの永遠の課題の解決方法ですね。銚子気象台の情報は初めて見た! じっくりと読み込まなくては!
新しいハザードマップも頂いた。真間川水系、江戸川の洪水、東京湾高潮のハザードマップをしげしげと見る。総雨量300mmというのは膝の高さぐらいということ。市街地では、道路がアスファルト舗装になっている。市川は樹林地が少なく田んぼはゼロ、大雨が地面に吸い込まれ地下水につながる期待は殆どない。透水地率は100分の1以下になっている。ということは、この降水量の何十倍にもなって水が溢れるということ!
江戸川洪水ハザードマップには、堤防決壊危険地点の×印が6箇所もついているのに愕然とした。わずかに残された樹林地や大町のナシ畑は、こんな時の救世主であることを再認識しましょうよ。
総武線から南側の行徳地区は、標高が5m以下。学校が避難場所になっているけれど、この地域に高台の逃げ場がないのをどうしたらいいのでしょう? あの「行徳富士」に、ずいぶん樹木が茂ってきましたね。うまく活用する方法はないものか?

《 浦安で東京湾環境学習フォーラム 》
三番瀬の円卓会議から10年以上が経過し、三番瀬の話題がもう消えかかっている。そんな杞憂?を振り払うかのように、「東京湾の生き物のゆりかご三番瀬を学ぼう」が、2月5日に開催された。
 とにかく三番瀬の現場を知ってもらうのが先と、午前中は新浦安駅に集合してのエクスカーション。クロマツ並木が海沿いに茂る日の出海岸でゴミ拾いと野鳥観察など。午後は新築された浦安市役所に移動して、10階の協同会議室で東京湾環境学習フォーラム。主催は、浦安三番瀬を大切にする会。
 スズガモの群れを双眼鏡で眺めて、幸せな気分になる。護岸のすぐ下で、直径8mmほどの緑色の糞を多数見つけた! この落とし主は誰? 解説役の行徳野鳥観察舎の東さんの話では、明るいうちは昼寝しているヒドリガモやオオバンは、波打ち際のアオサのほかに、夜になると上陸して公園の草も食べているとのこと。冬枯れの茶色の芝生の中に茂っている草は、スズメノカタビラと小さな小さな葉っぱのシロツメクサだった。イネ科とマメ科。シロツメクサのほうが、消化がいいだろうな!
 昼食後の休憩時間には、市役所のすぐ前にある浦安市郷土博物館を、熱心な参加者数名をご案内した。ここには昭和30年代の浦安漁業の、懐かしい歴史や町並みの再現風景がある。「子どもの頃を思い出してきた!」と喜んでもらえた。(主催者でもないのに、ちょっと変な気分)。
午後のフォーラムでは、市民グループの活動報告や、東海大学付属のうら若い高校生の「サイエンスクラス」の発表があった。
試験もなく単位にもならない体験型課外授業だそうで、自動車整備士の指導でエンジンの分解を実習したり、4階の校舎から割らずに卵を落下させるパーケージ工夫のエッグドロップとか、72時間生き延びる研究とか、楽しそうなプログラムを毎月やっているらしい。
基調講演は、風呂田利夫先生(東邦大)の東京湾の環境学習。メモが追いつかないスピードで、滑らかに次々と話題が展開する。その底にある膨大なデーターに感心するのみ。
快適に水遊びができ、江戸前をはじめ多くの生物が生息する、親しみやすく美しい海を取り戻し、首都圏にふさわしい東京湾を創出しよう、という趣旨。パネルディスカッションでは、行徳野鳥観察舎の野長瀬さんも登場した。    
 なんとも悩ましいのは、市川市のすぐ近くで、こうした多様な取り組みが毎月のように実施されて、若者たちがその中に入り込んでいること。この違い、いったい何なのでしょうか???
 とても紹介しきれない数々、資料を必要とする方はお問い合わせください。
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# by midori-kai | 2017-02-25 07:56

第74回 1月(睦月)東浜先のクロマツ、三番瀬

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 東浜先の砂浜に茂るクロマツの、横に伸びた枝のスケッチ。
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写真は東側から西に向かっての撮影。この場所で、いつまで無事に育っていけるのだろうか?
 かつての三番瀬の海浜植物。平成16年に発行された「市川自然観察ガイドブック・5」から。


 
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# by midori-kai | 2017-01-01 06:35

2017年、いいこと たくさんありますように 高野史郎

 2016年が終わって、新しい年がやってくる。以前は、年末年始の休みには市川市内をくまなく自転車で走り回るのが慣わしだった。お正月は車の移動も少ないし、青空が澄みわたっている日が多い。落葉樹の林は葉が落ちて、視界が明るく広がる。
 市川市内といっても、結構広い。まんべんなく全域をパトロールしているつもりでいても、年に一度も確かめていなかった地域が毎年おこる。ソメイョシノの開花状態の推移を15年ほど続けたが、暖かい日には、朝はツボミだったのに夕方には咲いてしまうこともある。市内全域を回るのに自転車で3日かかっていた。10年単位の平均など、全く意味がないほどにバラツキが多いのが自然現象なのだ。
 次の季節に確かめようと思っていた野草などは刈り取られたり、除草剤でまっ茶色に枯れ果てていたりする。自然環境の移り変わりは、毎年更新していかないと役に立たない。(最近は、パソコンで情報収集して、それで現場を確かめた気になって完結する人が多いようだから、なおさら)。
 12月になって、江戸川沿いの風景を何回も回った。大柏川から南へ伸びる道路が間通して、桜並木も繋がった。お花見が楽しみ。だが、周辺はアスファルト固められて、かなり厳しい環境で育つことになりそうだ。

 周辺の市と、市川市との違いも調べ始めると面白い! 年末に松戸へ行った。市役所も覗いてみる。市川市とどう違う? 自然関連の部と課の名称と役割分担は? 窓口に来る市民の相談の傾向と、係りの人の対応はどんな感じ? 配布している地図の情報の種類をいくつか比べてみる。(こちらは、無責任にもニヤニヤしてしまう)。
 役所前の広場の花壇、いつもは地元特産の野菜などが植えられているが、年末になって紫のハボタンで「2017」が描かれていた。駐車場のまわりは「松戸市の木」であるユーカリが10本ほど、10m以上にそびえている。
 国府台から続いている市川の斜面林の北端の場所は、戸定邸に近い浅間神社で、ここの極相林は昭和41年(1966) 12月に千葉県指定の天然記念物になっている。
 この場所は、何回も里山作業グループの研修などで案内した場所だった。市街地の中では、どうしても樹高を抑えて枝張りを制限してもらわないと地域住民との摩擦が起こる。だから、せめてここに残された極相林を眺めて、雨量の多い場所での照葉樹林の典型を知ってほしかったのだが・・・。
 社殿に上る階段を数えてみたら、120段ほどあった。浅間神社の解説には「地質時代に太日河(ふと
ひがわ・今の江戸川)の開析作用により南側の三矢小台の下総台地と分離したと思われる台地・・・ヤ
ブニッケイがほぼ全域を高木層として繁茂し、後継樹としてタブノキ、ツバキ、ムクノキ、モミジなど
200種類に及ぶ草木が・・・」などと書かれている。
 看板を立てたのが昭和41年で、教育委員会の文章らしい。それから50年が経過した。もっと最近の事情を解説する看板も、立ててほしいのに。
 ご神木の注連縄を張ってある大木は、荒々しい木肌のアカガシである。鋸歯のない落ち葉と、横縞状のドングリの殼斗でそれを確認する。落葉樹はケヤキとイチョウが少しだけ。何本もが絡みついた藤づるがすごい。社殿後ろの北側斜面には、背丈の低いヤブニッケイが多数茂っていた。
 受講生には、長い年月での移り変わり、極相林の説明をしていたのに、「これ何の木ですか?」「こんなにほっといていいんですか?」という、申し訳ないけれど毎回ピンボケの質問ばっかりだった。
林全体の成り立ちとか、景観として樹林地を見る習慣、もう枯れ枝も落ち葉も利用しなくなった今の
里山に何を期待されているのか、未来を見据えて考えてほしいのになあ!

三番瀬の砂浜に、クロマツが生えていた!
 12月末の寒い朝、1年ほど行っていなかった市川市東浜先の三番瀬へ出かけた。この地域の埋め立てが始まったのが昭和49年(1974)頃からだった。当時の船橋分岐航路の完成後に海の砂が運ばれ、海浜公園の原型が出来上がったのが昭和60年(1985)頃といわれる。それから30年ほどが経過したことになる。
 野鳥観察舎がある行徳の近郊緑地保護区と、おそらくは前後して干潟地域の埋め立てが進められた時代だったのだろう。近郊緑地には、クロマツやサクラも高さ8m近くまで育っている株もある。ここと、東浜とのいろいろな環境を比較して考えると興味深い。
 東浜先のこの砂浜は、航路を作るための浚渫土を使って埋め戻されたのだから、陸上植物の種子が含まれていたとは考え難い。何年もが経過して、ここにいくつもの海浜植物が茂り始めた。そしてあの、2011年3月11日の津波で、表面の砂が大量に海の中に流され、その下の古い岩などが露出した。陸地とは追って砂浜には水準点がないようなので、かつての状況と比較できないのが残念だ。
 少年野球のグラウンドが二つ並んであって、その中間地点の海寄りに、高さ2mほどのシャリンバイ
が茂っていた。その近くには、ハマダイコンやハチジョウナなどが花を咲かせていた。それらはすべて
引き潮と同時に海のほうに流されたらしい。シャリンバイは満潮の時には海中に沈没してしまう場所ま
で移動してしまった。しばらくは、枯れた株が海中で見られるという不思議な景色だった。
 潮干狩りが行われる船橋側と追って、西側の市川市束浜先の地域は人の出入りが少ない。すぐに忘れられてしまいがちの災害の記録と、自然の遷移を実感できる場所として永久保存してほしいと願ったのだが、そうはならなかった。その後、この地域一帯にブルドーザーが入って、地面をならしてまっ平らになった。海浜植物の殆どは死んだ。
 潮の匂いをかぎながら、三番瀬の海を眺め、砂浜とを仕切る護岸の上を歩き、西のはずれから下へ降りる。大量のアオサが海岸線沿いに堆積している。海に突き出した船橋側の突堤までのおよそ1200mは、砂の感触を確かめながら歩ける距離となる。
 冬枯れのこの時期に、花を咲かせている植物はわずかにセイョウタンポポとノゲシだけだった。西の
はずれに、ホソバハマアカザと見られる枯れた茎があったが、その他にはチガヤやハマニンニクなどのイネ科植物が茂っている程度、ハマダイコンのロゼットも北風を防げる場所に残されているだけだった。
 震災から5年が経過し、撹乱されたこの砂浜に何が芽生え始めただろうか? 歩き回っていたら、何
と、茶色に枯れたイネ科植物の間から、クロマツが1株だけ茂っているのを見つけた。今まで全く気づ
かなかったのが不思議だった。クロマツは、「市川市の木」。
樹高は110 cm、地際の幹の直径は約3.5 on、幹の3か所から枝分かれしていて、地際近くの幹には、
まだ発芽当時からと思われる葉が茶色で残っていた。枝分かれの場所が、ミズキと同じように1年分の成長量と考えると、このクロマツは満4年を経過したことになる。
 お正月の門松用に売り出される、か細い若松と比べて、何とたくましく育っていることか! このク
ロマツは、おそらく防風林として植栽されたどこかからタネが運ばれてきたのだろう? あたり一帯を
歩き回ったが、すぐ近くで見つけたマツボックリは、2つだけだった。
4人ほどがゴミ袋を持って、空き缶や流れ着いた流木などを拾っていた。清掃活動の人たちは、小型
トラックの名前からすると、船場漁港関係の人たちだったらしい。業務の一環としての作業なのだろうか、ボランティア? 予算はついているのだろうか? 昔から砂浜のクリーンアップは船橋の企業関係者や市民で実施されていた。市川市からは、見放されている地域のような場所であるらしい。
 津波で被害を受けた船橋のプールは取り壊され、いま環境学習施設の工事が進められている。夏にはオープンされる予定のはず。壁面には、ミヤコドリやチドリなどの写真が貼り付けてあった。
 高校生物の教科書には、桜島や伊豆大島の噴火からの植物遷移の解説が載っている。学校の授業などで、こうした地元の自然環境を素材にして調べる活動をどこかですると楽しいだろうに! それが、次の学年にバトンタッチされていくようなら、素晴らしい活動だと思うのに。
 残念ながら、3. 11の記録も、東京湾最奥部に茂る海浜植物の分布も、あの東北の一本松のようにはならず、忘れられていく運命のようだ。

 松戸市には、「二十世紀が丘」をつけた地名がいくつもある。ナシの「二十世紀」は明治31年(1898)、松戸市に住む松戸寛之助さんの庭で発見された偶発実生からの命名によるもの。青ナシ系の優秀品種だったが、黒斑病に弱かった。その後に放射線照射による突然変異誘発からの「ゴールド二十世紀」が今は栽培されている。
 市川市には、今の大野町2丁目に住んでいた石井兼吉さんが大正5年(1916)「二十世紀♀×独乙
♂』の交配から作出発表した石井早生があった。その原木は、今も迎米に残されているはずだが、誰もが気軽に見学できるようになっていないのが残念だ。
 江戸川から南に住む行徳の人たちには、「ナシ街道」を知らない人たちも結構多いという。万葉の時代からの文化が香る市川市といわれるが、市川大野駅近くの万葉植物園は、いかにも狭くて、植えられた樹木たちの肩身が狭い! どこかに、ナシの見本圃とか、もっと伸び伸びと樹木が茂る万葉植物園が作れないものか?
 平成26年に発表された「生物多様性いちかわ戦略」の趣旨は、「人と生きものが自然の中でつながる文化のまち」と、盛りだくさんの長いキヤッチフレーズだった。
 2017年は、今までよりもずっと明るく、楽しい年でありますように!

  
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# by midori-kai | 2017-01-01 06:26

第73回 12月(師走)サンゴジュの赤い実と、トゲトゲのヒイラギ

サンゴジュの赤い実と、トゲトゲのヒイラギ
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植え込みのサンゴジュが真っ赤な実をつけた。実は次第に黒味をおびて垂れ下がる。実の直径は7㎜ぐらいか。野鳥の口に入る、ちょうどいい大きさだろうか。
以前住んでいた南大野では、12月末にピラカンサにヒヨドリヒがやって来て食べてしまったあと、新年になってから黒いトウネズミモチの実が食べられていたが、今はその場所が駐車場になって、両方ともなくなってしまった。
春の開花からずっと見ていたサンゴジュが、常緑樹なのに古い葉が紅葉するのに気がついた。夏の終わりごろから離層が発達し始め、冬に落葉するのか、あるいは赤いまま越冬するのだろうか?
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一方で、ヒイラギはネズミモチのような黒い実をつける。最近はもうはやらなくなってしまったクリスマスカードでは、ポインセチアとともにセイヨウヒイラギの赤い実も主役だった。
葉の形が似ているセイヨウヒイラギの方は、赤い実がなる。クリスマスの飾りには、日本産のヒイラギの葉っぱに、ナンテンやサルトリイバラの赤い実をくくりつけて、セイヨウヒイラギのように見せかけてクリスマスを飾ったりしていた。
黒い実をつけるヒイラギがモクセイ科なのに対し、セイヨウヒイラギはモチノキ科と、グル-プが違っている。このヒイラギ、イラストの右上のように、加齢ともに葉のトゲトゲがなくなってしまうので知られる。年をとると、角が取れて丸くなるのだそうだ。
ヒイラギにメザシをくくりつける節分の行事が、最近はあまりはやらなくなったのが残念だ。
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# by midori-kai | 2016-12-17 07:36

鎌倉の大イチョウと段(だん)葛(かづら)の桜並木、2016年が終わる   高 野 史 郎

半世紀振りという11月の初雪が降って、葛飾八幡宮あたりのイチョウも、黄葉から落葉とへと季節は急速に様変わりする。今年は、秋が短かったと誰もがいう。
鎌倉の、あの鶴岡八幡宮の大イチョウは、その後どうなったのだろう。段葛(だんかつら)も改修され、そこの桜並木も植え替えられたと聞いてはいるが、確かめに行っていないのをずっと気にしていた。
人通りの多いあの場所で、サクラの植え替え工事は困難を極めたことと思われる。そして、本宮へ上がる石段のすぐ左側に聳えていた大イチョウが倒れたのは、平成22年(2010年)3月10日の午前4時40分だった。このあたりの事情は、濱野周泰先生の論文に詳しく記されている。(山林、第1531号「その後の鎌倉の大イチョウ」、平成23年12月発行)。
鎌倉駅を下りて、さっそく二の鳥居に向かう。大きく枝を張り出していたサクラは、すっかり若い桜並木に変わっていた。幹の太さは10㎝ほど、若木の高さは身の丈の3倍ぐらい。そこからずっと先の、左右に平家池・源氏池と並ぶ三の鳥居までの桜並木の長さは、800mぐらいあるだろうか。歩幅で確かめながらサクラの本数を数える。左右に約180本か。
老齢の桜を、どうやって取り除いたのだろう。根元の土は、どんな調合でどこから運んだ? 土の深さはどのくらい? 古い土は、どこへ運んで捨てた? 行ったり来たりしながら、それを考える。
サクラの若木は、もうすっかり落葉している。紅葉した落ち葉を何枚も拾う。葉の形や蜜腺の位置を確認する。葉の形からサクラの種を確定するのは至難の業。来春の開花が楽しみだ。
土の表面は、マッチ棒ほどの小枝がたくさん混じった腐葉土のようだった。散水栓があちこちにある。サクラの若木の根元近くに、ネットに玉石が詰められているのを見つけた。最初は落し物かと思った。引き抜いてみようと思ったが、さすがにそれはためらわれた。
どうやら長いネット状の袋で、根回しした外側の位置に計画的に埋め込まれたものらしい。空気孔の役割を果たすのだろうか。市川駅の南側、タワーイーストのタブノキの植え込みでは、発泡スチロールを詰めた長い枕のようなものを何本も根の周りに入れていた。植え込みの時には、こういう作業をすることになっているらしい。

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正面の大イチョウに向かう。2年ぶりのご対面である。どうなっている? 胸騒ぎがしたが、安泰なのをみてホッとした。階段横にそびえていて倒れた大イチョウの切り株は、地上4mの高さで残されている。右側から真っ直ぐに細い新しい幹を伸ばし、ピラミット型に広げた何段もの横枝には、黄色の葉が輝いていた。
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一方で、左側に置かれた移植根株からも、多数のヒコバエが育っていた。よかった、よかった。解説の立て札を見ていた人たちは、「別当公暁のかくれ銀杏」を、しきりに話題にしていた。
それにしても、段葛工事の細かい事情を聞きたいものだ。階段の上で見回り役のような守衛さんに事情を聞いてみた。桜並木は今年4月に植え替えが完了した。工事には2年ぐらいかかったとのこと。鎌倉駅で貰った40ページほどのガイドブックは、老舗や食べ物の記事が満載なのに、サクラのことには全く触れていない。
駅近くの観光案内所では、大仏さんへのコース紹介や観光バスのルートの説明ばかりが賑わっていて、段葛のサクラなどには無縁らしい。鎌倉市役所の商工観光課へ行ってみた。「八幡宮さんがやっていることで、ウチにはそういう資料は置いてありません」とのつれない返事だった。樹齢せんねん
この大イチョウ、樹高は約30m、幹の周囲は約7m、樹齢は1000年を超えるだろうといわれていた巨樹である。参拝客に知らせる、もう少し細かい解説がどこかにほしいと思った。
このあたりを何回も往復し終わってから、心配になってきた。誰も桜並木が様変わりしたことに気がついて、立ち止まる人はいなかったこと。サクラが咲く季節になって「あれ、いつの間にか、若い木に変わったみたいね」ということになるのだろうか? 落葉が終わったサクラは、おそらくは来春への準備の殆ど完成させて冬芽の中にひそめ、春の訪れを待っているはずなのに。

珍しい11月の初雪のあった日、市川みどり会の総会に引き続き、八柱駅近くの「さんかい亭」で忘年会が開かれた。配布資料によると、来年7月4日の午後、創立45周年記念事業として(仮称)「土地法の矛盾と相続税対策」が予定されているとの事。場所は、市川駅北口の山崎製パン企業年金基金会館で15時から。一般市民にも緑地保全の立場から、広く呼びかけていきたいと計画が進められている。
市川みどり会と税金問題って、どう結びつくの?と怪訝に思われる人も多いと考えられるので、ごくごく簡単に、知っている範囲で解説させていただこう。
土地を所有している世帯主の方が亡くなると、相続の問題が発生する。土地に生えている樹木などは、それがどんなに貴重なものであっても、税金的には全く無価値のものと評価されて更地にされてしまう。税金が差し引かれ、残りが相続人に分割される仕組み。結果として、貴重な緑地は消滅する!
市川みどり会の設立は昭和47年で、当時は市川市内の山林面積約190haうちの約72%を占める136haが会員の所有だったといわれる。しかし、市川市は東京に隣接しているという立地条件から都市化が進み、相続税が発生するたびに緑地が失われる。平地林の大半はすでに消滅し、残されている山林も細分化されるという現状にある。
温暖化に伴う気候変動も加速し、豪雨による土砂崩れ、強風による樹木の倒壊の危険が増えている。また、樹林地に隣接する住宅からは、枝きり伐採を要望する声が高まっている・・・。
「健康都市・市川」は、自然の多様性にも恵まれた市川で、そんな自然の恵みに感謝しながらの散歩道を維持管理していくこともまた、重要な課題となってくることだろう。
自然との付き合いが、なぜか観念的になって難しくなっているこのごろ。もっと素直に、空の青さを、季節の風を感じて微笑んでほしいのに。
自然観察というと、動植物の名前をたくさん覚えること、となってしまってはあまりにも淋しい。もっと文化豊かな歴史の流れから、未来への展望へとつなげていきたいものだ。

6月25日にわんぱくの森で開催された「森の音楽会」は200人以上の人が集まって楽しんでくれた。二胡を演奏された梁天任さん、司会を担当された須磨佳津江さん、ともどもにまたいつか、こういう会を実現したいと考えていらっしゃるとのことだ。
市川には、まだ残された林がある。市内各所の樹林地で、里山管理の作業を続けているボランティアグループがいくつもあることを、もっとたくさんの人に知ってほしい。
市川市は南北に長い。総武線沿線で暮らしている人は、江戸川の向こう側をあまり知らない。反対に行徳地区に住む人たちは、市の北端に「なし街道」の大町があって、緑が茂るわんぱくの森などが残っていることを知らない人が多いように思われる。
市川市には、長い歴史を持っている「子ども環境クラブ」があって、それぞれのグループが工夫をこらしながら活動している。そうした子どもたちにも、市川にまだまだ緑地が残っていて、大切に守られていることを実感してほしいものである。
いろいろな人たちを横につなげながら、市川の自然豊かな多様性を、カラダで感じてほしいと願っている。
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# by midori-kai | 2016-12-17 07:31

第72回 11月(霜月)葉っぱクイズのスダジイと 「かおり」

図鑑の説明では、スダジイの葉は「全縁だが葉の上部には鋸歯がある」などと書いてあるものもある。葉っぱクイズでは、スダジイを鋸歯があるうちに区分したけれど、なんとも心配になって、スダジイが茂っているところのあちこちを、何回も確かめ歩くことになってしまった。
今まで見てきたスダジイの葉っぱは、全縁で、鋸歯がないものばかり見ていたような気がしていたので・・・。
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花の構造が環境の変化を受けにくいのに対して、葉は大きさなどの変異の幅が広いから分類の基準にはし難いといわれる。葉の裏側の色も金茶色が濃いものもあれば、殆ど薄緑で茶色がかっていないものもある。
強剪定された生垣のスダジイで鋸歯がはっきりしているのみつけて、ちょっと安心した。スダジイのイラストの右上の葉がその一例。
 もう一つのイラストは、9月末の八幡回遊展の際にコンサート会場で頂いたニホンナシの「かおり」。直径が12㎝もある立派なものだった。ナシの花は品種によって花びらが5枚ではないものもある。ナシ農家の方々は、花で区別がつくらしいが、葉っぱだけでも品種がわかるのだろうか?
 花の違いは、来春に確かめることにして、とにかく「かおり」の葉っぱだけでも描いておこう!
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 それから半月ほどたって、市川駅南口のロータリーで、ヤマナシが植え込まれているのが目にとまった。この苗、どこで仕入れて、誰が仕掛けて植えられたのだろう? それを気にしていたら、なんと大洲防災公園のバラ花壇の横にも植えられていたのを発見した。まだ若木で、花は咲かないのかもしれない。
 野生種のナシは、世界に10種ほどあるといわれているが、山中でのニホンヤマナシの花盛りの風景など、残念ながら写真でしか見たことがない。とりあえずは、野生種と栽培種の違いを、比較のために原寸で並べて描いてみることにした。
なお、水木洋子邸には、チュウゴクナシの鴨梨(ヤーリー)が植えられていて、4月上旬に花が咲く。        
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# by midori-kai | 2016-11-08 07:34

深まる秋・大洲での「市民まつり」で考える 高野史郎

10月末にもなると、北の山から紅葉の便りが届き始める。中学校の野外活動のお手伝いなどもあって、群馬県の山奥、奥利根へ何回か足を運んだ。昨年来の冬はかつてないほどに雪が少なく、雪解け水が少なかったため、夏の水不足が心配された今年だった。
尾瀬に近い奥利根水源の森は、紅葉の真っ盛り。多様な落葉樹がそれぞれの色合いで秋色に染まって、胸がときめいたのだが、例年に比べるとイマイチ冴えないと地元の人はいう。夏の日照不足も原因であるらしい。
標高差によって、木の種類もどんどん変わる。ブナやダケカンバは、もう葉を落としたものもあった。ハウチワカエデが、真っ赤だった。コシアブラが透き通ったような黄色だった。すぐには色名での表現が浮かばないほどに、自然界は多彩なのだ。これから先、半年も続く冬への準備を急ぐ落葉樹にまじって、あちこちの深い緑はアスナロか。
房総の養老渓谷などはどうなのだろう。10年近く前、真間山弘法寺近くで新年の飾りの横に、真っ赤なモミジが残っていたことがある。今年の市川のあちこちの紅葉を、いつものように調べ歩くことにしよう。春の芽吹きが多様であるように、紅葉もさまざま。大町周辺の斜面林、コナラなどがシックな茶色に染まるのも捨てがたい。夕方の自然観察園に西日が当たって、少しずつ暮れていく気配を感じるのが好きだ。
カクレミノやサクラが、葉脈と周辺とを微妙に染め分けて、徐々に赤味を増しているのを確かめるのも楽しい。葛飾八幡宮などのイチョウ並木も、株によって、黄色になるスピードの違いがかなりある。風の流れなど、微気象の違いなのか、いつも気にかけながら昨年との違いが思い出せないでいる。

11月3日、大洲防災公園で「いちかわ市民まつり」が開かれた。今年で41回目にもなるのだという。市川みどり会のブースでは、落葉樹などの葉っぱクイズをやって、当たった人に風船を配っていた。何かを貰えるところはどこも行列ができる。
葉っぱクイズでは、誰でも知っているような樹木の葉っぱ、イヌシデ、コナラ、イロハモミジなど15種類を選び出して、クイズの問題にしたのだが、難しかったかな? 何かを調べようという人よりも、圧倒的に多いのが、何かを安く買おう・貰おうという人のようだ。
市街地が多い市川にも、まだ貴重な樹林地が残されている。そこへ出かけて緑の風を感じ、空を見上げて深呼吸。さりげなく、環境問題にも思いをめぐらせてほしいと願うのだけれど――。
あちこちの環境フェアなどでは、いつも準備する側にまわっているので、今年はお客さん側にまわって、あちこちのブースのヤジウマ見物を楽しませてもらった。ここでは、おなじみの団体の展示を覗いたりするとともに、ご無沙汰している人たちとバッタリ再会できる場所でもある。

自然環境課のブースでは、生物多様性にかかわる市民調査の展示をしていた。ブッポウソウの写真が飾ってあるのに驚いた。あれって、2003年までに実施された自然環境実態調査では、記録されていなかったような気がする。いつから現れるようになったのだろう。
「声のブッポウソウと姿のブッポウソウ」などと、NHKの放送で話題になったのは昭和10年だったはず。それまでは鳴き声の主が謎だった。「ブッポウソウ」と鳴いたのは、なんとフクロウの仲間のコノハズクだったのだ。
市川のどこで、この鳥が暮らしているのだろう? こうした地道な調査活動が続けられていることを、もっと多くの人に知ってほしいものと思う。もっとも、今はケイタイですぐに話題が広まってしまう。
こざと公園に珍しい野鳥がやってきたりすると、30分後には望遠レンズを担いだ人が大勢押し寄せてきて騒ぎになる。珍客にとってはそこが安住の地でなくなって、もう二度と姿を現さなくなってしまうことが多いという。

建物のリホームを仕事にしている会社の展示では、材木の見本を20種類ぐらい並べてクイズになっていた。15種類当てたら何かを貰えるという。これってすごく難しい。何枚もを貼り合わせたものもある。スギやケヤキはすぐに判るけれど、外材になるとまるっきり樹種の区別がつかない。
詳しい人に解説を頼んで質問したのだが、概論・一般論ばかりで、ちゃんと説明してくれないのだ。知人の木工家は、森に入ってわからない木があると、斧でちょっと削って木目を出して材の種類を判定する。何十種類もの木の種類の用途別解説をしてくれる。
浜松の楽器工場を見学した時、水分含量を13%以下までに乾燥させると狂いがこないと説明されたことがあった。ウーム、残念。
15種類どころか、5種類も見当がつかない。こういう質問をする人自体が、少数派なのかな。

「わんぱく広場」では、ボーイスカウトの大人たちが子どもたちとゲームを楽しんでいた。段ボール箱を積み上げて、そこに体当たりしている子もいた。
参加しているのは、どうもうちうちのメンバーばかりの様子。自然系の人の会話は、難しい顔をして話が長くなる傾向が強いのをいつも気にしている。レク系の人が気軽に参加してくれるといいのに、とずっと思っているのだけれど、それをつなげるとなると難しい。仲間同士の結束が強いと、異人種はそこに気軽に入っていけなくなる。お互いに気をつけたいもの。
子どもといっしょに、おどけてゲームをしているオトナの心境を、羨ましく眺めるばかり。

ここは防災公園、いつかは必ずやってくるという大地震のための施設である。トイレの順番待ちする長い行列を、今回もカウントしてみた。いざということになった時、うまく対応できるのだろうか? 大雑把にいって、人は2時間に1回はトイレに行くことになっているという。今回の参加者数は何万人なのだろうか? 非常用リュックの中に水は3リットル入れておくことが望ましいというけれど、トイレ問題は話題にしにくいし。
ある環境フェアで、人集めに100円で卵のつかみ取りをやったことがある。大行列ができるほどの盛況。万遍なく会場の解説を読んでもらうために、いくつもの団体に三択クイズを依頼したこともあった。でも子どもたちは、すばやく回答だけを知って賞品交換所へ走る。
もう3回もまわっちゃった、などという子も多数。テレビの視聴率と同じで、数字が多くなってくれないと困る主催者側の事情もある。
ナシの事情を詳しく知りたいと、JAの市川市本店へ出かけたら、銀行みたいにカウンターが並んでいた。別の場所で、ナシ事情に詳しい人に説明していただいた。
「セキショウシ」とか「セッカリ」という言葉が連発される。もっと判りやすく、紙に書いて説明してほしいとお願いした。人工授粉のために中国から輸入される花粉が「雪花梨」で、その増量剤が「石松子」だという。その本体が何で、どこがどれくらい輸入しているのかはついにわからずじまい。
セキショウシは、どうやらヒカゲノカズラの胞子らしい。セッカリは、商社が輸入してくれているが細かいことは知らないという。どんな品種の花粉なのだろう。
ナシの花粉も、冷凍保存するとかなりの年数に耐えるらしい。大賀ハスだって、2000年の眠りから覚めたのだという。自然界の不思議は、調べるほどに判らない事がどんどん増えてしまうから困る。
ナシの品種も、新しいものが増えていく。ナシ農家の苦労も大変なのだろうな、と思うばかり。
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# by midori-kai | 2016-11-08 07:27

第71回 10月(神無月)ケヤキ

市川のケヤキ
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市川のケヤキで、なんといっても立派なのは国府台にある聴覚特別支援学校の校庭にあるもの。ゆったりと傘型に広がる。
20年ぐらい前に環境学習参加の子どもたちが枝先の下に手をつないで取り囲んだら、50人分にもなった。当時の記録で、このケヤキ、胸高幹周りが5.3m、木の高さが25mだった。
(写真は20年ほど前、当時の環境管理課から発行された「環境学習のてびき」の表紙。「いちかわこども環境クラブ」は、平成7年度(1995年)にスタートした)。
ケヤキといえば、武蔵野の風景が連想される。竹箒を立てたような、という表現がよくされる。でも市街地が多い市川でのケヤキの風景は、かなり違う。
イラストの左は、市街地の中のケヤキの状態。毎年春先に幹の先端がぶつ切りされ、電信柱のように惨めな姿になる。
困ったケヤキは、この試練に負けじと一斉に新芽を吹き出す。長い枝は2mにも伸びる。枝が固まるのが追いつかないためか、6月ごろまではシダレヤナギのように枝先が垂れ下がる。それが次第に横向きに持ち上がり、秋の頃にはフワッとした感じに上に向いていくのだから不思議!
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イラストの右は、北国分駅前から歴史博物館に向かう「ムサシノケヤキ」の並木。車道の視界を妨げないように、枝は空を目指す。遠めにはポプラ並木のように見える。近寄って葉を確かめると、丸みをおびて、ムクノキのようなザラザラ感がある。イラストの横に添えた写真は、両方とも8月中旬での証拠写真である。
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普通のケヤキは、秋になると実がついた小枝ごと風に飛ばされるのだが、この両方とも今のところ実はなっていない。
濱野周泰先生の解説では、ムサシノケヤキはケヤキから選抜されたもので、いくつかの系統があるとのこと。間もなく落ち葉の季節になる。場所によって、ケヤキもいろいろな表情を見せている。四季の変化を追ってみると、ケヤキの人生にも多様な事情があるのを実感させられる。
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# by midori-kai | 2016-10-11 05:19

幕張でエコメッセ、そして市川ケヤキ事情 高野史郎

 今年の夏は暑かった。夏の前半は半月以上も雨が降らず、ナシの高温障害が心配されたが、後半になると統計上での新記録とかの続出。局地的な大雨。9月には、晴れた日が極端に少ないという異常気象の連続だった。
 その暑いさなか、市街地の街路樹状況はどんなものかと、市川周辺の各市の街路樹事情を調べ歩いた。道路が広いところの商店街に、5階建てのマンションの屋根より高く枝を伸ばしているケヤキ並木が茂る場所もある。秋の落ち葉掃除は、おそらくは地元の人の協働作業なのだろう。市川でのそうした対応はどうなっている?
街路樹下の日陰に入ると、風の涼しさが違う。思わず緑の梢を見上げてしまう。幹周りの太さや、根元のあたりの根の張り具合を確かめる。あれだけの葉をつけているのだから、毎日の吸水量は大変なものだろう。光合成に使う水分よりも、蒸散作用で葉から排出される水分の方がずっと多いといわれる。そのための根は、アスファルトの下まで広く伸びているはずである。
街路樹が途切れたところから先の住宅地は、かんかん照りで、アスファルトの照り返しがきびしい。ちょっとモダンな住宅が立ち並ぶが、小さな前庭は駐車場だったりして、真夏の日差しが反射し居間を直撃している。エアコンの排気が、ますます周辺を加熱することになってしまうに違いない。
舗装された道路は、降った雨がそのまま下水のU字溝へ流れ込んで、地下水にはつながらないのだろうなァ。この傾向が、加速されそうな気配なのが残念だ。
京都議定書が発効されたのが確か2005年だった。パリ協定に、日本はこれからどう対応するつもりなのだろう?
河川の流水量は、1時間の降水量が30㎜で堤防の高さなどが設計されていたはず。それが今は50㎜、100㎜の短時間雨量が頻繁に起こる。100㎜というのは10㎝。それが地域全体に短時間に降る。市街地で水が地下にしみこむ面積の比率は、100分の1程度といわれる。田んぼや樹林地がその役割を果たし、大雨の時間差を付けてくれていた。
フワフワの土は隙間が多く、緑のダムの役割を果たしてくれる。北国分の林で、枯れ枝を土の中に差し込んだら、なんと30cmも入り込むところがあってビックリした。土の団粒構造が保たれ、おそらくは空気の隙間が半分近くあるに違いない。こうしたところが多ければ、一時的な大雨にも時間差を付けてくれる。植物の蒸散作用が、クールスポットにもなってくれる。
                      *
時間に余裕があれば、環境関連のイベントなどには相変わらずせっせと参加している。21回目を迎えた「エコメッセ2016 in ちば」は、雨降りの幕張で今年も開催された。
展示のブースは、約100社。大きく区分すると、環境に配慮したものづくり、環境学習の推進、循環型社会への取組み、生物多様性への理解、地球温暖化防止への取組み、などとなるだろうか。
ご常連の企業・大学・自治体の関連部署など、どれも文字での解説ばかりでなく、クイズや工作など、こどもたちが集まってくれるような企画が年々多くなってきているから楽しい。
今年もこの会場で「こども環境会議ちば」が開催され、市川のこども環境クラブのいくつものグループをはじめ、県下の各地からたくさんのグループが参加してくれた。
今回のアイスブレーキングを担当してくれたのは、国際青少年研修協会の関隆嗣(せきたかつぐ)さん。ジャンケンからの多様な展開、仲間作り、野鳥をめぐる楽しいクイズ、どんどんみんなを興奮させて盛り上げていく手腕はさすが。肩あげ・肩さげ・首の運動。グーとパー。鼻耳つまみ。タコとタイ。鳴き声での仲間作り。鳥のくちばしで食事する。鳥を作ろう!などなど。
関さんは何回も練習して、時間配分と手順を確認されたといわれる。こういう盛り上げの方法を、環境系の若い人たちが是非とも体験しながら取り入れてほしいもの、といつも思う。
昼食前には、子供たちのグループに展示会場の見学と取材をしてもらった。それを午後には壁新聞スタイルにまとめ、発表してもらう。限られた時間なのに、こどもたちは相談しながらうまくまとめてくれた。
                       *
里山センターなどの展示では、木の標本や葉っぱを何種類も並べて、クイズにしていた。これなどは11月3日に大洲で開催される「市民まつり」の参考になるだろう。
大部屋では、何万個?と思われるほどのものすごい数の風船で埋め尽くしたのが壮観! この企画制作はNPOの千葉自然学校。「風船から学ぶ自然のしくみ」が子ども連れの親子で賑わっていた。
七色の風船がおりなす不思議な世界。「草原でお花さがし」「空飛ぶ生きものたち」。みんなで風船をくっつけて「巨大な新しい生きものを作ろう」などなど。
別室では、「九都県市再生可能エネルギー活用セミナー」、「千葉県3R推進シンポジウム」なども開催されていた。
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# by midori-kai | 2016-10-11 05:08

第70回 9月(長月)キブシ

キブシ
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絵のモデルさんは、UFJ水源の森のキブシ。
早春の林縁などに、薄黄色の花を咲かせ、ほんわかとさせてくれる。
落葉樹だから、葉がついているのは今年伸びた枝のはず。
まだ夏が終わったばかりというのに、来春の用意は進んでいる。
緑色の実は、たぶん今年の春に咲いた花のその後・・・。
あれ、この実は、秋に落ちてしまうのか、雪の中で越冬することもあるのかな?
雌雄異株だから、実がついているのは雌株。すると雄株は今、どんな状態?
花の時期に、雄花・雌花をルーペで確かめたことなかったな!
種小名のpraecox は、「早熟の・早咲きの」などの意味。
お花屋さんでは、しばしば「黄藤」と伝票に書かれたりする。
いけばなのお師匠さんは、花だけを見て、マメの仲間と勘違いすることもあるらしい。
藤の仲間・マメ科だったら、花が咲いた後には、莢(さや)になるはずなんだけれど。
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# by midori-kai | 2016-09-28 05:47
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市川市の山林所有者が集まり、自然景観【里山緑地】を守る会です。地球温暖化や樹林地とのつながりを考えています。


by midori-kai
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